#27 悲しみと笑顔と
翌朝、村のはずれには村人だけではなく、復興の支援の為駆けつけてくれた兵たちも集まっている。
多くの人が居るにもかかわらず辺りは静寂に包まれている。
皆の視線の先には大きく木の寝床が組み立てられ、いくつもの袋が横たわっている。
その木枠の寝台の前で、泣き崩れているのは大人もいれば子供もいる。
今朝、着いたばかりの牧師が冥福への祝詞を唱えている。
悲しみのみ支配するこの場を、ネムロスは後方より冥福を祈る。
決して悲しくないわけではない。この覚めぬ眠りについている人たちの中には、昨日まで隣にいた知人たちだ。
その中に、より縁深き人がいたならば、涙流し崩れ落ちていたのだろうか。
残念ながらすれ違えば挨拶する程度であり、死を深く悲しむほど親しい中ではない。
薄情と言えるやもしれぬが、これがもしアロの家の誰であったのなら違ったのだろうか。
だが現実はアロの家の皆は無事であり、ゆえに最後尾にて葬儀を眺めている。
その視界の端に兵たちの姿が映る。支援に来た兵たちも端ではあるが参列している。
その姿はよそ見などする兵など一人もおらず帽子を深くかぶり真っ直ぐに前を見つめ、手を胸に当てている。
よく訓練されていることもあるだろうが、兵として自分一人の行いについてよく理解しているのだろう。
兵士は個で動くわけではない、全体で動くものであり、一人身勝手な行動は全体の指揮にかかわる。一人の行動は兵全体の行動と見れる。
不審な行動を一人でもとってしまえば、それが兵全体の行動と見られ、評判にかかわる。
風評は指揮にも風紀にもかかわってくる。
後発隊は年長者が多く熟知してはいるのだろうが、先発隊は若年層が多い。それでも教育が行き届いているのは、そういった兵を選抜したのか、街の兵全てがそうなのか。
判断は出来ないが、一つ言えるのはここに居る兵たちは練達者ばかりという事だろう。
牧師の祝詞がとなお終わる。それを合図に脇に控えていたインベル達が松明で死者の眠る寝台に火をつけてゆく。
火はゆっくりと燃え広がり、しかし確実に寝台を燃やしてゆく。
火をもって葬るには高い火力が必要であり、低ければそこにあるのは悲愴な姿が残ってしまう。
寝台の周りには、焔樹と呼ばれる木より取れる樹液が塗られている。
燃えにくくはあるが、一度燃え始めると高い温度と長い延焼時間を有している。
火葬をするによく使用されるが、焔樹そのものが少なくその樹液は貴重。
焔樹の生い茂る森は、その性質から国より厳正な管理が命じられており、管理人以外は立ち入ることが出来ず、入るには領主の許可が必要と聞いた。
焔樹の木が燃えれば、鎮火するに大変な話どころではないだろうし、あってもおかしくはないと思だろう。
今回使用された樹液は少なくはない。街側も奮発したものだが、村長はどのような手を使ったのか。
火が広がってゆく。彼らに届くころには高い火力となって、すべてを灰へと変えてくれる。
煙が天へと昇るように、魂もまた天へ還るように祈りを捧げてゆく。
生者が前に進むために死者と別れをを告げる。
死者の魂を天へと送る儀式ではあるが、生きている者たちの前へ進むための儀式でもある。
悲しい出来事ではあるが、気持ちに区切りをつけることが出来る。
忘れることはないが、大切にすることが出来る。
明日を迎えることが出来れば、笑顔にもなれよう。
全てが灰になるまではまだ少し時間がかかる。
兵たちは駐屯所へと一旦引き上げるようだ。ラウムが一瞬こちらを見たような気がしたが、隊列を乱すことなく引き上げてゆく。
さて、と思う。ここに留まり見送るのも良いが、そこまで親しい人はいないのであまり意味がない。こと、後方で見送っていたのはそういった理由からだ。
ラウムの所へ寄ったところで、話をすることはない。いや、あるやもしれぬが今は思いつかない。
寝台で悲しみに嘆いている人たちへかける言葉は持ち合わせていない。
ならば、アロの家へと戻るの方が良いか。誰もいないだろうが、ここに居るよりは落ち着けるだろう。
アロの家へと足を向けたその時、一瞬灰の中に影を見た。
