意気地無しの背中を押す
妹竜のレーティア視点
バシーン! バシーン! と、地面がひび割れてしまう程の力でレーティアは自慢の尻尾を叩きつけていた。
『もっっっっっどかしいにもほどがあるわっ!!』
沸々と腹の奥底から湧き上がる怒りを発散するように、ビリビリと森全体が震えるような咆哮を上げる。
それに驚いた動物や魔物たちが、我先にと逃げ出し森の中は正しく阿鼻叫喚となっていた。
『れ、レーティア……今ど深夜じゃから。めちゃくちゃ近所迷惑じゃから……』
『あの子の家にはしっかりと防音防波の結界施してるから問題ないわよ!! あと、あたしが怒ってるのはお兄ちゃんに対してなんだからね!!』
『あ、うん……ごめん……』
バシーンッ! と一際強く尻尾で地面を叩きつけ、地団駄を踏んではドシーンッ! ドシーンッ! と大きな音を響かせる妹に兄であるアングレカムはたじたじだった。
つい数時間前までは立場が逆であったのに、こうなってしまった原因はレーティアのある一言からだった。
――そういえば、お兄ちゃんってばいつになったらリグレーと番の契約を結ぶの?
初めての友人との楽しいお茶会の後、夕飯を終えて兄の説教を聞き流しながらふと疑問に思ったことを尋ねると、兄はぴたりと口を閉じてしまった。
しかも、まるで逃げるようにふいっと顔を背ける始末。
この時レーティアは悟った。『この兄番なりたい云々以前に、そもそも好意を伝えてねーな??』と。
レーティアはこの兄が、家族以外で好意を向ける相手に対してはヘタレだということは理解している。
しかしまさか名付けを受け入れ、宝石を贈り、全力で囲い込みを行なっているのに、そういうことを一切あの子に伝えていないのはどういうことだ。
雄として失格だと言う他ない。
『あの子は人間なんだから、さっさと契約しないとあっさり死ぬわよ?』
『じゃが、我は竜で彼女は人間。なにより、たぶん我はそういう風に見られとらんし……』
『そういう風に見られてる、見られてない以前に! なにも!! 伝えて!! ないのよ!!』
グオオオオオオォォォォォォォォッ!!
雄々しい咆哮が、か弱い人間も守る家以外を吹き飛ばした。
そんな凶悪な咆哮を真正面から受けても平然とした様子の兄は、猛り狂う妹の言葉に『そうじゃけども』とぼやきつつ項垂れる。
もしも拒否された時が怖いのだと、言葉にされるずともそんな気持ちが雄弁に伝わってきて、レーティアはまた一度強く尻尾で地面を叩く。
そして、ふうっと一つ溜息を吐いた後魔法で抉れた大地や森を修復する。
金色の粒子が舞踊り、月光を反射してキラキラと輝くのは幻想的で、きっとこれを見せたらあの友人ははしゃぐだろうなとそんな想像をしていれば、地を這っていた機嫌が少し浮上した。
『……お兄ちゃんはさ、あの子のことが好きでしょ。あの子を虐めたっていう人間たちを今もマグマの中で、何度も焼いて苦しめるくらいには』
『当たり前じゃろ。アレは我が友を傷つけようとした。その蛮行は万死に値する』
『そんだけ想って、大切にしてんだからさ、チャンスはあるんじゃない?』
『いや、そこんとこは正直微妙では……? あとぶっちゃけ我ってば、時々親かなんかのように思われてる気がせんでもないし』
自分の言葉に傷ついて、しおしおと萎れた雑草みたいな顔になった兄に、レーティアはまた溜息を吐く。
(ほんと、焦ったいくらいに鈍いわねぇ)
心の中でそう呟く。
お互いがお互い鈍くて、見ているこっちが焦ったい。
まあこうなっている原因は、ほぼ目の前のこのダメダメな雄だけれど。
――アングレカムのことは、大好きだよ。命の恩人……恩竜だからね!
兄のことを好きかどうか、あのお茶会で尋ねた時は少し照れ臭そうに笑いながら彼女はそう言った。
そこには同性だからこそ分かる熱があって。
本当に早く諸々ぶっちゃけちゃえば良いのにと、ヘタレ過ぎる兄にじっとりとした眼差しを向ける。
本当にダメダメな雄だなという、そんな気持ちを一切隠すことなく。
『あたしお兄ちゃんのこと好きだから、基本的に応援しようと思うけど、あんまりダメダメな雄っぷりを見せつけるならあの子のこと貰うからね』
『は? そんなこといくらお前でも許さ、』
『だからさっさと番になって、改めてあの子を義姉として紹介してよね!』
『……えっ?』
スパーンと兄の背中を尻尾でぶっ叩き、空へと飛翔する。
魔法の補助により一切の音も風も立てることなく、高く高く星々が彩る空を登っていく。
そして兄が砂粒くらいに小さくなった所まできて、くるりと宙で一回転した。
『リグレーったらまだ自分である気がついてないけど、お兄ちゃんのこと恋愛的な意味で好きになりかけてるから、頑張ってねー!!』
念話で兄にとって特大級の爆弾をぶち落とし、愛しき番と我が子が待っている住処へと飛んでいく。
『ちょ、どういうことじゃ!?』と慌てふためく兄からの返事は完全に無視して。
(朗報期待してるからね、お兄ちゃん!)
早く帰っておいで、と念話でずっと呼びかけていた番に今から帰ると返事をしつつ、兄を思う妹はいつか来るだろう(来ないと困る)未来を思い描きながら夜空を駆けていった。
今度は番と子どもたちのことも未来の義姉に紹介してあげようと、そう考えながら。




