79話
ご無沙汰してます……。
今回流血シーンの描写があります。
苦手な方は一気に後書きへ。ものすごい簡単にあらすじを書いております。
「とりあえず大きくするけど、絶対無理はしないでね」
こくこくとうなずくフーちゃん。
まあ、この作戦自体が無茶だと言うことはわかっている。
「よぉおし! また爪がはがれたぁああああ!!」
「「「「おおおっ!!」」」」
「……」
まだ爪剥ぎに精を出していたばあーちゃん達。見れば血の代わりに黒い魔力の塊が噴出して分散している。
あそこにフーちゃんを近づけるのは嫌だな、とチラッと別の方向へ目線をそらすと――ザッシュさんがかなり不機嫌そうにこっちを見ていた!!
全身から「まだか、グズ」と、言わんばかりに悪口が飛んできそう。
わたしはあわててフーちゃんの柄を握りしめ、不恰好にならないように気をつけつつ急いで大きく膨らませていく。
その頃大騒ぎしていたばあーちゃん達にカイン様が作戦を告げたらしく、今度は違った気合の入った声が沸く。
「よぉしっ! じゃあ、遠慮なくあいつらをとっ捕まえていけばいいんだね。派手に惹きつける囮役なんてできるかねぇ」
「普段通りでいいはずだ」
「そうかい?」
カイン様のうなずきに「普段通りねぇ」といいながら首を傾げ、とりあえずといったように混乱中のロードル元侯爵陣営に大きな火の玉を投げ込んだ。
もちろん、あちらの陣営はあわてて打ち消すが、混乱は止まらない。
「こんなもんかね。なんか地味だね」
「じゃあ、好きにしてくれ。おたくの家主が射殺さんばかりに睨んで催促している」
「ああね! あいつなら視線で射殺せるよ!! なんたって『目』だし」
ひゃはは! と笑いながらばあーちゃんはいくつもの火の玉を出現させて、無造作に打ち込んでいく。
「余所見をするな!」
「どこ打とうがいいんだろーが。気にするんじゃないよ」
「! 反撃してきたぞっ!」
「うるさい若造だねぇ。 年寄り臭いのは口だけかい」
ばあーちゃんはため息をついて、のんびりと反撃されてきたものめがけて火の玉を打ち、空中で相殺させていく。
「あんた、全然活躍してないんじゃポイント少ないよ。いいとこ見せな、若造!」
「うるさい、規格外ババア。黙って打ってくれ」
何とも言えない気持ちでうなだれるカイン様に、ばあーちゃんは大笑いしながら火の玉を乱発していた。
「……」
カイン様同様、なんともいえない気持ちでそれを見ていたわたしの頬に、何か固いものがちょん、と当たる。
なんだろう? と同時に、フーちゃんを膨らませている最中だったことを思い出してハッとして顔を上げると――
「!」
超、巨大なフーちゃんがいた。
ロードル元侯爵陣営の混乱は、大部分がフーちゃんの出現が原因みたい。
触れていた柄がもはや毛先の一部になっており、慌てて手を離すもフーちゃんは見上げるほどになってしまった。正直魔獣の腕の部分の長さより長いかも……。
ちょっと口元をひきつらせつつ、数歩後退して茫然とフーちゃんを見上げる。
お、怒っているかな。怒っているよね!?
嫌な汗を背中に感じていたら、フーちゃんは毛先をグッとまげて膨らませると、そのままびよ~ん! と、ジャンプして魔獣の手に体当たりしに行った!!