振り返って見てもその影はない。確かに気のせいかもしれぬが、しかしそれは確実に隣にいる。
今までは村が遠ざけていたが、これから先はその限りではない。
守ってくれるものはいないのだから自分で守るしかない。いつ、どこで、どのようにそれが手にする命を狩り取る鎌が振り下ろされかわからない。
死神が持つ死の鎌が一度振り下ろされてしまったならば、逃れるすべはない。
決して追いつかれぬよう、逃げるようにその場から離れアロの家へと向かった。
案の定、アロの家には誰もいない。今ならば気分を落ち着かせるにはちょうど良いと言えよう。
木陰に腰を落ち着け傍らに剣を立てかけながら思う。
キメラが襲ってきてから慌ただしく、落ち着いている暇はなかった。
数日のうちに多様なことがありすぎて、対応しているだけで時間が過ぎていっていた。
気を張り続けていてはいざと言うときに疲れてしまう。適度な息抜きは十全に力を発揮するに必要な行為といえよう。
狩りをしているときなどは良く空を見上げ、気持ちを落ち着かせてはいたが、久しぶりに見上げた空は何一つ変わらずそこにあった。
めくるめく変わりゆく世界は、空だけを置いてけぼりに否応なしに変化をもたらしていった。
「やっぱりここに居た。一人離れていったからもしかしてと思ったけど」
どうやらこの村に居る限り、ゆっくりはできないようだ。
「少し落ち着きたいと思ってな。ここ数日色々とありすぎた。まだまだやることは残ってはいるが、今ぐらいしか落ち着けないだろうと思ってな」
「そっか、なら悪かったかな」
「いや、別に構わないが、何か用事でもあるのか」
「子供たちをね、水浴びに連れて行ってほしいと思ったんだけど」
遺体が灰となれば、次に行うのは遺骨を壺へと納める。顔の広い母さんに至っては参加するであろうが一人では動けぬ状態。カリダ姉が補佐するのは良いとして、その間は子供たちの世話ができなくなってしまう。
昨日の夜に約束している。忘れたわけではないが、時間まで決めていたわけではない。昼以降と勝手に思い込んでいただけである。
今ならば洗濯と水浴びに連れて行けば、少し遅めの昼飯となるやもしれぬが時間も丁度良いだろう。
「カリダ姉の方は母さんについて骨を拾うのか。昼は少し遅れるかもしれんが丁度良いか」
「こっちも少し遅くなるだろうし、下ごしらえしか出来てないから少しゆっくりで大丈夫だから」
話がまとまった時に、広場につながる道から子供たちの声が聞こえてきた。
まるで話が決まるのを待っていたかのようであったかの様に、アグリコが子供たちを連れてやってきた。
「さぁ、子供たちよ。洗濯物を持って川へ行くぞ。荷物を用意するのだ。」
アグリコの合図で蜘蛛の子を散らしたかのように荷物を取りに行く子供たち。そして集まってくるは手に汚れた衣服のほかに一輪車もあった。
一輪車の構造は至極単純、物を載せる籠に前輪と取っ手しかついていない。少々扱いづらいが少々の悪路であろうとも物を運ぶことが出来る。
単純なつくりゆえに補修もしやすい。農業だけでなくいろいろと使い勝手が良い。
今回は二台用意されており、一台目には衣服が二台目には薪が積まれてゆく。
声を掛ける隙もなくアグリコは子供たちに指示を与え適格にこなしてゆく子供たち。よく出来た子と言えば良いのか、アグリコの手際良いのか判断に迷うところではある。
アグリコやアミクスは子供たちと田畑の仕事をするため接する時間が多い。
接している時間が長いとそれだけ連携も上手くなるのだろう。昨日の晩飯の肉の様にあまり接していないと格下に見られるのは仕方ないことか……。
それならばファイキオはどうなる。接している時間は俺よりも少ないはずなのに俺以上に親しまれている気がする。
徳の差という事にしておこう。
肉の提供だけでは慕ってはくれないという事だな。
「さて、準備できたから行くとしようぞ。そこで案山子の様に立っているヤツは置いておいて、きちんと出来たならば今晩も御飯大盛だ」
アグリコの言葉に子供たちと盛り上がるが、こちらを見てニマっと笑う様はどこぞの悪役か、子供たちを引き連れ川へと向かっていった。
