御園透子の娘の父親
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「か、帰るぞ!」
珍しく慌てふためいた総司。
「おやっさん、残った寿司お持ち帰りしたい!」
呑気な透矢は、おやっさんに折りを貰いに行った。
「総司…もしかして、基樹って本当に?」
「あぁ、そうだ。
詳しいことは、後で話すよ。
ただ、まだ早いんだ。
遥奈からの遺言で、まだバレちゃいけないんだ。」
遥奈の遺言?
もしかしてと思っていたことが現実に…
だけど、知られちゃいけないってどうして?
総司と遥奈の間に、どんな約束があったの?
そして、あの号泣金髪男はいったい何?
「残った寿司、遥姉に食べさせよう。
母ちゃんには、ウニをあげるからな!」
私が大好きなウニを、沢山頼んだ透矢。
それらを全て、折りに詰めた透矢はすこぶる上機嫌。
今さっき、父親のことを話してたなんて思えない。
ニコニコ顔でおやっさんに手を振り、お店を出た。
慌てふためく総司を追いかけて、私も透矢とともに車に乗り込む。
「で?
遥奈おばさんの遺言って、何?」
ズバリ、という頭痛薬が昔あった。
今でもあるのかはわからないが、その薬を飲むとすっきりするんだと、死んだお祖母ちゃんは言っていた。
早くすっきりしたいと言ってるかのように総司を問い詰める透矢。
ちゃんと聞いてたんだ…
どうして子供という生き物は、遠慮がないのだろうか?
子供というほど幼くない透矢にしてみたら、きっと事の真相が知りたい。
そして、自分も遥香も知って考えたいだけだと思うんだが…
総司は全て教えてくれるのだろうか?
「透矢…遥香はどこまで気づいてるんだ?」
「ん〜?
ほぼ確信してる。
あとは、決定的な証拠が欲しいだけ。
あ、勘違いしないでよ?
別に俺も遥姉も、自分の父親の存在を知ったところで、現状を変えたいとか思ってはいない。
ただ…母ちゃんも遥奈おばさんも、俺らを産んで後悔してないのか?
俺らは、愛されて生まれてきたのか?
それが…それだけが、知りたいだけだから。」
愛されて生まれてきた…
透矢に関しては、あの時の私と鷹ちゃんは確かに愛し合ってたと思う。
けれど…遥奈とあの男はどうだったんだろう。
あの頃の遥奈を知ってる私には、とても愛されてたとは思えない。
そりゃ私だって、遥奈が亡くなって初めて基樹に会い、愛しげに遥奈の遺影を見つめていた基樹を遥奈の本当の相手だったらと、思ったこともあったんだ。
「遥香の本当の父親は、基樹なんだ。
ただ、それを知ってるのは…俺だけだ。
遥奈も基樹も、もしかしたらという憶測しか持っていない。」
「ねぇ…だったらどうして、遥奈の遺言があるの?」
疑問がたくさんありすぎて、頭が混乱しそうだ。
「遥奈が遥香を産む直前、俺に言ったんだ。
お腹の子が産まれたら、検査をして欲しいって。
この子はきっと…別の男の子供だと思うって。
自分が、一番愛した男の子供だろうからって…」
自分が一番愛した男…
「もしかして、それが基樹…?」
「あぁ…そうだ。
たぶん基樹と遥奈は、ちゃんと思い合ってたはずだ。」
「だったら、あの男は?
遥奈はあの男の、彼女だったんじゃないの?」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
思い合ってた二人なのに、何故遥奈はあの男の彼女だったのだろうか?
「あの男は、学園の王子と呼ばれてた。
容姿と家柄のおかげで目立っていて、学園のトップだった。
けど、本当のトップは王様と呼ばれてた基樹なんだ。
王子の周りには、おこぼれにあやかりたい奴らがたかった。
いい意味でとると、慕われてたと見えていたと思う。
その点基樹は、一匹狼のように集団を嫌った。
親友のように見られていたのは、あいつが基樹とつるみたがって一緒にいたから。
ヤンキーの世界では、有名だったからな、基樹は…」
早い話、頭のいい不良としか認識されていなかった基樹の素性を、あの男は知っていた。
実は近隣の県で有名な総合病院の息子。
妾の子供で、実家で肩身の狭かった自分とは違う。
お金持ちで有名総合病院の息子と親友だと身内に見せつければ、実家でも肩身の狭い思いはしないんじゃないか?
