#97 森の中での雑談と作戦会議
「お楽しみの様でしたか」
此方の状況を見るなり出た言葉が何処か含みある言葉だった。
「少し子供心に火がついてな、火遊びをしていた。フォスレスばかり働かせて済まなかったが、其れで得られたのか」
返すネムロスさんも言葉遊びに付き合っている。
不思議な感覚、私では戸惑うだけで良い言葉一つも返せない。
「末端に重要な情報を開示する必要は無いとだけ。幸いなのは大きな傭兵団では無かったため、傭兵団自体の情報は得られました」
フォスレスさんはいつもの事だけど、ネムロスさんは話しの軌道修正が上手で、斥候から得られた情報をうまく聞き出してくれた。
「彼が正直者と前提になりますが、隣領の街で傭兵団組合に登録されており、傭兵団名はクォットヘース傭兵団。人数は四十名ほどで……色々とあった中での有力情報は団長の名がプラエダと言うらしいです」
少し言い淀むのは少し珍しいかなと思った。そして尋問に色々ってなんだろうか。
「ロレムでは無かったのか」
「偽名です。最もプラエダと言う名も本名か怪しい所ですが、どちらにせよあの男が傭兵団を率いて貴族を襲ったのは間違いないようですね。その背後までは知らない様でした」
「隣領って、もしかして」
「いえ、ミラル領ではなくアップテンシー領と言っていました」
「傭兵団とやらはどれだけの規模で、どれ程いるのやら。四十と聞いても大きいのか小さいのか判断が出来ぬな」
「その辺を把握しているのは傭兵に纏めている組合ぐらいでしょう。一度聞いてみるのも良いかも知れません」
「どうでもいい事ね。今は貴族を襲うなんて禄でもない事を考える人たちの事でしょ」
「領主云々の話は私たちでは何も出来ませんからね、リティスの言う通り有象無象の事はおいておきましょう。クォットヘース傭兵団については事務をこなす人も居るみたいですから、全員と言う訳では無いみたいですが総戦力と言う意味では、此方に来たみたいです」
「其れは嬉しい情報だ。事態は好転せずとも悪化はせずか」
こっちは四人、ただでさえ人数的に不利なのに、増えたらどうしようかと危惧していた。
けれど良かったと安心するもフォスレスさんが微笑む。ただその微笑みがいつも安心させるような微笑みと同じなのに、違って見えた。
「懸念はマレウス傭兵団の残党と合流したと、情報を得た事です」
場が静まり返った。ネムロスさんは目を閉じて考え込み、口を開く。
「残党がどれ程居たのか知りたいところだが、此れで敵の人数が分からなくなったと言う事か」
「後はこの薬ですね。どうやらこの国では普通に出回っているようです」
小さな陶器製の小瓶。木片で蓋がしており、薬瓶に見えなくもない。
「毒か?」
「いえ、違います。ネムロスも少しは聞いていたと思いますが、人体を強化するような薬ですね」
「マレウス傭兵団の団長とやらが使っていた薬か。あれほどの手傷を負っていたのにもかかわらず山を駆って逃げたという」
「効能としては痛覚を鈍化させ興奮状態へ誘発させるのでしょうね。血の巡りも良くするような効果もあるかもしれませんが、依存性もあるとの話ですから手を出さない方が無難です」
「其れを持っていて毒は持っていないと言う訳では無かろうに」
「斥候に専念し手を出すことは禁止されていたみたいです。おかげで捕らえ易かったですが」
「あの、どうやって捕らえたのか聞いていいですか」
私の問いに少し思案してのち。
「追い立て、ですね。ネムロスが追い立て、逃げた先で私が捕まえる。今回はフギオの斥候の腕が良いからこそ出来た手法です」
「其れでは伝わっておらぬよ。仔細と言う訳では無いがもう少し詳しく話した方が良いと思うが」
表情に出ていたのか、理解出来なかった事にネムロスさんは助けてくれた。
お姉ちゃんも首を縦に振っている。
