#98 報告と乗合馬車
ステルさんに会う為街へ戻り、その足で領主館へと赴く。
面会は時を置かずして通り、領主館ではなく離れの建物へ通された。
「本邸は領主様の許可なくしてお客様を入れる訳にはゆきません故に、この様な場所となった事、ご了承いただきたい」
「此方こそ忙しい中、時間を頂き感謝する」
お互いに挨拶を交わしてから、ステルさんは余計な話しは無しとばかりに。
「して急ぎ御用との事、お伺いいたしましょう」
通された部屋は使用人たちが使う部屋。屋敷の主とは別の、客人を持て成したり商談をしたりと、何かと使用頻度が高い部屋と言う事。急な来客にも対応出来る様にと、色々と備え付けられているようで、私たちの前には紅茶が用意されていた。
「襲ってきた傭兵団の事が少し分かったのでな、此方から出向く前にステルへ話に来た」
「クォットヘース傭兵団、ですね。聞き及んでいます。しかしながら彼らは他領にて正規登録された傭兵団、私たちとしては抗議文を送り対応してもらう所から始めなければならなく、忸怩たる思いをしている所です」
「やはり権力とお金があると調べるのも早いですね」
「いえ、此れも貴方がたが目立って動いてくださったおかげです。彼らの注力は貴方がたへ向き、此方の動きには疎かになった様です」
「そうか、此方の勝手な行動に乗じて情報を得ながら批難するかと思うたが、素直に話すとは意外であった」
「其の様な恥知らずではありません。お嬢様を助けて頂いたことは本当に感謝しております故、不義理で返すようなことは致しません」
「失言だったな。先ほどの言葉は取り消そう」
「いえ、其れでも貴方がたの行動を利用した事には変わりありません。私では力が無く申し訳ない」
事此処に置いてはステルさんの発言力が低いのだろう。元は他領の従者であり、今は主が亡くなりその子供もモノが言えない赤ちゃん。せめて自領であればまだ出来ることは多かっただろうけれど。他領の屋敷、しかも自身の主人が居ない現在は肩身も狭いのだろう。
「私たちに出来ることは実行犯である傭兵団を潰すことまでです。その後ろに控えるのは多分貴族でしょう。其方までは手を出すことは出来ませんからね、利用されることは当然と受け入れられますが、本来は旅をするための助力をお願いに来たのです。だから、傭兵団を捕らえれることが出来た時は一言頂ければ、其れだけでよろしいですよ」
「だそうだ、旅するうえで傭兵団は少々難事だ。道をふさぐ岩ともなればどけるか回避するかだが」
「後を付け回すような変質者は願い下げです。一刀のもと切り伏せるだけです」
「後ろで糸を引いている黒幕の尻尾を掴みたいと思っておりますので、頭目は生きて捕らえて頂きたいのですが」
「第一優先は私たちの命です。その次でよろしければ尽力しましょう」
「よろしくお願いします。して、何時ご出発なさるので」
「明日の朝だな。流石に今からでは準備不足、少なくとも食料は調達せねばなるまい。資金の都合上、他に回すのは難しく、今からでも調達できるのは食料ぐらいなのだかな」
「ならば目的の領地までは乗合馬車を利用するがよろしいかと。そして申し訳ないですが、資金の援助は此れで最後となります。私の持ち合わせでは此れが精一杯でして」
少し心が痛む。今までも無理をしてくれたのかと、其の様な言葉を聞いてしまうと断っても良いのではないかと思ってしまう。
フォスレスさんとネムロスさんはどうするのだろうと見守っていると。
「お言葉に甘えましょう」
「おかげで此方は助かる。この礼は結果を以って返そう」
フォスレスさんは頷き返し、ネムロスさんは頭を下げる。ステルさんは「よろしくお願いします」とネムロスさんと同じく頭を下げていた。
取り残されまいと私も同じく頭を下げると。
「リア様、リティス様もクラス嬢様のお守りいただきありがとうございました。今はまだ何も出来ない身ではありますが、自領へと戻ることが出来た際にはクラス嬢様とお遊び頂ければ幸いかと」
「はい、是非に」
「期待はしないで欲しいけれど、近くに寄った時は顔ぐらい見に行くわ」
ステルさんは優しく微笑んでいた。
多分だけど、其の願いは叶う日が来ないと思う。嬉しかったけれど、心は少し痛かった。
其れからはネムロスさんが乗合馬車の事を詳しく聞いただけでお別れとなった。
