第7話 手紙
お話ごとの登場人物
第一王子派
・セヴェリウス ヴィスコンティ侯爵。フローラの祖父。
・シモンズ伯爵(死亡) ・フェルネル伯爵(死亡)
第三王子派
・ローデン侯爵(死亡) ・オルデンベルク侯爵 ・アーデルハイム公爵
ヴィスコンティ侯爵邸。
王都に古くからある邸は、外から見れば由緒正しい造りである。
だが、一歩足を踏み入れれば、その印象は一変する。
廊下には絢爛豪華な調度品や装飾品が並び、夜だというのに光魔法の明かりが煌々と灯されていた。よく磨かれた金の像や、異国から取り寄せた東洋の壺が光を反射し、壁や床に淡い輝きを落としている。
その廊下の奥。
当主の執務室では、セヴェリウス・ヴィスコンティ侯爵が執務机に向かい、険しい表情で一枚の調書を眺めていた。
フェルネル伯爵が亡くなった。
昨日、体調不良を訴えて自宅で身体を休めていたという。
そのまま容体が急変し、帰らぬ人となった。
フェルネル伯爵には持病があった。
とはいえ、最近は大きな問題もなく、日常生活にも支障はなかったと聞いている。
医師の見立てでは、持病が急激に悪化した可能性が高い。
それだけを聞けば、不自然な死とは言い切れない。
だが、シモンズ伯爵にフェルネル伯爵。
どちらも、あまりにも突然だった。
セヴェリウスは調書から目を離し、窓の外へ視線を向ける。
シモンズ伯爵が亡くなったときも、突然の体調不良だった。
そして今回もまた、急な体調の変化による死。
偶然。
そう片付けることはできる。
けれど、二人とも第一王子を支える人間だった。
セヴェリウスの胸に、嫌な予感が残る。
(――こんな偶然が、ありえるのか?)
シモンズ伯爵が亡くなったときの、エドワードの言葉が脳裏に蘇った。
――根拠のない疑いで周囲を探れば、それこそこちらが警戒していると相手に知らせることになる。
その言葉に基づき、セヴェリウスは表立って動いてはいない。
だが、何もしないわけにもいかなかった。
密かに人を動かし、関係者を調べさせている。
そうして集めた報告書に、セヴェリウスは何度も目を通していた。
ローデン侯爵。
第三王子を支持する貴族の一人。
こちらを疑っていることは、セヴェリウスも把握している。
だが、それは見当違いだ。
侯爵の軍事演習中の事故死。
報告を見る限り、侯爵自身の判断ミスと不運が重なっただけのようだった。
セヴェリウスは小さく息を吐く。
(事故、か……)
そう考えるのが妥当なのだろう。
だが、こちら側からも二人が亡くなっている。
それを考えれば、疑うなというほうが無理な話だった。
ましてや、第三王子を支持する者たちは、こちらを疑っている。
向こうからすれば、自分たちが先に動いたように見えているのかもしれない。
セヴェリウスには、それが歯がゆかった。
自分たちは何もしていない。
それでも、相手から疑われている。
そして相手もまた、何かを警戒している。
もし、このまま互いに疑い続ければ――。
何もしていない者同士が、相手の出方を恐れて動き始める。
それだけは避けなければならない。
だからこそ、エドワードは動かないのだ。
証拠のない段階であちらを探れば、こちらが彼らを疑っていると知られる。
警戒された相手が先に動けば、取り返しがつかなくなる。
エドワードは、それを理解している。
だから今は、静かに情報を集めるだけ。
セヴェリウスも、それが正しいことは分かっていた。
分かってはいる。
だが王太子たるエドワードを守ることが、自分の役目だ。
何かが起きてからでは遅い。
セヴェリウスは、手元の調書を閉じた。
長く、ゆっくりと息を吐く。
手元の調書を引き出しにしまい、鍵をかける。
そして、別の引き出しから新たな書類を取り出す。
フローラの婚約者候補をまとめたものだった。
何枚かの書類を机の上に並べる。
そこに記された家名のいくつかには、すでに斜線が引かれていた。
条件が合わない家。
家格に問題がある家。
本人や家族の評判に難がある家。
いずれも、フローラを嫁がせるには相応しくないと判断した家だった。
セヴェリウスは残った家名を眺める。
(婚約者を探すのは、もう少し様子を見たほうがいいかもしれん)
フローラには、まだ時間がある。
淑女としての教育には力を入れてきたが、魔術師としての教育はほとんど施していない。
だが、それで問題はなかった。
教会の影響力が強いこの王国では、光属性が好まれ、闇属性は敬遠される傾向がある。
