君に名を送る栄誉を
数日前の花畑での一件から、私と邪竜の距離が前よりも縮まった。
心の距離ではなく、物理的な距離が。いや、心の距離も縮まったっちゃ縮まったけど、それ以上に物理的な距離がめっちゃ近くなった。
前なら空飛ぶ時以外は邪竜の体に乗らなかったのに、『乗れ乗れー、乗らねば手で掴むぞー』とにじり寄って来るし。
普段は住処である火山の頂上にいるのに、ここ数日ではログハウス前に魔法を使って作った広場で寝起きしてる。
んで、起きたらベランダの窓から顔を突っ込んでくるようになった。
何、この……何……? 外飼いしてる人懐っこい犬が全力で「構って! ねえ、構って!!」って言ってるような感じは……??
なんかもう最近邪竜の頭の上に二本の立派な角じゃなくて、犬耳が生えてる幻覚が見えるようになってきちゃったよ。
うーん、末期かな……。眼科ってこの世界あるのかしらん。
そんなわけで本日もベランダの窓から顔を突っ込んできて、バチコーン! という音が聞こえてきそうな勢いで、ウィンクをかましてきた。
『おはようリグレー! 今日も良い天気じゃぞ〜』
「おはよう。今日もテンション高いね」
『んふふー。我、友達と朝の挨拶ができるようになるなんて思わんかったから、嬉しいんじゃよぉ。独りじゃないのは良いことじゃなぁ。やっぱりぼっちは寂しいわい』
「分かる。特にぼっち飯の寂しさと虚しさとか酷いよね」
『それな』
うんうんと一人と一匹で頷き合う。
本当にぼっち飯の寂しさと虚しさは酷い。前世で実家暮らしだった時は家族とわいわいご飯食べてたけど、いざ一人暮らし始めたら……うん。
しんとした家に、返ってくることのない独り言って本当に虚しい。ご飯食べる気どころか、何かをする気力すら奪われる。
特に歳の離れた姉の子どもとかと一緒に暮らしてた時期があったから、余計に部屋の中が静かで寂しかった。
まあ今世じゃそういうことあんまり気にしてる余裕無くて、森で暮らし始めて余裕ができ始めた頃にちょっと、ね。
今は邪竜が話し相手になってくれるので、寂しくないし食事も前より美味しく感じる。おかずあげたら味の感想もくれるし。
竜って食事しなくても良いのに、態々こちらに付き合っておかずを食べたり、森の果物を持ってきて食事に参加してくれるのは嬉しい。
なにより、一人で食べてる気まずさが和らぐ。……そういうのも気がついて食べてるのは分かるから、感謝しかない。
少しずつでも、この感謝の気持ちをしっかり邪竜に伝えていけたらいいな。
いや、いいなじゃないか。伝えられるように努力しなきゃだ。
そんなことを考えつつ、邪竜と楽しくお喋りしながら食事を終えた。
食器を洗ってテーブルの上を片付けてから、家事を諸々済ませて外に出る。
邪竜は体を地面に横たえ、気持ち良さそうに目を細めながら日向ぼっこをしていた。
しかし私に気がつくとすぐに体を起こして、ぐっと体を伸ばした。
『ふわぁ、家事は終わったか? ならば今日は、火山近くにある温泉に行って温泉卵を作らぬか? 茶碗蒸しや、蒸しプリンでも構わんぞ』
「それはいいね! でも、その前にちょっといい?」
早速温泉へ行こうとうきうきしている邪竜に待ったをかける。
不思議そうにしながらも、邪竜は広げた蝙蝠に似た羽を折り畳んだ。
『なんじゃ、家具か道具が壊れでもしたか?』
「いや、そうじゃないんだけど。ちょっとお願いごとがあって」
『ふむ、我に叶えられないことなど無い! ……いや、ちょっとはあるけど、基本的に何でもできるから言ってみよ』
邪竜に促され、断られないだろうかと少し不安に思いながらも口を開く。
「君に、名前を送らせてくれないかな」
私の言葉に、邪竜はぱちくりと目を瞬かせた。
『――それは、我に名付けがしたいと?』