近くからどよめきの声が上がるが、もうそんなのには答えていられない。
わたしの代わりにばあーちゃんが「あたしんだよ!!」と、答えにならないカナ切り声を上げていた。
「落ち着け、味方だ! 魔獣の動きがあのホウキに集中しているうちに、さっさと捕縛するんだ!!」
カイン様が剣を構え、相手方へ走りつつ号令を出す。
「若造! 指輪を取り戻しなっ!」
ばあーちゃんの声にうなずいただけで返し、先陣を切って切り込んでいく。
そこへ後方から騎士達が大勢かけつけてきた。たぶん、シナスさんの部隊だと思う。彼らも追いついてそのまま捕縛に乗り出していく。
フーちゃんは何度目かの体当たりの後、ガシッと魔獣の手に掴まれてしまった。
「フーちゃん!」
だが、掴まれたのが柄の下の部分だったので、フーちゃんは上の部分を大きくしなって魔獣の腕をバシバシたたき出した。
と、同時に逆立てた毛で届く範囲を突き刺すように攻撃する。
その勢いは上から強い風が何度もこちらに吹き付けるくらいのもので、おそらく相当怒っているとわたしにはわかった。
たぶん、人の体で言うと腰の部分と同じなんじゃないかなぁ。フーちゃん乙女だし。
空と地上で大乱闘が起きている中、わたしはぽつん、と取り残されていた。
フーちゃんの加勢もできないし、カイン様達の中に入っていく勇気も技量もない。
急に心細くなった私が見つけたのは、空の大乱闘の真下にいるザッシュさん――と、少し離れたところで剣を交えてもみ合うカイン様とロードル元侯爵の姿だった。
何度も剣を交えてカイン様がやや押し気味になるが、ロードル元侯爵はニヤリと笑って左足で蹴る。
カイン様がサッと身をかわしたが――何かに気がついて、すぐには剣を交えなかった。
ややよろめいたものの、倒れず体勢を整えたロードル元侯爵の靴先から刃物が飛び出している。どうやら仕込みらしい。
そのうちまたカイン様が攻めだして、何度か靴をかわしながら追い込み――ザンッと凪いだ剣が嫌な音を立てた。
顔を歪めて歯を食いしばり苦悶の表情を浮かべたロードル元侯爵と、そんな彼を鋭く見据えて剣を振るったカイン様。
先のない、左手首から一拍遅れて吹き出した血。
「~~あぁあああ!!」
右手で左腕を掴んで膝をつくロードル元侯爵が叫び声を上げると同時に、強い突風が吹き荒れる。
切り飛ばされた左手は宙を舞い、魔力を抑圧するものがなくなったからか、一瞬でボッと発火して燃え上がり、小さな火の玉がコロンと地面で何度か弾んでわたしのほうへと転がってきた。
「アリス、持って来い」
ザッシュさんの声にハッとして、落ちた指輪へと駆け寄る。
まだゆらゆらと弱い火をまとわせた、赤い宝石が一つ埋め込まれた黒い指輪はすぐに見つかった。
まだ燃えている、よね。
また強く燃え出すかも、と思いつつそっと手を近づけてみると、逆に火が消えていった。
一度指でつついて確かめて、不思議と熱くなかったのでそっと拾う。
「アリス!」
「は、はい!」
あわててザッシュさんの所へ急いで走る。
ザッシュさんは魔獣の腕の下、金の渦のすぐ近くに立っていた。
「拾ってきました」
差し出した指輪を、ザッシュさんは今までの薄い表情がどこに飛んだかと思うほどの、穏やかで愛しさあふれる笑顔で受け取った。
わたしがそんなザッシュさんの笑顔に驚いていると、ザッシュさんは指輪を乗せた左手に右手を重ねて包み込み、目を閉じて額へとくっつける。
「四十年探した。……やっとだ」
そうつぶやくと、ザッシュさんの足元から金色の渦が、魔獣の者とは逆向きに湧き出してくる。
このままわたしはいていいのか、とオロオロしているとカイン様がこちらに走ってくるのが見えた。
「かい……」
「チッ」
ザッシュさんが盛大に舌打ちすると、不満げに呟き始める。
「起きろ右脳。いつまで寝ている。右手は起きるな。耳は文句を言うな。口は閉じろ、うるさい。鳴くな。いい加減にしないと映像を遮断するぞ!」
……どうやら魔獣の本体のそれぞれのパーツ(?)と交信しているみたい。
「アリス!」
そうこうしているうちにカイン様がやってきて、グイッとわたしの肩に腕を回してザッシュさんから少し離す。
「なんともないか!?」
わたしの肩に腕をまわしたまま、カイン様は確かめるようにきょろきょろと目線を動かす。
「だ、大丈夫です」
「そうか。で、この逆向きの渦は一体?」
カイン様が逆向きの渦の中心のザッシュさんの背中へ視線を向けると、やや苛立った声でザッシュさんが首を傾げた。
「はぁ? こいつに入るなどバカげている。無駄だ。働くか? 心労もある。問題は山積みだ。お家断絶寸前だぞ。ああ、ハゲるかもな」
ザッシュさんはチラッと、やや憐れんだ目でこっちを振り返る。
「……俺のことだろうか」
「え、あ……」
たぶん、とは言い切れないわたし。ごめんなさい。
チラッとこっちを見た目をまた閉じ、ザッシュさんは深いため息をつく。
「第一アリスに好かれているかどうかもわからんのだぞ」
「「!」」
今度はわたしもギョッと目を見開く。
隣ではカイン様が固まってしまった。
な……なんてこというぅううのぉおおおお!?!?!?