食料品店が閉まるのは早い。此処に来るまで暗くなりかけていたのだから、もう閉まっていてもおかしくはない。
閉まっていたら何処で調達するのだろうか。
そう思いながら、私たちは領主館を後にした。
思った通り食料品店は軒並み閉まっている。食べ処、飲み処は此れからなので開いている所はあったけれど、まだ少し早いのか準備中と掲げていたところもあった。
市場の繁盛時間は朝から昼ぐらいまでが普通だ。昼以降は夜の営業に合わせ仕込み。昼に営業していた所は清掃している所だろう
食料を売っている所が見当たらない。
「何処で買うのですか」
明日の朝買うにしても早すぎて開いていないはず。乗合馬車の出発時間は予想より早かった。
「聞いた通り朝は早い、今から買おうにも表通りの店は閉まっている。屋台で買うには少々高くつくからな。馬車は翌日の昼に到着予定。野営となるが幌付きの馬車の中で眠れるのは助かる。少々高いが歩くより早い上に四人で街道を歩くより安全であれば乗らない手は無い。朝の出発時刻までに帰って来られれば離れても良いと確認を取ったからな、夜は獲物でも調達できればよいのだが、難しい処か」
私の話を聞いているのか聞いてないのか、いや考え事して聞いていないのだろう。其れとも私の声は雑踏に掻き消されたのだろうか。
「獣を見つけるのであればお役に立つと思います」
此処で役に立つ事を見せないと何のための魔眼なのか疑問に思ってします。
ようやく反応してくれたのか、ネムロスさんは私を見た後フォスレスさんに意見を求めるべく視線を投げると
「まぁ、大丈夫でしょう。魔眼封じの布が良い負荷となっているのか、少し力が増している様に思えますが、問題はないでしょう」
心臓の鼓動が一つ聞こえた。少し早鐘を打つかのように。
これ以上何かあるのか。何れこの布が無意味になってしまうのか。不安が募る。私はまだこの眼に振り回され続けるのか。
「失くしてしまったものを取り戻すのも容易ではないでは無いように逆もまた然り、一度顕現したものはそう簡単に失くすことは出来ません」
其の言葉を聞いて心が暗く沈む。どうすることも出来ないと分かって、ではどうするべきなのかと疑問が浮き上がって来る。
「得た力とどう付き合ってゆくのか、私も同じく意に反した力を宿した身、リアの気持ちも分からなくはありません。不変などと言う力は……」
最後の言葉が聞こえなかった。フォスレスさんは気にした様子もなく此方を見て微笑みかけている。
私よりもずっと強い彼女もまた色々と悩みがあったのだろうか。そう思うと少し心が軽くなった。
だから微笑みを返しながら。
「ままならないものですね」
少し驚いたように、そして笑てくれた。
「あった。此処であったか」
ネムロスさんが何かを見つけたのか、向かう先はまだ開いているお肉屋さん。
並んでいるのは加工肉。干し肉や腸詰、塩漬けの肉。日持ちするよう加工している物ばかりであった。
「昼は出かけている者が多いからな、夜に翌日の準備をする人たちを対象に商いをしている店だな。多くは無いが、在るとは思っていた。何処も事情は同じと言う事だ」
ネムロスさんは早速とばかりに店へと走ると物色し始めた。
「あ、私も」
お姉ちゃんもネムロスさんの後を追い横に並んで商品を眺め始める。
「ほら、リアも欲しいモノ言わないと、遠慮していたら手に入らないわよ」
お肉を物色しながら言うには、まるで先程の会話を聞いていたかのような。違う、聞いていたからこその言葉であった。
「リティスの言う通り、口に出して言わないと伝わらないですからね。まずはどのお肉が欲しいのか伝えましょうか」
お姉ちゃんも聞いていただから、多分ネムロスさんも。
伝えたい言葉、伝えるべき言葉は一つあった。
フォスレスさんに頭を下げ。
「此の布、ありがとうございます。大切にしますね」
言い忘れていた言葉を伝えることが出来た。
少し顔を熱い。此の様な顔を見られたくなくて走り出し、ネムロスさん横へと辿り着くと同じく商品を確認していった。
後ろでフォスレスさんが何かを呟いていた気もしたけれど、夜の風と街の喧騒で聞こえる事は無かった。
宿の一室、二人で眠るには少し小さいけれど、お姉ちゃんとくっついて寝るのは何時もの事。
何もないけれど目が覚めた。朝日が顔を出すまではまだ少し時間がある。
横にはお姉ちゃんがまだ寝息を立てている。
