エピソード20
ユカはなかなか家の中に入ろうとしなかった。
そこに、ぎいと小さな音をたて戸が開く。
「悪い夢でもみたのか? 」
シュウがユカに声をかけていた。
「――そう――タカがいっちゃった」
ユカは涙声だった。
「――夜は冷える。中に入った方がいいよ」
「うん」
ユカはシュウがかけた声に答えたものの動く気配はない。
シュウは立てかけていたベンチを下ろすと、「ここに座るといい。羽織るものを持ってくる」と言うと、家の中へ戻っていった。
ユカにはその声が聞こえていただろうけれど、立ったまま星空を見上げていた。
そのユカにシュウは後ろから毛布をかけた。
「ありがとう。シュウは先に寝てて」
ユカはそう言うとベンチの端に腰をおろした。タカも屋根の上に腰をおろす。そう簡単に家の中には入ってくれないらしい。
「温かい飲み物を持ってくるよ」
シュウは再び家の中へ戻っていった。
しばらくすると、シュウがカップをふたつ持ってでてくる。
ユカにカップをひとつ渡し、隣に座った。
「明日も作業はあるだろうから、シュウは先に休んで」
「ユカも同じだろ? 」
「私は寝られそうにないから」
「おれも同じだ」
「――じゃあ、毛布半分こ」
ユカが毛布をシュウにかけようとする。
「ありがと」
シュウが言う。
二人で毛布をはおり、カップを手にしていた。カップからは湯気が立ちのぼっている。
しばらく無言だった。
「子供の頃はよかった」
ユカが話し出す。
「なんでも遊びだった。田植えも薪拾いも魚とりも栗拾いも芋堀りも草刈りも。みんなで競争して。みんなで助け合って。みんなで笑いあって。男の子はみんなリーが好きで、女の子はリョウとシュウとコウに分かれるの」
「雑だなあ。おれはユカだ」
「――私はシュウが好きだった」
シュウがふっと笑った。
「過去形なんだな。だから、振られたわけだけど」
「いつだったか、空を見上げるタカが目にはいって。その横顔がすごくせつなそうで。それまで、私はタカには感情ってないんだって思ってた。もくもくと仕事をこなしていくっていうか。競争なんて興味なさそうだし、なんでもできるし。みんなを助けてくれるのもやるべきことみたいな感じで。私たちとは違うって思ってた。でも、違ってたのかなって。それから、つい目で追ってた」
「ユカがタカを見てるのは知ってたよ。でも、近づこうとはしなかったろ? 」
「タカは好意をみせると急に冷たくなるって評判だったから。顔がかわるって。目もあわせてくれなければ、避けられるって。そんな場面も見たことあったし。だから、好意は知られちゃいけないって思ってた」
「でも、祭りを二人でさぼったことがあったろ? 」
「シュウが村を出ていったころから、次の祭りに出なきゃいけない人達の間で結婚ラッシュがあって。タカも祭りにでなきゃいけないから、どうするのかなあって思ってたの。でも、タカが始めたのは遊び場の整備だった。栗の木が登りやすいように支えを作ったり。川の崩れそうなところを木で補強してたり、階段つくったり。林の中に迷わないように目印作ったり。タカはこの村を出るつもりなんだって思った。でも、だからって、どうすることもできなくて、当日がきて、祭りの前にみんなで花摘みに行くって林に入っていって、タカが一人だけ外れていくから、付いていかなきゃって思った。そしたらタカに気づかれて『遊びじゃないんだから、帰れ!』って怒鳴られて。そんなこと初めてで。絶対おかしいって思って、でも、タカはさっさと行っちゃうし、置いて行かれないようにタカを目で追ってたら足元まで気がまわらなくて、根に足が取られてころんじゃって。起き上がろうと思ったけど、足が痛くて。動けなくなったの」
ユカの話を聞いてそんなこともあったとタカは思った。
あの時は、花を探しに行って迷ったことにして祭りが始まった後に戻って、どろだらけで遅れてくるようなやつは選ばれないだろうと――選ばれないことを期待した。そして、それが故意だと指摘されたら祭りを冒涜した者として村を追放される。賭けだった。まさか、ユカが付いてくるとは思わず、追い返して、付いてこないこないことを確認してからのんびりと林の中を歩いていたが、本当にユカが戻ったかどうか不安になった。急いで花を摘んで藪の中もかまわず近道を突っ走ったので、予定通り泥や草でぐちゃぐちゃになっていた。祭りの前に戻れてユカの姿を探したがみつからなかった。『なんだ、その恰好は。着替えてこい』と言われたのを幸いにユカを探しに林へ戻ったのだった。
「タカが探しにいっただろ? 」
シュウが言う。
「うん。『帰れって言っただろう。何してるんだ』って怒られた。でも、足をくじいちゃったって言ったら顔が変わって、足を見てくれて、自分のシャツを破って小川まで降りて濡らしてきて足に巻いてくれたし、薬草も探して足に貼ってくれた。背負って村の診療所まで連れていってくれた」
「診療所でユカが『いかないで』ってタカを離さなかったって聞いたけど」
「うん。タカがこのまま消えてしまいそうな気がしたから。タカが手当してくれて、ずっとついていてくれた」
「そのことで、事情の聞き取りがあったろ。タカが祭りにでなかったから」
「いなかったのに、よく知ってるね」
「まあね」
シュウが笑う。
「正直に話したよ。ただ、なんでタカに付いていったのかは、おもしろそうだったからって言ったけど」
「聞き取りの時に、タカと結婚したいって言ったら、タカは断れなかっただろうに。診療所のケンがタカが取っ組み合いでもして、ユカを勝ち取ったのかと思ったから、そのまま二人でいることを許したらしいから。そうじゃなきゃ、タカに祭りに戻れって言っただろ」
「そうなんだ。そっか、タカ、ぼろぼろだったもんね。腕とかすりきずつくってたし。あの時はどうしたらタカが罰を受けないかしか考えてなかったから。結婚とか考えてなかった。でも、次の祭りにはちゃんと出て相手を見つける事を約束させられたから、だから、村に残るには結婚しないといけないんだって知った」
「祭りに出ればいいんだろ。選ばれなければいい」
「タカが選ばれないわけない。何の事情も知らない他の村の子に。シュウだって、他の村の祭りに出たのは自分が有利になるからでしょ」
「確かに」
シュウが答えた後、少し沈黙があった。
「シュウと結婚すれば幸せになれると思ってはいた」
ユカがぼそっと言う。
「幸せになりたくなったのか? 」
「幸せよりも欲しいと思ったものがあったから」
「それは手に入れたのか? 」
「手に入れたよ。夢の中で。だから、夢が覚めたらなくなっちゃった」
ユカが手に持っていたカップを口元へ持っていき、ひと口飲む。
「お茶がしょっぱい」
ユカが笑う。
「ああ、特別なお茶だからな。今しか飲めないぞ」
「そうなの? 」
「ユカ、幸せにならないか? 」
シュウの声には硬さがあった。
「――その質問は少し待って欲しい。この子はタカの子として産みたいし、その間にシュウに良い人ができるかもしれないし。シュウをしばりたくない」
「ユカらしいな」
「わがままなのはわかってる」
「わがままとは思ってないよ。今すぐにと思ってたわけじゃない」
「シュウとはちゃんと話しないといけないと思ってた」
「ユカの気持ちがわかってよかった」
「シュウがいてくれてよかった」
「だろ」
「うん」
ユカが空を見上げる。タカも空を見上げた。
満月はきれいな光を放っていた。