それでも、魔力の属性は生まれつきのものだ。
親と同じ属性が子に受け継がれるとは限らない。
ならば、重要なのは属性よりも魔力量。
優秀な魔術師や騎士を輩出してきた家では、婚姻相手を選ぶ際にも魔力量が重視されることが多い。
魔力量の多い者同士からは、魔力量の多い子が生まれやすい。
次代のために、フローラの魔力を求める家は少なくない。
それに、フローラには目立った問題行動もない。
寡黙で、表情から考えていることが読み取りにくいという難点はある。
だが、人前で感情を荒らげることもなく、家の方針に反発することもない。
教会にも足を運び、慈善活動にも熱心だ。
周囲の大人から見れば、扱いやすく、手のかからない令嬢だった。
教師の指示には従い、社交の場でも余計な騒ぎを起こさない。
自分から何かを強く望むことも少ない。
ましてや、婚姻について駄々をこねるようなこともない。
家にとって、これほど都合の良い娘もそうはいない。
闇属性という一点だけを見れば敬遠する者もいる。
だが、それを補って余りあるだけの魔力量と家柄がある。
むしろ魔力を重視する家にとっては、魅力的な婚姻相手だろう。
セヴェリウスは書類に並ぶ家名を一つずつ目で追った。
(どの家に嫁がせても、扱いに困ることはないな)
そう考えながら、候補の一つに指を置く。
そのとき。
執務室の扉が、控えめに叩かれた。
「旦那様、お手紙です」
「入れ」
扉を開けて入ってきたのは、長年仕えている執事だった。
「こんな時間に手紙?」
「はい。差出人が不明なのですが、妙に目を引く手紙でしたので、お持ちいたしました」
「魔力検知はしたんだろうな?」
「もちろんでございます。何も反応はございませんでした」
侯爵宛てに届く手紙には、魔法を仕掛けた嫌がらせの類も少なくない。
そのため、差出人の分からない手紙はもちろん、見覚えのない封書が届いた際には、必ず魔力の検知を行うことになっていた。
執事が銀色のお盆に載せた封筒を、セヴェリウスの前に差し出す。
黒い封筒だった。
そこには、金色の美しい文字で、セヴェリウスの名だけが記されている。
セヴェリウスは封筒を手に取り、裏返した。
赤い封蝋。
だが、貴族の手紙にあるような家紋入りの封印ではない。
何か平たいものを押し当てただけのような、送り主を特定するもののない封印だった。
近づけてみると、微かに薔薇の香りがする。
上品なのか、悪趣味なのか。
少なくとも、セヴェリウスの趣味ではなかった。
「開けてくれ」
「はい」
執事がペーパーナイフを取り出し、慎重に封を切る。
何も起こらない。
中に入っていたのは、二つ折りにされた白い便箋だった。
執事から便箋を受け取ると、セヴェリウスはゆっくりと開く。
白い紙の中央。
そこには、流麗な文字で一文だけが記されていた。
『これで終わると思いますか』
セヴェリウスの目が止まる。
誰が。
何のために。
何を知っている。
そして――次があるのか。
たった一文。
それだけの言葉が、頭の中で幾度も繰り返される。
シモンズ伯爵。ローデン侯爵。そして、フェルネル伯爵。
偶然の重なりだと思っていた。
そう考えるべきだと、自分に言い聞かせていた。
エドワードも、そう判断している。
証拠がない以上、動くべきではない。
分かっている。
だが、この手紙は何を意味している?
もし、この三人の死を知った者がいるのなら。
もし、三人の死を一つの出来事として見ている者がいるのなら。
そして、もし――。
次があるのなら。
「…………」
セヴェリウスが黙り込んだまま動かない。
執事は不安そうに、その様子を窺っていた。
やがてセヴェリウスは便箋を折り、封筒とともにお盆へ戻した。
「燃やしておけ」
「かしこまりました」
執事は一礼すると、手紙を持って退室した。
扉が閉まる。
静まり返った執務室で、セヴェリウスは一人、椅子に深く腰掛けた。
エドワードは動かない。証拠がないからだ。
それは正しい。
だが――。
もし本当に、次があるのなら。次に狙われるのは誰だ。
エドワードか。あるいは、自分か。
セヴェリウスはゆっくりと立ち上がった。
考えれば考えるほど、答えは一つに絞られていく。
エドワードは慎重すぎる。証拠が揃うまで動かない。
ならば、自分が動くしかない。
何かが起きてからでは遅い。
王太子を守れるのは、自分しかいない。
セヴェリウスは机の上に残された調書へ目を向けた。
その目には、先ほどまでとは違う決意が宿っていた。