夜を安心して寝られると謂うのが嬉しかった。ネムロスさん達に拾われてから、安心して眠るお姉ちゃんが横に居る。其れが何よりも嬉しかった。
お姉ちゃんを起こさない様、静かに抜け出し外への扉を少し開ける。冬の風が入り体を吹き抜けるけれど、少し気持ちよかった。
魔眼封じの布を取りまだ明けぬ街に目を向ける。布越しに見える世界と違い様々な色を見る事が出来る。
其れが何を意味しているのかは分からないけれど、夜空に掛かる色とりどりな光の布。色彩を変え揺らめく其れはとても幻想的で、その合間に流れる光の川も壮大だった。手を伸ばしても掴むことは出来ないけれど。
お姉ちゃんに話しても見えないって言うけれど、きっと此れは魔眼が見せている風景なのだろう。
此の綺麗で不可思議な風景、フォスレスさんは知っているのだろうか。機会があれば聞いてみるのもいいかもしれない。
「リア、起きていたの」
「ごめん、起こしちゃったかな」
「別に良いわよ。もう起きる時間だしね。また、空を見ていたんだ、リアの見える夜空を私も見たかったけど、無理なようね。ちょっと残念」
笑って返すしかない。お姉ちゃんは信じてくれたけれど、やっぱり此れを話すのは怖い。もし見ては駄目だったモノであったならば、私はどうすれば良いのか分からない。
いつか話せる日が来ればいいのだけど。
「さ、着替えよ、馬車の時間に遅れたら大変だもの」
頷いて着替える。と言っても寝間着なんて持っていないから、顔を洗って身だしなみを整えるぐらいだけど。
最後に魔眼封じの布を目に巻いて、本当は必要ないけど、お姉ちゃんと同じに頭巾を目深く被る。
お姉ちゃんは何時も尻尾を隠すのに苦労している。何かいい方法はないのか考えるしかないかな。
準備が出来て下に降りるとやはりネムロスさんが食事を取っていた。
「早かったな。まだ馬車の出発までに時間はある、ゆっくりするが良い」
席に着くと、焼き立てのパンと温かな野菜汁。
「多いと旅の途中困る事もあるからな、少し少な目ではあるが、我慢してくれ」
何が困るのかは私もよく分かっているから文句はない。
「いえ、分かっています。大丈夫です」
「其処まで気を使わなくても、文句は言わないわ」
「さて、この後は荷物を纏めて乗合馬車の待合場所へと向かうとする。忘れ物が無いよう気を付けてくれ」
頷きつつ、荷物はもう持って降りてきている。部屋には何もない事も確認済み。
「部屋に戻らなくても準備は万全よ。ご飯が終われば出発出来るわ」
「ならば少し落ち着いてから出るとしようか」
その後は会話もなく食べ終えると、一拍を措いて待合場所へと出発した。
ネムロスさんは雑魚寝部屋には元々鍵などは無い。私たちが使っていた部屋の鍵だけ返却し、残り二日分に関しては取り消しにしてもらった。
昨日の内にネムロスさんが話しており、取消料金として半額は取られてけれど。
宿を出た所でフォスレスさんが待っていたのは少し驚いた、もはや今更と言った感じだったのだけど。
今度は荷物をちゃんと背負う。ネムロスさんばかりに押し付けていない。肩に伸し掛かる荷物に少し重いと思うけれど、私も役に立っていると思うと嬉しく思えた。
待合場所に着くまで言葉は無く、此れからの事を考えると少し緊張していたからかもしれない。
「此処だな。さて、ステルからの話では切符を買ってくれているという話だったが」
待合場所の辺りを見回していると、近寄って来る男たち。その人数は四人。
「ネムロスさん一行とお見受けしますが間違いありませんか。俺たちはステルさんの依頼よりお届け物を届けに来ました」
「あぁ俺がネムロスで間違えない。本人は来られなかったのだな」
「えぇ、用事があると言って俺たちに依頼がありました。此れを」
差し出されたのは四枚の切符。目的地は勿論アップテンシー領。
「問題が無ければ此方に署名をお願いしたい」
鉄の先を尖らせ、少し溝をつけて墨を乗せやすくした筆。ネムロスさんは署名しながら。
「一つ聞いて良いか。傭兵団は届け物などもやっているのか」
「俺たちの所は四人しかいないからな。仕事なんて選んでいられないってのはあるが、今回のはただ届けるだけの簡単な仕事だ。安いが其の分安全だからな。正直儲けものって感じだ」
「そうか、では受け取った。ステルによろしく言っておいてくれ」
良かった。此れで無事に乗ることが出来る。
