痛みの正体を知る
なんか今日は泣いてばっかりだなぁと、ギャン泣きしたあと少しばかり落ち着きを取り戻した頭でそう思った。
「というわけで、ちょっと墓穴掘ってくれませんかね?」
『ようし、ちょっと落ち着こうな?』
羞恥心のあまり全ての表情を消し去って頼めば、アングレカムは『掘らんからな!!』と叫び、凄い勢いで首を横に振った。
しまいには、私を太い尻尾に乗せてゆらゆらとあやすように揺らすもんだから、なんか申し訳なくなった。
でも、恥ずかしいもんは恥ずかしいのだ。
肉体年齢は今年で十六歳となる少女のものだけれど、中身はまあまあ歳とった大人。
足し算すると、余裕でアラフォーに届く年齢だ。
なのに一日で二回もギャン泣き。
しかも二回目は嫌わないでくれと、みっともなくアングレカムの足に縋りついてだ。
ぶっちゃけ顔を合わせるのが辛い。そして泣き止んだら『じゃ、ごゆっくりー』と、私を置いて去っていったレーティアが憎らしい。
ごゆっくりー、じゃねーんだわ。お願いだから置いてかないで、見捨てないで。
そんな心からの嘆願は笑顔でスルーされ、のっしのしと歩いて行ってしまった。
……女友達ってさ、情に厚いと思ったら急に冷たくあしらったりするよね。
温度差が酷い。
『それで。リグレーは何故我に嫌われていると思ったんじゃ?』
丁寧に尻尾から地面に下ろされて、正面から私を見て問われた。
声音は穏やかで、こちらを見る眼差しは優しい。
前と変わらぬその態度に、また涙が滲みそうになるのをグッと唇を噛んで堪える。
ドキドキと煩い心臓を宥めようと何度も深呼吸して、意を決して口を開いた。
「な、なんか、ずっと避けられてるぽかったから、それで……もしかしたら私、知らないうちに君になにかしたんじゃないかって」
みっともなく声が震える。
どうにかおさえようとしても上手くいかなくて、それがとても情けなかった。
「だから、嫌われたんじゃないかって……思って……。一日、家空けること多くなったし、話しかけてもあんまり反応がよくなかった、し……」
穏やかな眼差しから逃れるように、視線を地面に向ける。
これではっきりと、嫌いだなんて言われたらどうしよう……?
もしもを考えると、息が止まりそうな程の恐怖が身を包む。
想像するだけで、破裂してしまいそうなくらい胸が痛い。
「わ、わた、私は、……アングレカムからするとお荷物、だから……」
そう言った時、べろんと顔を舐められた。
レーティアと違って、今まで一度もそういうことをしてこなかったアングレカムが。
ぽかんと口を開けて少し高い位置にある彼の顔を見上げると、とても申し訳なさそうな顔をしていた。
『我の行動でお前をこんなにも傷つけてしまったのだな……。謝って済むことではないが、どうか謝らせておくれ。本当にすまなかった』
「君が、謝る必要なんか、」
『いいや、全て我が悪い。うだうだと悩んで、臆病にも己の気持ちから逃げ……今日になるまで、覚悟が決められなかった我が。だがもう逃げぬ』
金色の瞳が一度閉じられ、再び開かれる。
『親愛なる友、リグレーよ。我が番となって、これから先も共に生きてくれないだろうか』
アングレカムがそう言った瞬間、目の前に突然髪飾りが現れた。
緑の宝石が散りばめられた、アングレカムの花を模した金細工の美しい髪飾りが。
咄嗟に手を伸ばすと、手の中に髪飾りがおさまる。洞窟内の光を反射してキラキラと輝く。
ついつい溜息が溢れてしまうくらいに、綺麗な髪飾りだった。
「これ、は……」
『人は番になってほしい時に、こうして相手に髪飾りなどの装飾品を贈るのだろう?』
『前に教えてくれたじゃろ』と、ぱちんと茶目っ気たっぷりにウィンクされた。ちなみに彼の自作らしい。
いや、めちゃくちゃ器用だなっていうかそれよりも!
番ってさ、あれだよね?? 人間で言うところの伴侶とかそういうのだよね!?
それになってほしいって……。
「アングレ、カム……」
『……正直、お主に告白するのすっごく躊躇ったんじゃよ。なんせ我は竜で、お主は人。本来ならば交わることは無い』
それでも、と彼は言った。
『だが、できれば同じ時を生きてほしい。同じ時を過ごして、たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん楽しいことをして、偶には喧嘩もして――そして、終わる時は一緒に灰となってくれ』
熱を宿した金色が、私を射抜くように見つめる。
真剣な声が、真剣な眼差しが、彼が本気であると伝えてくる。
……ああ、そっか。アングレカムは、私のことを嫌ってなんかない。どころか、番として求めるくらいには好いてくれている。
それが分かったのと同時に、どうして彼に嫌われるのが怖かったのか理解した。
私も彼のことが……アングレカムのことが、好きなのだ。
友達としてではなく、恋する相手として。
こうやって告白されるまで気がつかないなんて、鈍感にも程があるだろうけど。
「アングレカム」
両腕を伸ばして名前を呼べば、意図を察して私の方に顔を差し出してきた。
貰った髪飾りを傷つけないようにしながら、ぎゅっと彼の顔に抱きく。
「私も、君のことが好き。大好き」
言葉にする度、温かな感情が胸を満たしていく。
出会った頃は食べられたりしそうで怖かった。なんせ相手は御伽噺に出てくる邪竜で、私は生贄として彼の元へと行ったから。
でも彼と一緒にいるうちに、彼がどれだけ優しいか知った。
今私が生きていられるのは、彼がいたからだ。
人間だの竜だの関係無く支えてくれたから、私は今こうして生きて笑っている。
「私はこれからもたくさん迷惑をかけるだろうし、たくさん頼ってしまうけれど……それでもどうか、私を貴方の隣に置いて。終わる時は一緒に逝かせて」
『……あの、告白しといてなんだけど、本当に良いのか? 我はまだまだ寿命残ってるから、後数百年以上は余裕で生きることになるが……』
「いやまあ、ただの小娘が数百年以上生きるのは確かにしんどいかもだけど」
少しばかり不安に瞳を揺らす彼を励ますように、自分自身を鼓舞するように、笑みを浮かべる。
「君となら、きっと大丈夫だよ」
『――……そうか』
嬉しそうな、安堵したような声でそう言って、彼は笑ったのだった。




