#26 ネムロスとフォスレスの思い
復興扶翼隊の隊長は数人を引き連れ、村長らと話し合いをするべく奥へと向かっていった。
残された復興扶翼隊の面々は、するべきことをするべく動いて行く。
「あの荷物は」
次々に紐解かれてゆく荷馬車のを見ながら、復興するにあたって違和感のある荷物があり、隣で生欠伸をかみ殺してるフェンシオに尋ねてみる。
「ん? あぁ、あれは葬儀に必要なものさ」
荷の内容までははっきりと告げずとも運ばれてきた物が分かった。
この村だけでなく街、そしてこの国の定めた宗教の教義は火葬である。
宗教と言え様々あり、独立して国家としてなしているところもあれば、各宗教間で対立、抗争してるところもあれる。国に取り入り力を振りかざしていたりとして様々だ。
この国の宗教については政に関わってはない為、力があるわけではない。
そのため、領主の采配で執り行われるところもある。教義にて火葬と定められてはいたとしても土葬、変わったところでは鳥葬など執り行われる。
死者を送るのに冥福は必要である。死者にとっても生者にとっても。
この村とて国教が定めた教義に準じ、死者は火葬の後、埋葬される。
無論、この村にも葬儀用の備品はある。人は老衰に事故に病気と死に至る事柄など多様だ。
人は少ないと言えど、死は常に隣にある。
されどそれは多くても年に数えられるほどであり、死者の出ない年など珍しくもない。
バケモノに襲われ多数の死者が出るなど想定していないのだから、葬儀用の備品など足りるわけもなく、街へ要請していたのだろう。そのことも踏まえ葬儀がなさぬまま、明日になったのは仕方ないことと言える。
「後は食料が少しと家を建てるのに必要な備品だな」
「それはまた大盤振る舞いをしてくれたものだな」
周辺の村々に被害が出れば、そこから得ている税が取れなくなる。早期に解決するため何かしらの手を打つのは、税を受け取り村を治めている街ないし領主や国の義務である。
だからと言って過剰に出せば、他に必要な時に無くなってしまい動けなくなってしまう。
状況は報告され必要とされる物資を送ってくるのは嬉しいことではあるが、それにしては少々融通し過ぎている気もする。
「全てが街側が出している訳なく、村にも負担はあるみたいだな」
「これで村側の負担はさらに増すわけだ」
「対応策はない訳では無いみたいだけどな」
「どちらにせよ失ったものは多い」
「いずれ払ってもらうさ」
誰にとは言わない。それが誰かなどは分かり切ったことだから。
ふらりと歩き出したフェンシオが親指で指した先に。
「さて、これ以上睨まれないよう、俺も手伝ってくるとするかな」
アルボルがこちらを睨んでいた。
もう一人の補佐役であるインベルは村長らの後を追い、後発隊の対応をするのだろう。
復興扶翼隊の荷解きを任されたアルボルは、隅で油を売るフェンシオにご立腹のようだ。
「荷物は多い、人手はいくらでも欲しいところだろう」
「俺だけで良い。日が落ちるまではまだ少し時間があるからな、ネムロスは川で汚れを落として来たらどうだ。ここ数日着の身着のままだろ、少し匂うぜ」
言われて服を嗅いでみるも、確かに匂うかもしれない。
ここ数日住む家がなくなったのと忙しさで、服も洗うことが出来ず体も汚れたままである。自分ではよくわからなくても、匂わないわけがない。
「確かに。しかし本当に手伝わなくても良いのか?」
「かまわん、かまわん。俺から言っておくから」
「すまぬな、ではこちらは頼む。匂いなど自分ではなかなか分からぬものだが、川で水浴びをして来るとしよう」
「おう。では、また後でな」
そういうとフェンシオは荷解きを手伝うため、肩越しに手を振りつつ向かっていった。
村より少しだけ離れるが川を下ったところに河川敷がある。少々不便ではあるが、深さは膝あたりまでしかなく水浴びをするに丁度よい場所である。
ここ数日雨は降っておらず水嵩は増してはいないだろう。それに普段ならば獣の心配も、今ならば過分に心配する必要もないだろう。
川に向かいつつ焚き火用の薪を拾いつつ川へ向かう。
水浴びのついでに服も洗うつもりではあるが、日も傾き、気温も高くない今の時期にすぐ乾くわけもなく、火を焚いて翳しておけば、幾分かは早く乾くだろう。
少しぐらい湿っていたとしても着ている内に乾きもするもの。
風邪を引かぬよう気を付けねばならないが。
薪として使用するなら倒壊した家の残骸や備蓄している薪を使用したいところではあるが、倒壊した家の廃材は、廃材であったとしても使い道はある。備蓄の薪と同様に。