それが、あの男が基樹に近づいた理由でもあった。
更に基樹は、一匹狼で喧嘩がすこぶる強い。
ヤンキー学園のトップは当然基樹。
けれど基樹は、トップというものに興味がなかった。
文句のつけようがない容姿と家柄、そして頭脳と強さ。
自分が持ってないものを持ってるのに…何故、トップに興味がないのか?
いらないのか?
完璧な男は、欲がなかった。
欲しいと願っても、自分にはないのに…
基樹と一緒にいるだけで、街のヤンキー達は逃げていく。
そうか…ならば、基樹の強さを使っちゃえ、的な?
「バカだね、あの男…」
「うん、バカなんだ。
欲深い、頭の悪い奴だよ。
容姿ばかりを磨き、皆の憧れの学園のトップにはすこぶる可愛らしい彼女が必要だと。
それで選ばれたのが…遥奈だ。
あいつは、遥奈に本気で惚れてたらしいんだけど、彼氏彼女になってからの扱いは、良くなかったみたいだね。」
「それでも遥奈は、本当にあの男が好きだったの?」
疑問がまた一つ。
「まぁ…最初はね。
皆の憧れの的だったあいつ。
周りの女子が王子だなんだと騒ぐ。
そのうちに、遥奈も思っちゃったらしいんだ。
素敵な人だって。
俺の女になれ…そう言われて舞い上がった。
でも遥奈は気づいた。
彼女になってすぐに。
束縛だけはいっちょ前。
薄い女友達との友情は、脆く崩れて孤立した。
俺の女は遥奈だけだと言いながら、ちょっとでも可愛い女の子や後輩に言い寄られると、学校内だろうがヤりまくってたって。
それを、女の子達から報告される遥奈は、いつも一人で泣いてたらしい。
呼び出されて文句を言われたり、嫌がらせもされて、それにあいつは気付くこともなかった。
一番苦しかったのは、それまで仲良かった女友達から、あいつに抱かれたって報告された時だそうだ。
誰もいなくなった放課後の音楽室で、遥奈は泣き崩れた。
そこに、偶然基樹が居合わせた。
そして、親身に話を聞いてくれた。
聞いてくれただけで良かった。誰にも言えなかった心の内、それを吐き出させてくれた。
遥奈にしてみれば、怖いと思っていた彼氏の親友の基樹だけが、遥奈の心情を理解してくれたんだ。」
なんちゅう男だ…
遥奈の友達にまで手を出すとは。
そういえば遥奈、途中から友達の話をしなくなった。
それには、ちゃんと理由があったんだな。
「遥奈は、それだけで基樹に惹かれたの?」
「まぁ、それだけじゃないと思う。
基樹はさ、当時一人暮らししてて。
あいつでさえ入れたことがないマンションに、遥奈を入れてやったんだ。
苦しくなったら、泣きたくなったら、俺の家に来いって。
温かい味噌汁、作ってやるからって。」
「お父さんかよ…」
「ぷはっ…父親みたいだよな、基樹は本当に。
けど、遥奈にとってはそれが惚れる要素でもあった。
大きくて温かい男だと、遥奈は感じたんだ。」
何度か基樹のマンションを訪れ、泣いて話をした。
その度に基樹は、何かを言うわけでもなく黙って話を聞く。
遥奈が自分の気持ちに気付くのに、時間はかからなかった。
自分は彼氏よりも、基樹が好きだと。
基樹と身体の関係になったのは一度だけ。
あの男に、浮気をやめて欲しいと言った。
じゃなければ別れると。
なのに遥奈の嫉妬が可愛いと、あの男は激しく遥奈を抱いた。
朦朧とした意識の遥奈に、男は避妊具がないと言いこのままいいよなと言って続けられた行為。
その結果の妊娠だと、遥奈は思った。
いや、思っていた。
でも、それは違った。
その時から三日間、遥奈は学校も休み家に引きこもった。
