#112 クォットヘース傭兵団団長と云う男
深い蒼色の天井。
其れが私の目を覚ました時に目にしたものだった。
しばらくして其れが天井では無く、空である事に思い至る。同時に意識が一気に覚醒し、上半身を起こすと全身に痛みが奔った。
声にならない声を上げ、痛みが奔る体を抱えながらも見渡すと雑踏が耳朶を打つ。
兵士たちが慌ただしく動き回っている景色を不思議に思いつつ、体の痛みで思い出した。
「あ、リア、起きたのね」
お姉ちゃんの声、其方に向くと外套を体に巻き付け火にあたっていた。少し寒い気もするけど其処まで寒いのかなって、よく見ると自分の外套のほかに、もう一枚掛けられている。
またネムロスさんの外套かと思ったけど違った様だ。
「毛布は兵隊さんからの借り物だから、起きたら返してって」
外套ではなく毛布だったようで、どうやら迷惑を掛けていないらしい。否や掛けてはいるのだろうけど……。
「え、あ、うん。分かった。ネムロスさん達は?」
「兵隊さんたちが出発すると傭兵達に話をするのが難しくなるからって、そっちに行っているわ。リアも聞きたいことがあるなら来て良いって。私は無いって言ったら、伝言役と案内役を命じられたわ」
後半は少し拗ねたように伝えてくれた。
「少しだけ、聞きたい事あるから行きたいかな」
「分かった。毛布を返して、一緒に行こうか」
クォットヘース傭兵団が捕らえられている場所は住処としていた場所。亡くなった傭兵は簡易棺に詰め込まれ、少し先にある馬車を停泊している場所まで運ばれたとの事。生きている傭兵は動けない様拘束されているけれど、昨日と違うのは板の手枷を嵌められている所だろう。
「二人とも来たか。丁度始めるところだ」
頭目も傍で仁王立ちしているネムロスさん達の元へと歩み寄った。
フォスレスさんも頭目を見下ろしている。
頭目だけが手枷と足枷を付けられた状態で私たち四人と、他にソキウスさんに監視役と見られる二人の兵士が頭目を挟んで左右にいた。
副団長は少し離れた場所に同じような格好で座らされており、どうやら扱いは別らしい。
大勢に囲まれ見下されているのにも関わらず、頭目は動ずる事無く話しかけてくる。
「こんな小物相手に仰々しいな」
「まぁそう言わないで下さい。貴方は重要人物なので仕方ない事です。幾つか聞きたいのですが答えて頂きますよ」
フォスレスさんが先だって対応しているのは少し不思議な感じもするけれど、ソキウスさんが口を挟まないのはそう云う事なのだろう。
「あぁ良いぜ。こんなナリだ、痛みはもう御免だからな」
肩を竦め観念したように思えるけれど、飄々とした口調からはとても反省の色は見えない。
左目を覆う包帯を見るに応急手当てはされているけれど、泥や汚れは至る所に残っており扱いは当然の如く、罪人。
任意聴衆ではあるだろうけど、実質尋問と変わりない。
「ただ此方も一つ聞きたいことがある。其れに答えてくれるならな」
「其の問いに答える必要は無いと思いますが」
「其れは其れで構わんさ。俺も永遠に口を閉ざすだけだからな」
フォスレスさんは少し黙考して後、何かを感じ取ったのか。
「良いでしょう。ただ勘違いをしないで下さい、私たちは貴方を害する気はありませんので」
「そうかい。で、どっちからだ」
「ではプラエダからどうぞ」
隻眼でフォスレスさんを睨みつけるのは何かを計っているからなのだろうか。私には其処に在る何かを知る術を持ち得ない。
「あんたがバケモノだってことは理解したくは無いが理解した。だが俺は最後に見たものは何だ、お前には心当たりが在るのだろ」
「一応お聞きしますが、何を見ましたか」
「振り返った先に居たのは……俺だった」
其の声が、僅かに震えているのが分かった。目は怯えているのに口元は嗤っている。不可思議な表情をしていた。
兵士の二人は訝し気な表情をし、ソキウスさんは眉根を寄せる。
ネムロスさんの様子は変わらないけれど、フォスレスさんは目を閉じて思案し始めた。
