#114 川辺にて話し合う
川辺りに作られたお風呂擬き、少し大きいけれど深さは其処まではない。
深さより大きさを優先したようである。
「周囲の人の有無はフォスレスも分かるだろうが、リアも大丈夫であろう。時間の都合、深く作れなかったゆえ膝位までしか入らぬが、足を温めながら湯で体を拭くことは出来よう」
此れなら髪も流せる。乾くまでは少し寒いだろうけど、足を温めながらなら大丈夫かもしれない。
ネムロスさんは少しだけ休憩させてくれと横になった。
背を此方に向けており、先に入れと言っているのだろう。
周囲に私達以外は誰もいない事を確認し、服を脱ぎ肌着だけになった。
お姉ちゃんも肌着だけになり、二人揃って足先から湯につけてゆく。どこか痺れにも似た感覚。背筋に走り抜ける様な感覚と共に、温かいと言うより熱いと思った。手を入れた時は然程熱いとは思わなかったけれど、冷えた足先は温度差が大きく熱いと感じた。
足先から足首へ、ゆっくり入れて行き膝辺りまで入れた時には熱さで緊張し、そして温かさに身が緩むとつい声が出てしまう。
「はぁぁ……温かいです」
少し情けない声かと思ったけれど、お姉ちゃんも同じように頬を緩め堪能していた。
布を湯に浸し水気を切る。体から失われた温もりを補いつつ汗を拭きとる。
此のまま湯の中へと身を浸したい気持ちになるけれど、肌着が濡れてしまうため出来ない。着替えなど持っていないし、人の目が無いとはいえ素肌を晒すのは避けたい所。
湯が潤沢に使えるだけでもネムロスさんに感謝だ。
お姉ちゃんは顔を湯へと沈め、髪の汚れも流している。肌着まで濡れているけど、気にした様子は無い。
私も真似をしたいけれど、魔眼封じの布が邪魔になる。周囲を見回し確認する。
お姉ちゃんには効果が薄い事は今までに分かっている。フォスレスさんには通用しない。肝心のネムロスさんは背を向けて休んでいる。もしかしたら寝ているのかもしれない。
つまり魔眼封じの布を外しても大丈夫だと言う事。
布に手をかけて外す。今まで見えなくなっていたものが鮮やかさを取り戻してゆく。青い空の中に見えるはずのない星を見、輝きなど放つことの無い地や木々は葉脈の様に光が奔る。
世界が広がり目眩がした。
変だと思う。今まではこんなに見えていなかった。情報が多すぎて脳が処理に追い付かない感じがする。
「戦うと言う事は生存能力を大きく刺激します。カムロイの魔眼が変化しても何ら不思議では無いでしょう」
フォスレスさんが私を見ながら、正確には私の魔眼を見ながら告げる。
「今以上に見えると言う事、ですか」
「カムロイの魔眼が何処まで見えていたのか、其れを知る事はありませんでした。私が知っているだけでリアが三人目。一人目は伝聞のなかで、二人目は我が主と友となりましたが、いつしか道別ち其の最後を知る事はありませんでした。ただ、伝聞では神の秘術をも盗んだ眼と、聞いています」
「神の秘術って、大きく出たわね」
お姉ちゃんの言うとおりだ。此の眼には出来るのかもしれないけれど、私自身に出来るとは思えない。
出来るのであれば。
「もし其の様な事が出来るなら、団長の魔眼を真似出来たのでは無いでしょうか」
「結論から言いますと、出来るでしょうね。だけど其れは、仕組みを理解した上での業。何ら知識も技術もない今の貴方では無理と言わざるを得ません」
其れは知識と技術があれば出来ると言う事?