「そうですね、彼とて二重尾行には気を付けていたのでしょうか、私が追っていたのは足跡ですからね。私の尾行には気づけなかったようです。そこで斥候としての技を逆に利用させてもらいました。来た道の、辿った足跡の上をそのまま踏み返しながら戻ると言う、斥候の癖みたいな技ですね。ネムロスが引き返すとなると、同じ足跡の上を通ろうとします。其の真上で待ち構えておけば後は簡単です」
「引き返す時に同じ道を通らない可能性もあったのでは」
私も思っていた疑問をお姉ちゃんが代弁してくれた。
「其の可能性は低いと見て、来た時と同じ足跡の上を通ると確信したからです」
「つまり野兎が逃げる時に使う『止め足』と同じ方法か」
「彼が斥候として十分な実力を持っていたと言う証左です。誇っても良いぐらいでしたよ」
「木の上で待ち構えていたと言う事か。山の木は背が高く上の方にしか葉が無い為、隠れる事も困難だろうに」
「少し遠くから見ていたけど、あの高さから落ちて無事なのはこの人だけだと思うわ」
「苦労したのは枝を落とさずに上る事でした」
簡単に言っているようだけど、実際はどれほど難しいのか。引き返すときも二人の息も合わせなければならないし、どうやって合図をしあったのか。ずっと一緒に居たのに何も分からなかった。
「狩りの基本は待ちですよ」
そう言われても困惑するだけ。お姉ちゃんを見るも、言いたいことは伝わるだろうか。
「いきなり隠れて動かないで、と言われ木に上り始めたらと思ったら落ちてきたのよ。確かに隠れていた時間はあったけど、其れ以上に分からない事ばかりよ」
どうしたら良いのと逆に問われそうな勢いだった。
「その話はまた別に詳しく話そう。今は話を戻し、此れからだがどうするつもりだ。マレウス傭兵団の残党と合流したのであれば、此方がかなり不利になる。街の兵士も当てに出来ぬ。領地を越えた派兵はその領主へ喧嘩を売っているようなもの。例え相手に非があろうと力で訴える事は余程の理由と確証が無ければ出来ぬこと。今回の事に理由はあるが証拠がなく、此の国の傭兵団に信頼できる伝手も無い。ミネラ領とて領主夫妻が無くなった事でごたついている、力を借りるのは難しかろう」
出来ない、無理、そんな理由ばかり述べて諦めさせようとしているのか。其れではクラスちゃんがあまりにも不憫でならない。
私たちが出来ることは、貴族の力の前には役に立たないかもしれないけれど、放って置くのは心残りになる。
「無論、此のままでは旅も続けて行くに難しくなるでしょうから、潰しておきたいところですね」
「いつも物騒だが、逃げるという選択肢は」
「彼らの目は私たちに向いています。此処で逃げれば赤子へと向き、見殺しにしたみたいで宜しくありませんからね。後顧の憂いを断つ意味でもその選択は選べません」
ネムロスさんは小さなため息を吐いたかと思うと、諦めたかのように。
「この国にとって異物は俺たちの方だ、正義を掲げて戦ったとしても悪役にしかなれん。ならば初めから悪役で行くしかなかろうな」
「つまり?」
珍しくフォスレスさんの困惑の顔。微笑みながら首を傾げる姿を少し可愛いと思いつつ、ネムロスさんの話の続きを待った。
「大陸を渡る伝手はラウムの手紙に期待して、傭兵団は四人で潰すしかなかろうて。領主殺害の犯人が居なくなる為、非難は此方にも来る。故に傭兵団を潰した所で感謝されぬ上、最悪犯人扱いされるやもしれぬ。時間を掛ければ不利になる上に、誰かに頼る事も出来ぬ」
「傭兵団組合に正規登録された傭兵を潰したとなれば、此方が悪役か」
憂鬱気味に吐露するお姉ちゃん。ネムロスさんの異物の意味も分かった。
「あの、ステルさんに相談する事は出来ないのですか」
「相談する事は出来る。だがステルでは権限がない。人を動かすには領地へと戻り領主代理を立てて事を動かす必要が出て来る。ルードゥス領主とて同じ、動いてはくれようがまずは調査する必要がある。何より領主としての面子を優先するだろうよ。つまりどちらも時間を要すると言う事だ。敵を明確にしておかねば間違っていましたでは済まぬからな」
