#113 川辺での一時
幾つか積み上がっている箱の上へ、箱が更に積み上がって行くのを見守る。
傍にはフォスレスさんとソキウスさんが居り、ネムロスさんとお姉ちゃんは此処にはいない。他の傭兵の身体検査をすべく命令を受けた兵士の手伝いを買って出て、共に向こうへ行った。
フォスレスさんとソキウスさんが作業をしている兵士たちを見守りつつ。
「こう成る事を予想していましたね」
「さて、自決するなどどうして予想出来ましょうか」
「他の団員は知っていると思いますか」
「其れは私に聞くような事ではないでしょうに」
「まぁ、世間話しの様な感じですよ。一般的な意見としてお聞きしたく……と」
一瞬の間、思案するというより考えを纏めるかのように。
「秘密とは知る人が少ない程機密は保たれます。依頼人に会っていたのはあの二人だけでしょう、出なければ他の傭兵も同じように自決していても不思議ではありません。そうでないのであれば」
「私も同じ意見です。……どうやら此処までの様ですね」
「一つ言えるのは、まだ血筋が絶えていないと言う事です。そして黒幕もまだいると言う事です」
「また狙われる、と言う訳ですね」
「少々派手になりましたし此方も警戒していますから、しばらくは大人しくしているでしょう。水面下で手出ししてくるでしょうが、本格的に動くのは何時になるか。其れは貴方がたの方が詳しいでしょうし、私たちが推測する事でもない訳で……」
「其の通りです。話しを聞けて良かったですよ、参考になりました。私としても暫くは警戒し手を出しては来ないと思います。機会があればその限りではありませんが、此方としても少し時間が出来たと喜ぶべきですね」
話しに区切りがついたのか兵士たちが出発の準備をする様を見守り続ける二人。
一人の兵士やってきて出発の準備が出来たとの報告を受け。
「此の度はお世話になりました。そちらとしても我々に用が在るでしょうから、領主邸へと寄られるのでしょう。いつ頃来られる予定かお聞きしても」
「歓迎の宴でも準備なさってくださるのでしょうか」
「流石に宴までは開く事は出来ませんが、おもてなしのご用意はしておきましょう」
少し思案すると、此方を見て。
「一晩休んだとは言え疲れは残っていますからね、其れに何処かで汚れを落としてゆきたいと思います。来るのに一日かかり……宿代がない……?」
何やら一人で呟きながら予定を計算しているフォスレスさんではあったけれど、出た答えは諦めにも似た言葉であった。
「近日には向かいます」
其の言葉にソキウスさんは苦笑いを浮かべ。
「来訪される前日ぐらいに連絡を頂けたらと思います」
「えぇ、先触れは出すようにいたします。では、此れで失礼します。リア、二人を迎えにゆきますよ」
立ち去るフォスレスさんにソキウスさんが会釈で見送り、私も頭を一度下げ返した後、フォスレスさんの後を追った。
「もう良いのか」
「まだ聞きたいことはありますが、此処でなくとも良いですし、後ほどゆっくりとお話をする場はありますからね」
二人の話をしていたけれど、私の耳には入ってこなかった。此の状況はどうなっているのだろうと、周囲の状況へ眼を簒われていた為に。
傭兵たちは服を脱がされ、下着一枚で立たされていた。
季節は冬、厚着はしているけれど動きやすさを重視する為に、少々薄着とも言えなくはない。今は外套の下にもう一枚ほど着込み、寒さへの対策はしている。
其れでも少し寒くはある。
其の寒空の下、傭兵たちは服を脱がされ立たされている。よく見るとどの人たちも寒さで震えていた。
「罪人に人権非ず、といったところか。其処まではゆかずとも、慈悲を掛ける必要はなしとの判断だろう。其れで同じ轍を踏まれて困るのは領主側だからな」
周囲の状況に頭が追いつかず固まっていた私を見かねてネムロスさんが説明してくれた。けれど其の言葉が私に向けての言葉と理解するのに少し時間がかかった。
其れはそうなのだろうけれど……私は何とも言えず目を背けるも。
「そうだな、二人には少し目の毒か。此処での手伝いはもう無い。頼めば彼らの荷台に乗せてもらえるやもしれぬがどうする」
「ソキウスとも少し話しましたが、別で帰りたいと思います。ご一緒すれば確かに楽でしょうが、ゆっくりでは出来ないでしょうからね」
「分かった、二人も其れで良いか」
私に反対はない。お姉ちゃんも無いようで頷いている。
「俺も挨拶を済ませてこよう」
「私一人だけ挨拶無しなんて失礼じゃない。私も行くわ」
二人揃ってソキウスさんの元へ向かう背を見送り、ふと視線を上げるとフォスレスさんと目が合った。
「少し寒いですが、汚れを落としたいところですね」
微笑みながら独り言の様に呟き、私も汗で肌に張り付く服を洗いたいと思い頷いた。
