#40 闇に住まう者
闇を疾走する黒衣の襲撃者たちは、肩に担ぐ人のことなど構うことなく路地を抜け、人気のない家へと入ると彼等しか知らない隠し通路へと入る。
いかほど走ったか、周囲の状況は見えないながらも感覚だけで測って行く中、また建屋に入ったと思うと不意に下ろされる。
土がむき出しの上に下ろされ、冷たさが身に染みてくる。ここに連れてきた彼らはそのまま何処かへ行ってしまった。
しばし待つも何も起きることはなく静寂のみ揺蕩う中、そろそろ動こうかと思った矢先に気配を捉える。
土を踏みしめる音はわずか、そしてそれ以上に発する気配を消すこともなく近づいてくる。
されど近接することなく、少し距離を取り立ち止まった。
少々残念と思う。もう少し近寄ってくれれば不意打ちすることが出来たかもしれないのにと。相手もそれを恐れて距離を取ったのだろうが。
この後はどのように出ようかと心の中で思案しつつ、相手の出方を伺っていたが一向にその場から動くことなく、来た時のまま仁王立ちしているようであった。
倒れた女の近くで仁王立ちの男と少しシュールな絵を心の中で描いてしまい、思わず笑いが込み上げ狸寝入りがばれてしまうところであった。
だけどこのままでは何も進むことなくただ時間だけが無駄に消費されてゆくだけであり、愚痴の一つでも漏らせば得られる情報があったかもしれないのに、何一つ言葉を発することなくこちらを睨みつけるだけ。
ある意味我慢比べとも取れなくないが、向こうにその意味はなく。沈黙に何かしら意味を見出そうとするも、そもそも相手の事を知らぬから虎穴に飛び込んだ訳で。
沈黙を守る相手からは、得られるのは個の情報のみでその後ろにある何かは依然知りえることはない。
戦うに当たっては重要な情報であるが、今欲しいのは彼らの背後関係である。
場が膠着し動く機を逃してしまった感がある。かと謂ってこのままでは何も進まず、ただの我慢大会になったのでは笑い話にもならない。
ここで自分から動いたら負けた気になってしまうと、何の根拠もなしに思ってしまっている。
思考が空回りし同じところを回り始めた頃、静寂を破ったのは彼の方であった。
「さて、そろそろ良いか。起きているのは分かっている」
やはりと言うか、寝たふりは見抜かれていた。せっかく声を掛けてくれたのだから無視するのは無礼に任だろう。
「……やはり分かっていましたか。ちなみにいつから気付いていたとは聞きませんよ」
ゴロンと仰向けに、視線は彼に向けて笑顔と共に返答してみた。
星明りも碌に入らないほど暗く男の姿も闇にまぎれ見通すことが出来ない。声質から壮年の男性と判別できるがそれだけである。
彼から紡がれる言葉も淡々としており、感情さえも読み取るのは難しい。
気絶しているふりをしていた為周りを確認することが出来なかったが、声の響き具合からここは広い部屋、もしくは倉庫として使用できるような所であった。
「少し聞きたいことがあるのだが、素直に応えてくれると助かるのだがな」
こちらの言葉には何ら反応を示さず、一方的に言い放ってくる。ならば少し手を変えて話を引き出すとしよう。
「女性を縛り寝転がせた状態で詰問は少々不躾ではなくて」
「こちらとしては仲間が殺されたのでね。妥当な処置だと思っているよ。それより何故我々を狙ったのか聞きたいのだがね。彼女たちと何らかの関係があるのかね」
「貴方のお仲間の件については正当防衛を主張いたします。まずはそれを了承いただきたいですね」
「……で、彼女らとの関係の方はいかがか」
了承とも取れなくはないが、単に言葉は多くかわす物ではないと判断してとの事だろう。しかしこれで彼等も私の扱いには少々困っていることが分かった。
彼女らが彼らの何に触れたのかまでは不明だが、その関係者として勘繰っているようだが。無関係と分かれば即座に始末されるのは確かなようだ。
「そうですね、彼女らを狙っていたのは貴方たちだけではないという事です」
闇に覆い隠されてはいるが、彼が沈黙したのをはっきりと分かった。
