悪いことのあとは、良いことがある
なんだか酷く喉が渇いて目が覚めた。
いつの間にベッドで寝ていたんだろうか。ぼんやりとした視界に見慣れた天井が映った。
体が凄く怠くて熱い。喉も渇いていていっそ痛いぐらいだ。
起き上がるのに気合いを入れて、一気に体を起こす。
ぐらぐらと脳を揺らされたみたいな感覚に、またベッドに寝てしまいそうになるが片手をベッドについて、なんとか倒れそうになる体を支えた。
「……風邪ひくようなことしたっけ??」
思わずそんな言葉が出た。
森の中だから夜だと割と寒いからちゃんと温かくして寝てたのに。
あと、ベッドに入る前の記憶が無い。ついでに着替えた記憶も無い。いつの間に着替えたんだろうか?
痛む頭をおさえ襲いくる吐き気に耐えながら、どうにかベッドに入る前の記憶を呼び起こそうとする。
……確か、パルティーがなる木を探しに森の中に入って、でも途中で無理だって諦めて、弁当を食べてから帰ろうとし……て……。
『おお!! 目が覚めたか!!』
「アン、グレカム……」
ベッドは壁際に置いているのだけれど、ベッドより少し上位の位置に無かったはずの窓がいつの間にか存在していて、そこからいつも通りの厳つい顔が見えた。
『うむ、我である! ああ、まだ熱があるのだろう? もう少し横になっているが良いぞ。それから喉が渇いただろう。これを食べると良い。冷たくて喉も潤う』
「金色のりんご? え、なにこれ」
『いいから、ほら食うのだ。あーん、だぞ』
「あ、あーん??」
魔法で浮かせているらしいりんごが唐突に皮が剥かれ一口サイズに切り分けられ、ふよふよと一切れが私の口元に飛んでくる。
アングレカムに促されるまま口を開けると、りんごが口の中に入ってくる。
皮を剥いた後も金色だったからどんな味がするのかと思えば、普通に甘く冷たく、噛めば噛むほどに果汁が溢れてきて美味しかった。
味はりんごじゃなくてバニラアイスだったけど。りんごのシャキシャキ間にバニラ味という違和感。
口の中のりんごを飲み込めばまた一切れ口の中に入れられ、それを飲み込んだら次のりんごを、と繰り返しあっという間にりんごを一個丸々食べ終えてしまった。
喉が潤って、ついでになんだか体が楽になった気がする。
「美味しい……ありがとうアングレカム。おかげでなんだか体が楽になったよ」
『そうかそうか。それは良かった。うむ、やはり世界樹の実は便利だな。少し備蓄しておこうか』
「……………………はぁ!?」
呑気にうんうん頷きながら呟かれた言葉に、思わずベッドから跳ね起きた。
世界樹の実って、不老長寿の薬の材料になるめちゃくちゃ貴重な材料だって前に言ってたやつだよねぇっ!?
え、私それ食べたの? つか、生食しちゃって大丈夫なやつなのか??
人間卒業とかしたりしないよね私!?
『人間たちの間では食べれば不老長寿になるとか言われておるが、マジで不老長寿になるとかそんなことはないから安心せい。なんかあるとしてもちょっと病気になり難くなるとかそんな程度じゃ』
「よ、良かった……」
安心して力が抜けて、パタンとベッドに倒れる。
突然の人間卒業とかなくて良かった……マジで良かった……。
ほっと一息ついた後、ふと彼が来る前に抱いていた疑問が再び頭をよぎる。
顔をアングレカムの方に向けて、私がベッドに入る前のことを聞いてみる。
なんか記憶があやふやなんだよね。森の中で弁当食べてたどこまでは覚えてるんだけど……。
『んー、実はなお主山賊に遭遇して気絶してもうたんじゃよ』
「……あー、だんだん思い出してきた」
そうだった、そうだった。
もう帰ろうとした時に、男三人と出会しちゃったんだった。っていうか、あれって山賊だったんだね。まあ言動とか確かにそれっぽかったや。
んで、恐怖に足がすくんで動けなくなって、その後目の前が真っ暗になって。
「私気絶したのか。……あれ、そういや気絶する前にアングレカムいたよね? いつの間に帰ってきてたの?」
『我がリグレーにかけた結界はお主の感情にも反応すると言ったじゃろ? あまりにも異様な怯えぶりだった故、妹に軽く説明してすぐに転移で飛んできたのよ』
「なるほど……それはまた、迷惑かけちゃってごめんね」
『仕方あるまいよ。お主が人に対して恐怖心を持っていることは、今回のことで初めて分かったことだしの』
「――ぇ?」
思ってもみなかった言葉に、目を見開いた。
え、私ってば人怖かったの?