「私は此の眼に振り回されるのはもう嫌です。フォレレスさんの言う通り、知識と技術を身につければ、周りの人を、お姉ちゃんを巻き込まいで済みますか」
「……絶対、とは言えませんが、少なくとも振りまわされない様にしておく事は良いことだと思います」
少し辛そうな笑顔。フォスレスさんでも出来ないことはあると、そう悟ってしまった。
黙って頷くしかなかった。
「一つ聞いて良い。我が主って?」
私も気になった。お姉ちゃんの疑問に私もフォスレスさんを見るけれど、寂しいのか懐かしいのか……複雑な表情だった。
「その意味する所は計りかねますが……見ることが出来なかった世界を代わりに見て欲しいと、私に託し果ての世界へと向かっていきました。其の言葉に従い私は世界を観る為に旅に出たのです。今は一人旅に飽きましてね、ネムロスが仲間になってくれました」
「……聞いておきながら悪かったわ。何て言って良いか分からないけど、変なこと聞いてごめんなさい」
「貴方達が思っている様な事はありません。確かに主は此処に居られませんが、私を捨てた訳ではありません。だから気にしないで下さい」
其の顔を見られたくないのか、小さく頭を下げただけだった。
「あの、ネムロスさんとはどう知り合って、仲間になったとかは、聞いても良いですか」
「と、聞かれていますけれど、話しても良いですか」
突然に投げかけるは火の向こうで背を向けて寝ているネムロスさんへ。
手が上げて小さく振りながら。
「別に大した事では無いし、隠している訳でもない。例のドクターとの関連もそうと決まったわけでは無いし、秘密にするような事はない」
其れだけ言うとまた眠る態勢へと戻った。
「ネムロスからの許しも貰えましたし、推測は無しで少しだけ。でもその前に服を洗って乾かしてからですね」
体の汗は流し終えた。冬とは言え火にあてておけば服もすぐに乾くだろう。
煙の匂いがつくかもしれないけれど、汗で汚れた服を着ているよりかは良いかもしれない。
湯で簡単に洗い、木の枝で作った干し台へかける。
代わりの服を着るけれど、それだけでは薄く寒さは凌げないので外套に包まり火の側へと腰掛けた。
水気ある髪は布でまとめ上げ、服が濡れないようにした。
お姉ちゃんも準備万端で隣に座って、二人してフォスレスさんへ視線で催促する。
「其処まで慌ただしくせずとも逃げはしませんよ」
「いえ、寒いですから……」
暫くは目を閉じ、逸る気持ちを冬のせいにしつつ気恥ずかしさから目を逸らせた。
「ネムロス、もう大丈夫ですよ」
素っ気ないようにするも少し顔に出ていたのだろう、フォスレスさんは微笑みながらネムロスさんへ声を掛けていた。
「あぁ、俺も汚れを落とさせてもらおう」
「足の怪我も今一度見ておきましょう。血が滲んでいますよ」
今度は私たちが背を向ける番。後ろで二人のやり取りの声が聞こえるも、出来るだけ気にしないよう務めるがやはり聞き耳を立ててしまう。
「厚手の布地ですが防刃性はありませんからね、此れについても考えないと駄目なのか……」
「重さで歩けなくなっては本末転倒。戦う事を想定して準備するは、旅人の筋では無かろうよ。今回は判断を見誤った。正しい解決策など在りはしないだろうが、誤れば手痛い結果がある。此れぐらいで済んで良かったと思うべきだろうよ」
「次に活かす事が出来るのであれば喜ぶところなのでしょうね。無論、反省をしなければなりませんが。傷が塞がるまで二、三日はかかるでしょう、其の間は大人しくして下さい」
「今回の件は一応解決と言えよう。大人しくしておくさ」
傷の様子を診終えたフォスレスさんは私達の所へやって来て腰を下ろした。
「さて、ネムロスが汗を流している内に気になっていたことを話しましょうか。まずは何が聞きたいですか」
聞きたいこと……。一つはネムロスさんとフォスレスさんの事。
フォスレスさんの正体。魔眼のことは……今聞いたから、後は此れからの事。
整理すると結構ある?