「誰が案山子だ。それより一つ聞きたいことが出来た。あとで話を聞くので覚悟しておけ」
昨日の晩飯に肉がなかったのは、陰謀の結果であったようだ。
どうやらアグリコは俺を悪者にして、自身の地位を上げていたようであった。
悪いとは言わぬが、ため息が出た。
カリダ姉は口元は笑っていなかったが、目元が笑っていた。懸命に隠したいのだろうが、こちらの視線に気づくと明後日の方向へと顔を向ける。
「さて、これ以上は何言われるかわからなぬからな、急ぎ追いかけるとしよう」
「うん、お願いね」
フェンシオも睨まれていたが、俺も睨まれるとは。因果は巡るとも言うが、そのような因果はいらぬが。
これ以上恨まれる前に急ぎアグリコの後を追っていった。
「薪は少し持ってきたけど、足りなさそうだからね。適当に拾ってきていつもの所に集合な」
追いつくや否や、さっそく指示が来た。
確かに一輪車に乗っている薪の量は多くはない。洗濯物の量や子供の人数から考えても焚火一つで済むわけではなく、少なくとも三つは欲しいだろう。
「じゃ、兄ちゃんこれ」
年長の子が差し出したのは棒で簡易的に組まれた背負子であった。
あとで薪としても使うのだろう、最低限の体はなしているがそれだけであった。
背負子を受け取り、拾ってくると言うと山の中へ入ってゆく。
少しぐらいならば大丈夫だろうが、それでも走った衝撃でつぶれそうな背負子ではある。
ゆっくり薪拾いも出来なさそうであるが、焦ると背負子が壊れる可能性がある。そうなると余計に時間を取られてしまうだろう。時間はかけれなさそうではあるが、焦ることはない。
助かったのは近場に倒木がいくつか散見されていた事。キメラたちは村に火を付けはしたが、森は走り抜けただけであったようだ。ただ通り抜けるに邪魔な木はなぎ倒していったらしく、薪として使うに丁度良かった。
不幸しか巻き散らかさなかったバケモノが、生き残った者はその被害さえも糧として生きる。
今回の騒動は、キメラたちにしてみればただの生存競争だけだったのかもしれぬ。
そして キメラは負け俺たちは生き残った。そこに共存はなかった。
ただ、それを作り出した何者かには遺憾を覚える。
ここで復讐を誓ったとしても、旅の目的と違ってくる。そのようなぶれた気持では果たせる事も果たせなくなってしまう。
俺には果たせぬやもしれぬのでフェンシオに任せよう。
まだ少し少ない気もするが拾い集めた薪を背負子に括り付け、河原へ向かった。
どうやら薪を拾っていたのは俺一人ではなかったらしく、何人か河原の近くで拾っていたらしい。
それなりの薪が集まっており、アグリコが苦労して火を起こしていた。
「アグリコ、変わろう。子供たちの方をお願いする」
「久しぶりにやるとだめだな、準備だけでも大変だったよ。悪いけどお願いできるかな、そっちの方が慣れているだろうしね」
場所を変わり、アグリコは河原で選択している子供たちの元へ駆け寄ってゆく。
後姿を見送ると、火おこし場を見る。乾いた薪が積まれ、傍らには切込みの入った板と棒。その下に木くずがあった。
昨日の夜も乾いた板があれば出来たであろうが、フォスレスが手伝ってくれた。
今はフォスレスの力なくとも簡単につけることは出来るだろう。何せ薪や火おこしの板は湿っていないのだから。
木くずとナイフで木を細く削った木くずの上に切込みの入った板を乗せ、棒で切込みの根元をこすってゆく。コツとしては棒を真っ直ぐに当てること。棒がぶれていると摩擦熱が起きにくく時間がかかるどころが火種にもならない。
しっかりと当てて擦っているとすぐに火種が下の木くずに落ちる。
ここで息を吹き付けてはいけない。火種を落とさないよう木くずと共に持ち上げ、ゆっくり回す。新鮮な空気を取り込んで火種は木くずに移り一気に燃え上がる。
後は組んだ薪の下へと入れる。小さな火は小さく細い小枝へと燃え移り、勢いを増してゆく。
徐々に薪を大きくしてゆき、大きく太い薪に火が付いたら焚火の完成である。
後は必要なところへ。今回は三つ焚火をするので火のついた薪を分けてゆく。