どのような表情をしているのかは分からないが、彼の頭の中では色々と想像されているのだろう。
多分どれも正解にはたどり着けはしないだろうが、これで何か口ずさんでくれればとの思いもそう甘くはない様である。
「最後に聞く、お前の後ろにいるのは誰だ」
「それは言うが言うまいが殺すという事ですね。取引に応じてくれると嬉しいのですが」
後ろと言われても誰もいないのだけれど、明言する必要もなし。言葉を濁して勘違いさせておく。
影に動く気配。どうやら言葉より行動で返答をくれたようである。つまり交渉の必要なしと判断された。一切の無駄を省いた早い判断である。
そして彼は徹底した現実主義者のようである。これで彼の言から得られるものはなくなったと言える。
仕方がない。ここまで情報を得られないとは少し当てが外れたが、応戦するしかない様である。
と謂っても、唯一の武器である棒手裏剣は彼らに奪い取られてしまった。手は後ろ手に縛られているが、油断したのか必要ないと判断したのか足は自由である。
体制を整えゆっくりと立ち上がる。
彼の他に誰かいるわけでもなく、そして彼はまだ動かない。しかし彼から発する殺気は伝わってきており、私を威圧しているようであった。
だけど、まだまだだなと。彼の唯一の欠点は強者故の余裕と謂った所か。殺すならば立ち上がる時間度与えずに殺しに来ればよかったものの。
その殺気は私に彼の居場所を教えてくれており、そして何があってもすぐに動けるように構える。
こちらも対峙する構えを取ったことにより、交渉が決裂したという事だ。
それが合図と言わんばかりに、まさに射殺さんばりの殺気を飛ばしたかとも思えば急に彼からの殺気が消える。
一瞬あいた空白。動から静へ、そしえ後ろから彼がやってきた。
急に殺気を消し、此方の心を揺さぶり位置を掴む。駆け引きはなかなか、体制を屈めその場を離脱回避。
今しがた前方に居たのに、音もなく後ろを取ると謂うのは余程鍛練を積まなければ無理な動きである。
殺気を使った駆け引きといい、彼は強いと言えるだろう。彼女らを襲った襲撃者とは格が違う。
影は捉えていたがそれすらも囮にしたのか、あの位置から動いていないはずだが、もうそこにはいないような気がする。気配が消えている為、何処に潜んでいるのか分からない。
それにここは彼らの隠れ家。地の利は向こうにある。
暗闇でもこちらを見通せる何らかの手を持っているからこそ、この場所を選んだのだろう。こちらも対抗手段を持っていなければ嬲り殺されるだけである。
足元は土を固めただけ。普通に歩いたとしても足音はほとんど立たず、彼はすり足で慎重に移動しているのであろう、気配の無さと相まって居場所を把握することが困難である。
自身でする息ですら聞こえてきそうな静寂が揺蕩い、鼓動が体を駆け巡る。
その中で次に来る手は何か。遠距離からの弓による狙撃か、近距離まで迫って打撃か剣戟か。手を変えて毒を散布しての毒殺か。
いろいろと駆け巡るがいつしか思考そのものが沈んでゆく。
目を凝らしても見えるのは暗闇ならば、目を閉じ視覚を遮断する。
自ずと聴覚からの情報が大きく入ってくるが、無理やり抑え込み感覚へと切り替えて行く。
静寂すらも置き去りにして、わずかな変化にも対応できるよう、自身を中心に今持っている情報を再構築。
暗闇で見通すことが出来なかった空間と、再構築した空間を重ね、感覚で得られた情報をもって逐次更新して行く。
そして静寂だった空間に前方より突如現れる空気の振動。
同時に左手より膨れ上がる空気圧。
考えるより先に体が反応する。
厚く膨れ上がった圧の方へ、左の方向へ溜めていた力を開放する。即ち蹴りを放った。
突き刺すように鋭く、空気圧に触れる直前で回転を加え。
防御のことなど考えずに。
もしこれで外れたりしたならば、体勢は崩れ致命的な一撃を貰うだろうが、それは相手にとっても同じと言えよう。
前方へ注意を引きつつ他方向からの攻撃。悪い手ではないが、闇の中で動けるのは彼等だけではない。
