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その世界は残酷なれど、旅人は旅をする……  作者: がお!


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39/118

#39 リュカン

「朗報だ」

 周囲の事など気にしたそぶりもなく大声と共に乱暴に職務室の扉が開けられ入ってきたのは野性味ある風体の男リュカンであり、大股で目的の人物ラウムの元へと足早に寄ると机の上に手にした物を突き付ける。

 渡されたそれを見てラウムは驚きながらも。

 「では、報告の方お願いしまます」

 意図して得たものとは違うのだろうが、これはこれで得難くそしてその先に彼女へ、そして行く行くは彼へと続いているものと確信する。

 これが齎されたのは偶然と言うにはあまりにも機が良すぎる。

 どの様な経緯があったかは分からないが、この情報を掴んでくれた部下で友人のリュカンに感謝しつつ、彼の報告を楽しみに耳を傾けるのであった。


 朝もまだ日も登らぬ時間に突如ラウムから呼び出されたかと思うと、突拍子もないお願いと言う命令を受けた。

 大通りに現れた黒服を着た怪しい女性が去っていった方向へ調査をしてほしいと。

 向かい先柄、兵服ではこちらを警戒し避ける人が多いと思い、白の服を基に濃い藍色の上着とズボンと川の長靴。上着に隠れて見えないが腰の後ろに小さな小物入れれる小さな鞄を着けている。私服に着替えてはいるがそれでも自身の風体から訝しめられる。

 それでもまだ兵服を着ていた時よりかは警戒はされないが、別の意味で避けられる。

 それは良い時もあれば悪い時もあるが、入隊してからは概ね良かった。兵服を着ていなければただの破落戸に見間違えられ絡まれることも多かったが、兵隊と言う組織に下手に逆らうような人は少ない。

 大概の人は悪態をついて去って行き、それで終わる。

 逆に聞き込みなどは兵服と相まって悪目となっていた為、あからさまに避け話を聞いてくれる人は少なかったが。

 兵では警戒され、ただの破落戸であれば潜り込める場所もある。

 それが貧民街をはじめ、裏通りである。

 非合法な品物や、違法住居している人たち。どの様な理由があれでも街の安全を守る上で侵してはならない法に抵触する人たちである。

 彼らにとって兵とは忌避すべきものであり、率先して協力してくるものは何らかの下心があると見ていいだろう。

 故に不審な女性が向かった先を思う。

 大通りから先と言っても道は多岐に別れ、全てを調べるのは多大な時間を要する。

 道は目的地へと続いてはいるだろうが、決して真っ直ぐではないはずゆえ、路地に入ったところで一つも曲がることなく辿り着くことはない。路地の先に何があるか把握してからその先を予想するにしても、商業区に住居区、工業区と明確に区画されているところもあれば雑多に入り混じっているところが多い。

 そして突如として出てくる貧民街。

 ならず者たちの温床となっているとも言われてはいるが、一掃したところで氷山の一角。潰したところで別の場所で同じようなことが起きる可能性がある。

 手を出さない訳にも行かないが、下手に出して行方を把握できなくなるのも避けたいところ。

 結局は大きな事件が起きなければ見逃すと言う、日和見な方針となっている場所がある。

 巡回などして抑制はしようとしているが、兵隊と言う特性上、後手に回らざる得ないのは辛いところだ。

 怪しきは全てを断じては、この街の住民や周辺の街、国からも非難が殺到するであろう。

 ひいてはここは領主の管轄地。名君とまでは言わないまでも、それなりに治めている。その領主の命には逆らうような事をすれば領主直轄の騎士隊が出てきて駆逐されるのが落ちだ。

 少し考えがそれたが、何か騒ぎがあったとしても騒がれることがない所と一番に思い浮かぶのが貧民街。

 規模としては大きくないが路地は狭く入り組んでおり、何かを得ようとするなら閉塞な人々から聞き出すのは困難を極める。

 このような時は兵ではなく、ただの破落戸であればそこ出来ることがある。

 貧民街に住まう人たちとて生きて行くうえで必要となるものがある。彼らは誰よりも俗物的な住人なのだから。


 貧民街の人たちはやはりいつも以上に警戒しているようで、影からこちらを覗き見しているのが、多々ある視線からも分かる。

 その中を泰然と歩くリュカンの姿は彼らにとって浮いて映り、さらに影の中へと潜っていってしまう。

 リュカンとてそのような者たちに用はなく、物乞いに出てこようものならば迷惑なだけである。

 最悪知りもしない出鱈目な情報を高値で売ろうと出てくる阿保なやつも居るので始末にも置けない。

 商業区や住居区においては騒ぎはすぐに通報されるため、何かあるならば貧民区しかないと判断してきたのだが、広くはないと言えど一人で調査するにはどれほど時間があったとしても足りはしないだろう。

 さて、どうするかと悩みつつも路地を早足で歩いて行く。

 やはり少し歩いただけで見つけられれるほど甘くはないようだ。その日は何ら得るものはなく、日が暮れていった。

 夜ともなれば闇は濃くなり、影は紛れ目立たなく動きやすくなる時間帯。それは自身にも言えることだが、街中で獣の姿をとるわけにも行かず。自慢の鼻も人の姿だと役には立たない。

