運命の出会いは突然に
「ヒナタ…ちょっと出かけてくるね…」
この世界に来てからずっと家にこもりっぱなしだったあたしが、ようやく腰を上げたのは4日目の朝のことだった。
帰る方法を見つけたいと強く思っているのに、
帰るには、あの森へ鏡を探しに行かなくてはいけないことも
2日も前にわかっているのに、
何一つやる気が起きなかった。
“ずっと気が済むまでここにいていい”と言ってくれたヒナタに甘えて、
朝も昼も夜もずっと、床の中でただ時間だけが流れて行くのを感じていた。
眠たくなったら瞳を閉じ、
目が覚めれば窓の外を眺める。
時差ボケ…ではなく、ある意味、時空ボケとでもいうのが適切なのかもしれない…。
吐き気がして頭がボーっとする。
でも、今日こそはあの森へ行ってみなければと決心したということは、
きっともう自分の中で、この異世界を認めようと思ったのかもしれない。
信じたくないし、
何度も夢であってほしいと願ったけど、
認めざるを得ない状況なんだと思う。
「どこに行くの?」
「その辺歩いたら何か思い出せるかもしれないから…」
「そっか。じゃぁゆっくりしておいで」
「ちなみにヒナタ…ケータイとか持ってないよね?」
「けいたい?」
「うん…電話…」
「電話?」
「…なんでもない」
そうか…。
この世界は電話もないんだ。
電気はあるけど…ガスがなかったり。
朱雀が火を使えるからガスは必要ないんだろうか。
ん~よくわからない世界。
ヒナタの家を出ると、辺りをぐるりと見渡して、あの夜のことを思い出しながら、迷い込んでいた森を探した。
ヒナタの家から森までは、そんなに離れてはいなかったと思う。
数メートル先には木々が
生い茂っている大きな森が見える。
きっとあれがそうだろう。
問題は、森ではなく、森の中にある、あの洞窟へたどり着けるかだ…。
意を決して森の中へ足を踏み入れると、
そこから先は、もうカンでしかなかった。
目印なんてものは何もないし、
付けてきてもいない。
だから、このくらいの速度で、
何分くらい歩いた…
ただそれだけの記憶と、
ずっと下りの道を来たから、
登りの道だけをだどればいい。
そして道の雰囲気。
正直、たどり着ければ奇跡…
くらいにしか思っていなかった。
なのに、
当てにしていたカンが
本当に働いたのだろうか、
ふと、あたしはおもむろに足を止めた。
なんだろう…この感じ。
立ち止まったそこは、
あの夜いた場所とは確信できない。
でも、何かが…
無性にあたしを引きつけてくる。
上の方から垂れ下がっている草木。
それに触れてみようとゆっくりと近づいた。
草に覆われてはいるけど、よく見ればその先は空洞で、草木は入口にも見える。
ゆっくりと草を両手で左右に掻き分けながら、中へ顔だけ入れようとした…
――その時。
「何者だ…」
「…っ!!」
突然、背後で聞こえた低い声にびっくりして、勢いよく後ろへ振り返ると、
そこに立っていたのは、
見上げるほどの背が高い一人の男。
全く人のいる気配を感じなかった。
それに、
いきなり“何者だ!!”って聞かれても…
そっちこそ…何者よ…
ヒナタとヒナタのおじいちゃん以外には初めて会うこの異世界の人間に、ますます恐怖が募ってくる。
無造作に散らばっている、ブラウン色の髪。
切れ長で大きな瞳に、線を書いたような唇。
そしてどこか冷めた雰囲気であたしを睨み続けるその男。
っていうか、
初めてあったのがこの人だったら、
きっとここはあたしのいた世界ではないとすぐに確信していただろう。
そう思うほど、
彼の放つオーラ、それに、着ている着物のようでチャイナでもない、そんな曖昧な服装も、
無地で柔らかい生地の服を着ていたヒナタとは違ってなんだか柄も派手…。
例えば、ヒナタが農民なら
彼は武士…だろうか…。
村で畑を耕してますって感じではない。
「何をしていると聞いてる」
彼は、じっと観察したままだった無言のあたしを、さらに険しい顔で睨み付けてくる。
どうしよう…。
なんか言わなきゃ…。
「あの…あたしは…その…道に迷って」
洞穴の中を見ようとキョロキョロのぞいていたあたしの行動からしたら、その言い訳は、ちょっと苦しいかもしれない。
彼も“本当か?”というように目を細めてあたしを見てくる。
あぁ…。残念だけど、今日はもうこれ以上は無理だ。
とりあえず鏡はあきらめて引き返そう…。
「あの…あたしは、白森の村を…探しているんです」
「その村はここではない」
「あぁ…そうですか…。わかりました」
ペコペコ頭を下げながら、立ち去ろうとしたあたしを
「ちょっと待て」
男は、ガサガサっと落ち葉を滑らせながら、2、3歩近づいてくると
あたしの背中を呼び止めた。
「…なんですか?」
「なぜのぞいていた」
「えっ?」
「さっきのぞいていただろ?」
彼はあごで、洞穴の入口をさしながらそう聞いてくる。
やばい…やっぱり見られてたんだ。
どうしよう…
なんて言おうかな…。
でも、例え何かうまいことを言ったとしても、今さら言い訳にしか聞こえなそうで、
ここは黙ってうつむくと、あたしの方へ一歩ずつ近づいてくる彼の気配を感じる。
こ、怖い…。
まさか、殴られたりとか、しないよね!?
目の前まで来た彼の影を感じて、思わずギュッと瞳を強く閉じたその時、
突然彼は、ドンっと、あたしの肩に、大きな手を乗せてきた。
えぇっ!?
やだ…なに?
彼はその手を、強く押し付けるように
ぐっと肩に力を入れて
あたしを無理やり地面に座らせた。
「ちょっと…なにすん…」
「静かにしろ!!」
小声&早口でそう言いながら、
険しい表情で、目を細めながら辺りを見渡すと、
彼もあたしの目の前にゆっくりと腰を下ろした。
何がなんだかわからないまま、
言われたとおり
黙って座り込んでいたら、
だんだんと遠くの方から、
ボソボソ何か音が聞こえてくる。
その音にじっと耳を澄ませていると…
――確かに…
聞こえてくる。
人の…話し声!?
それも数人…。
所々にあたしたちの方へ
近づいて来てるのだろうか。
突然、パッとあたしの腕を掴んだ彼は
「死にたくなければ一緒に来い…」
それだけ言うと低くしたその姿勢のまま
聞こえてきた声とは逆の方向へ向かって
ゆっくりと忍ばせるように足を進めた。