結果、蹴りは彼を捉えはしたが浅いく、回避された模様。
されど暗闇でも彼の居場所を捉えることが出来た。
今を逃せばまた見失うこととなり、次捉えるにはさらに困難になるだろう。そうなる前に手を伸ばし彼を捕まえる。
暗闇でも感覚がすべてを教えてくれる。掴んだ場所は左の腕。
彼とて大人しく掴まれているのではなく、反撃に講じようと右手を振りかぶるが、掴んだ手で体を振り攻撃を反らす。
そのまま背中へと回り、首へ腕を回して腰を落とす。
命のやり取りに組技は悪手でしかないが、こちらとしてはまだ殺すわけにはいかない。彼が持っている情報を聞き出すまでは。
頸動脈の流れを止める様に締めるが、首に力を入れ抵抗される。右手には短剣を持っていたらしく、腕を突こうとするのか持ち上げたところ、突如短剣を捨て首を絞める腕を掴んでくる。
振りほどこうとするわけでもなく、ただ掴むだけである。
気付くのが少し遅れた。ここは敵地。彼が一人などという事はなく、仲間が潜んでいるという事。
決断を迫られる。ここで彼を絞め落とし一撃度喰らうか、彼を助けんと迫る誰かの攻撃を回避するため彼を諦めるか。
迷うことなく、強引に振りほどき後ろからの一撃を回避する。
服を切り裂かれはしたが気にする暇はない。後ろからの奇襲者へ拳打。肩付近に入り、衝撃が十分に伝わるのを感じる。
呻き声を上げながら距離を取られる。追撃を掛けようとするところへ剣を振るわれ阻止された。
再び対峙することとなったが、此方は一撃を入れている。
彼はどのように判断するか、負傷した者を下げてまだ殺し合うのか。此方としては言葉を交わし情報を引き出したいため、此方から攻めるのは控えたいところではある。
しかし徹底的に攻めて暴力にて吐かせると考えるも、闇に潜んでいたのが一人だけとは思えない。
彼らは常に複数人で行動しており、今もそのはず。ならばまだ潜んでいる可能性は高い。
「ほどけぬよう縛っていた縄から抜けるだけでなく、闇を見通す上この技。これで名も知らぬとは一体お前は誰なのだ」
「戦いの最中、お話しするというのは妙な事ですね。時間稼ぎでしょうか。それとも他に思惑でもおありですか」
「さて、どのようにとっていただいても結構だが、君には色々と聞きたいことが出来た。お互い影に闇に住まう者同士、今は多く語ることは必要なかろう」
「勘違いも甚だしいのですが、それで貴方が納得するのならばそれで良いでしょう。此方としてもようやくと言ったところなのですから」
先ほどまで凪いでいた空気が震えるのが分かる。鳴りを潜めていた気配が、まるで檻から解放された獣の様に騒ぎ出した。
一切の制約から解き放たれた殺意は、それだけでフォスレスを射殺さんと放ってくる。
よく訓練されていると共に良く調教されているともいえる。
命ある時まで静寂を貫き、指示が出れば容赦なく殺しに来るとは。
彼らもそうだが、私自身もまだまだ甘いとしか言えない。
この暗闇では飛び道具は使えない。同士討ちの可能性があるから使えるとしたら接近戦で短剣の類ぐらいだろう。
彼らもそれは十分理解しているはず。暗闇でも動ける訓練は積んできているだろうが、格下ばかりなのか、殺気を隠そうともしない。
剥き出しの殺気はフォスレスへ居場所を知らしめるに十分であった。
いまだに沈黙を貫く者がいるやもしれないことは考慮にするにしても、その数六。
命令を下した彼と後ろから襲ってきた一人を入れても八人。
四人一組の二小隊と考えるが妥当か。これ以上の人数は闇にまぎれて行動するには支障するだろう。
新たに出てきた六人に至っては手にする獲物は同じ。短剣と言うには長く剣とするには短く。暗殺を生業とする彼らにしてみれば珍しくはないのだろうが、全員が同じものを手にしているのは珍しいか。
多くは自身に合った武器を選ぶか状況に合わせて選ぶかになるだろうが、彼等はどこにでも手に入る特徴のない武器にすることで、身元を探れなくするためだろう。
まだ陰に潜んでいると仮定して動くにしても、今は目の前に立ちふさがっている六人。練達した頭目らしき彼に比べれば、その所作から読み取れる彼等の練度は低い。