ここまでくれば火が消える心配はない。適度に薪をくべておけば燃え続けてくれる。
火種を作るに時間はかからなかったが、太い薪に火が付くまでは少し時間がかかった。
子供たちの様子を見るに、火を起こしている間に洗濯は終わったようだ。焚火の周りでは濡れた服を乾かすための紐が掲げられ、服で埋め尽くされてゆく。
子供たちも寒い寒いと言いながら焚火で暖を取り始めた。
自分はもとより村に住まう人たちは子供の頃より火の取り扱いは十分に教えられてきた。それは今の子供も同じ。
今更火の取り扱いについて口にすることはない。冷えた体を火で温めようとしている子供たちを横目に腰を上げた。
昨晩も水浴びはしたが、葬儀で付いた火の粉を落とす為にも服を脱ぎ川へと入る。
夏場においても山から流れてくる水は冷たくあるが、冬を迎えようとしている今はさらに冷たい。
さすがに身を切るような、とまでは行かぬが濡れたままでは風邪を引きかねない。
これから先、冬に入る。河原での水浴びはそろそろ出来なくなってしまう。
石焼き岩風呂と言うものがある。水をためた窪地を作り、焼けた石を入れて風呂にするというものだ。
夏であっても温かい湯につかるというのは、得もいえぬ心地よさがあるが、寒くなる冬の時期も良いものだ。ただ冬は帰る道筋で、温まった体が冷えてしまうのが難点ではあるが。今の時期が最適ではある。
今はそのようなことをしている時間はないがな。
川から上がり借りた布で体を拭いて、子供たちと共に火で暖をとっていると。
「さて、いつまでもそれをそのままでは不便だし、危ないっしょ。だからこれをやるよ」
アグリコから差し出されたのは、長く平べったい筒。木で作り革で補強した剣の鞘であった。
驚き固まっているところ。
「今朝出来上がったばかりの力作だ。受け取ってくれないのか」
「いや、……そうだな。貰ってばかりだなと思っただけだ」
「まぁ、こういう事もあるだろうし、なぜ今って思うところもあるけど、逆にこんな状況だからかなって思ったりしてな。いろいろと。まぁ、餞別だな」
「色々と気を使わせてしまったようだな。ありがたく受け取るよ」
アグリコにも色々と言居たことはあるのだろう。話す言葉がまとまっておらず、意図は汲めなかったが気持ちは伝わってきた。
剣の布を解くと深く蒼い刀身が露になる。アグリコより受け取った鞘に納刀してゆくとコンっと鍔と鞘が鳴り納刀される。
フォスレスも気に入ったのか心なしか嬉しそうに思える。
「うん、すごいね。初めて見たけど、すごい剣ってことだけは分かるよ」
あまり気にしていなかったが、アグリコがフォスレスを間近でこれが初めてだったようだ。
その異質さに驚きつつ興味深く見つめてはいる。
「確かにすごいかもしれぬが……」
薪に火をつける所を思い出してしまい、すごいというより便利なのかもしれないと思ったのは口に出さないでおいた。
実際キメラやビックフットなど切り伏せていたのは、確かなのだからすごいとも言えるのだろう。
だが接する時間が増えるたびに、そのすごさが霞んでゆくのはフォスレス自身が偉ぶっていないからか。
俺自身がフォスレスに慣れてしまったからか。
だがこれから共に旅するならば気安い方が方がよい。
お互い遠慮ばかりしていれば、言いたいことも言えず気疲れしてしまうだろう。
季節は秋、冬を迎えるにはまだ少し時間はある。
だが冬に入ってしまえば、森の動物も姿を晦まし生活するに苦しい時期が来る。
されど子供たちは笑っている。村も笑顔が増えてきている。
騒動から数日、当初は笑顔などなかったが、ようやく取り戻してきた。
辛いことも苦しいこともあるだろうが、それだけではない。
そこに共に居られぬのは、少し寂しい気持ちではあったが。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
そして遅い更新ですいません。
これからも気長に待っていただけると幸甚です。
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