勝手に使うことは許されていない。大事な燃料なのだ、管理されて当たり前なのである。
だが森の中に落ちている倒木までは管理できるわけもなく、森に火を付けなければどの様に扱おうと構わない。
無論、服を乾かすために焚き火に使用しても良し。
村に納めて駄賃を稼ぐのは、子供たちの数少ない小遣い稼ぎの手段の一つではあるのだが。
川に着いて先ずすることは、火を起こすこと。
拾ってきた薪を火が着きやすいように組み、火打ち石で種火を作るのだが、慣れていないと火を付けるだけでも苦労する。
狩人は先ず火を起こすところから学んで行くため、苦い思いでの一つではある。
黙々と薪を組みいざ火種を作ろうかと思った矢先。
『火を起こすのならばお手伝いを致しましょうか』
突然声をかけられ驚きつつ、完全にその存在を忘れていたことに気付く。
『そこまで驚かれるとは心外ですが……』
「いや、なんだか久し振りに声を聞いたと思ってな」
『村の事で出来ることなど私には無いですからね。成り行きを見守っていました。火を起こそうとしていた様なので声を掛けたのですが』
「手伝ってくれるならば助かるが」
『これくらいでしたら手間でもないですしね。薪の中に突き立てていただけたら宜しいかと』
「あ、あぁ、分かった。こうか……」
組んだ薪へと剣を突き立てると。
『では』
そう言ったと思うと剣先から小さな稲光が走り、次の瞬間には薪から火が出ていた。
一瞬の沈黙の後、乾いた笑い声がどこかとも無く響いてた。
ともあれ、火が起これば川で洗った服を乾かすことが出来る。気を付けなければならないのは、火が大きすぎれば服が燃えるし、小さければ乾くのに時間がかかるという事。
後は服を乾かすために掛けるのは石でも良いが、枝であれば風が抜ける分より早く乾くだろう。
『何か言いたげですね』
服をかける棒ないし、代わりになる様な物はないかと辺りを見回していたのだが、つい視線はフォスレスへと向いていたようであった。
「……いや、何でもない。それより刀身は大丈夫なのか」
剣は鉄を熱し叩くことによって鍛えられる。ただ火の中に入れるだけでは脆くなるだけである。
薪に火をつけるために、その刀身が火中へ晒された。わずかな時間であったがそれでも晒されたのには違いない。
何も問題はないだろうと思いもすれど、聞いておくことも大事である。
『あれぐらいで傷ついていたのでは魔剣の名折れです。それに薪に火を点けるなど、巨猿を斬ることに比べれば大したことありません』
「それは便利と言うべきか、力の無駄遣いと言うべきか……」
刀身に刃は付いてない剣はある。元もと数人斬れば切れ味など鈍るというもの、後は叩くぐらいしか出来ない。
ならば刃など碌につけずに、剣自体の重量を増やして剣の自重にて敵を叩き斬ることを考えられた大剣の事だ。ゆえに大きく、重い。
だが、フォスレスは大剣とは違う。柄は長くはない、両手で扱えはするだろうが片手で扱うことを主観に置いている。
刀身においても腕より少し長いぐらいであり、軽いわけではないが殊更重いわけでもない。
しかし、フォスレスにおいてはその装飾の方へ目が行くだろう。決して華美ではないが造り込まれた柄や流線形の鍔は優美であり、切っ先から柄尻まで剣自体が一つの鋼から鍛造されたと思われ、深く蒼く透き通っているかのような輝きを宿している。
唯一、柄尻にだけ黒曜のような玉が埋め込まれてはいるが違和感があるとすればこの一点だけである。
つまりは叩き斬れなくもないが、装飾は見事なため宝剣と言われた方が納得するだろう。
しかし巨猿との戦闘では、魔剣と言うに相応な力を見せてくれた。
そして今も薪に火をつけるなどと言う、芸当もして見せた。
それは飾り物の剣ではなく、実用性を兼ねた剣だという事。
まぁ、決して薪に火をつけるなど生活便利道具ではないはずである。
『私自身は少し違うのですが、いわゆる不滅不変に近く刀身が折れるどころか刃毀れの心配も少ないでしょう。決してしない、という訳ではないのですが……』
「いや、それだけも優れていると言えるだろうに。剣としてもこれ以上のものはないかと思うのだが。ま、後は担い手たる俺の問題なのだが」
如何様なものであれ使い続けると摩耗し折れもするし壊れもする。柄ですら手の形に擦り変わってゆく。
だからこそ折れないというのは、戦いの最中でも剣が折れることがないことであり、それがどれほど心強いことか。
そして刃毀れもしないのは研ぎなどの整備が最低限で済むともいえる。
