第3話 施療院
お話ごとの登場人物
・フローラ ヴィスコンティ子爵令嬢。
・フェルディナン アルセリア王国第二王子。王族聖職者。
・マグヌス ヴィスコンティ子爵。フローラの父。
一週間後。
フローラはマグヌスと共に、グレイム教会を訪れていた。
「私は司祭様と物資や寄付の確認をしてくる。――今日は施療院かい?」
「はい。先に行っておりますので、ごゆっくり」
教会堂でフローラの姿を見つけた助祭は、挨拶もそこそこに施療院へ向かうよう告げた。
二日前から、怪我人も病人も急に増えたらしい。
「フローラ様には、いつも本当に助かっております」
「娘がこんなに熱心だとは、私も想像していませんでした」
セヴェリウスとは違い、政治への関心が薄いマグヌスは、時間があれば慈善事業や慈善活動に足を運んでいる。
社交界にデビューしたフローラを連れて教会を訪れるようになって、早くも二年。
今では、マグヌスが誘わずとも、フローラのほうから一人で教会へ足を運び、慈善活動を手伝うようになっていた。
「奥方様は、今日はご一緒ではないのですね」
「茶会だそうです」
「そうでしたか。――奥様も評判が良くて、いつも大変助かっております」
助祭とマグヌスが、にこやかに笑い合う。
ヴィスコンティ子爵家では、マグヌスだけでなく、妻も娘もそれぞれの時間を見つけて教会の活動を手伝っている。
そのため、グレイム教会の者たちにとって、ヴィスコンティ家はすっかり馴染みのある存在だった。
「そういえば、フローラから修道士が一人増えたと伺いました」
「ええ。ようやく上層部が人員を増やしてくださったのです」
施設の数が多い割に、グレイム教会で働く者は少ない。
孤児院、施療院、炊き出しや物資の配給など、抱えている仕事は多いというのに、人手はいつも足りていなかった。
新たに修道士が一人加わっただけでも、現場にとっては大きな助けである。
「マグヌス様が助言くださったのでしょう」
「私の力など、僅かですよ」
すっかり話し込んでいる助祭とマグヌスを見て、フローラはそっとその場を離れた。
向かう先は、施療院だった。
施療院は、木造の細長い二階建ての建物だった。
寄付金を納めれば、司祭が光魔法によって傷を癒してくれる。
だが、この地区には、その費用を払うことのできない者も多い。
施療院は、そうした住民のために建てられたものだった。
フローラは慣れた足取りで勝手口をくぐると、壁に掛けられた貸し出し用の生成り色のエプロンを手に取った。
ドレスの上からエプロンを身につける。
ところどころシミがついたエプロンで、不釣り合いな格好だ。それでも、通い続けているせいか、妙に様になっていた。
診察室へ顔を出すと、ちょうど修道士が患者の診察をしていた。
「フローラ様、お越しだったのですね」
嬉しそうに声をかけてくる修道士に、フローラは尋ねた。
「まず、何からやりましょうか?」
「倉庫の窓辺に薬草を干しているので、粉末状にして整腸薬の瓶に詰めておいてください」
「わかりました」
それだけ言うと、フローラは診察室を後にした。
きしむ箇所を避けながら階段を上り、二階の奥にある倉庫へ向かう。
倉庫には、寝具や包帯などの布類をはじめ、保存食や予備の器具、薬草などが種類ごとに整理されていた。
作業用の机の上には、すり鉢とすりこぎ棒、それから空になった整腸薬の瓶が並んでいる。
フローラは窓辺に干してある薬草を回収すると、無造作にすり鉢へ入れた。
すりこぎ棒を手に取り、薬草を少しずつ粉々にしていく。
振り潰した時の独特の匂いに戸惑うこともあったが、もう慣れた。
力を入れすぎれば疲れる。だから、ほどほどに。
一定の力で、黙々とすり潰していく。
途中、フローラは目を閉じて、うとうとしかけた。
それでも手だけは止まらない。
倉庫には、すりこぎ棒とすり鉢が擦れ合う音が響いていた。
規則正しく響いていたかと思えば、時折、少しだけ間が空く。
静かな倉庫で、時に眠気と戦いながら、ひたすら薬草を粉末にしていた。
薬草を擦り終えたフローラは倉庫を出ると、再び診察室へ戻った。
「次は、どうします?」