そして視線をソキウスさんと兵士へと巡らすと、何かを悟ったのかソキウスさんが小さくため息を吐いて。
「カニス、フェレス。耳を塞いでください」
「宜しいのですか」
静かに頷くと、自分の耳も手で塞ぎ。
「此れで宜しいか」
フォスレスさんは頷くと、プラエダへと向き直り。
「貴方が見たものは自分自身ですよ。彼女も魔眼を保有していましてね、彼女の魔眼に映る自分自身を見ただけでしょう。だから自身の力で自身の魔眼を焼いたのです。一度全力で使っていたおかげで力を使い果たし、其の程度で済んだと言う事でしょう」
「そうか、やはり俺はお前たちに関わった時点で負けが決定していた訳か」
プラエダが肩を落とし、何か取り憑かれていたものが降ちた様な表情をする。自身も魔眼と言う不可思議な力を使う身、私の使う魔眼もそう言うものだと受け入れたのだろうか。
やけに容易く受け入れてくれたようにも見える。受け入れざるを得ないと言った体かもしれないけど。
「次は私の番ですがよろしいか」
「あぁ何が聞きたい」
ソキウスさんに軽く頷くと、これ見よがしに溜息を吐き、耳から手を離すし兵士二人にも指示を飛ばした。
「二度目はありませんよ」
監視対象から目を離すわけではないけれど、耳を塞ぐのもあまり良くはないのだろう。
苦言を呈するソキウスさんにフォスレスさんは反応せずに。
「ネムロス、貴方が一番聞きたいのでしょう」
そうだ、あの爆発を見た時一番動揺したのはネムロスさんだった。そして何を押しても駆けつけようとしていた。私の魔眼の事を知っても平然としていたネムロスさんが、である。
「プラエダ、魔眼を何処でどうやって手に入れた。よもや先天的に持っていたとは言わぬよな」
ソキウスさんが『魔眼……』と呟くけれど、今は誰も注目する事は無く。
「やはり気になるか、今は焼けて失われたがな……。まぁ良いさ、話しても良いが俺の知っていることは少ないぞ」
「口約束とは言え此方は応じた。知っていることを仔細に話してもらう」
頭目はネムロスさんの様子を一瞥する
「話さねえとは言ってねえよ。聞いて落胆しようが俺のせいじゃねえしな」
頭目の話は左目を失った頃から始まった。
今から一ヶ月前ぐらいの事、請け負った仕事で左目に強い衝撃を受けてしまい、失明とまではいかずとも仕事を続けるに影響が出る程まで視力が弱くなってしまった。
片目を失ったとしても戦えるのではないかと思いがちだが、隻眼になった弊害は視野だけでなく距離感や疲労度がかなり違う。弱視となった眼も合わせて見れば世界がぶれて見え日常生活においても不便が出て来る。戦いとなれば判断するに速さが求められ視野が狭まった分、眼球の運動は単純に倍が必要された。判断する為の視野情報に遅延が発生し、一瞬の隙がどうしても生まれてしまうようになった。
訓練で補う事も出来るが、傭兵という実力主義の集団をまとめには致命的な怪我である。
傭兵達を纏め上げる求心力を失いつつあった時に男が現れた。
後ろに護衛とも思える男女を連れて。
旅をするかのように厚手の上下に外套を身に着け、どこぞにでも居そうな三十ぐらいの優男だった。
護衛らしき男は同じような服装で弓を背負い、多くの荷物をくくりつけた馬を連れていた。
女の顔は目深く被った頭巾で知ることは出来なかったが、仕草や体つきから女と判断出来た。
共通して言えるのは三人とも服装は似通っていた事。それ自体は不思議ではないが、人の目を忍ぶような気配を感じた。
優男が言うに、眼を治すことは難しいが失った目に力をくれると言うので、半信半疑で了承した。
元々潰れて殆ど見えなくなった眼、失明どころか眼をくり貫く事になったとしてもそう変わりはしないと、そう思う気持ちもあった。自棄になっていたとも言えるし、簡単に力を得られるなどと失敗した際に盛大に嗤ってやろうと思っていた。何より楽観的に高を括っての事だった。
笑って無視しておけばよかったと思わなくもなかった。そして其れが幾度正しい事だったかと思った事か。
結果的には確かに力を得て、傭兵団の団長として求心力は回復したが、反対に純粋な戦闘力は以前ほどには戻らなかったが。