『自分が傷だらけなことにも気づかないくらい、お主の心は麻痺しておったのだ。そうして、ようやく傷が癒えてきて麻痺しておった心も正常に戻り始めて、そしてあの時人に対して元々抱いておった恐怖心が強く働いてしまったのだろうなぁ』
「心が麻痺していた……?」
『左様。それで、心に強いストレスがかかって気絶して熱まで出したのだろうな。いやはや、我の姿を見てぶっ倒れてしまった時は死んでしまったのかと』
「人を勝手に殺さないでくれません??」
わははっ、と笑うアングレカムにジト目を向ける。
……にしても、そうか。私、怖かったのか。
まあ赤ん坊の頃からほぼ育児放棄されてて、家庭環境がアレで、暴力とか暴言とか振るわれまくってたし。
王城で会う人間は、どいつもこいつも私に対して敵意と悪意バリバリ向けてきたし。
そうして挙げ句の果てにはさらっと生贄として捨てられた。
そりゃ人が怖くなるわ。
だってろくな人間いなかったもん。私の周り。
母さんはまだまともだったけど、二歳の時に死んじゃったし。そもそも死んだ原因が確実に毒殺だし。
……紅茶を飲んだ後、血を吐きながらもがき苦しんで死んだあの時の姿は、今でも時々夢に見る。そんな母さんを指差して嗤っていた奴等の顔も。
はあっと、溜息を吐く。
「情けないなぁ」
あの時山賊たちに感じた異常な恐怖心の原因は分かった。
そして、それが情けなくて仕方がない。
私に対して暴力を振るってきた相手に恐怖を抱くのはしょうがない。
でも、あの山賊たちは見ず知らずの相手で、武器は持っていたけれど私にはアングレカムがかけてくれた結界があった。
逃げるだけなら余裕だったはずだ。
ここに来始めた頃に教えてもらったけど家にだって結界が張ってあるんだから、そこまで逃げ込めば私の勝ちだった。
でも、現実はこの様。
アングレカムに迷惑しかかけてない。
そんな自分が情けなくて仕方がない。逃げることすらまともにできなかったなんて。
『のう、リグレー。我はな、一人で森の中に入って行ったのはちょっと説教せねばならんとは思ってあるが、山賊のことに関して良い兆候だと思うのだ』
「怖がりまくって気絶したのが……?」
『そう。お主は怖がった。さっきも言っただろう? お主の麻痺していた心がようやく正常に戻り始めたのだと』
その言葉に頷けば、良い子だと言わんばかりに金色の目が優しげに細められた。
『それが分かったことは良いことだ。あのような者たちに遭遇してしまったのは不運の一言に尽きるが、それ以外のことについては良いことだ。ここに来た当初よりもずっと良い顔をするようになったしの』
「そうなの?」
『ああ。前よりもずっと笑うようになったし、暗い顔をしなくなった』
穏やかな雰囲気をした金色の目が私を見る。
それに何故だが少しだけ鼓動が早くなった。
熱がぶり返したのだろうか。顔も熱い。
『だから、我はお主のことを情けないとは思わぬよ。怖いならば正直に怖いと言えば良い。我がしっかり守ってやるからな!』
「……前から思ってたけど、君は私に対して甘過ぎる気がするんだよね」
『我、リグレーのことが大好きだからな!!』
全力の好意が込められた言葉になにも言えなくなって。
「もう寝ます。おやすみ」
『うん? おお、おやすみ。良い夢を』
布団を頭まで被って、目を瞑った。