慌てて戻って来たネムロスさんからの言葉に、汚れを落とすのは少し遅くなるのかなって苦笑した。
「二人とも済まぬが出るのを少し遅らせてくれ。食料を少し分けて貰う事となった」
私たちの表情を了解と取ったのか、返事も待たずにまたソキウスさんの元へと舞い戻っていった。
川辺りを歩くんは危険を伴う。水で濡れていることもあり、足を滑らせ川に落ちる可能性があるから。
川から少し離れ川下へと続く先へと歩いて行くと、少し川幅が広がり緩やかな場所へと出た。
「急な雨でもない限り水量は増えることはあるまい。此処で少し休むとしようか」
「水浴びするには少々冷たいかと思いますが」
「此のまま川の中に入れば風邪を引く事確実だな。少し時間を要するが村ではよくやらされていたが事がある。懐かしむ程昔でないにせよ複雑な気分では在るか用意しよう。すまぬが薪が其れなりと要る。薪となる木を拾って来て貰えぬか。其の間に準備しよう。薪はなるべく多く頼む」
言うだけ言うと、シャベルで川辺りの石を掘り始め、何をするのだろうと疑問を抱きながらも薪を拾うべく山の中へと入っていった。
冬の山の中、枯れた枝は多く落ちており、すぐに両手一杯の枝が集まった。ネムロスさんは出来るだけ多くと言っていたけれど、どれだけ集めれば良いのか検討もつかず、二度三度と集めに入ってゆく。
其の間に横目でネムロスさんを見つつ、大きな穴が出来つつ在るのは分かったけれど、予想でき無いため出来上がりを楽しみにする事にした。
少し大きめな枝はフォスレスさんが集めてきており、結構な量が集まったと思う。
焚き火をすれば長い時間出来るのではないだろうか。
穴を掘る事は一段落ついたのか、ネムロスさんは焚き火をし始めた。
「薪、此れぐらいで大丈夫ですか」
「そうだな、此れぐらいあれば大丈夫だろうよ。手間をかけさせたな」
相変わらずネムロスさんの手際は良い。火種が出来たと思うと、積み重なった小枝へと移し、小枝からすこし大きな枝へと燻ぶり始めている。
「コツは息を吹きかけない事だな。つい息を吹きたくなるが、空気を送ると謂う事であれば板等使った方が良い」
「吐く息は火が燃えにくいですからね。それに直ぐ息が切れて効率は良くないですしね」
フォスレスさんとお姉ちゃんも戻って来たみたいで、一抱えほどある枝を持っていた。
「そうなのですね。覚えておきます」
焚火の火は何故かずっと見ていられる。火に何か思い入れも無いし、何かあった訳でもない。でも見ていると心が落ち着いて来るから不思議だ。
傭兵団の団長は魔眼で火を発していた。私も出来るようになるのだろうか。
フォスレスさんは写し取って返したと言っていたけど、写し取ったと言うなら使えるのではないか。
でも発火の魔眼と同じ様な事が出来るとは思えなかった。今でも使えないか思っているけれど使えないし、使い方もよく分からない。其れが魔眼封じの布のせいでは無い事ぐらいは分かる。
使えれば火起こしぐらい楽になると思ったけど、やはり甘くは無いか。
「魔眼で何をしようとしているかは知りませんが、疑問があれば話してください。私が知り得る限りではありますが答えますし、出来なくても相談ぐらいには乗れます」
魔眼を使う時に何らかの力が働くらしく、フォスレスさんは分かるとの事。
今も魔眼を使おうとして、其れが分かったらしい。
分かるのならなにか便利な使い方は無いのかと思ったけれど、近くだから分かるのであって距離が出来れば其れだけ分からなくなる。利便性はあるかもだけど、無くとも困らないぐらいだとか。
一瞬便利なのか十思ったけど、そうでは無いのは残念だった。
「川、魚影があるけど取れないの」
川を見ていたお姉ちゃんからだった。お腹が空いているからか、川魚を狙っている様だけど。
「流石に難しい。素手ではまず無理だな。罠を作れなくは無いが時間がかかる。夜まで此処にいて夜食と言うならば出来なくはないが」
「其処までゆっくりするつもりはありませんよ」
「と、言う事だ」
「昔聞いたけど、岩に岩をぶつけて魚を取るって方法があるって」
「石打漁か。素人がやって出来るものではないのだが、どちらにせよ今は無理だな。魚が岩下で寝ている朝方なら万が一の可能性もあっただろうが、川面から魚影が見えると言う事は岩下に居ないと言う事だ。警戒心も高く小さな水音だけでも逃げる。岩では上手く衝撃を発生させることが出来ない。本来ならば大きな鉄槌などで行うものだ、鉄槌であったとしても手首を痛めるやも知れぬのに、岩ならば余計に危険が増すだけだ」
頭の中で思い描く想像は儚く消えてゆく。取る人が居ないのか分かっているのか、魚は川の中で優雅に泳ぐ姿を見せていた。多数に……。
