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第13話 来客

お話ごとの登場人物


・フローラ ヴィスコンティ子爵令嬢。

・ゼノン フローラの知人

・アデライド ヴィスコンティ子爵夫人。フローラの母。

 すっかり日も暮れた頃、フローラはようやく帰邸した。


 フェルディナンの純白の魔力翼も、思わず彼の名を呼んでしまったことも、ミロとのやりとりも。今日あった出来事は、まだどれも消化しきれていない。


 考えたいことはあるが、今はひとまず着替えて夕食にしよう。


 両親を待たせてしまう。


 自室へ向かおうとしたところで、使用人の一人に呼び止められた。


「お嬢様、お客様がお見えになっております」


「こんな時間に?」


 フローラは足を止めた。


「お嬢様がお戻りになるまで、お待ちになると仰っておりまして……」


 言葉を濁す使用人に、フローラは首を傾げた。


「どなたですか?」


「お嬢様のお知り合いだそうですが……申し訳ございません。私も、執事から応接室にお通ししていると聞いているだけでして」


 使用人は困ったように頭を下げた。


「すぐに済むお話だそうですので、そのまま応接室へいらしていただければよいとのことです」


 夕食前に、わざわざ来客用の服へ着替え直さずに済むのはありがたい。殊勝な客ではあるらしい。


 とはいえ、すぐに済む話なら、なぜこんな時間に訪ねてきたのか。しかも、フローラが帰邸するまで待っていたという。


 タイミングが悪いにもほどがある。


 そもそも、心当たりがなかった。


 応接室へ向かいながら、フローラは思い当たる人物を探ってみる。けれど、誰一人として浮かんでこない。


 やがて、応接室の前にたどり着いた。


 フローラは小さく息をつき、軽く扉を叩いてから開ける。


 そして、室内にいた人物を目にした瞬間――あからさまに顔を顰めた。


 すらりとした脚を組み、ソファに背中を預けて、ゆったりと紅茶を楽しんでいる男。


 フローラが室内へ入ると、漆黒の髪がさらりと揺れ、琥珀色の瞳が輝いた。


「……ゼノン、どういうつもり?」


「急に君の顔が見たくなったんだ。突然の訪問でも快く受け入れてくれるなんて、いい家だね」


 飄々としたゼノンとは正反対に、フローラの表情は険しかった。


「どうやって入ったの?」


「正面からに決まっているだろう?」


「……」


 あまりにも当たり前の答えに、フローラは口を閉ざした。そんな彼女を見て、ゼノンが微笑む。


「こんな時間まで出歩くなんて、いけない子だね。危ないから、暗くなる前には帰らなくちゃ」


「おまえにだけは、言われたくない」


「心配しているんだよ」


「どこが?」


 さも当然のように言い切るゼノンに、フローラは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「大事なお姫様に何かあったら大変だろう?」


「だったら、もう少しまともな時間に来ることね」


「僕が来たときには、まともな時間だったんだけどな」


「どうだか」


 売り言葉に買い言葉。


 鋭い眼差しを向けるフローラを、ゼノンは楽しそうに見つめていた。


 先に視線を外したのは、フローラだった。


「夕食の時間だから、用がないなら帰って」


「相変わらずつれないね。僕と君の仲じゃないか」


「大した仲じゃないでしょう。帰って」


 態度を変える気のないフローラに、ゼノンは笑みを浮かべたまま立ち上がった。


「今日は君の顔を見に来ただけだからね。お望み通り、そろそろ帰るよ」


「見送るから、今すぐ出ていって」


 扉を開けて退室を促すフローラに、ゼノンはやれやれと肩をすくめた。


「また来るから、そのときはいい子の君に会えるかな?」


「一生来なくてもいいのだけれど?」


「それは無理だね」


 きっぱりと言い切るゼノンに、フローラはそれ以上言い返さなかった。


 そんな彼女を見て、ゼノンの唇がわずかに吊り上がる。


「今度はちゃんと用件を持って行くからね」


 その言葉に鼻を鳴らしたフローラは、早く出ていけと言わんばかりに扉の先を示した。


 今度こそ、ゼノンは応接室を出ていく。


 フローラは彼が邸のエントランスから出ていくまで、きっちりと見送った。




 フローラがゼノンを見送り終えると、入れ違うように、ディナードレスに着替えた母アデライドがひょっこりとエントランスへやってきた。


「お客様、帰ってしまわれたの?」


「今しがたお帰りになられました」


「ご挨拶しようと思ったのに、間に合わなかったわね」


 残念そうに青い瞳を揺らすアデライドに、フローラは首を振った。


「母上がお会いする必要はございません。ただの迷惑客です」


「あなたがそんなことを言うなんて、珍しいわね」


 ころころと笑みを浮かべるアデライドに、フローラは口を閉ざした。


「まあいいわ。食堂で待っていますからね」


「どうぞ先にお召し上がりください」


 気を遣うフローラに、アデライドは首を横に振った。


 ふんわりとした栗色の髪が、楽しげに揺れる。


「嫌よ。さっきまで教会にいたのでしょう? 殿下にはお会いできたのかしら。食べながら聞きたいわ」


 フローラの表情が、わずかに曇った。


 どうやら図星らしい。


「ゆっくり着替えてから、いらっしゃい」


「いえ、急いで着替えます」


 母を待たせまいとするフローラに、アデライドは楽しそうに笑い返した。


 ひらひらと手を振りながら、軽やかな足取りで去っていく。


 その後ろ姿を見送り、フローラは小さくため息を吐いた。


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