それは決して大切にしないという訳ではないが、整備の必要が少ないのは手間が省けるというもの。
最もそれに慣れてしまっては、通常の武器の整備を疎かにしてしまいそうである。
どのような物を持とうとも、大切にする心を忘れないようにしなければならない。難しい心得の一つである。
『剣を使いこなす、と言うのであれば問題はないでしょう。剣で名を立てる訳ではないですし、達人を目指している訳でもないですからね』
フォスレスの言葉を聞きながら、火の傍らにフォスレスを立てかけ川に入る。
川で服を洗いながら、フォスレスの言葉を思慮してゆく。
確かに目的は旅をするわけであり、達人や英雄になるわけではない。
一つの所に留まる事はないので、名が知れ渡る前に旅路に出ている。
友人を得ることは出来るであろうが、名声などは得られないだろう。
「まだ見ぬ景色か……それは楽しみではあるのだが」
旅人は数いれども、おしゃべりな剣との旅となるとそうはいまい。それはこの先にどの様なことが待っているのか、艱難辛苦あるのだろうが決してそれだけの旅路にはなるまい。
逆に振り回されて、寂しさを感じている暇もないかもしれない。何も起きないのかもしれない。
何が起きるのか、それとも何もない旅路になるのか、想像すらしえれない旅路に思いを馳せ思わず顔が緩んでしまう。
そう、わからないから楽しい。自分が笑っていたことに気づき、やはり自称気味に笑うしかなかった。
『知らなかったことを知る。見たこともない景色を観る。我が主が残したこの世界を……』
フォスレスの声は小さく、川で服を洗い終え、水浴びをするネムロスのところまで届かない。
その声の中に潜む思いもまた、誰にも届かない。
ネムロスが川で垢を落とし、洗い終えた服と共に冷えた体を温めるべく焚火のそばへと腰を下ろすと。
「一人ではない、そなたと二人なのだ。きっと楽しい旅になろう」
それはフォスレスの心を読んだ言葉ではなかったのだろうが、今までのことを思うフォスレスにとって嬉しく思う言葉であった。
『私も今から楽しみになってきましたね。やはり誰かと旅をするのは良いのかもしれません』
水音が木霊する川の畔、焚火の火を真剣に見つめながらネムロスが唐突に口を開く。
「少し聞くが、服を乾かすことは出来るのか」
『……燃やすことは出来ますが』
「……地道に乾かすとしよう」
それからは少し無駄話をし、日が暮れるまで粘っていたのだが服は生乾きであった。
飯の時間が迫っている。理由もなしに遅れれば飯抜きになってしまう。
これ以上、乾かすのは無理と判断し、着ているうちに乾くだろうと顔を顰めながらも服を着てゆく。
一つ気になっていた事を聞き忘れたが、これから先いくらでも聞く機会などあるだろうとフォスレスを手に帰路へとついた。
「ようやく来たね。今日は何もないのでしょ、もう少し遅かったら片付ける所だったよ」
「すまぬな、間に合って良かった。今、飯抜きはさすがにきついのでな」
「水浴びでもしてきたの? そうだったなら子供たちも連れて行ってほしかったな」
「あぁ、それはすまない。気付いてやれぬで」
自分も忙しくて身を綺麗出来なかったのであれば、同じ境遇にあるカリダ姉も世話を必要としている子供たちも同じである。
普段から子供たちの世話をカリダ姉に押し付けている。この様な不測の事態に陥っている今、普段より周りに気に掛けなければならないというのに、少々自分の事で手一杯になったからと言って、疎かにしてよいものではない。
「その代わり、明日の葬儀が終わったら子供たちをお願いできるかな」
「分かった。ついでに洗うものもあればしてこよう」
「そうしてくれると助かる」
洗濯すら満足に出来てない今、どれほど溜まっているか。俺一人では抱えきれぬだろうから、子供たちがいるならば丁度良い。
行き帰りの運び手も必要であるが、手分けして洗えば早いだろう。
そもそもその場で干していても渇きはすまいが、何をするにしても子供たちの手があれば十分だろう。
「はい、今日のご飯。ちなみにお肉は子供たちに食べられたのであしからず」
「それは残念」
やはり少し遅かったようだ。ここ数日は野菜が中心だった為だろう、肉好きでなくともは成長過程にある子供らの栄養源として必要不可欠なものであり、その見事な食べっぷりはいつ見ても気圧されるもの。
かつて幼き頃の自分に重ねるものはあるが、フェンシオよりかはおとなしいかと思い、見ていて微笑ましい風景である。
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