急募:竜専門の医者
ビヨヨヨォォォッ!! と、どこかともなく凄まじい音量のきったねぇ鳴き声が聞こえてきて目が覚めた。
王城ではうっすい毛布にガッチガチな硬いベッドで寝ていたけど、ここに来てからは清潔な布団と人をダメにするようなレベルで柔らかいベッドで眠れているから、毎日酷い目覚ましでもすっきり起きられる。
やっぱり寝具って大切なんだなぁと、しみじみ思う。
ベッドから起き上がって、ぐっと大きく伸びをしてからスリッパを履いて寝室から出て、リビングの方へと歩く。
リビングに着いてすぐ、太陽の光を部屋の中に取り入れるためベランダの窓のカーテンを全開にすれば、バサバサとスズメをダチョウ並みの大きさにした魔物が飛んでいった。
今日もいい朝だなぁと、いつも通りあのビッグ過ぎるスズメを見なかったことにして、朝食を用意するためキッチンの方へと移動した。
今日の朝ごはんは、昨日作っておいたベーコンエッグを邪竜印のレンジで温め直し、これまた邪竜印のトースターで焼いたトーストの上に載せて軽く胡椒を振ってから皿の上へ。ベーコン自体味が濃いから別にかけなくてもいいけど、私はかけた方が好きだからかける。
あとは晩御飯の残りのキノコ一杯のポトフもどきと、ナッツを砕いて入れたサラダを用意して、お盆の上に全部乗せてリビングの方に持って行ってテーブルに置く。
「いただきまーす!」
両手を合わせてから、早速ベーコンエッグトースタにかぶりつく。
朝からちゃんと食べれるって、ほんと幸せだわぁ!
********
さてさて、邪竜の手を借りつつ森で生活をし始めてからあっという間にかれこれ一ヶ月経っていた。
曲がりなりにも森の中での生活で、さらには人間がいないから人寂しくなったり、衣食住がしっかり整えられていても娯楽が無いからオタクとして苦痛に感じるかもと思っていたが、全くそんなことはなかった。
人寂しくなった時は何故か必ず邪竜が『我が来た!!』って、魔法で全身光り輝きながら昼夜問わずログハウスの前にやって来るので、寂しいと思ってもそんな気持ちが一瞬で吹き飛ばされる。
いっぺん頭頂部をキンキラキンに光らせてた時は、思わず飲んでた果実水を吹いたあと二度見したわ。何してんだあの邪竜。髪の話はするなとあれほど。
竜は元々髪無いけどさ。
娯楽が無い云々は、邪竜の背中に乗って空の旅をしたり魔法を見せてもらったりで、アニメ見たいとか漫画が読みたいとかの衝動が完全に消え去った。
特に背中乗って空の旅とかやべえ。私がうっかり吹き飛ばされたり凍えてしまわないよう、しっかり防護してくれているので飛行機乗ってるレベルの快適さで、雄大な自然をゆるく風を感じながら見下ろせるのだ。
リアルファンタジーは、現代のどんな娯楽よりも勝る。はっきりわかんだね。
で、そんな現代の娯楽以上に楽しい空の旅を経てやって来たのは、森の東側にある色とりどりの花が季節関係無く咲き乱れるという、いかにもファンタジーな花畑だ。
着陸した邪竜の背から降りて、花畑の中心であるちょっと小高い丘に降り立てば、風に煽られ舞い散る花びる。
赤、青、黄、白色など沢山の色の花びらが舞い散る様は、実に幻想的でついつい感嘆の声が出た。
「すっご……」
『そうだろうそうだろう。ここは我が各地から集めた花たちを植えているからな! 今までの花嫁たちでこの花畑を気に入らんかった者はいなかった』
「分かる。本当にすごく綺麗……まって、自分でこれだけの花を集めたの?」
『そうじゃよー。いくつかの花は、人間たちの間では絶滅したと言われておるのもあるぞい』
「とんでもねー花畑じゃん」
流石魔法というか、流石邪竜というかなんというか。
……常々疑問に思うんだけど、こいつほんとに邪竜? 綺麗な花畑作ってドヤ顔してるけど。
邪竜ってもっとこう、人食べたり金銀財宝奪ていったりとかするもんじゃない……?
これって私のっていうか、人間の偏見なのかなぁ。
ということを今回思い切って聞いてみた。
この邪竜はすごいお茶目で優しくて、長い年月ひとりぼっちは嫌だから話し相手くれるなら人間と契約してもいいよっていうくらい、寂しがり屋なわけだし。
私の中にある邪竜像が「こいつ邪竜じゃなくない? 寂しがり屋なとこがあるだけの普通の竜じゃない??」って、首傾げてるし。
こちらの問いかけに邪竜は、うぅんと唸った後黙ってしまった。
……質問の後からグルグル喉が鳴ってるんだけどこれ、機嫌損ねたってわけじゃないよね? あの大きな口でパクッと食われないよね??
