忘れない
カンナside
あれから若様とは、“帰る” “帰らない”の話しはしていない。
中庭で何度かルリと若様の姿を見た。
何も変わらない。
この世界にきて、ずっと望んでいたように。
あたしは元の世界に帰る。
ただそれだけ。
この世界のこと、今さらよくわかったんだ。
愛とか、恋とか、好きだの愛してるだの、
誰もがそんなことを言い合える世の中じゃないんだ…って。
キトがあたしを嫌う理由。
それはあたしと若様の身分が違うから。
あたしを正妃にしたって彼にはなんの得にもならない。
もっと大きな後ろ盾がいるような…
そう…朱雀の皇女みたいな人を正妃にするのが、やっぱり一番なんだ。
ようやくそれを、若様もわかったのね。
目が覚めてくれて…よかった。
だから…
これで、よかったんだ。
あたしが元の世界に帰る日まで、
残された時間は、あと10日。
若様たちも、決戦の日が近いのかも知れない。
もし青龍に負ければ、全員その先に待っているのは…死。
組織の社員たちは、1日だけ家族に会いに行く機会が与えられた。
その日、あたしもヒナタのおじいさんに別れを告げるため、白森村へと向かっていた。
「じゃぁ〜。あとでね」
モアも久々にお母さんに会いに流白村へと向かった。
モアside
若様のおかげで、廃虚だった村は、ずいぶんと活気を取り戻してきていた。
骨と皮だった村の女たちも、体力を取り戻して、働けるまでになっている。
お父さんたちは、まだ村に来てないのかな?
あたいが家につくと、母さんは手料理を用意してくれていた。
「ほんとにありがたいことだよ。あのお方のおかげで」
戦争の日はきっと近い。
たった数百の人数で皇帝に立ち向かわなければいけないなんて。
勝率は…少ないだろう。
だから、もし、組織が負ければ…。
お父さんも…。
「モア?どうしたの?久しぶりに会ったのに浮かない顔して」
やっと元気になって、笑顔も見れるようになってきた母さん。
そんな母さんには言えない。
お父さんやあたいが死ぬかもしれない…なんて…。
「会えてよかった。じゃぁあたいは戻るから」
「モア‼︎気をつけて帰るのよ。あっ!それと…最近、村の東の方が物騒だわ。気をつけなさい」
「わかった。ありがと、母さん」
流白村を出ると、あたいはカンナたちとの待ち合わせ場所に向かった。
カンナたち…もう来てるかな?
そんな事を思いながら歩いていると、
少し先の方で、なんだか人相の悪い男たちが固まっているのが見える。
“東の方が物騒だわ”
ふいに思い出した母さんの言葉。
でも、一本道だし…。
ここを通らなければ帰れない。
さっさと通りすぎよう。
その人たちの真横を通りながら、
そっちを見ないように、下を向いて早足で歩いていると、
……ガシャーン‼︎
突然、大きな物音が響いた。
「おい‼︎丁寧に扱えよ‼︎馬鹿やろう‼︎」
「手が滑っちまったんだよ‼︎」
「早く拾い集めろ‼︎」
何かを落としたのか、
そいつらは、仲間同士で言い争ってる。
地面に視線を落とすと、
あたいの足元まで転がってきた物体。
木の…棒?
なんだろう…これ…。
始めて目にするその物を
じっと凝視してしまっていたら、
一人の男が、それを拾いにあたいの方へと近づいてくる。
やだ…怖い…どうしよう。
俯いて先を歩いて行くと、いきなりパッと掴まれた腕。
「見たのか?」
「えっ?」
思わず、得体の知らないその物体に、
もう一度、視線を落としてしまう。
「連れてけ」
「いや!やめて!離して!」
ヒナタside
「ねぇ?モア遅くない?」
カンナは辺りをキョロキョロ見回しながらモアの姿を探していた。
白森村と流白村の中間で待ち合わせをしていたあたいたち。
もう、21時を過ぎてる。
確かに遅すぎる。
「ちょっと見てくるから」
カンナにそう伝えて流白村の方へ向かうものの、モアの姿は一向に見えない。
流白村の近くまでくると、地面に着地した。
もう少し行ったら流白村なんだけどな…。
ん…?
こんなとこに倉庫なんかあったっけ。
大きな建物を見上げていたら、
うわぁっ‼︎
足が何かにつまずいた。
なんだろう…これ。
何かの道具かな?
それにしても、モアはまだこない。
すると、遠くから何人かの人がこっちに向かってくる。
あれは…流白村の…。
モアのお父さんだ。
「ヒナタ…今から帰るのか?」
「はい。あれ?モアは?」
「モア?いや、一緒ではないけど、村にもいなかったが…お前たちと合流するんじゃなかったのか?」
「はい。待ってもこないので迎えにきました」
お父さんは、眉間にシワを寄せ、瞬きを繰り返す。
「ひとまず組織に帰ろう」
「はい」
あたいは、カンナを連れて屋敷に戻った。
カンナside
モア…一体どこで何してるの?
もう23時を過ぎてる。
「いくらなんでも遅すぎる。探してくる」
そう言って、キトが広間を飛びだして行こうとした、
その時…
「申し上げます…たった今…屋敷の前に大ケガをしてる女が倒れていると…」
「えっ?」
ゾクっと背筋が凍った。
まさか…まさか…そんなわけない。
そんなわけないよ。
あたしたちは、急いで屋敷の門に向かった。
そこには、
「モア‼︎」
うそでしょ…?
「モ、モア!!!!」
「…どうして?どうしてこんなことにっ…!!いやぁ!!モア!!モア!!」
あたしは、血まみれになってるモアの体を抱きしめた。
うそだよね…。
こんなことって…。
なんでよ‼︎
誰にやられたの?
「モア!!しっかりして!!」
「カンナ…」
薄く開いた瞳から、あたしを見上げるモア。
傷が酷い。
体中、血まみれで。
「今、医師が来ますから!!」
「カンナ…」
モアは、蚊の鳴くような小さな声を懸命に出してあたしを呼んでいた。
「玄武の…たくらんでいることが…わかったわ」
「えっ?」
玄武?
たくらんでるって…何を?
「あ、あいつらは…」
閉じかけそうなモアの瞳が、ゆっくりとゆっくりと瞬きを繰り返してる。
一度ノドに詰まった息を吐きだそうとしたモアの口からは、
ドバッと血の塊が流れ出てきた。
うそでしょ!!
どうしよう、どうしよう。
「モア…もういいよ…何も言わないで!!傷口が広がっちゃうから!!」
小さく小刻みに首を振ったモアは、ギュッとあたしの腕を掴む。
「あたいは…もう…ダメみたいね…」
「いやだ!!そんなこと言わないで!!」
「よく聞くのよ…カンナ。鏡を…探したらいけないわ…」
「えっ?鏡?」
「あんたに傷ついてほしく…ない…」
「何?なんの話しをしてるの?」
かすれた声で、一生懸命言葉にしようと、あたしに訴えてくるモア。
「あ、あいつはね‼︎ カンナの世界の…」
懸命に声を振り絞りながら、
でも“あぁ~”っと無念を残すような浅い息と共に、
ヌルリとあたしの腕から滑り落ちていった指先。
「モア?モア!!」
ぐらぐらと揺らすままに動くモアの体。
いやっ!!
うそでしょ?
「モア…?モア…?」
そんなわけ…ないよね?
「いやだ!モア? モアァ!!!!!」




