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その世界は残酷なれど、旅人は旅をする……  作者: がお!


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96/122

#96 狩りの獲物と報酬と

 街門はもう開いていた。

 朝と言うには少々早い時間から大きな荷馬車が出入りしている。

「門が開いたばかりなのに、すごい交通量ですね」

「荷は市場に卸される事になるが、朝市に間に合うように仕入れなければならん。自ずと街へ入ってくる商品は其れよりもっと早くなる。商人だけではなく、畑仕事であったとしても朝は早い。何処であったとしても同じだな」

 だから門も朝は人が多い時間なのだと言うけれど。

「まぁ街に関わらず、場所も変われば事情も変わる。此の街の門は朝が混む、もしくは朝も混む、だな」

 雑談をしながらも門を通り街の外へ。その一瞬、街の中とも外とも違う壁の中、外から見えにくくなった僅かな影から。

「居るか?」

 たった一言。何がとも、誰がとも無い他の人が聞いたところで意味が通じない言葉。

 けれども私は黙って頷く。其れだけで察してくれる。

「さて、狩るとした何が言いか。しばし此の街に滞在するのであれば罠を使った狩猟も良いかもしれぬな」

 ネムロスさんは弓も持っている。矢筒の中の矢は心もとないと行っていたけれど。

「弓で大型の獣は危ないと思うですが」

「どの様な獣であったとしても、急所はある程度共通している。前足の付け根、脇腹を狙う。何故かは分かるか」

「其処が心臓の位置だからですね」

「あぁ、その通りだ。心臓を狙うには横から射る 必要があるが、逃げる獲物は遠ざかる為見えるのは尻尾だな。心臓を狙う事は出来ぬ」

「ならどうすればいいのでしょう」

「方法は色々とある。獲物を挟み反対側に仕掛けを作る、驚かせ潜む場所の前を通るように仕向ければ狙えるだろうよ」

「逃げる方向が決まっていれば出来るかもしれませんが、仕掛ける場所も逃げる方向も見極めるのが大変では」

「だから弓で獲物を狩るのは難しいと言う訳だ。貴族の狩猟は多くの人が獣を追い立て開けた場所へと誘い出す故簡単に狩れるが、やはり野鳥辺りが狙いやすいな」

「罠を使った狩りはどうなのですか」

「罠に関しては、警戒心が強い夜行の獣はそう簡単にかかる訳では無い。普段と違っていると其れだけで近寄らないからな。罠を仕掛ける前に其れが罠では無いと思わせなければならない」

「一晩で出来る事ではないですね」

「後は罠から気を逸らすための仕掛けや、おびき寄せる為の餌も同時に仕掛けるのだが」

「狩りと言っても色々と方法があるので、奥が深いです」

 森へ続く道、他愛ない話題。狩りに行くに狩りの仕方など話すのは変じゃないはず。

 狩人の装備している為、山へ狩猟をしに向かうと思わせるのも目的だけれども、誘っている事は相手も気付いているはず。

 誘いに乗るか乗らないかはもう結果が出た。見られているのが分かる。

 視線は決して姿を見せず、森に入ったとしても尚、姿を現さないのは斥候に徹底し此方をつけてきていると言う事。

 当てなく歩いているように見えるけれど、ネムロスさんはどう考えているのだろうか。

 森からやがて山へと分け入り木々が日を遮る。

 冬の木々は葉を落とし幾分かは光が入るが、全体的に陰っている。見通しも悪く、落ち葉で足元も悪い。

 獣の足跡を探しているのだろうか、今日は傭兵団の斥候を捕まえるのが本当の目的のはず。

 幾ら囮役とはいえ、此のままではフォスレスさんも近づけないのではと思う。

「此のまま進みますか」

 斥候に気付かれない為の言葉。別に決められている訳では無いけれど、ネムロスさんなら気付いてくれるはず。

「あぁ、そうだな。もう少し奥を探してみるか。其れでも無駄であったならば引き返そうか」

 追跡されているのは分かる。此れで姿を見せれば捕まえるのに、一人では不利と思って追跡する事に徹底しているのか。

 山の中を歩き薄闇もはれた頃、追跡者の様子が変わった。

 単調な山歩き、ただ観察しているだけでは見張るのも飽きてくるだろうか。

「ネムロスさん、そろそろ……」

 気付いてくれるだろうか。こんなことなら何か合図を決めておけば良かった。

「あぁ、そうだな。今日は運が無かった様だ。引き上げるとするか」

 どうやら伝わったみたいで安心した。

 時間をかけて歩いて来た道を引き返す。ゆっくりと。

 目隠しを外し見ようとするとネムロスさんに止められた。首を横に振っているという事は、魔眼そのもので見るには視線が強すぎる。予期しない行動の切っ掛けになるかも知れない事は、やめたほうがいいのだろう。