「逆に私たちであれば傭兵団を相手にするだけで良いので、そう難しい事ではありません。問題は人数差をどう埋めるかです」
「人数差を埋める策など、数えるほどしかあるまい。物理的に埋めるか、出なければ奇襲か各個撃破。奇天烈な作戦があれば教えを乞いたいところだな」
「古今東西、圧倒的な人数差で勝利を手にした物語は溢れていますね」
「心躍る英雄譚だな。叶うならば未来の物語で俺らの活躍も語られると良いのだが」
「知りませんでしたか、物語の中の悪役は倒されることに意味があるのですよ」
「誰も殺されるために生きて来た訳では無かろうに。好き好んで悪役の道に進む者などおりはいまいて、生きるために犯さざるを得なかっただけやも知れぬ。罪とは何処にあるのか難しい問題だな」
犯した人が罪なのか、犯さなければならない状況を作った人が罪なのか。だけど罰は咎人の元へと下る。
悪事を働いた人を罰する。その法を定めたのが王であれば、責を負うのも裁く人を許すのも王の役目?
「誰の許しを得られない私たちは、どうすれば良いのでしょうか」
「其れは」
誰も答えない、答えられない。答えなど誰も持っていない。沈黙だけが答えだった。
ネムロスさんも口を閉ざすだけでしかなかったけれど、フォスレスさんだけが少し違った。
「終末の獣って知っていますか」
知らない。首を横に振るしかない。お姉ちゃんは勿論、ネムロスさんも知らなそうだった。
「世界の終わりに現れる獣で、『火のように赤い大きな竜であり。七つの頭と十本の角があってその頭に七つの冠をかぶっている』とされます。意味合いは色々とあるのですが、奢った人類に滅びを齎すような存在ですね」
「そんなのが居たら、世界って何度も滅びているのではないの」
お姉ちゃんが最もな事を口にします。私も同じ考えだったから、首を何度か縦に振ってしまいました。
「えぇ、滅びていますよ。其の度に新しく創られています。この世界も滅びた後に造られた世界であり、滅びる前の世界もまた、そうした果てに在った世界です」
「壮大過ぎてよく分からないのだけど」
激しく同意する。世界がどうのこうのと言われても、今の私達は自分たちの事で精一杯なので、世界の滅びがどうと言われてもいまいち実感はない。
ネムロスさんは口を挟まず聞いているだけ。火を見つめてどう思っているのか分からない。
「残酷な世界で唯一許されている事は、私たちが生きている事だけです。誰かが誰かの悪口を言ったのならば、言われた人は言い返すでしょう。誰かが誰かを殺したのならば、殺した人は誰かに殺される覚悟をしなければなりません。そうして誰かが何かをしたからとやり返していれば、成り立っては行けないでしょう。だから法が作られる。その法の中で人は過ごし日々を謳歌する」
「其れは分かるわ。無法の国なんて亡びるしかないもの」
「私たちは此処に在り生きています。生きる事が唯一世界に許された事ですからね。そして国を持たない私たちは、やられたらやり返す、が生きる許しです」
「……途中までは良かったが、最後が極端だったな。色々と支離滅裂であったが、言いたいことは伝わった」
「どういう事が伺ってもいいかしら」
「小難しく考える事無く、やりたいようにやればよい。其れで誰かに恨まれる事もあれば恨むこともあるだろうよ。其れも生きていく上で避けれぬ道と言う事だ」
なんだか言葉で言い包まれたようだけど、結局は答えがあったのかなかったのか、よく分からなかった。
これ以上深く聞こうにも、何処が理解出来なかったのかも分からないまま聞いたとしても、どの様に聞いていいのかかも言葉に出来ない。
結局はよく分からないことが、もっと分からない事となっただけだった。