ダラダラと冷や汗を流しながら、ちょっとだけ邪竜から離れる。離れても相手の方が凄く大きいから、一瞬で距離詰められちゃうけど気持ち的にちょっと離れたかった。
巨大な生物がグルグル唸ってるのって、すごい怖いんやで。
『我な、大昔……それこそあの国ができるよりも数百年は前に国を一つ滅ぼしちゃったんじゃよ。それからじゃ、我が邪竜と呼ばれるようになったのは』
長考の後、邪竜はどこか遠い所を見つめながらそう語った。
『我はその国が心底憎かった。そこに住まう人間全てが。……あやつ等がのうのうと生きて笑っている姿を思い浮かべるだけで、虫唾が走った。だから滅ぼした。一匹残らずな』
「……っ」
息が詰まる。
いつもの飄々とした雰囲気とは全く違う、仄暗い憎悪を宿した言葉に体が震えた。
……でも、その言葉には憎悪の感情だけじゃなくて、強い悲しみの感情も混じっているような気がした。
ここではないどこか別の場所を映しているのだろう金色の瞳は、私の方を一切見ない。
『なぁ、リグレー。我が怖いか? 恐ろしいか? ……傍に、いたくなくなったか?』
そう問いかける声は平坦で、やっとこちらに顔を向けた邪竜の顔から感情を読みとるのは非常に難しいけれど、それでも。
……邪竜が、私が自分のことを怖がってやいないかと、そう不安に思う気持ちだけは痛いほど伝わってきた。
「……ぶっちゃけちゃうと、出会った時から君のことを怖いなって思ってた。今もほら、手がめちゃくちゃ震えてる」
『――そうか。なら、お前さんをあの国とは違う別の国に送って……』
「でも、君はそれに気がついてて気を遣っていてくれたでしょう? それだけじゃない。君は、どこにも居場所の無かった私に居場所をくれた。君はきっと分かっていないだろうけど、私はものすごく嬉しかった。……本当に、泣きそうなくらい嬉しかったんだよ」
そうだ。私はあの国に居場所が無かった。生きていていいとは言われなかった。
使い道があったから、ギリギリ生かされていただけ。
あそこで私は透明人間。
誰も私を見ない。誰も私を顧みない。
穢れた血だと嘲笑われて、助けてくれる人なんて一人もいやしなかった。
でも、邪竜は違った。
偶然が重なっただけだけど、それでも私のことを見てくれた。私のことをちゃんと見て、一人の人間として扱ってくれた。居場所をくれた。
たくさんたくさん、大切なものを与えてくれた。
――生きていていいんだって、生きたいって願ってもいいんだって、思わせてくれたんだ。
「確かにまだ君のことは怖いけど、でもそれ以上に感謝してて一緒にいたいって、そう思ってる。君からしたら迷惑なことかもしれないけど、面倒臭いって思われるかもしれないけど……それでも」
『リグ、レー』
「私は、君が好きだよ。だからその……友達になってくれませんか?」
『――……!!』
邪竜が息を呑んだ音がはっきりと聞こえた。
じっと、ゆらゆらと揺れる金色の瞳を見つめる。
邪竜は何度か口を開いては閉じてを繰り返して、一度強く目を瞑った。
そして勢いよく開けると、大きく咆哮した。
あまりの音量に「うるさいわっ!?」と、耳を塞ぎながら思わず叫ぶ。
数十秒咆哮した後、邪竜はゆっくりと口を開いた。
『是非とも、我と友達になっておくれリグレー』
「! もちろん!!」
色良い返事に満面の笑みで応えると、グッと呻きながら邪竜が片手で自分の胸をおさえた。
急にどうした? 咆哮したせいで酸欠にでもなったの?
「大丈夫?」
『……なんか、すっごく胸が苦しいんだけど。もしかしてこれが心臓病というやつでは……?』
「えっ」
『我もしや死んじゃう??』
「えっ!?」
ちょ、ま、医者!! あっでも人間のじゃダメだから、竜専門の医者!! 竜専門の医者はどこ!?
そうして数十分一人と一匹であわあわしてたけど、『……魔法で体検分したけど病気じゃないっぽいから大丈夫だわ』と言われて、思わずぶっとい邪竜の足に蹴りを入れた。
蹴ったこっちの方がめっちゃ痛かった。鱗が硬過ぎるんだ……。