「包帯を替えるのを手伝っていただけますか?」
「わかりました」
お盆に新しい包帯をいくつか用意し、廃棄する包帯を入れるための大きめの受け皿も載せる。
エプロンのポケットに入れていた、くたびれた手袋をはめると、修道士について再び二階へ上がった。
修道士が傷の状態を確認し、薬草を塗り込む。
その間に、フローラは慣れた手つきで包帯を巻いていく。
きつすぎず、緩すぎず。
患者が身体を動かしても、傷口に包帯の端が擦れて痛まないように。かといって、簡単にほどけることのないよう、しっかりと結ぶ。
手際よく三人目の包帯を巻き終えようとした頃、階下が少し騒がしくなった。
「見に行ってみましょう」
修道士と共に階段を降りると、エントランスには見慣れた王子の姿があった。
「お久しぶりです、フローラ嬢」
「ごきげんよう、殿下」
フェルディナンが花が咲いたような笑顔を浮かべる。
フローラはさっと一礼をした。
「ようこそ、フェルディナン殿下。本日は視察でございましたか?」
「ええ。少しお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
司祭から視察の予定を聞いてはいなかったが、第二王子の突然の訪問は今に始まったことではない。
修道士も快く頷いた。
「フローラは包帯の交換ですか?」
「ええ」
フェルディナンの視線が、フローラの手にするお盆へと移る。
その動作に合わせるように、フローラは交換したばかりの汚れた包帯が入った受け皿を、手のひらでそっと覆った。
「隠さなくてもいいのですよ」
「お目汚しですから」
「フローラ嬢だって、見ているではありませんか」
「見慣れていますから」
頑ななフローラの態度は、いつものことだった。
そんな気遣いすら、フェルディナンは素直に嬉しく思う。
「以前も拝見しましたが、フローラ嬢は包帯を巻くのがお上手ですよね。今日も立ち会ってよろしいでしょうか?」
あっという間に包帯を巻き上げる、その手際は見事だった。
すぐ近くでもう一度見たい。
そんなフェルディナンの申し出に、フローラは即答した。
「いえ。三人で動くと狭いので、ほかの方々へ声でもかけてあげてください」
寄付金なしに回復魔法を使うことは禁じられている。第二王子であろうと、ここで勝手に傷を癒すことはできない。
けれど、癒しを必要としているのは、目に見える傷だけではなかった。
「わかりました」
あまりにも丁寧に断られた気もする。
けれど、フェルディナンは気にした様子もなかった。
こうしてフローラと話せただけでも、十分に満足しているらしい。
「一階からでよろしいですか?」
フローラが修道士へ確認するように視線を向けると、修道士は慌てて頷いた。
「お任せいたします」
「私たちは二階の続きから先に回ります。殿下は、絶対に一階の奥の部屋へは近づかないでくださいね」
「わかっていますよ。フローラは心配性ですね」
理解しているのか、いないのか。
笑みを浮かべるフェルディナンに、フローラは念を押した。
「重篤な方が殿下を見て、お迎えと勘違いされたのです。忘れたとは言わせません」
一階の最奥には、老衰や病などで動くことのできない者や、回復の見込みが薄い者たちが静かに休んでいる。
以前、フェルディナンを見た患者が「お迎えが来た」と勘違いしてしまったことがあった。
それ以来、フローラは必ず奥の扉を閉め、フェルディナンにも毎回同じ忠告を繰り返している。
「あなたの言葉は忘れませんよ」
「では、そうしてください」
「もちろんです」
これだけ言っておけば大丈夫だろう。
どこか機嫌の良さそうなフェルディナンと、なぜか少し落ち着かない様子の修道士。
フローラは首を傾げながら、再び修道士と共に二階へ戻っていった。
結局その後は、フェルディナンが一人ひとりに丁寧に声をかけていたこともあり、二人でお茶を共にすることはできなかった。
別れ際、フェルディナンはフローラに小さなお菓子の包みを持たせてくれた。
帰りの馬車の中。
膝の上に置かれたお菓子の包みを見て、マグヌスは静かに笑みを浮かべた。