固まるわたし達の前で、ザッシュさんは何度か「そうだ」を繰り返し、うんざりといったため息をつき、手をおろして目を開け振り向く。
「お前を憑代にしてしまえ、という意見が出た」
「え、だ、ダメですよ!」
「もちろん嫌だと拒否した。喜べ。諦めたぞ」
「……理由が納得いかないが、まあ、諦めてくれたんならそれでいい」
わたしに好かれていないかも、というザッシュさんの言葉が相当衝撃だったらしく、自分の体の無事については怒る気力もないみたい。
ああ、今「カイン様、好きですよ!」と、言ったところで効果ないんじゃないかしら。じゃあ何を言えばいい? うーん……。
わたしはただオロオロと、カイン様のそばに立っているだけ。
ザッシュさんは「さて」と言いながら、指輪を持った右手をあげる。
「終わりにしよう」
ザッシュさんの足元から出ていた金の渦が、今度はザッシュさんに巻きつきながら指輪へと集まっていく。
指輪に集まった光が一直線に魔獣の腕を貫く。
フーちゃんは驚いて柄をのけぞらせたが、フーちゃんには何の被害もないみたい。
光に貫かれた魔獣の腕は、ビクッと大きく揺れて硬直すると、そのまま黒と金の粒になって飛散した。
「ああああああ!!」
絶望の悲鳴をあげたのは、傭兵の格好をしたボサボサ頭のシナスさんに縄を縛られたロードル元侯爵だ。
彼は大きく目を見開き、声の出なくなった口も開いたままガクガクと体を震わせる。
そして魔獣の腕が完全になくなってしまうと、膝から崩れ落ち、頭もうなだれたまま動かなくなった。
その様子を見ていたのはわたし達だけじゃなく、捕り物が粗方片付いたので多くの騎士や魔法使い達が見ていた。
「終わりだ」
ザッシュさんが宣言すると、上げていた腕を下げて指輪を胸に抱いてホッとしたように息を吐く。
「魔獣は、その……封印されたんですか?」
「封印、というか寝た」
「「寝た……」」
わたしとカイン様の声が重なり、お互いの顔を見てプッと吹き出す。
「よぉおおし、終わり! 撤収! 酒盛りだよぉおお!」
一人無傷で元気なばあーちゃんが大声で終了宣言を出すと、ようやく安堵の声が漏れ始めた。
「アリス、朝だ。日が昇る」
ポンとカイン様に肩を叩かれて顔を上げると、さっきまで見ていた金の渦よりずっと暖かな色をした光が現れた。
その光をバックに、ザッシュさんがわたしのほうへと歩み寄り、手にしていた指輪を差し出す。
「指輪は役目を終え、新たな力を得た。――アリス、決断する日が来たようだ」
決断。
――それは、わたしが“緋炎の魔女”となるか否かの選択だった。
読んでいただきありがとうございます。
おそらく年内最後の更新です。
……次回最終話となります。目標不達成!!
どうぞ よいお年をお迎えください。
【あらすじ】
フーちゃんは気合いを入れたまま大きくなり、魔獣をバシバシ叩きにかかります。一方カインはロードル元侯爵から指輪を奪還。転がった指輪をアリスがザッシュに届けると、ザッシュは魔獣のパーツと交信。自らも金の渦を出します。
カインはアリスのそばにかけつけ、ザッシュが指輪に集めた金の渦の力で魔獣の腕を光の粒にかえて飛散させます。
ロードル元侯爵はシナスに束縛されたまま戦意喪失し、騒動は終幕となります。
そんな中、ザッシュは指輪をアリスへ向け、こう言います。
「指輪は役目を終え、新たな力を得た。――アリス、決断する日が来たようだ」
最終話へ続く!!