命の恩人
“死にたくなければ”って…ことは、
ここに残っていたら、
あたしは死ぬのだろうか。
今、死ぬのだけは…絶対にいやだ…。
正直、どっちが見方で、どっちが敵か…
なんてことはわからない。
ただ、彼を信じたわけじゃないけど、
今は、目の前にある二つの恐怖に不等号を付けたら、
“死にたくなければ一緒に来い”っと言ってくれた彼の方が、やや安全な気がして、大きなその背中を追うことに決めた。
低い姿勢のまま数メートル逃げると、
そこは、だんだんと草木が少なくなってきたのか、辺り一面の見晴らしがよくなってきてる。
こんなところに突っ立っていたら、間違いなく見つかってしまうだろうと思うほど、だだっ広い平地。
「まずいな…」
ボソッとそう呟いたあと、
彼はあたしの手を掴むと、
ぐぃっと90度方向を変えて、広い道から外れた。
草を掻き分けながら、道とは呼べない山の中をひたすら進んだ。
きっと、さっきの人たちの声は、
もう聞こえてこないくらいの距離は離れたと思う。
彼は立ち止まると、下を見下ろした。
その視線を追って
あたしも下を見下ろすと、
う、うわっ…。
思わず、足がすくんで
ビリビリと背中が痛い。
腰が引けてしまうほどの、崖のような急斜面。
あっ…。
だけど、2mくらい下に、踊り場のような、少し平らな地面が見える。
あたしの背より少し距離はあるけど、飛び降りようと思えば全然飛べる高さ。
でも勢いあまって足を踏みはずせば、
下まで急落下は間違いない。
そうなった日には、確実にお陀仏だ…。
「あそこまで降りるぞ」
同じところを見ていたであろう彼は、
ふいに、バサっと服の音を鳴らしならが、半円を描くように、ふわぁっと華麗に地面へ向かって飛び降りた。
えっ…うそ…
もしかして今、飛んだの?
なにそれ…ずるい…。
こっちは、どうやってあそこに行こうか苦闘してたっていうのに。
でも飛んだってことは
この人は、青龍か朱雀だ。
「何をしてる。早く来い!!」
下から見上げてくる彼に、
早くしなきゃと焦る気持ちで、足を滑らせるように、斜面を降りようとしたら
「きゃぁっ…!!」
ぬかっていた土に足を取られて、バランスを崩した。
「誰かいるのか!!」
えっ!?
少し遠くから聞こえたその大声にハッとする。
もう追いつかれてしまったの?
やっぱりあの人たちもあたし達と同じ道を来ていたんだ…。
早く降りないと見つかってしまう。
瀕死の思いで、また一歩足を踏み出そうとしたそのとき
あれ?
なんで?
あたし…浮いてる?
一瞬のことでよくわからなかったけど、
いつの間にかあたしは宙を舞って、下にある平らな地に降り立っていた。
だけど、
あたしの身体を、ギュっと横から強く包んでいる彼を見て、
あぁ…助けてくれたんだと気づく。
「ありがと…」
彼はあたしの身体を包み込んだまま
一緒に地面へ小さくなって、
そして険しい表情で上を睨みつけた。
彼の腕の中で、
彼の心臓に耳を当てながら
ドクン…ドクン…と響く鼓動を感じる。
きっとあたしの鼓動は、彼の二倍くらいの速さでドクドクと脈打っているだろう。
見つかったら殺されるかもしれないこの状況で、
全く動じることなく、ゆっくり、淡々と鼓動を打ち続ける彼を、瞳だけでチラッと見上げた。
斜め上にあったのは、思わず見入ってしまうほどキレイすぎた顔。
この人…まつげ長い…。
ん?あれ?
…瞳の色が…紺色?
明るいブルーとまではいかないけど、光が当たると濃い青色をしてる。
もしかして、日本人じゃないの?
その瞳を、吸い込まれるかのように、
じっと見つめてしまった。
それに気がついたのか、ジロッとあたしの方へ落とされた彼の視線。
目が合ったと同時にスッと視線をそらした。
「さっきこの辺りで声が聞こえた」
「そうか?誰も見なかったが…」
カサカサと鳴る足音と共に、上から聞こえてきたその声を聞いて、
あたしの体に絡めていた
彼の手にギュッと力がこめられた。
さっきまで冷静に鼓動を打っていた彼。
だけど、その手の力を体に感じて思った。
見つかったら…
本当に殺されるのかもしれないって。
「ここは何もないな」
「だけどこの周辺は、白虎の城跡だ。充分に調べる必要がある」
なに?
白虎の城跡?
なんの話をしてるの?
怖いよ…。
恐怖のあまり、息がうまく吸えなくて、
はぁはぁって呼吸が荒くなってきて、
今にも泣いてしまいそうなあたしに気づいた彼は、
“しっかりしろ!!”
そう、あたしの耳元で言い聞かせてくる。
その言葉にコクコクとうなずいた。
もし今、あの人たちに見つかったとしたら…どこかに監禁されるのだろうか…。
それとも、すぐにこの場で殺されるのだろうか…。
元の世界では、“殺されるかもしれない”などという恐怖なんか味わったことなんて一度もない。
いや、そんなの当たり前のことだと思っていたし、
今まで17年間生きてきてまさか、こんな生死をさまよう体験をするなんて想像したこともなかった。
おばあちゃん。
蓮…ユリ。
怖いよ…。