ネムロスさんが食料を分けてくれたと言っていたから、無理に魚を取る事はしなくても良いのだろうけど、其処に居るのに食べられないと分かると少し悔しい。
諦めようかと思った時。
「簡単に取れなくもないですよ」
フォスレスさんの言葉にネムロスさんが目を向ける。怒っていると言う訳では無いけれど、睨みつけているのは心当たりがあるからなのだろう。あえて言わなかったのは何か理由があるからか。
其の方法を問う事出来ず待っていると、ネムロスさんは引き下がったみたいで。
「フォスレスが良いのであれば俺は何も言わぬ。遅いか、早いかの違いでしかないからな」
「ネムロスの許可も出ましたし、同じ戦場を駆けた仲間、見て頂くと共に少しお話ししましょう」
フォスレスさんの言葉に思う所はあったけれど今まで黙っていた事を聞ける。でも其れは予想以上であったのは確かだった。
お姉ちゃんと私は岩の上に並べられた川魚の前に言葉を失っている。
フォスレスさんは貫頭衣姿で川に入り、汚れを落としている。寒くないのかという疑問は無い。あおむけの状態で顔まで川の中へと入っている。見る人が見ると死体でも浮いているかのように見えるけれど、息は必要ないから平気だと。
うん、あの姿だけ見れば少し怖いと思う。フォスレスさん怖いのではなく、川に浮かぶ人の姿が単に怖いと思う。
フォスレスさんの言う通り、魚はあっという間に取れた。何が起きたのかは実践して見せてくれた。
確かに人外だと分かっていたけれど、何に驚いていいのかも分からなくなるぐらい、盛沢山あった。
実際には其処まで在ったわけでは無いけれど、それぐらいはあったと思う。
あの後フォスレスさんが立ち上がったと思うとフォスレスさんが消え、ネムロスさんの手に蒼い剣が握られていた。
川へと向かい水面へと剣先を突けると魚が浮いて来た。
ネムロスさんが素早く手づかみし、逃げられない様石の上並べ置くと再度川へと向かい、何度か繰り返して六匹の魚を取って来た。
「流石に川中の魚を探すことは無理だった故、幾度か試す必要はあったが、一人二匹として大きさともに十分だろう」
川から出てくる際に剣を突き立てて……次の瞬間に剣がフォスレスさんへと変わり、川の中へと倒れた。
「しばらくは川で水浴びをするそうだ。詳しくはフォスレスが川から上がってから来てから話そう」
「でも浮いて来ないですけど、大丈夫ですか」
「人と違い息はしていない。窒息のおそれは無い。其処も含めて話そう」
そうして魚を焼くべく、串として丁度良い枝を選定し始めた。
私も手伝うべく、腰を下ろしたけれどフォスレスさんが気になってあまり役には立たなかった。
「朝食もまだであったから腹も空いたろう。保存食も貰えたが少し贅沢品も貰ってきた」
私だけではなく、お姉ちゃんからも感嘆の声が上がった。
袋の中から出されたのは腸詰に幾つかの新鮮な葉野菜。
葉野菜はあまり日持ちせず萎れると味が落ちる。保存方法が難しく、旅においては不向きな野菜。
芋といった根菜は日持ちも良く、干し芋など保存食としても最適でよく食べるが、食べる機会が多いので食べ飽きる事もしばしある。
街の食事処以外は食べられない葉野菜は嬉しい野菜だ。
腸詰めも然り、燻製肉と同じ燻してはいるけれど、固いと言うより歯ごたえがあり肉汁が圧倒的に違う。保存食用は長期保たせる為に水分を飛ばしている為固くなる。
ネムロスさんが頂いた腸詰めは弾力があり、肉汁が閉じ込められた一品と分かる。
葉野菜と煮込めば肉汁の効いた美味しい汁物が出来上がる。
「で、出来上がりが今から楽しみです」
「そうね。お腹も空いているし、楽しみね」
大きな焚き火の他に、料理する為の火を分けて丁度よい簡易竈を作っていた。
鍋に川から水を汲み、湯を沸かすと切った野菜、芋を少し、そして腸詰を入れてゆく。
しばらく煮込むと、クタクタになった野菜から良い出汁が出て野菜の香りが漂う。
其れだけでお腹が早く食べさせろと主張しそうになる。
「良い匂いです。待ちきれません」
「最後の仕上げだ」
ネムロスさんは何かをすりつぶしたものを鍋の中へと入れた。
出来た野菜汁はお替りも出来る程の量がある。
碗へとよそい差し出された野菜汁は、具沢山で外でたべるとは思えない程贅沢であった。
「魚も焼けたわ」
皮の焦げ目が美味しそうに焼けており、
「では、頂こうか」
「はい、頂きます」
お姉ちゃんの「頂きます」の言葉を聞き、私は野菜汁から一口目を頂いた。
腸詰めからの塩味が全体を引き締め、野菜たちの味を纏め、油はコクを与えて深みが出ている。
塩味のもう一つの良さは、野菜たちの甘みを引き立てる所にあると思う。特に芋がただ煮込むだけ、焼くだけでは出ない甘みを引き出している。
其れよりも少し気になるのが、いつもより味がはっきりしている事?