俺の了承を得て、男は注射器で俺の左目を刺し目の体液を吸い出すと、次に別の液体を入れた。
神経に焼き鏝されているかのような熱と痛み。心臓の鼓動がありえないぐらいに早くなる感覚。叫びたくとも息すら吐き出すことも吸うこと出来ずに根を上げそうになったが、動けない様台に固定されていた為、抵抗すること叶わなかった。
三日三晩は熱でうなされ、起き上がれたのは七日目。説明を受け終えて魔眼を使えるまでにはさらに七日程かかった。
其れに満足したのか、男は来た時同様何処かに消えて行った。
男と話しすることは少なく、専ら眼の様子を聞かれる事ばかり。結局男の名前も聞けずに何処から来たのか、何処へ行ったのかも不明。
そして手に入れたのが、睨んだ先を燃やしたり出来る眼であった。
「此れが俺の知る全てさ」
「何処から来たかもわからぬか。男と女はどうであった」
「ん? 常に男について回って、特に変わったとはないが……あぁ、そいつらは男の事をドクターと言っていたな」
「ドクター、ですか。この大陸の言葉では無いですね」
「異国のものか。服装からすると遠くへと移動中……南は大森林があり踏破するには無理がある。此の大陸を出るには此の国の北側から出るのが一番の近道」
「そう考えるともうこの大陸にはいなさそうですね」
「俺らとて此の大陸から出るのであろう、通り道が同じであったのならば必然とも言える。都合と言う訳では無いが、運が良ければ出会えるやも知れぬが」
「追いかけるとは、言わないのですか」
「追いかけたい気持ちはあるが、俺は旅人だ。優先順位を誤る事はしたくない」
左肩に手を添えてネムロスさんは何処か痛みに耐える様な様相で告げた。
「子細に話せねぇ……どうでも良いことかもしれんが、歩き方が少し不自然だったことか。何処か怪我をしているかと思ったぐらいだな」
ネムロスさんの様子を見て思い出したかのように告げた。
「ドクター……医者もしくは博士ですか。其れに怪我をしていた様子と」
「それに傍にいた男女。男の方は弓を背負っていたと。符号は合うが」
「確率は高いと思いますが、確証はありませんからね。縁あれば旅の途中で出会う事もあるでしょう。今は心の隅にでも留めるぐらいで十分かと」
フォスレスさんの言葉に納得したのか、同意の言葉と共に肩の力を抜くネムロスさんは何処か憮然とした様子だった。
何があったのかを聞くのは簡単だけれども、其処に踏み込めない様な雰囲気があった。
「其方の事情はどうでも良いが、隣のおっさんが痺れを切らしているぜ。他になければ此処までってことだが」
「リアは聞きたいことがあったのでは」
話を振られ少し動揺したけれど、私が聞きたかったことは魔眼の事。
しかしいざ魔眼の事を聞こうとしても、何が聞きたかったのか思い浮かばず口から出るのは『えっと……』とか『あの……』とか言い淀んでしまった。
「はっ! あの時のオレはお前だったか。成程、お前が勘所だったわけだ。こんな小娘だとは気付けるはずもねえよなぁ、バケモノ」
声は大きくない、だけど静かで怒気を孕んだ声。私の頭は真っ白になり、何を言っているのか理解出来なかった。
今まで悪意や敵意を向けられて来たけれど、其のどれとも違う感情に私は初めて怖いと思った。
頭目から目を逸らしてしまう、息が詰まって苦しい。
頭目の視線を遮るように2つの影が立ちふさがった。フォスレスさんと、ネムロスさんだ。
「うちの娘を怖がらせるのはやめていただきたい」
「いい大人が子供相手に粋がる事はなかろうよ」
「その小娘から片付けておけば立場は逆転していただろうよ。自分の間抜けさに吐き気がしてきた」
悪態をつきながら顔を背ける頭目だけど、私は頭目が言うほど大したことはしていないと思う。
ネムロスさんが私の頭に手を置きながら。
「リティスもそう怖い顔をするな。ただの挑発、煽ってきているだけだ」
「……分かってるわ」
頭目に怒りをあらわにしていたお姉ちゃんだったけど、ネムロスさんに諭され不機嫌さを隠さずにそっぽ向いた。