何から聞くべく言葉にするか視線が彷徨い、そしてお姉ちゃんと見つめ合う。
其のまま笑い合い、お互い聞きたい事を譲り合う様な感じになってしまった。
其の様子をフォスレスさんは微笑みながら待っていたけれど。
「なら、私がネムロスを旅人へ引っ攫った話からしましょうか」
……うん、やはりフォスレスさんは少し変わっている。
そうも思いつつも話し言葉に引き込まれていった。
「それでプラエダの話に出てきたドクターとか言う人が怪しいって思った訳?」
「バケモノが使っていた魔眼擬きとプラエダが使っていた魔眼……此方も擬きですね。此の二つが同じものである事は確かです。ネムロスの村で起こった事件にドクターが関わっている可能性は高いでしょうが、其れだけで決めつけるのは早計でしょう」
「擬きとは言え、あの様な危険なものがばら撒かれるわけ? 其れって自意識過剰な人達が集まって反逆して、弱い人達が迫害や爪弾きにされて、最後にはその人達だけで集まって変な集団になるのでは」
「極端ではあるが、言わんとするところは分かる。そもそも何れ程の人が恩恵に与れるかだが、多くはあるまい。魔眼が魔眼足り得るかと言う所もある。擬きである内は敵に成り得るが、世に影響を及ぼすには弱いだろうよ」
「魔眼を他人へと発現させただけでも偉業と言えましょう。他人の目を移植するなどまず成功する事はありません。ならば成功させる要因が在ったと言う事、もしくは失敗する原因を取り除いたと言う事になります」
「どちらにせよ狂気の沙汰では無かろうが、其のドクターとやらは魔眼の移植が本来の目的なのか。目的を達成した故に去ったのか」
「魔眼の移植と謂うのは通過点でしょうね。私としては不慮の事態が起きた為に、退去せざるを得なかったと思います」
「枯れた龍脈口か」
「はい、龍脈は此の地だけでなく大地を、海を通じ世界中に流れています。何らかの要因、其の多くの要因は地震を起因とし流れが変わると謂うのは良く在る事です」
「魔眼の移植の成功の一つは龍脈から得られる力があり、其れが得られなくなった為去ったと言う事か」
「あの場所で何の研究をしていたかは知りませんが、龍脈が関連しているのであれば研究はまだ途中の可能性は高く、魔眼は其の副産物とも言えます。だから魔眼を得られる人はそう多くは無いでしょう」
此れから先、魔眼を移植された人が出て来る可能性が低い。そして出会える可能性も低いと告げた。
「あれほどの事をしでかした輩だ、諦めたとは思えぬ故に何処ぞで続けるであろうよ。縁もあれば出会えるだろうが、旅人に復讐へと向ける剣は持たぬ」
村であった事を清算するより、旅をする事を選ぶと、背を向けているネムロスさんの表情は見えないけれど、少し言葉に悔しさが入っている様な気がした。
「ドクターに掛かればリアの魔眼も研究対象に成り得るでしょうね。カムロイの魔眼、万物を見通し本質を知ることが出来る眼。伝聞の中では『神の秘術を盗んだ』と称された魔眼です、今のままでは擬きですら盗めないようですから、伝聞通りに神の御業を盗めるよう、力に成りましょう」
……一瞬の空白。首を傾げそうになるも其れすらも忘れたかのように動きを止めた。
確かに魔眼の事を聞きたかったけれど、此れで知りたかったことが聞けたのかとそこから先が真っ白になった。
此れから色々と教えてくれるのは嬉しいけれど、盗むって、何を盗むって?
「あ、あの。盗むって何をですか」
「力に翻弄されるのは何も知らないからです。持っているから使うのと、知り得て使うのでは全く違います。権力や暴力は言わずもがな持っているだけでもある程度は効力を発揮しますが、知る事でより高い効力を得る事が出来ると言うもの。知識に知恵、そして意思があればカムロイの魔眼は伝聞の再現が出来ましょう。私の力が及ぶ所まで助力を惜しみませんよ」
一気にまくしたてるフォスレスうさん。気圧される私。頭を抱えて唸るお姉ちゃん。
ただネムロスさんだけが他人事のように。
「ただ其の場を見たいだけであろうな。逃げるならば俺が寝ている間にしてくれ」
ネムロスさんは呆れ口に告げる。事、魔眼については何も知らない、何も出来ないネムロスさんがこういう態度をとるのは仕方ないにしても、もう少し言い方があるのでないかと思い出しつつ言葉は続き告げられる。
「気持ちは分かるが、其れでもフォスレスが精一杯出来る事だと俺は思う。悪く思ってやるな」
「人ではない私には……ただの剣でしかない私には誰かと共に生きる事は出来ません。世に変革を齎せる事もなく、ただ在り続けるだけの私ですが、戯言ぐらいは言っても許されるでしょう。ただのたわ言と一笑に付されたとしても、そうでない人も居ると私は知っていますから」
其れが私達だと暗に言っている。
最底辺にいた私達に手を差し伸べてくれたフォスレスさんの言葉を蔑ろにするつもりは無い。魔眼について此れから色々と教えて貰えるのだから、自分の為にも頑張ろうと思う。