碗の中に在るのは野菜と芋と腸詰、そして見慣れない小さな粒……。
「もしかして最後に入れたのは胡椒?」
お姉ちゃんが私の言いたかったことを先に言ってしまった。
そう、胡椒だ。少しでもすごく高いって聞いた。
「良く分かったな。食べたことはあるのか。」
「なんとなく味で」
「粒胡椒だ。少しだけ分けて貰えた」
見せてくれたのは細い竹筒。木栓をしており中は伺えないが、粒胡椒を入れているのだろう。
貸してもらい手の平へと中を取り出す。お姉ちゃんと一緒に黒く小さな粒を確認すると六粒程あった。
「此れが金の一粒とか言われる胡椒……」
「あながち間違えでは無いが、航海の黎明期にあたりか、胡椒の一粒が金一粒と同等の価値で取引されてはいたらしいが、今は其処まで高くは無い。贅沢品には変わりないが」
胡椒を筒へ戻しネムロスさんへと返すと、魚へと手を伸ばした。
背びれを背骨ごと取り除き齧り付く。程よく焼けた身が口の中でほろけてゆく。鼻を通り抜ける匂いは食欲を引き出す。噛むたびに味が染み出し咀嚼が増える。
少し残念なのは少し味がぼやけている。塩があれば引き締まるのに。
「流石に調味料を一通り持ち歩くのは無理がある。旅の間は素材の味で勝負するしか無いな」
そんなぼやきが聞こえた。
どうやらネムロスさんも同じ事を思っていたみたいで、魚の味に不満があって私と同じだなって嬉しくなった。
和やかなご飯も食べ終わり食後の白湯を飲んでいると、フォスレスさんが川から上がってきた。
髪から水は滴っておらず、川で乾かしていたのだろう。
「先に汚れを落としてからお話しましょうか。長話にはしないつもりですが、服も洗いたいでしょうし乾かす時間も出来るでしょうからね」
どうしようかと思案しお姉ちゃんも悩んでいる。フォスレスさんの事も気になるけれど、汗も流したい。ネムロスさんはどうなのだろうと、目を向けるも。
「俺の事は気にする必要はないと言いたいが、此れは早めに処理したいところだな」
指差した先は足の傷。傷自体は兵士の持っていた応急道具で処置済みではあるけれど、ズボンに滲んだ血は酷い事になっている。
主に洗い流したいのはズボンに付いた血だろうけど、土汚れも流したいのだろう。
「傷の方は大丈夫なの。よくそんな傷で穴が掘れたわね」
「此の程度で大人しくしていては、村ではやっていけぬからな。無理せぬ程度に動いたつもりさ」
「なら先に汗を流したいわ。で、どうするの、此のまま川に入る訳では無いのよね」
「そろそろ石も良い具合に焼けていよう。あとは此の石を、掘った穴の中へと入れれば……」
此処は川辺り。当然穴の中には川の水が溜まっている。其処へ徐に焼けた石が入れられてゆくと大量の水疱と水蒸気が上がった。
ネムロスさんは一つだけでなく、二個、三個と入れてゆき手を入れて水温を確認してゆく。
「少しぬるいかもしれぬが、此れぐらいだろう」
私も手を入れ確認すると温かい。此れは……。
「お風呂ですか」
「風呂とまではいかぬまでも、此れで冷たくは無かろうよ。底にある熱い石に注意せねばならぬが、温まることが出来よう」
ネムロスさんは出来上がりに満足したのか、少し嬉しそうに声を上げていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
宜しければ評価よろしくお願いします。