「貴方が魔眼についても、ドクターと呼ばれた男についても何も知らないのは分かりました」
「多少の収穫はありもしたが、此れ以上は望むべくもなく、医者か博士かは知らぬが、で在ると云うのであれば、今回の様に何処ぞで足跡ぐらいは残しているであろうよ」
「今は此れで良しとしましょう。まだ此の国を出るのにしばらくはかかるでしょうし、痕跡探しばかりしていては旅を楽しめませんから」
結局は私の聞きたかった事は思い出せず、話も有耶無耶に、深い溜息を二人に知られないよう吐いただけに終わった。
「最後はお前か。で、何を聞きたい」
「大したことでは無いですよ。聞きたいと云うより、確認の様なものです」
フォスレスさんの微笑みに動じること無く、呆れたかのように嘲笑い。
「悪魔の微笑みだな」
「ロレムは偽名でしたね。プラエダも、偽名ですね」
「プラエダねえ……誰に聞いたかは想像つくが、懐かしい名を出してくるものだと思ったな。よく覚えているぜ、俺が初めて使った偽名だ。本名でも教えてほしいのか」
「いえ、其れだけです。本当の名に興味は無いですから」
頭目はなんとなく察していたか、呆れた表情とともに口を閉ざした。
聞きたい事は全部聞いたのか、背を向けたところで思い出したかのようにふり返り。
「あぁ、そうそうもう一つだけ。貴方達は海を渡ったことはありますか?」
「残念ながらないな。海を見たことはあるが……そうか、渡った先の情報が欲しい様だが、俺たちの様な鼻つまみ者は伝手が無くては渡れないのさ」
其の言葉に納得し、再び背を向けてソキウスさんへと向き直った。
「以上です。後は任せますよ」
「分かりました。此の後はどういたすのですか」
「そうですね……」
フォスレスさんとソキウスさんが此れからの事を話そうとしたとき。
「最後に挨拶ぐらいはさせろよ。薄情なやつらだな」
大声では無くとも周囲の喧騒をも消すかのような、何処か通る声。その証拠に周囲の人たちが手を止めて此方に目を向けている。
静かな間が、少し不気味さを漂わせた。
フォスレスさんは黙っている。驚いて口が開かないとかではなく、頭目が何をするのかと見守っている感じ。
ソキウスさんが沈黙に耐えかねてか、頭目の言葉に答えるためか。視線をフォスレスさんへ向けた後、頭目へと移し。
「何を考えているのです。逃げるなどと浅はかな考えはしない方がよろしいかと思いますが」
「逃げる? 逃げるかぁ……そうだな、逃げさせて貰おうか」
嘲笑う。此の状況でどうやって逃げるのか。私であれば魔眼を使えばなんとか。だけどお姉ちゃんを連れては無理。置いていく事も出来ないから、やはり逃げられない。
頭目も魔眼を失った。手足に枷を付けられ、歩く事もままならないはず。
誰も頭目が何を言っているのか理解できずに見守っている中、いつの間にか頭目の手には先が尖った棒が握られていた。
あっという間だった。誰も止める間も無く、手にした針を自らの喉に突き立てた。
誰かが漏らした小さな声。自分だったかもしれないし、違う人だったかもしれない。
驚き慌てるのはソキウスさんと兵士の二人。
ネムロスさんは苦々しい顔をしただけ。
フォスレスさんは頭目の側に近づき。
「勝ち逃げするのですね。仕方のない人です」
其の言葉に頭目は笑って、動かなくなった。
「団長! 今度は地獄の鬼ども相手に大暴れしようや!」
其れは少し離れたところで叫ばれた。そこにいたのは副団長。
そして副団長も手を喉に当て……倒れた。
「二人の様子は?」
ソキウスさんが兵士に向かって聞くが、二人を観た兵士たちは首を横に振るだけであった。
「やられましたね」
大きく息を吐き、空を見上げるソキウスさんの表情は、苦虫でも噛み潰したかのように苦々しいものだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
宜しければブックマーク、評価、お願いします。
此れからもよろしくです。




