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第10話 食卓

お話ごとの登場人物


・エドワード アルセリア王国第一王子。王太子。

・フェルディナン アルセリア王国第二王子。王族聖職者。

・アルフレッド アルセリア王国第三王子。

 第三王子を軍事と王宮の橋渡し役として支えていたアルケイア侯爵が亡くなった。


 原因は、魔力暴走。


 魔法の扱いにも長けた人物に、果たしてそのようなことが起こり得るのか。


 ――いや、だからこそなのか。


 その事実は、瞬く間に宮廷内へ広まっていった。


 もちろん、王家にも。


 国王、王妃、第一王子、第二王子、第三王子。


 家族が揃う夕食だというのに、食器が触れ合う小さな音だけが静かに響いていた。


 数日前までとは、空気がまるで違っている。


 フェルディナンから見ても、その理由は明白だった。


 けれど、このままでは居たたまれない。


 何か話さなければ。


 宮廷内の話でなければ、大丈夫ではないだろうか。


 そう考えたフェルディナンは、静かに口を開いた。


「……先日、グレイム教会へ行ったのですが、子どもたちに建国記念の祝賀会の話を聞かれました」


 静かに食事を進めていた家族が、わずかに顔を上げる。


 その視線を受けながら、フェルディナンは続けた。


「そうしたら、踊ってみたいと言う子どもがいて、フローラ嬢が子どもたちにダンスを教えてくれました」


「まあ。楽しそうですこと」


 子どもたちが踊る愛らしい姿を想像したのだろう。


 隣に座る王妃の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


 上座の短辺に座する国王もまた、目を細める。


「またフローラ嬢の話か?」


 呆れたように口を開いたのは、向かい側に座るアルフレッドだった。


 エドワードやフェルディナンとは少し違う、ふわふわとした金髪。


 鍛錬を欠かさない身体には少年らしいしなやかさが残っており、釣り上がった空色の瞳にも、まだ幼さがあった。


「フローラ嬢は、踊るのもお上手でした。相手の動きをよく見ているので、褒めるのも指摘するのも的確です」


 あの夜、フローラと二人で踊ったことまでは話せない。


 この家族ならば、すでに知っているのかもしれない。


 けれど、聞かれていないのであれば、自分から話す必要もない。


 代わりに、別のことを口にする。


「きっと、いい先生になれますよ」


 思い返すと、自然と笑みがこぼれた。


 その様子を見て、アルフレッドが口を尖らせる。


「フェル兄は、フローラ嬢以外に話題はないの?」


「そう言われましても……」


 教会内部のことを、そのまま家族に話すことはできない。


 となれば、視察の話くらいしかない。


 他に何か話せることはないかと考えて、フェルディナンはふと思い出した。


「あっ、今年は広場の演芸鑑賞に、子どもたちの専用場所を作ったでしょう。好評だったようですね」


「僕だって、兄上の役に立てるんだ」


 胸を張るアルフレッドに、隣に座るエドワードは小さく頷いた。


「そうか」


 それだけだった。


 アルフレッドの表情が、わずかに固まる。


「……」


 いつもの兄なら「いい提案だった」「来年も検討しよう」と、もう少し具体的に褒めてくれる。


 アルフレッドは食事を進めるエドワードの横顔を見つめた。


 けれど、エドワードの視線がこちらへ向くことはなかった。


 そのことに気づいたフェルディナンは、胸の奥が重くなるのを感じた。


 再び静まり返った食卓で、何か他に話題はないかと考える。


 そして、また別のことを思い出した。


「そういえば、庭園の隅の家庭菜園ですが、苺の実がなりはじめました」


「今年はたくさん実りそうかしら?」


「はい。肥料を変えたので、まだ小さいですが、実はたくさんついています」


「それは楽しみだな」


「ええ」


 王妃と国王が会話に加わる。


 ほんの少しだけ、食卓の空気が緩んだ。


 けれど、アルフレッドは油断しないとでも言いたげに、フェルディナンへ問いかける。


「どうせフローラ嬢に食べさせるんだろ?」


「アルの分もありますよ。皆で分けて食べましょうね」


 お気に入りだからといって、家族と一介の令嬢を一緒くたにしないでほしい。


 そんな不満が顔に出たのか、アルフレッドはまた口を尖らせた。


「最初は絶対、僕に採らせてよね」


「では、アルに味見をしてもらいましょう」


「約束だぞ。最初に食べるのは僕だからね」


「ええ」


 弟の可愛らしい願いに、フェルディナンは穏やかに頷いた。


 アルフレッドは、異母弟だ。


 フェルディナンが幼い頃、実の母は流行り病で亡くなった。


 それから数年後、今の王妃が母として迎えられた。その翌年には、アルフレッドが生まれた。


 それでも、王妃は兄にも自分にも、分け隔てなく愛情を注いでくれる。


 実の兄弟のように育った。


 自分も兄も、母親が違うという理由で、アルフレッドを弟だと思わなかったことなど一度もない。


 それなのに、今は三人で食卓を囲んでいるというのに、以前のように笑えない。


 何が変わったのか、フェルディナンには分からなかった。


 ただ、早く元の関係に戻ってほしい。


 エドワードとアルフレッドに、以前のように言葉を交わしてほしい。


 三人でくだらない話をして、母が笑って、父が呆れたようにそれを眺める。


 そんな日々に戻ってほしい。


 そう思っている。


 けれど、それが叶うという保証はどこにもなかった。


 向かいに座るアルフレッドは、先ほどまでの不満そうな顔を少しだけ和らげ、約束した苺のことを楽しみにしている。


 その隣では、エドワードが静かに食事を続けている。


 二人の間にある距離は、以前と何も変わっていないように見える。


 それでも、フェルディナンには、何かが違ってしまったように思えた。


 そんな三人を、王妃は黙って見つめていた。


 母として、三人とも大切な子どもたちだった。


 誰か一人を選ぶことなど、できるはずがない。


 国王もまた、食事の手を止めることなく、三人の息子を見ていた。


 それぞれに異なる表情を浮かべる息子たちを見て、胸の奥が痛む。


 王として考えなければならないことは多い。


 けれど今だけは、ただの父親として、三人が以前のように笑い合っている姿を見たかった。


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