 目隠し越しに見える追跡者は、此方の動きに合わせ同じく来た道を引き返している。

 うん、と頷く。でも此処からどうするのかは聞いていない。

「便利なものだと思う、まるで千里眼の様だと。その反面、頼りすぎるのも危険か」

 ……其れはどういう事なのだろう。聞こうにも言葉に詰まり声が出なかった。

 だからネムロスさんの後姿を追いかけるしかなかった。

「どうやら上手く行ったようだ」

 ときどき思う。私は意識してようやく見る事が出来る。最も魔眼封じの布を取れば意識しなくとも見ることは出来るけれど、今回は外すことを止められた。

 けれどネムロスさんはまだ見えていない向こうの状況も把握している。

 一体どのようにして把握したのだろうか。

 意識して魔眼を使うと、確かにフォスレスさんが一人の男を取り押さえているのが見えた。

「あの、何故分かったのですか」

「ん? あぁ、そうだな……感、かな」

 それだけ、なの? 何か確信なものがあっての言葉ではないのか。信じられなかったからこそ見た訳で。

 なんだか私よりすごくて。

「ネムロスさんがよく分からなくなりました」

「何だ、唐突に……」

 知りませんと、そっぽ向いて歩き出す。後ろで「嫌われたか……」と呟いているけれど、聞こえないふりしてフォスレスさんの下へと歩き続けた。


「ようやく来ましたね」 

 フォスレスさんの所に着いたときには、男は気を失っており逃げられないように縛られていた。

 ただし、下着姿で。

 お姉ちゃんは男の裸姿など見たくないと言わんばかりに目を逸らしている。

「まぁ、其処まですれば隠し武器などの心配は無いか」

「えぇ色々と持っていましたよ。旅の役に立つ道具もありましたし、お得な拾い物をしましたね」

 地面の上には服が綺麗に広げられており、その上に数種類の短剣や縄に瓶、何に使うか分からない道具等、様々に陳列されていた。

「この量を一人で持っていたのか。流石と言うべきか、見習う処はあるというか。其れでも敵である以上は斥候程度で此の装備と見るに警戒をすべきと言う訳だな」

「この場所は人の通る道とはかなり離れていますからね、尋問するに問題はないでしょう」

「其れは頼めるか。何か準備があれば手伝うが」

「そうですね、少し寒いので火を焚いて頂きたいです」

「分かった。近くに川は無い為、水は難しいが火ならばすぐに起こせよう」

 此処は山の中、季節は冬であり雨も降っていなかった為、乾いた木は其処彼処にある。

 目の届く範囲だけでも其れなりの量は簡単に集まった。

 ネムロスさんは細い小枝を組み、徐々に大きな木を組んで行く。良く乾いているであろう枝を見繕うと、木の皮を剥ぎ薄く、細く削ってゆく。

 その様子を見ていると、何をしているのか説明してくれた。

「火種を作るのだが、火にする為には初めは燃えやすいよう空気と触れる面積を多くする必要がある。火力が弱くとも直ぐに燃える様に細く小さくするのがコツだな」

 木屑が手のひらに乗る程度出来上がった所で、火打石と短剣を取り出すと木屑の上へと火花が飛ぶようかち合わせる。二度、三度とかち合わせ火花が木屑の上で燻り始め火種と変わった。