馬車も来ている。まだ人が集まってないのか、業者は馬の世話をして、助手らしき人が客の対応をしている。
二頭仕立ての造りがしっかりしていそうな馬車。初めて乗る馬車は緊張と楽しみが織り交ざり待ちきれなかった。
少し早いけれど受付してもらい、早速と幌の中に首を伸ばした。
馬車の中は左右に座席があり数人座れるようになっており、足元の床が開き荷物を収納できる場所もあった。
座席に合わせ区切られており、入りきらない分は手持ち。他の人に迷惑をかけなければ席は自由と説明と注意を受けただけで、私は一番前の座席に座った。此処からは業者はおろか外の景色も良く見える。隣はお姉ちゃんが座っており、フォスレスさんとネムロスさんが座っている。
その他には三十ぐらいの男女の組が乗っていた。そして時間と共に人が増えてゆく。
楽器を担ぎ吟遊詩人と名乗る、少し派手目の人。革鎧で身を固め武器も携帯した三人組男たちが乗って来た。
この国の情勢は不安定なので皆大なり小なり武器を携帯しているけれど、あからさまに携行されると警戒してしまう。
携帯しているのは私たちも同じだけれども。
そして出発する時間になってやってきたのは二人組の男たち。一人は三人組の人たちと其れ程変わらないけれど少し神経質そうな人。最後の一人は少し大柄だった。
そう見えるだけで、其処まで大きくはないけれど、何処か大きく見えるのは何故だろう。
急所のみ金属製の鎧を付けているのが分かる。外套を羽織っている。髪はざっくばらんではあるけれど不潔感はなく、無頓着か戦う上で邪魔にならない様にしているのが見て取れた。そして腰に振ら下げている剣は握りの布が薄汚れ所々擦り切れている。鞘は手入れされているが小さな傷、擦り傷、摩擦ですり減ったような箇所もあり、よく使いこまれているのがよく分かった。
先に来た三人とは格が違うと言った様相だった。
「俺で最後か、遅くなって済まんな。短い時間ではあるがよろしくだ。其処の可愛らしいお嬢さんも」
「あ、よ、よろしくです」
見ていた事に気付いてか挨拶をされ、つい挨拶を返してしまった。
それとも目隠ししている変な人と思われたのだろうか。
冬の寒い季節、雪でも振ろうかと思う中、その人がいるだけで馬車の中の気温が上がった気がした。
目つきは鋭いながらも何処か柔らかい。少し焼けた肌と服の上からもよく分かるほど鍛えられている剣士風の男。
「ジョワンだ」
短い一言、其れが名前だと至るまで少しかかった。
「ネムロス。出発の時間までまだ少しある。気にする事はあるまい」
「楽しそうな人が来ましたね。フォスレスです。よろしくです」
「リアです」
「リティス」
ネムロスさんは言うだけ言うと目を瞑って黙ってしまった。フォスレスさんは楽しそうにしている。お姉ちゃんは名乗っただけでそっぽ向いた。
私は頭を下げた。
「吟遊詩人のエドゥス。英雄譚を語りながら各地を放浪しています。是非に一曲お弾かせ願いたくその節はよしなに」
エドゥスさんは芝居がかった挨拶をしてくれたけれど、他の人たちは『よろしく』と一言だけに留まった。
「ジョワン、皆が困っていますよ。静かに座ってください。申し訳ない、ご迷惑をお掛けした」
ジョワンさんは特に気にした様子もなく。注意を受けると肩を竦めて大人しく席に座った。
ジョワンと名乗った男の後ろに隠れてしまうかのようにいた、ほっそりとした男。
ジョワンさんに見た後だとそう思ってしまうけれど、決して痩せているわけではない。
頭を下げると、ジョワンさんの隣に座り、周りを警戒するように見渡すと視線は外へと移っていった。
「皆が揃いましたので少し早いですが出発したいと思います。宜しいですね」
助手の人が確認を終えると鐘が鳴って馬車が走り出した。後を見るともう一台の馬車が付いてきている。
積んでいるのは荷物ばかりの様で、客だけでなく荷物の運送も請け負っているのかと思った。
`荷馬車と並んで歩く武装した人たちもいる。街道を通るとは言え、何かと危険事はあるお国事情、護衛は必須なのだろう。
不安と緊張と楽しみと、色々と追い混ざった馬車の旅が始まった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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