此方へ向かって来る一人を見定め一足にて距離を詰める。
思いがけない行動だったのか、驚愕し一瞬の隙。踏み込みから鳩尾へ掌底、間を置かずに短剣を持った腕を捕まえそのまま捻り足払い。倒れたところを追加で踏みつけ意識を奪いそのまま短剣を奪う。
奪った短剣を二人目に向かって投げるも回避されるが想定済み。
相手の態勢整う前に一気に距離を縮めると喉元を鷲掴みし、背後へと回りながら喉を握りつぶす。
背後からの三人目が迫ってくるのを二人目を盾にし、怯んだ隙に二人目が掴んでいた短剣を腕ごと三人目の首元へ刺突。これで三人。
肉の盾となった彼は、まだ攻めあぐね居てる彼らに投げて牽制し四人目へと向かう。
ここまでは不意打ちで倒せはしたが、四人目はしっかりと迎え撃つ準備は出来ているようで、此方の動きを待ち構えていた。
対多数での戦いは常に動き続ける事。ゆっくり相手の出方を伺ていては趨勢を覆されかねない。
待ち構えているのならば応じるまで。四人目に駆けるも迫る横薙ぎの一閃、殺すよりも傷を負わせて動きを止めることを重点的に置いた剣撃。
剣筋に合わせる様に腕で払う、受け流し。本来ならば腕で受け止め様ならば斬られ致命傷となるだろうが、人の身なれど不変特性はなくなるわけではない。
受け流された剣もろとも体も流れたところへ、踏鞴を踏み耐えてるところへ耳裏へ拳を叩きこみ、そのまま頭を抱え込むと捩り首の骨を折る。これで四人。
丁度良いので再度、剣を奪って五人目へと向き直るも、残りの二人はフォスレスの左右へと陣取り此方を伺っていた。
ここに来てようやく連携を取り合うようになったのだろうが遅い。
息を合わせ同時に向かって来るが、右側へ素早く大きく踏み込み奪った剣で喉元へ刺突。これで五人目。
振り返りつつ六人目の逆手に持った短剣を回避するも僅かに服を裂かれる。
間髪入れずに迫る左の手に持っていた二本目の短剣での連撃。
僅かに向こうが早さに勝り攻勢に出ること叶わず、回避してゆく。さらに逆手に持った右手の剣で切り上げ。
避けきれないと見て腕で防御するも弾かれる。
好機と見たか振り上げた右の短剣をそのまま刺突するように振り落としてくる。
態勢を崩されている為、回避は間に合わない。ならばと、振り下ろされる短剣に手をかざし受け止める。
不変特性と言えども今は人の身、受け流した先ほどとは違い、切っ先が手の平に突き刺さる。
さすがに突き抜けることはなかったが、それでも傷を付けられたのは久しぶりである。
剣の姿ならばこのような剣撃など物ともしないのだが人の身故か。
それを少し悲しいと思いつつ、驚愕する彼に剣を突き立てた。これで最後。
絶命し覆いかぶさってくのを無造作に退け、ゆっくりと立ち上がる。
周囲を見渡すもすでに動くものはなく、頭目らしき彼らも消えていた。
部下の尊い犠牲の上、戦闘のどさくさに紛れて撤退したみたいだが、今から追うことは出来ない。
また彼らを見失ったという事だ。
これから先、彼らが襲ってくることはあるやもしれないが、可能性としては低い。襲撃者たちは私と彼女らとの関係性に関心はあるだろうが、自身の身に危険が迫れば原因となるものは簡単に切り捨てるだろう。
今回の事で彼女らの身の危険が跳ね上がってしまった。
少し急ぐ必要が出てしまったが、だからと言ってここまで撒かれてはどうしようもない。追いつくまでは無事を祈るしかない。
「さて彼はどこへ行ったのやら。鬼ごっこはまだまだ続くという事ですね」
独り言ちるも、失った棒手裏剣の代わりに彼らの短剣を得られたの良しとすることとした。短剣全て奪っても使えなければ意味がない。両の手に一つずつ、二振りあれば十分か。
さて続きを開始するべく、入り口らしき扉より外へと出た。
いつも読んでいただきありがとうございます。
更新が一月に一回と謂う遅さで申し訳ないです。
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