エピソード26
タカは草原の中に腰を落とし、目の前の神の花を見ながら、ユカに神の花を絶やさないと言ったことを思い出していた。
あれから三年が経っていた。
そんな時、後ろから大きなため息が聞こえた。
振り向くと、彼が難しい顔をしている。
「お前さあ、神の花作ったら寿命が縮まるんだよ。わかってんの? 」
声が明らかに怒っている。
目の前には五つほどの神の花がある。
そして、ここは、村人たちが神の花を取りにくるところではない。少し離れた木々の間の小さな草原だった。
「ここは、一年前くらいにひとつだけ神の花にしたんだ」
必要な時にひとつあれば十分だ。
「じゃあ、あとは勝手に増えたっていうのか? 」
「ああ。オレも驚いていた」
彼は増える場合もある、と言っていた。増えるとは限らないのだろう。
「増えすぎだよ。こんなの見たことないよ。どんな魔法使ったんだよ」
魔法なんて使えるわけがない。
「もし、オレがやったのだとしたら――」
「したら? 」
彼が催促する。
「気持ちの違いかな。友達に神の花を絶やさないと言ったから」
ここに神の花を残そうと思った時の気持ちははっきり覚えている。いざという時は助けて欲しいと願った。
彼が驚いた顔をした。
「お前がその姿になってから会いに行ったやつがいるの? 」
「会いにいったというか――」
しばらく一緒に過ごしていたとは言いづらい。
「コウってやつじゃないんだろ? 」
「ああ」
嘘は言いたくない。
「じゃあ、そいつ教えてよ」
彼が立ち上がる。
「今から? 」
「そう。まだ陽は高い」
彼が手を引いてきた。
「知りたいだけだ」
付け加えた彼の言葉にタカも立ち上がった。
今、ユカはどうしているのだろう、とタカは思った。
飛べば村へ着くのは一瞬だ。いつもの前に住んでいた家の屋根へ降りる。ユカとシュウは畑で作業をしていて、小さな子供がユカやシュウの周りを走りまわる。
「あの子だ」
タカはユカを示した。
「女なの? 」
彼は不思議そうな声を出した。
「ああ。彼女は色々助けてくれた」
そう。色々と――。
「近くにいるのは旦那だろ」
彼が言うのはシュウのことだろうと思う。今も一緒にいるということはそうだろう。
「ああ。彼も友達だ」
子供の頃はいつも一緒に遊んでいた。
「他の男と仲良くするのは気に入らないんじゃないの? 」
「あいつは彼女をとても大切に思ってた。しばろうとなんて思ってなかったんだろうな」
ユカの気持ちを聞いてすぐに諦めたようだから。
「ふーん」
彼はどうでも良さそうだ。
不意にユカが振り向いてきて、タカは目があった気がした。
――まさか
見えるはずはない。
ユカは微笑むと足元に来た子供を手で迎え抱き上げて、タカに顔を見せてくれるようにした。
見えてるはずはない。でも、視線は感じたかもしれない。ユカを見つめていたことは確かだった。
すぐにシュウが近づいてきて、子供を抱くよというように手を出す。子供も喜ぶようにシュウにしがみつく。高く持ち上げられて子供は声をあげて喜んでいた。
ユカがそれを見ながら、お腹をさする。
ああ、そうかと思う。
ユカには新しい命が宿っていたのだろう。だから、シュウは気にしてるわけだ。子供も楽しそうだ。
幸せか? なんて聞く必要もない情景が目の前にあった。
タカは自然に手を伸ばし、彼を抱き寄せていた。
「どうしたんだよ。急に」
驚いたような声をだしても不服そうでもない。
「お前と出会えたのも彼女のおかげだ」
「そっか」
「ああ」
未練がまったくないわけではない。
けれど、これで良かったのだと三人の姿を見ながら思っていた。
太陽が巡り、月も巡り、季節もめぐる。
そして、年も重ねているのだが、その実感はなかった。
花が咲き、木々の色が変わり、そしてまた花が咲く。その繰り返しが永遠に続くと思われる。
ただ、突然体に変化が訪れる。
「なんだか、すごく眠い」
タカが言うと、彼は顔を曇らせた。
「寝床で大人しくしておいた方がいいよ。昼夜問わず眠いとかだるいと思ったらそれがサインだ」
そうか、とタカは思った。寿命が尽きる。蛹になって体の再生を行う時が近づいているのだ。
そして、また、来て欲しくない客人も忘れた時に突然訪れる。彼らは、神の花を全て摘み取り去っていく。
タカは呆然と広場を見ていた。
昨日までは、きらきらと輝いていたものがひとつもない。
「そっか。お前が見るのは初めてだもんな」
後ろから彼が声をかけてくる。話には聞いていた。けれど、実際に目にしたわけじゃない。
「ああ。こんなにがっかりするもんなんだな」
ここは誰でも入ってこれる。誰のものでもない。
だから、ここから何を持ち去ったとしても悪事ということでもない。だからといって全部はないだろう。
タカは溜息をひとつつくと、広場の中に入り膝をついた。両手で花を包み込むようにして気を集中したつもりだった。
けれど、神の花にはならなかった。
「え? 」
おもわず声がでた。
「今はやめた方がいいよ。迷いがあるんだよ」
「そうか」
タカは立ち上がった。気持ちがイメージに現れるわけだ。
「少し蓄えはあるだろうし、最悪、町に出れば手にいれられるよ」
彼が慰めるように言う。
「そうだな」
彼にはそう答え、空を見上げるとユカを思い、少し時間をくれと思った。
また、いくつもの季節が廻り、忘れた頃に来て欲しくない客人が現れ、それをまた繰り返し、どれほど時が経ったのかさえ忘れた頃だった。
「これは、ひどいな。こんなことは初めてだ」
広場を見つめ、彼が不快感を表す。
タカは声がでなかった。
神の花が全て摘まれただけじゃない。
花という花が刈られ、土は掘り返され根も傷つけられていた。
花たちが元に戻るのかさえ不安になるような状況だ。
しばらく考えた後、タカは他の場所で咲かせていた神の花を一株掘り、広場の奥にせり立つ小高い崖の中腹ほどに植えた。
「そんなところに植えて誰か気づくのか? 」
彼が言う。
「一株あればいいのだろ? 」
彼は以前そう言った。
「ここなら増えないってことか」
土肌があらわになっているここに他の花の姿はない。
目立たない方が良いかもしれない。
必死に探す者の目に止まればいいだけだ。
それから、また季節は巡る。
村人たちさえも来なくなって久しい。
タカはいつものように陽を浴びていた。野原は元通りになっていた。彼は水浴びにいっている。一緒に行こうと誘われたが、まだ、陽を浴びていたかった。
静かな野原に人間の声が響く。久しぶりのことだった。
タカが声の方をみると、若いカップルの姿があった。
意外だった。タカたちが神の花を探しに来た時は、男ばかりでもっと人数も多かった。
女の子にユカの面影があるように思って、タカは自嘲した。
顔を覚えているのかと思う。遠い昔の話だった。
ちゃんと見つけてくれよ――タカは誰にともなく呟いた。
ヒカリが織りなす透明なキセキ に続く。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
透明なキセキが終わった時に、神2人の話を書きたいなと思っての今なので、
今、アスラ爺さんの話を書きたいなと思っているので、次はその話になるかもしれません。
のんびりになると思うのですが、気がむいたらまた来ていただけたら嬉しいです。




