第8話 仕分け
お話ごとの登場人物
・フローラ ヴィスコンティ子爵令嬢。
・フェルディナン アルセリア王国第二王子。王族聖職者。
グレイム教会の食堂では、長テーブルが壁際へ寄せられ、椅子は脚を上向きにしてその上へ並べられていた。
ある程度の広さを確保した中央にいるのは、フローラと、いくつもの木箱だった。
木箱の中には、司祭がひとまず詰め込んだ寄付品が、種類も状態も構わず収められている。
今日のフローラの奉仕活動は、その仕分けだった。
毛布や古着、食器をはじめとした、そのまま使える日用品は、施療院、孤児院、貧民街と、使用先ごとに分けて別の木箱へ入れていく。
ほつれや穴のある衣服、ボタンが取れているもの、少し破損した小物など、手を加えればまだ使えるものは、修繕用の箱へ。
反対に、貴族からの寄付と思われる、庶民が普段使わないような品――上等な衣服や装飾品、用途の分からない珍しい品などは、教会主催の慈善市へ回される。売り上げは教会の活動資金となるため、傷めないよう一つずつ丁寧に包んで箱へ収めていく。
修復しようのないほど壊れたものや、汚れのひどいもの、臭いのきついものは廃棄用へ。
一つ一つ手に取り、状態を確かめ、行き先を決める。
その作業を、フローラは淡々と繰り返していた。
「これは……どちらでしょう?」
少し離れたところから声がする。
フローラが手を止めて振り返ると、フェルディナンが小さな木箱を手にしていた。
「修繕用です」
「なるほど。では、これは?」
「それは施療院へ」
「こちらは?」
「孤児院です」
フェルディナンは一つずつ確認しながら、仕分けを手伝おうとしているらしい。
しかし、そのたびにフローラの手が止まる。
しばらくして、フローラは小さく息を吐いた。
「殿下」
「はい」
「私が仕分けますので、どうぞお休みになっていてください」
やんわりと告げられた言葉に、フェルディナンは少しだけ目を瞬いた。
どうやら、自分がいることで作業が進んでいないらしい。
「……わかりました」
素直に木箱を置くと、フェルディナンは壁際に置かれていた色あせた丸椅子へ腰を下ろした。
それからは何も尋ねず、静かにフローラを見つめている。
フローラはそんな視線を気にする様子もなく、再び作業へ戻った。
布の状態を確かめ、使い道を決める。
食器を一枚ずつ確認し、木箱へ収める。
装飾品は傷がつかないよう布で包む。
ただ、それだけの作業を淡々と続けていく。
その姿を、フェルディナンは丸椅子に座ったまま、飽きることなく眺めていた。
黙々と仕分けをしていたフローラは、一つの寄付品を手に取ると、ふと動きを止めた。
幾何学模様が施された、長方形の木箱。
貴族が使う装飾品入れだろうか。
蓋を開けようとするが、面と面がぴったりと接していて動かない。それとも、開ける場所が違うのだろうか。
フローラは箱を目の高さまで持ち上げ、向きを変えながら観察した。
蝶番は見当たらない。
装飾品入れではなく、模様を楽しむための置物なのだろうか。
眉を寄せていると、様子を見ていたフェルディナンが不思議そうに隣へやってきた。
「お悩みですか?」
「高価なものだと思うのですが、用途が分かりません」
フローラが箱を差し出すと、フェルディナンはそれを手に取った。
「ああ。からくり箱ですね」
「からくり箱?」
首を傾げるフローラの前で、フェルディナンは箱の側面を指で滑らせた。
すると、面の一部がするりと横へずれた。
「……なんですか、これは?」
フローラが目を瞬かせる。
「正しい手順で仕掛けを動かさないと開かない、特殊な箱です。子どもの頃に遊んだことがあります。懐かしいですね」
貴族の子弟へ贈る玩具としても、よく知られた品らしい。
「せっかくですから、開けてみましょうか」
楽しそうに言って、フェルディナンが箱へ手をかける。
右の側面を手前へ引く。
続けて左の側面にも触れてみるが、こちらは動かない。
今度は順番を変えてみる。
それでも、うまくいかない。
「兄上は、こういうものが得意でしたね」
懐かしそうに呟きながら、フェルディナンは箱をあちこちから眺める。
手順を変え、動かせる場所を探す。
しばらくすると、今度は手前の側面がわずかに動いた。
「こちらでしょうか」
一つ動かせても、次に動かせる場所が見つかるとは限らない。
「……いや、違いますね」
フェルディナンは一度動かした場所を戻し、別の面へ手を伸ばした。
どの面を、どの順番で、どの方向へ動かしたのか。
正しかった手順と、間違えていた手順を頭の中で組み合わせながら、仕掛けを一つずつ探っていく。
「これを動かして……」
いつの間にか、フェルディナンの柔和な表情は真剣そのものになっていた。
その手の中で、幾何学模様の木箱は、側面がずれたり引っ込んだりするたびに模様を変えていく。
フローラは、いつしか仕分けの手を止めていた。
ただ黙って、フェルディナンの手元を見つめている。
やがて、辛抱強く仕掛けと向き合っていたフェルディナンが、最後の一手を動かした。
するり。
箱が開いた。
「開きました!」
思わず笑顔をこぼすフェルディナン。
フローラは目を見開いた。
二人で箱の中を覗き込む。
複雑な仕掛けが組み込まれているため、箱の大きさの割に収納できる部分は小さい。
そして、その中には何も入っていなかった。
「やはり、空でしたか」
「そのようですね」
少し残念そうに呟いたフェルディナンだったが、ふと、隣にいるフローラへ目を向けた。
彼女はまだ、からくり箱を興味深そうに見つめている。
フェルディナンは目を細めると、開いたときとは逆の手順で、箱を一つずつ元へ戻していった。
最後の側面を収めると、箱をフローラへ差し出す。
「思っていたより時間がかかってしまって、失礼いたしました」
「いえ……初めて見ました」
「そうでしたか」
フローラは渡された箱を見つめる。
「慈善市に出すことにします」
これほど手の込んだものなら、いくらほどで売れるのだろう。
執事に尋ねれば、相場も分かるだろうか。
そんなことを考えていると、今度はフェルディナンが首を傾げた。
「孤児院の子どもたちの、玩具にできるのではありませんか?」
よく孤児院へ足を運んでいるフローラが知らないということは、孤児院にもこうした玩具はないのだろう。
一つくらい、あってもいいのではないか。
「……高価なものなのでは?」
「どうでしょう。私は色々なからくり箱を持っていましたから」
単純な仕掛けのものから、工数の多い複雑なものまで。
その種類は様々だった。
「…………」
フローラは、からくり箱を見つめたまま黙り込んだ。
しばらく考えた末に、やがて一つの結論を出す。
「……では、孤児院へ」
「子どもたちが喜びますね」
嬉しそうに笑うフェルディナンへ、フローラは小さく頷いた。
その後、フローラは再び仕分け作業へ戻った。
フェルディナンは色あせた丸椅子へ腰を下ろし、今度こそ邪魔をすることなく、作業が終わるまで静かにその様子を眺めていた。




