エピソード16
ユカの傍にいると約束した一か月はもう過ぎている。
「今日はね」
タカが家に戻ると、ユカはそう話し始める。話したいだけ話をすると、疲れたと言って、ベッドに入って寝てしまう。
もう戻ってこないことを伝えるだけなら、言うことは可能だ。けれど、ユカに話したいのはそれだけではなかった。
シュウが夜も見守ってくれていることを、ユカにどう切り出してよいかわからない。
タカとユカの状況は変わらないまま、
シュウの作業する畑は、毎日少しづつ整っていった。
その日は、空が暗いと思いながら、タカは帰途についた。これからは雨が多くなる。それは、稲や野菜にとっては有難いことだが、人にとっては動きづらくなる。
ここ最近の決まり事のように、ベッドに座るユカの話を聞いていた。すると、窓をうつ雨音が聞える。その音は次第に大きくなり、屋根を打ち付ける音になる。
「そろそろ、寝ようか」
ユカが立ち上がる。体を拭きに行くのだ。
雨音は激しくなっていく。
「ユカ、お願いがあるんだ」
我慢できずにタカは声をだした。
「何? 」
ユカが怪訝そうな顔をする。
「もう、遅いし明日じゃだめ? 」
「雨が降っているから、家の周りを見てきて欲しいんだ」
雨が降りそうだと倉庫へ帰ったのなら、それはそれで良いのだが――。
「タカ、付いてきてくれる? 」
「ああ」
タカは腕に巻いていたひもをほどいて、台の上に置いた。
ユカはランプを手に取ると、寝室を出ていった。タカが後をついていくと、土間におりて、裏口からでて、ドアを開け放したまま外へ出る。
「どっち? 」
ユカに聞かれて、「畑の方」とタカは答えた。
「何か置きっぱなしになってた? 」
「そういうわけじゃない」
「とにかく、見回ればいいのね」
「ああ」
ユカが知った時にどうするのかはわからない。どうするかは、ユカにまかせようと思う。
ゆっくりとユカが進んでいく。ランプを持っているといっても、足元は不安だ。
角をまわると、先で黒い影が動いた。
やっぱり、とタカは思った。
距離はあったが、「誰? 」とユカが声をかけた。
さすがに、近寄るのは怖かったのだろう。
黒い影は立ち上がった。逃げることもできただろうが、それでは、ユカを怖がらせてしまうと思ったのだろう。
「ごめん」
シュウの声の声が聞こえて、ユカが安心したように小さくため息をつく。
「忘れ物を取りにきたら、急に雨が降り出して――」
「そんなところにいたら、風邪をひいてしまうから、家に来て」
シュウの言い訳にユカが答える。
「いや、倉庫に帰るよ」
シュウが断る。
「この雨の中帰って、体調を崩したら、私が困るから」
「それは――」
「来てくれないと、私も家に入れない」
ユカの言葉に少し沈黙があったが、「わかった」と小さくぼやくように言うと、シュウがユカの方へ歩いてくる。
それを見て、ユカも裏口の方へ足を向けた。
「ごめん、ユカ迷惑をかけて」
家に入ってきたシュウは申し訳なさそうだ。自分が仕向けたことだが、タカも胸が痛かった。不本意であることはわかる。しかし、このまま続けて欲しいことではなかった。
ユカは、炉に薪をくべ火を大きくすると、水を汲んだ鍋を置く。お湯を沸かすつもりらしい。
そして、寝室へ行くと、タオルと薄い掛け布団を持ってきた。
「こんなものしかないんだけど、玄関の横の部屋は使ってないの。その部屋を使って」
ユカはその部屋の引き戸を開けると、持っていた布団とタオルを置いた。
「いいよ。土間で十分だよ」
シュウの声は更に申し訳なさそうだ。
「今日だけじゃなくて、これから、この部屋を使って。土間や台所も使ってくれていいよ」
「え? 」
シュウが驚いた顔をする。
「最初からそうすれば良かったのかもね。倉庫は離れてるから」
「いや、だって。タカが戻ってきたら、困るだろ」
「タカなら、状況を理解して、シュウに感謝してくれるよ。私は事実助かっているもの」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど」
「じゃあ、決まりね」
「――いいのか? 」
「うん」
ユカは返事をしながら、カップにお湯を入れてテーブルに置いた。
「これ飲んで、体を温めてね。余ってるお湯で体を拭くと良いかも」
「ありがとう、ユカ」
「お礼を言うのは私の方だから。ランプは置いておくね」
ランプをテーブルの上に置く。そして、桶に水を汲んだ。
「じゃあ、おやすみ」
桶を手にシュウに声をかける。
「あ、ユカ、このことを長老に話していいか? 倉庫の納戸を使わなくて良いなら返したい」
「うん。いいよ」
「本当に、荷物まで運んできていいのか? 」
「うん」
「わかった。おやすみ」
「うん。ちゃんと休んでね」
「ああ。ありがとう。助かるよ」
シュウはテーブルの上に置かれたカップに手をかけた。
それを見て、ユカは頷くと、囲炉裏端を通り寝室に入ると、引き戸を閉めた。部屋の中は暗い。
「タカ? 」
小さな声で呼ぶ。
「いるよ」
「これでよかったの? 」
ユカが桶を床に置く。
「正直、よくわからない。シュウのことは良い方法がないかと思っていたが、ユカに不自由な思いをさせることになってしまう」
持ってきた桶は体を拭くためだろう。昨日までは水がめの傍でやっていた。
「じゃあ、タカがよかったと思うまで、ここにいて。どうしたらいいか相談させて」
「――わかった」
今の気持ちのまま、ここを去るのは未練が残るだけだろう。
「このところ、どこかうわの空のように思えたのはシュウのことを考えていたのね。私は全然知らなかった」
「シュウはユカに知られたくなかっただろうから、気をつけていただろうね」
「うん」
「あいつは信頼できるやつだ」
「うん。わかってる」
ユカはタオルを桶の水で濡らすと、体を拭き始めた。着替えると、ベッドの中に入る。
おやすみ、と声をかけてくると、しばらくして寝入ったようだった。
――気にならないのか?
今、家には今までいなかったやつがいるのに――
タカは疑問に思った。




