とある邪竜の独白
ちょっと邪竜の昔話。邪竜視点。
自分が同胞たちの中に時々いる変わり者中でも、特に変わっているという自覚はあった。
基本的に竜という生き物は、他者との関わりが極端に薄い。
番や巣立つ前の子どもには深い愛情を注ぐが、それ以外に対しては全く興味が無い。
またついこの間まで愛情を注いでいた我が子であっても、巣立ってしまえば途端に関心を失ってしまう。
変わり者ならば、血の繋がった親兄弟や巣立った我が子のことは時折気にかけて態々縄張りを出てまで会いに行く。
別の群れとなった者の子育てを手伝う個体も稀にいたりするという。
しかし、己はそんな変わり者たち以上に変わり者だった。
どんな竜でも基本、静かな場所を好むものだ。
けれど自分は、賑やかで騒々しい場所の方が好きだった。静かな場所は寂しく感じてしまうから。
そして、他種族と関わることが好きだった。
特に人間や獣人にエルフやドワーフなどの人族たちと関わるのが。
人族は竜よりも弱い。
力もそうだが、肉体的な強度も魔法の力も、全てが自分たちよりも遥かに劣る。
しかしだからこそ、様々な工夫をして長生きしている竜ですら驚く魔法の使い方や、道具を発明する彼等が興味深かったのだ。
話しかけて何かしら恵みを与えてやれば、恐怖に震えながらも相手をしてもらえてた。
それが楽しくて、けれどあまり負担をかけないように気をつけながら、あちこちの国で人と何かしらの形で関わるようになったのだ。
時と場合によっては人間から討伐対象と見られることもあったが、まあそれは正しい行動ではあるので怒りは湧かなかった。
彼等が扱う魔法も武器も全て、自分にとってはそよ風のようなものであったし。
そんな風に気ままに人と関わりながら暮らしていたある日、今まで行ったことのない国に行った。
そこは海の恵みを得ながら人々が暮らす小さな国だった。
『わぁ、わぁ! きみ、竜でしょ!? 本当にとっても大きいんだねぇ!!』
海でのんびり水浴びをしている時、まだ幼い人間の子どもにそう話しかけられたことをはっきりと覚えている。
海と同じ色の瞳を輝かせ、興奮で頰を真っ赤に染めながら一緒に遊ぼうと誘われた時、思わず笑ってしまった。
後ろに控えていた子どもの護衛らしき騎士たちがビクビクと震えて、子どもの発言に「何を言ってるんだこいつは!?」と言わんばかりに、目をかっ開いていた様が面白かったのもある。
あまりにも愉快で、恐怖の欠片も無い好奇心と好意に満ちた視線が心地よくて、つい遊んでやったのはいい思い出だ。
それからだ。その子どもが毎日海へとやって来て、自分と遊ぶようになったのは。
そうして気がつけば、いつの間にか海近くに住む町の子どもたちも遊ぶようになっていた。
遊びに来る子どもたちと遊んでいれば、大人たちも段々こちらの存在を受け入れ始め、いつの間にか遊びに来た子どもたちの中に大人まで混ざるようになっていた。
「本物の竜と一緒に遊べるなんて、凄い経験だから」と、そう言って。
この国の王も、最初に遊ぼうと誘って来た人間の子ども――後に知ったが、王子だった――の誘いによって、時々公務の合間に茶を飲みに来るようになった。
彼等と共に過ごす日々は、とても楽しかった。
いつも恐怖や畏怖の眼差しばかりを向けられてきたが、彼等は純粋な好意がこもった眼差しを向けてくれた。
今まで訪れたどんな場所よりも居心地が良くて、何年もその国に居座った。
幼かった子どもが成長し、やがて王位を継ぐほどの時を過ごしたのだ。
子どもが王となった後も、公務の合間に番を連れて遊びに来てくれた。
赤子が産まれた時も、番の容態が落ち着いてから国民たちよりも先に見せてくれて、その幸せそうな顔にこちらも幸せな気持ちになったものである。
その時にはもう、この国に強い愛着を抱いていた。この国に住んでいる人間たちにも。
このまま彼等と共に生きていこうと思った。
このまま彼等の住まう国に、朽ち果てるまで付き合おうと。
――しかし、国は滅んだ。当時侵略国として名を馳せていた大国に戦争をふっかけられて、負けてしまったのだ。
国が滅ぶ数ヶ月前、王に二人目の子どもが生まれた。
彼の番の産後の肥立ちが良くないと聞いて、人間たちの間で滋養に良いと聞く食べ物を取りに行った。
ついでに国民たちにも土産を用意してやろうと思い、あっちへこっちへと飛び回っていた。
彼等の喜ぶ顔や驚く顔を想像しながら、呑気に。
そうして、国は己が居ない間に滅んだ。
王族や貴族たちは皆死刑。幼子や赤子であろうと容赦せずその首を刎ねたのだと、生き残った国民たちから聞いた。
町は焼かれ、抵抗した者たちは皆惨たらしく侵略者たちに殺された。
生き残った者たちは僅かで、皆が己の故郷が奪われたことに絶望していた。
しかし、誰も肝心な時にいなかった愚かな竜を責めなかった。
これは自分たち人間の争いだから、どうか気にしないでほしいと。
王も戦争が始まった当時、「友人である竜を人間の事情に巻き込んではいけない」と、語っていたと。
――嗚呼、何故だ! 何故なのだ! こんなにも心優しい彼等が、何故このような仕打ちを受けねばならないのだ!!