 これ以上、貧民区を探ったところで何か得られる可能性は低い。予想は外れたかと明日に行く場所を考えながら歩いていると、周囲の雰囲気が変化してゆくのを感じた。

 喧騒はなかったがそれでも生活音はあった。今はその生活音すらも消えるかのような静寂。それはここではなく別の場所ではあるが捉えた。

 自慢の鼻ほどではないが、耳とて常人より良いと自負している。それだけではなく他の身体機能とて普通の人より高いことは獣人と言う特性上、今までの訓練で証明してきた。

 故に捉えた貧民区に揺蕩う夜の静寂から、音が消え去ったのは錯覚などと思うことなどせず、耳を澄ませる。

 その静寂の先にある原因を、おそらくそれは例の女も関わっているはず。

 足早に進むが自身の足音が自身の耳の邪魔にならない様、いつその手掛かりが消えてしまうかわからない焦燥する気持ちを抑えながら、その場所へと向かう。

 たどり着いた先は同じく貧民区にある一角のなかにもさらに深い場所。ここまで来たら嫌でもわかる。

 人の身であったとしても決して忘れることはない。新しい血の匂いに混じって身震いすかのような濃く深い錆びた鉄にも似た匂い。

 まだ予断は出来ないがここまで来たら確定と見て間違いないだろう。後は確たる証拠を掴むだけだが、現場を押さえるのが一番早いが、それはどうやら諦めた方が良さそうである。

 諍いがあった後は見受けられるが、もぬけの殻である。現場を押さえることは叶わなかったが、まだ途切れたわけではない。

 慌てて引き上げたらしく後処理が杜撰でそこかしこに争った形跡がある。

 ここで何かあったかは明白であり、後は手がかりを見つけるだけである。

 灯りはなくとも夜目は効く、月明り星明りがあれば十分に家の中を見渡せ確認することが出来るが、暗闇の中家探しをしている姿は怪しいことこの上なく、されど灯りの代わりになるものはなく。明るくなるまで待つと言う手は論外だ。別の妙案などあるはずもなく、怪しまれ様とも手っ取り早く手がかりを探すしかない。

 奥の部屋は星明りさえも入らない。窓さえも閉ざされ空気すら淀んでいるような臭いがする。

 夜の闇も手伝い扉を閉め様ならば部屋の中は獣の目をもってしても見ることは難しいほどの暗闇となっている。

 一歩踏み入れる足は躊躇われ、ないものをあるかのように思わせる雰囲気があった。

 僅かに匂う埃、誰も踏み入れられていないのであれば埃など舞うことはなく、ただ積もって行くだけである。

 土の上についている血も拭き取られずにそのままである事から、争ったことは確証を得られたが一番欲しいものはそれではない。

 決定的な物証、それは残っていた。まるで自身を見つけろと言わんばかりに、暗闇の中でもひときわ輝きを放っていた。

 細長く中ほどより平たく刃が付いており、短剣よりもより小さく手にして戦うには不向きではあるが、戦いの中で使用することを目的として造られた、投擲専用の武器。

 投げナイフの一種であり、その独特な形状からネムロスは棒手裏剣と呼んでいた。

 周辺を見渡しても一本しか見つけれなかったが、件の剣と共に消えた唯一の証拠となるもの。

 こんなにも早く見つかるとは思ってもいなかったが、これで件の女を見つければ事態は進む。

 けれど腑に落ちないのは何故これがここに落ちていたかだ。

 諍いがあったのは確実、応戦したのは現場の惨状を見れば明らか。撃退したが何らかの理由に拾う時間がなかったのか。拾うこと自体が出来ない状況だったのか。

 どちらにせよまだ事態は動いている途中という事か。

 惨状の後はあれどもこれ以上のものは無く、最早ここに戻ってくる可能性は低い。

 無論これを持って帰ったとしても納得はしてくれるだろうが、正直これだけでは弱い。

 次に来る言葉は「どこへ行ったか」と言うものだろう。その言葉に返せるものがなければ、ここまで来た意味が薄くなる。

 幸い一日にて手がかりは手に入れた。後はどこへ行ったのか調べるだけである。

 地道な聞き込み調査が一番効率がいいとは言えど、ここの住人達には期待は出来ないだろう。

 閉鎖的な住民からは話しするどころかすら姿すら碌に見せることはない。

 一番目撃者が多いであろう現場近くの人たちの協力が得られないとなると、他の手を取る必要がある。

 取れる手段などそう多くはないが、全てやっておかなければ五月蠅い奴がいる。

 されど獣の姿をとるのは避けたいところ。人海戦術は出来なくもないがこの場を見る限り相手は裏家業と思われる。警戒でもされれば掴んだ尻尾が、影が闇の中へと消え二度と捕まえることは出来なくなる。