「前に竜は名前を持たないって言ってたけど、いつまでも君とか邪竜呼びだとあれだし……。だから、その、迷惑じゃなかったら……」
そこまで言うと、なんだが邪竜が難しい顔を浮かべたような気がした。
『我に名を送りたい、か……』
「あ、いらないならそれはそれでいいんだよ!? ただ私が君のことを私が考えた名前で呼びたいって思って!」
困ったような邪竜の言葉に、慌てていらないならそれでいいと伝える。
……でも、できれば邪竜のことを名前で呼びたい。
だって友達なんだもの。邪竜なんて、いかにも悪役ですって言ってるような名前を連呼するのはちょっと、それはどうなんだろうと思って。
邪竜自身は全く気にしてなんてないだろうけど。
でも……やっぱり友達のことは名前で呼びたいし。それが自分の考えた名前なら嬉しい。……自分勝手な理由だとは分かってるけどさ。
もじもじと指を膝の前でこねつつ、邪竜の答えを待つ。
邪竜は少しの間空を見上げてなにや考え込んでいたが、自分の中で答えを見つけたのかうんうんと一人頷いていた。
そして、こちらに視線を向けると穏やかな声で言った。
『是非とも頼む』
「!」
名付ける許可を貰えたことが分かって、思わず笑みが浮かんだ。
送る名前は既に決めている。
大きく息を吸って、弾んだ声で告げる。
「アングレカム! アングレカムはどうかな!?」
『ほう、良い名だ。では今日から、我の名はアングレカム。リグレーの友のアングレカムだ』
「うん! これからもよろしくね、アングレカム!」
私が笑えば、釣られたように邪竜改めアングレカムも笑う。
やはり名前を呼び合うのは良い。
しかも片方は私が送った名前。しかも相手は今世で初めての友達。
体を駆け巡る感情を抑えきれず、アングレカムの足元に駆け寄って太く逞しい足に抱きつく。
それもアングレカムは笑って受け入れてくれた。
「あ、そういえば名前付けちゃった後に聞くのはなんだけど、アングレカムってオスで合ってるよね?」
『雄で合っているとも。それにしても、ふふ。アングレカム。良い名だ。名前の由来は何だ?』
「それはねー、前世で私が好きだった花の名前だよ。花言葉が「あなたとずっと一緒」でね。君とずっと一緒にいられたらいいなーって思って、この名前にしたの……ってどうした!?」
どうしてこの名前にしたのかな理由を話していた途中、先日のように彼は胸を押さえて、『きゅぅ』っと鳴いたのだ。
やだ、鳴き声が可愛い……じゃない! 花畑の時といい今といい、一体どうしたのさ!?
もしかして、本当に何かの病気なんじゃ……。
オロオロしていたら、急にアングレカムは私のことを大きな手で掴んで、自分の目線の高さまで持ち上げた。
びっくりして「びょぁっ!?」と、変な声が出る。
「どどどど、どど、とどどうしたの??」
『……お前さんってばほんと、もうほんと……我のことをどうしたいの??』
「私の方がどうしたって聞きたいんだよなぁ??」
それから暫く睨めっこをしていたが、見た目だけはスズメに似ている怪鳥の声で我に返ったアングレカム解放された。
んで、彼は『我ちょっと頭冷やしてくる』と言ってどこぞへと飛び去ってしまった。温泉卵と蒸しプリンは……?
なんだか釈然としない気持ちを抱えつつ、その日は家でのんびり過ごしたのだが翌日の朝。
何故か我が家の前に大量の丸くて綺麗な真珠が山と積まれていて、その山の隣でアングレカムが『違う! 我はお詫びの気持ちで真珠を取ってきただけなんじゃ! 他意はないんじゃよぉ!!』と、誰かに言い訳していた。
いや、言い訳してないでこの大量の真珠を片付けてくれませんか??
雪崩起こした時が怖いからさ。後、普段こっちを見向きもしない怪鳥がこっち凄い見てるんだ……。