憎かった。侵略者たちの全てが憎くて憎くて仕方がなかった。
逃げ惑う人々を笑いながら斬り殺していた者たちが。
なんて悍ましい者たちか。
そんな者たちが今ものうのうと生きている。
大切な友人たちを殺し、朽ちるまで共にあろうと思った国を滅ぼした者たちが。
虫唾が走る。気持ちが悪い。吐き気がする。
だから、全て全て、一匹残らず――彼の侵略者の国とそこに住まう者たちを殺した。
侵略者共に与した者たちも殺して、殺して、殺して、殺し尽くした。
そうしていつしか、人々から邪竜と呼ばれるようになった。
かつての友人たちは皆いなくなった。
滅びた国と殺された王たちに殉じたのだ。
荒れ果てた国はいつしか罪人の流刑地となり、罪を犯した者たちが送られてくるようになった。
しかし、そんな者たちのことなどどうでも良かった。
自分にとっての友人はあの国の者たちであって、あんな余所者たちではなかったから。
温泉が気に入って住処にしていた火山に引きこもって、大好きだった海にはそれから二度と行かなかった。
いつの間にか村を作っていた人間たちにも興味が湧くことがなく、放っておいた。
もう関わるまいと思ったのだ。
これほどまでに苦しいのならば、人を愛すことなどしまいと。
……けれど、愛した者たちの温もりをどうしても消せなくて。
だからこそ、どうしようもなく寂しくて。
『なあなあ、お前がここに住んでるっていう邪竜だろう? 黒くてめっちゃ格好良いな!』
そんな風に、殻に篭っていた自分を彼がまた外へと引っ張り出した。
後にメルターリアと呼ばれる国を作った、国王になる前の赤い髪と同じ色の目が印象的な少年。
初めは適当にあしらった。
けれど彼はめげずに何度も住処へ訪れては、勝手に喋りたいだけ喋って、「また明日来るな!」と笑って帰っていった。
それが数ヶ月と続いて――気がつけば遠ざけようとしていた彼と友人になってしまっていた。
もう二度と、その温かさを思い出したくなかったのに。
もう二度と、人の友人を作るまいと思っていたのに。
駄目だった。一度愛してしまったら、その時の想いを思い出してしまったら……もう駄目だったのだ。
そうして彼と友情を育み、一つの契約を交わした。
それこそが邪竜の花嫁。生贄や文字通りの花嫁ではなく、ただ人恋しい自分の相手をしてくれる者を数十年に一度寄越すという、阿呆みたいな契約を。
『お前は寂しがり屋だけど、俺はお前と同じ時間は生きられねえから』
王になった後も、かつての友人のように時折訪れてくれた彼は白くなった髪を悲しそうに指で摘みながら、そう言った。
その数日後、彼は死んだ。
竜と人間は同じ時を生きられない。
この国を守る力が欲しいからと彼は言っていたけれど、それが建前であることはなんとなく理解していた。
だからもう関わりたくないと思ったのだ。
しかし、友人の気遣いを無碍にするのも矜持が許さない。
故にやってくる花嫁たちを受け入れ続けた。
途中で意味合いが変わってしまい、生贄として来るようになってしまった時はどうしようかと思ったし、面倒で治安が良さそうな適当な場所へと放り出すようになったが。
それでも変わらず受け入れ続けて、今年もまた新たな花嫁が来た。
初めての友人と同じ海の色をした瞳が綺麗な、異世界の記憶を持つ少女が。
最初の頃はというか、今も怯えられることはあるけれど、それは自分の姿形があれなので仕方がないものだと割り切っているので気にはならない。
そもそも人間と蟻ぐらいに大きさも力も違うのだ。それなのに怯えなければ危機感をどこに捨てたのだと、説教をせねばならない。
そんな新しい花嫁である少女と最近友人になった。
友人になる前から親しげなやり取りていたけれど、今はもっとスキンシップも増えて、彼女と過ごす時間が楽しくて仕方がない。
「おーい、温泉卵とプリンできたよー!」
『分かった! こちらも茹で卵ができたぞ!』
しかし、そんな楽しい時間は必ず終わりを迎える。
人間と竜は同じ時を生きられない。だからこの友人とも別れる日が必ずくるのだ。
なんとかする方法はあるにはあるが、それは人間にとってとても酷なこと。
だからこそ、今この時を全力で楽しまねばいけない。
その時が来ても、笑顔で見送ってやれるように。
『さてさて、温泉で作ると美味いと聞いたが如何程かな』
「炭酸だから、温泉卵も茹で卵も味付けなくても食べられると思うよー。デザートのプリンも楽しみだ!」
『ふふ。ではでは、早速食べようではないか』
一匹と一人で出来立ての茹で卵を齧る。
ほんのりと塩味がするそれは、友人と共に食べるおかげかとても美味しかった。
――ところで。いつかちゃんと、彼女に竜の間では名付けは番になる時にやるものだと教えよう。念のために。