フォスレスさんの話は、難しすぎて理解出来ないことが多い。いつか其の話を少しでも理解出来る日が来るのかな。来ないかもしれないけど。
「俺としては終末の獣の話が気になるが、今はゆっくり聞いている暇は無いか。何れ時間があるときに聞きたいものだ」
「御伽噺は一杯知っていますから、私が話し出すと終わりはありませよ。時間があるときに時間が許すまで、ずっと話してあげましょう」
「そうか、楽しみにしておこう」
楽しそうに話すフォスレスさんに、私も知らないお話を聞けるのは楽しい。
時には難しい内容もあるけれど、それでも聞いていて楽しく思う。
「私も興味あります。其の時には是非ご一緒させてください」
あまりの長さに壁癖するかも知れないけれど、また聞けるのは楽しみではある。
フォスレスさんが頷く中、お姉ちゃんへと視線を向ける。
皆の視線を受け、小さくため息を吐いてから。
「私一人だけのけ者は止めてよね」
「では二人の名前について、私の知っている御伽噺がありますので今度お話いたしましょうか」
「私たちの名前?」
「えぇ、リティスとアレスの名は私にも縁のある名ですからね。二人の名を聞いたときに懐かしい気持ちになりました」
「つまり私たち二人の名前の由来を知っているの」
「ご両親がどの様な意味でその名を授けたかまでは知りませんが、私にとって二人の名に浅からぬ縁があると言う事です」
「何を思って付けてくれたのかはもう分からないけれど、でも由来の元となったかもしれないお話しが聞けるだけでも嬉しいかな」
「まぁ、そうね」
「さて、そろそろ良いか。此れからの事を少し考えたのだが……。ステルに相談するのは良いとして、其の後は敵地へと向かうのが手っ取り早い方法だと思う」
「団長さんを強襲する、という事ですか」
「人数に差があるならば狙うは頭。常套手段ではあるが、敵拠点の情報がない今は難しかろうて。次点の方法として巣穴である拠点を叩けば大慌てで逃げ出すだろうよ。外に居た敵も大急ぎで戻ってこよう。巣穴から出てきた鼠を叩き、戻って来た大鼠を叩けば各個撃破もやり易いはず。姿を見せれば簡単に釣れるだろうからな」
「街に拠点はありますが、街外れにもある様です。街は非戦闘員だけでしょうから、叩くならば街外れの拠点ですね」
ネムロスさんは心得たとばかりに頷き。
「人がいるいないにせよ、襲われたのならば何かしらの動きがあるはず。一人か二人、見逃せば仲間を呼びに行くはずだ。敵に囲まれる心配もある為、要状況確認にはなるが」
「大まかな作戦は良いでしょう。けれど斥候を排除したと知れれば彼らも動き出します。どう動くかは分かりませんが、拠点に戻るのは向こうが早いと思いますよ」
「ならば好都合ではないか、誘い込む手間が省ける。戦いの作戦などしたことはない故に狩りの手法で考えたのだが」
「人と動物の違いは考える事です。狩りとはまた勝手が違いますが、私もついていますし成る様に成るしか無いですね」
笑った。私たちに向けるような微笑みではなく、楽しそうに、嬉しそうに。
「二人の力も貸してくださいね」
「此処まで来て逃げるなんて出来ないでしょ。私たちを連れ出した責任はまだ取って貰っていないから、こんな所で躓いていては困るからね」
「私も出来ることを頑張ります」
方針は決まった。
焚火に土をかけて消すと足早に街へと向かう。
帰り道、お姉ちゃんは少し首を傾げていたけど、どうしたのと聞いても『何でもないよ』と言われた。
私は気付かなかった、街へ戻る道が大きく迂回されていたことに。
迂回した場所こそ、フォスレスさんが斥候から色々と聞いた場所だったことを。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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