ネムロスさんは火種を確認し手にして勢いよく回し始めると、燻っていた火種は勢いよくよく燃えはじめ火へと変じた。

 私が驚いていると。

「火種は息を吹きかけても中々大きくはならなぬ。こうして手で回してやることで、息で吹きかけるより多く空気と触れ直ぐに燃えると言う訳だ」

「其れと人の息では、火は燃え難いですからね」

 フォスレスさんが付け足してくれる。

「いつ見ても簡単そうに火を付けるので、次は私がやっても良いですか」

 いつもネムロスさんが簡単そうにしているのを見て思う、私にでも出来るのだろうかと。

 出来るのであればやってみたいし、私に出来ることが一つ増える。

 たかが火起こしと馬鹿にされるかもしれないけれど、火起こし一つだけみても満足に出来ていないのが現状。

 出来るようになれば、毎回ネムロスさんがやる必要が無くなる。

「約束した事だ。火起こしだけでなく、もっと色々と教えるとな」

 嬉しかった。言葉にならず頷くしか出来なかったぐらい、嬉しかった。

 魔眼が使える、魔眼が誰かのために役に立つよりも、ただ普通の事が出来るようになるのが嬉しかった。

「フォスレス、此れで良いか」

 嬉しさに身を任せている間にも火は木片へ燃え移っており、十分に大きくなっていた。

「えぇ、ありがとう。尋問に入る前にネムロスは二人をお願いしますね」

「そうだな。少々離れるが問題はないな」

「必要な情報を聞き出せたなら合流します」

 言葉は静かでいつものフォスレスさんの口調。なのに少し怖く感じてしまうのは此れからやろうとしている事に対してか、其れとも……。

 そしてネムロスさんは私とお姉ちゃんの背を押してその場を離れて行った。

 どれ程歩いただろうか、遠くまで歩いていないはずなのに、随分遠くまで来たような気がする。

「あの、何処まで歩くのですか」

 ネムロスさんは私を見ずにお姉ちゃんを見る。

「多分もう少し先。私も把握している訳じゃないから、確実じゃないけど」

 何の話だろう。でも其処まで遠くに行くと目隠しを取っても見えなくなる。

 二人は困惑する私を置いて歩き続ける。お姉ちゃんが手を取って一緒に歩いてくれなかったら、此処で一人残されるような感じだった。

 私も聞き返せるような雰囲気では無くて、黙って歩き続けた。

「此処まで来れば大丈夫と思うわ」

「分かった、なら此処で休憩としようか。リア、火起こしをしてみるか」

「薪、集めて来るわ」

 そう言ってお姉ちゃんは離れて行った。

 ネムロスさんは手近に落ちている枝を拾い、乾き具合を見ている。

 二人のやり取りが気になりはしたけれど、話してくれる気配がないので諦めて気持ちを切り替える。少し心の中が少しざわついているのを無理やり抑え込んで。


「上手く付いたようだな。少し大変だったが慣れればすぐに出来るようになる」

 むき出しの土の上に焚火がある。今私が大変な思いをしてようやく出来た焚火だ。

 木を細く削るのにもうまく行かず、火打石も火花が飛ばず、飛んだとしても木屑の上に落ちず。木屑が燻ったと思い急いで手にして火傷を負い、回しても火種は消える。

 木屑が燃えた所で小枝の下へ入れたとしても、火は移らず消える。

 やる事一つ一つ失敗した。

 隣でお姉ちゃんも挑戦したが、私と同じような事を繰り返している。でも私より早く火起こしが出来ていたのは少し……かなり悔しい。

 お姉ちゃんは私も出来た時に喜んでくれたけれど、「お姉ちゃんに負けた」と呟くと。

「馬鹿ねぇ、偶々よ。次は私が負けるかもしれないじゃない」

 そうなのだろうけど、悔しいのは確かだ。

 そんな私を見てお姉ちゃんは笑って。

「ちょっと前までは私に頼りっきりだったのに、こんな小さなことで競い合うようになるなんて思ってもみなかったわ」

 言われて気付く。そうなのだろう、だからただ頷いた。

「さて、ただ火を起こしただけで終わりでは詰まらぬだろう。少し早いがお昼としようか」

 ネムロスさんが取り出したのは包み。追跡していた男が持っていた物だった。

 包みを開けると大きな葉っぱで包まれている何か。何だろうと思っていると葉っぱの包みの中身はお肉であった。

 お姉ちゃんも声を上げる。三人で分けて食べるには少し少ないけれど、小腹を満たすには丁度良いかもしれない。

 三つに切り分け、串に刺す。此の串も男が持っていた物。数本あったと思うけど、三本程持ってきたらしい。

「一体どれだけ持ってきたの」

「食料と調理できそうな道具だけだな。こっちの包みは肉詰めだろうよ」

 取り出したもう一つの包みを開けると腸詰があった。お肉も腸詰も燻製してあり保存性はある。

「この葉っぱも意味があるのでしょうか」

「あぁ、香りづけと腐りにくくする為だな」

「そんな効果があるのですね」

「あまり長くなることは無いがな、だが少し美味しくはなる程度だ」

「其れは素敵ね。早速頂くとしますか」

「大丈夫とは思うが毒を盛っているやもしれぬ。毒見が欲しい処だが、さてどうするか」

 お肉へと延びていた手が止まった。毒……美味しそうなお肉を前に食べられないのは辛い。

 昼にはまだ少し時間はあるとはいえ、朝は早かった為にお腹もある程度は空いている。