少し変わった考え方をするフォスレスさんには悪気が無いわけで……。
「フォスレスって、本当の姿が剣で、人の姿が化けているって訳?」
「えぇ。聞いたことがありませんか、年を経て化ける術を持った、付喪神というものを」
「あまり……」
「稀有な事例になりますが、人の姿へと転化出来ます。此の姿は化身とも言いますね。先程魚を取った方法は、人の中に流れる微弱な電流を増幅させ、電気で気絶させました。私の唯一の能力として、アンプリファイア……つまり何かしらの力を増幅させる事が出来ると言う事です」
「人ではないって……分かっていたけど、改めて聞くとくるものがあるわね。増幅って何でも出来るわけ、例えばリアの魔眼とか」
「限定的になると思います。増幅という仕組みは少し……かなり違いますが感覚として、起因した力を私が取り込み、外部の力と合わせグルグルと私の中で回すような感じですか。起因から直接相手へと発現させる様な、個で完結出来てしまう力については私の力を割り込ませる事が難しく」
「つまりフォスレスの能力と魔眼とは相性が悪いということか」
「有り体に言うと其の通りです。ただ先程も言った通り、リアが其の魔眼で理を理解し再構築出来たのであれば、私の能力が及ぶ範囲になると言う事です」
「其れで限定的か」
「理を解し再構築する。其れには知識、知恵、其れ等を扱うための意思が必要です。知識については私が教えられます。知恵については私だけでなくリアが関わるすべての人から得ることが出来ましょう。しかし意思だけは自身で強く思わねば、願わねばなりません。其の手助けはリティス、貴方が要となるでしょう」
突然の言葉に驚きつつも、神妙な顔つきに変わるお姉ちゃん。
私もお腹の中に何かが、重くのしかかるようなものが入ってきた感じがした。
魔眼に振り回される事無く、ただ使うのでは無く、私の為にも皆の為にも使う覚悟をしてゆこう。
「此れで今話せることは全て話しました。まだ聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてください。別に今でなくとも、聞きたいことが出来たのならば何時でも良いですよ」
「旅の目的を聞いて良い? ただ旅をするわけじゃないのでしょ、何が目的なのかとか」
「話していませんでしたか」
「世界を見て回るって、言っていたけれど」
「そうですね……世界中を見て回る事。何処其処へと向かうべき所がある訳では無く、まだ見ぬ風景を求めて流離う為、私は旅人に成りました」
お姉ちゃんは殊更大きなため息を吐いて。
「そんな所だろうとは思ったけど、やっぱり目的は無い訳ね。ネムロスはあるの」
「フォスレスが言った通り攫われた身、個人的な目的はあれども、当面は無いと言って差支えは無い。此れから先の話をすれば、船で此の大陸から別の大陸へと出ることだな。話に聞くところ、一年歩けば一周できる此処とは違い、向かう先は歩けど歩けど果てに辿り着く事が困難な程広いらしい」
旅するに良い場所だろうと、楽しげな心の声が聞こえた気がした。
「なら私の行きたい場所が在ると言えば、向かってくれるのかしら」
「良いですね。向かう先は風吹くままに、小鳥が囀り誘うがままに。辿り着く場所は魔境か秘境か」
「そんな変な所には行かないわよ」
お姉ちゃんが呆れ混じりに苦笑いしながら言葉を返す。
「さて、服が乾くまでまだ時間は掛かろう。久方ぶりにゆっくり出来る時間が取れたのだ、他愛ない事でも聞きたい事、話したいことがあれば話しておくと良い」
ネムロスさんを見ると、血を洗い落とし補修したズボンを干し終えていた。外套を羽織り、湯の中へと素足を入れて暖かそうしている。
火から少し離れているとは言え、肌は火に当たっていると乾燥し荒れる。髪をまとめ上げている布を取り、まだ少し水気が残る髪を気にすること無く魔眼を封ずる。
上は外套で寒さを防ぎながら火に背を向け、足は湯で暖を取り気持ち良さそうにしているネムロスさんを見ていると、何かに誘われるかの様に私もネムロスさんの隣へ座り湯の中へと足を入れてゆく。
熱した石はまだ川の水を温かく保っており、足から体の中を温めてくれる。
足を揺らすと湯がかき回され、湯の温度は同じはずなのにより温かく感じる。
お姉ちゃんも私の隣に座り、同じ様に足を入れ、そして二人して頬が緩めた。
「仲間外れは嫌ですよ」
フォスレスさんも縁に座り、皆仲良く足湯状態へ。
「暖かいですね」
「そうだな」
誰へとも無く告げた言葉ではあったが、ネムロスさんが優しく返してくれた。
暫く誰も話す事なく、皆して湯を見つめ過ごす事となった。
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