そう、私や総司には風邪をひいたからと言っていたあの時だ。
遥奈は三日目の夜、一人静かに基樹のマンションを訪れた。
別れたいはずなのに、どうしても別れることが出来なくて、あの男に抱かれた自分はおかしいと汚いと、嘆いた。
おかしくない、汚くない…
遥奈が初めて、基樹の反論を聞いた。
そして二人はその夜、深くて濃い時間を過ごした。
「遥奈はさ、基樹の名前は出さなかった。
けど、あいつの親友でお父さんみたいなあの人が…って言えば、基樹だって気付く。
基樹だって、きっと遥奈を好きだったはずだ。
遥奈が学園を去って、一人で遥奈の行方を探してたんだから。」
「えっ…基樹は、遥奈を探してたの?」
「あぁ、何度も遥奈の居場所を知りたいと、メールがきた。
俺はさ、あいつが探してるんだと思ったから、親戚の家にいるって誤魔化してた。
精神的に参ってるから、構わないで欲しいと言った。
基樹はきっと、勘ずいてたと思うけどな。
そんな時だ、遥奈が言ったんだ。
この子はきっと、あいつの子じゃないと思うって。
あれは、遥香が産まれる…遥奈の命日の前日。
自分が唯一、心を開けた人の子供だと思うって。
だから、産まれて落ち着いたらDNAの検査をしてって。
母親だから、わかるんだとも言った。
もしも父親がはっきりしたら、この子が自分の年になったらこの子に話をするんだって。」
「それって…18歳になるまでってこと?」
「あぁ…遥香の18歳の誕生日だな。
遥奈がそう言ってたから、俺はその時がきたら話そうと思ってた。
遥奈の葬儀の時、あいつと基樹の髪の毛をそれぞれもらって、学校の友達の病院で調べてもらって結果は知ってたし。
基樹にも、時期をみて話そうと思ってた。
遥香は、れっきとした基樹の娘だ。」
遥香は、基樹の娘…
「遥奈はさ、あの男の子供って言ってたじゃない?
どうして、基樹の子供かもしれないって言わなかったの?」
遥香があの男の子供じゃないって感じてたのなら、何故遥奈は言わなかったんだろう?
「女遊びしてたあいつへの、遥奈の復讐だったのかもな。」
復讐…か。
「あいつな、数年前にお見合いで結婚して家庭持ってる。
けど、子供に恵まれなくて。
今は腹違いの兄貴の秘書してるんだと。
心入れかえて、真面目に地方の政治家の秘書だってよ。
遥奈の死は、ボンクラ男の人生を変えたんだ。」
「女って、強くて怖いな…でも…」
後部座席の透矢が呟いた。
そして、語り出したでもの続き。
「でもさ、俺も遥姉も知りたいだけなんだよ。
父親が誰で、俺達は望まれて生まれてきたのかってことだけ。今まで、聞きたくても聞けなかったこと。
話さなきゃならない時期があったのかもしれないけど、早かれ遅かれ真実は知りたい。
だったら、遥姉にも話してやってよ。
遥奈おばさんが、どれだけ遥姉を大切に思っていたかをさ。」
望まれて生まれてきたのかを、知りたい…か。
そうか…
この子達には、知る権利がある。
「そう、だね。
総司…もういいんじゃない?
遥奈にはさ、あんたの娘は勘が良すぎってことで、全部話してあげよう。
基樹にもさ、遥奈はあんたに惚れていたって、教えてあげようよ。」
私の言葉に総司は…
「そうだな…」
と、呟いた。
双子で同じ男に惚れるって…
その総司の呟きは、私と透矢の寿司ネタの会話の声に消えて、私達には届かなかったが…
長い長い夜は、まだまだ続くのであった。
遥香の出生の秘密が、やっとわかりました。しかし遥香は、すんなり理解してくれるのでしょうか?