「諦めるか、諦められぬのであれば確かめる方法は一つしかない」

 そう言うとネムロスさんは一切れ串に刺し焼き始めた。

 辺りにお肉が焼ける臭いが漂う。美味しそうに焼けるお肉にお腹が鳴りそうになるけれど我慢するしかない。

 やがて十分に焼けたと思われると。

「さて、遅効性の毒でないことを祈るばかりだな」

 意を決したネムロスさんは一口食べた。

 いつもより咀嚼が長い。ゆっくりとお腹の中へと堕としこまれる。

 目を瞑り体に異変が無い事を確認してゆく。

「……うん、大丈夫みたいだ」

 微笑んでいる? ただ口の端を、口角を上げただけなのに無事であったことに安心した。

「あまり心配させないでほしいわ。私たちを旅に連れ出した責任、まだ取ってないのに此処で何かあったらどうするつもりだったの」

「丁寧に包まれていた上に隠そうとしていたのでな、毒など無いと見ていたが。確かめるまではやはり警戒すべきだろう」

「こういう時って普通は捨てるでしょ。好き好んで毒が盛られているかもしれない、敵の食料に手を出すのはどうなの」

「毒が盛られていそうなのはフォスレスが先に回収していた故にな、ならば此方は有効活用しようと持ってきた。其れだけの事だ」

「た、短絡的な」

 私もそう思うけれど、何だろう……此の人は時々思いもよらない行動をとる。

 でも、そうだね。だからこそ旅なんて無茶な事をするのだろう、異質な私を怖がらずにいてくれるのだろう。

「要らぬのならば、全て俺が食うが良いのか」

「食べます」

「要らないとは言っていないわ」

 二人して手を伸ばす。ネムロスさんの美味しそうに食べる姿は、食欲を刺激しお腹はお肉を所望している。

 お肉に串を刺し火へと炙る。希薄になりつつあった美味しそうな臭いが再度辺りに漂う。

「焦げぬよう気を付けよ」

 直火で焼くと言うのもまた難しい。近づけすぎると中が焼けず外は焦げる。遠いと焼けない。

 先ほどのネムロスさんが焼いていた所を思い出して真似してみる。焼けている……? 少し焦げてきたような気もするけれど、中まで焼けたのだろうか。

 ネムロスさんから助言が無いか、助けて欲しいと視線を送るが微笑むだけで何も言ってはくれない。

「あ、あの……どうでしょうか」

「始めはそんなものだろうよ。焼き具合は食べてみるしか無かろうよ」

 教えてくれると言っておきながら、何も言ってくれない。

 どうだろうか。今まで直火で焼く事なんて無かった。だから見慣れた焼き目が付いたところで火から離す。

 見た目は良い。良く焼けているように思える。また横目でネムロスさんを見るけれど、やっぱり微笑んでいるだけ。

 自分で食べて確かめろと言う事なのだろう。

 焼き目は良い、ならネムロスさんが言った通り口へ運んだ。

 熱くはない、肉の味がしっかりしており口の中一杯に広がってゆく。

「美味しい……」

 言えることは其れだけだった。

「燻製してあるからな、焦がさなければ美味しい物さ」

 ……だから黙っていたのかと、騙されたような気もするけれど。

「もし焦がしてしまったらどうしていたのですか」

「少し焦げがったとしても、其れもまた別のうまさがある」

 何だろう……なんだか納得いかない。

 何をどうしてほしいとはないのだけれど、何か言って欲しいとは少し思ってしまう。

「見て盗めって、事でしょ」

 お姉ちゃんからの指摘は最もだけど。

「ほら、そんな顔して拗ねてないで、最後は教えてくれたでしょ」

「そうだけど……」

「誰かに何かを教えるなどと、あまりない事で俺とて手探り状態だな。分かり難かったならば済まないと思うが、師匠と同じような事しか出来ぬ」

「師匠って」

「俺に狩りのやり方を教えてくれた人だ。教えてもらえることも言葉も少なかったが、殊更追い出される事も技術を隠すような事も無かった。だからか真似して作った罠や仕掛けが上手くいったときは『まぁまぁだな』っと、褒めてくれた時は嬉しかったものだ」

「今その師匠さんはどうしているの」

「亡くなった。風邪を拗らせてそのまま。最後は『後は好きにすれ』とだけ言い残し、あっさりとな」

「あぁ……悪かったわね、変な事を聞いて」

「構わぬよ、もう五年か、いや六年ほど経つか。当時は辛くもあったが今こうして教える側に立つと師匠の気持ちも分からなくもないな」

「ネムロスさんにとって大事な人だったのですね」

「大事か、そうなのかもしれぬ。形見など無いが、教えてもらったことは今も血肉となって残っている。今を、此れからを生きる事に手段を教えてくれたよき人であったな」

 手元を見て懐かしそうに語る。私たちの知らない彼の人に、私は少し羨ましいと思った。

「私もいつか、誰かの中に残る人に成れるのでしょうか」

「其れは難しいやもしれぬ。だが俺もそう成りたいと思う」

「少し前まではそんな事、考えられもしなかったのにね」

 三人して笑い合う。冬の寒さからそれぞれが付けた火で身を暖めながら。

 そして、フォスレスさんが此方へ向かって来るのが見えた。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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