 このまま一人で動いたとしても時間が掛かれば同じ事。慎重を期する上でも少人数で動く事が最善手か。

 今日のところは一人で動くとしても、明日にはもう一人ぐらい応援を要請し調査をすることとして、これ以上ここを探したところで何か見つかることは無さそうである。そろそろここを引き上げるしかないだろう。

 事態が進む中、調査が進まないもどかしさを飲み込み廃屋を出ると、月明りに照らされた路地が目に入る。

 錆びた鉄にも似た血の匂い。獣の姿をとれば辿れようものの、ここが人の街であることが少し疎ましく思う。

 意図せず獣人たちの輪から出て、そして人と交わったからこそ学べた。

 人の手によって住処を追われ、そして人の手によって救われた。些細なことで同族同士争ったかと思えば、他種族を受け入れたりも迫害もする。

 獣人は種族間のつながりは強いが、反面他種族を徹底的に排除する傾向がある。

 その中に入っている内は一方的な見方しかできなかった為、それで良かった。自分の身ないし仲間を守り縄張りを広げることが出来るならば、他の事など些事にしか過ぎず。傷つき弱っているのならば格好の獲物と襲い喰らい腹を膨らましてきた。

 自分たちが生き残れるならば、他種族など絶滅させても良いと考えていたものもいた。

 しかし住処を追われ自身が弱者となった時は絶望もした。

 助けを求めても耳を傾けてくれることもなく、笑いながら殺しに来る。

 逃げようとしても走り疲れ立ち止まったところを甚振られる。子供たちに狩りの練習させるために簡単に殺してはくれない。

 それを救ってくれたのはが住処を奪った人である。

 故に住処を奪った人と救ってくれた人が別人であるがゆえに、人であろうと獣人であろうと関係なく全て理不尽とだという事だ。

 この街は先住民たる獣人の森を切り開いて建った街だ。その経緯は血と恨み辛みがある。すでに昔の話と言って良いほど時間は立っているが、いまだに確執が残っているのか街のの住人たちは獣人に対して良い感情を抱いていない。

 この街にも獣人がいないわけではない。ただこの街で獣人は要職には就くことは難しい。いるのは里を何らかの理由で追われた脆弱な者たちばかりである。

 そう言った者たちは安い賃金で汚れ仕事ばかりさせられている。

 事態を好転させよと奮闘するも、卑屈になっており抜け出そうと努力はしない。むしろ開き直り自ら過酷な作業を進んでやりたがる。

 どうすることも出来ない負の螺旋が出来上がってしまっている。

 まったく理不尽を受け入れそれで良しとしている獣人もだが、それを利用する人も人だ。

 このような世の中など潰れてしまえとも思わなくもないが、止まらせている理由はそのような人ばかりではないという事。

 その点で言えば自分は幸運だったのだろう。

 例えそこに利用できる価値を見出されたとしても、自身の意思で選んだ。それが兵士として街の飼い犬に成り下がる行為だったとしても、選ぶ自由を与えてくれのたから。

 選ぶことすら出来ず、ただ追われ死ぬことを考えれば。

 空を見上げる。路地から見える空は狭いが星が良く見え、少し欠けた月が浮かんでいる。

 新月の時こそ無理ではあるが、欠けた月であったとしても獣の姿は取ることも出来る。そして満月を見たからと言って獣の姿をとるわけではない。

 夜気に晒される肌は冷たく、秋も終わりを迎える気配の中、服の襟を正す。

 里に居た時は服など気にしたことはなかった。人の姿となった時に裸では触りがある為、下だけは履く様にしていたが人の中ではそれだけでは通報ものだ。

 里では煩わしいだけであった服であったが、兵となり幾つかの利点を学んだ後は自身もそうだが他の人の服装にも気にするようになった。

 自身に利点があるならば逆に考えるならば相手においても利点があり、そこに何らかの意図があるからこそ着ている。

 現に今着ている服でさえ護身用ではあるが武器を隠している。

 例の女が何のために黒づくめの服を着ていたのか。あえて大通りを目立つように歩いたのか。

 誰かに見つけてもらうためとしか考えられないが、ならば誰に見つけてほしかったのか。それが着ていた服と関係があるならば、それは争った相手ではないのではないか。

 首元に付いていた血らしきものは返り血か、はたまた見間違えだったのか。

 憶測や推測はいくらでも出来よう。それで心積もりが出来るならば良いが、真実はいつも裏切ってくれる。

 いくら用意しようと、どれだけ予測しようと全てが無駄になることなど珍しくもない。けれどやらなければ手に入れれることも出来ず失ってゆくだけである。

 頭を振り、一息吐く。頭に上った血が下がって行くのが分かる。

 深く考えるのも時には必要ではあるが、今はそれで周りが見えなくなっては色々と拙い。

 朝から歩き通しで碌に休憩もしていないため少々疲れているのだろう。

 夜は彼らの本分。何かしら動いているのは分かるがゆえ、此方としても足を止めることは出来ない。

 結局は夜通し歩き続けたが新たな手掛かりを得ることはなかった。


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