さよならの前に
ザザっと砂を滑らすような音が、背後から聞こえて、
振り向くと、
あたしの後ろに立っていたキトは、
ボーっと一点を見つめながら、
「火葬して葬ってやれ…」
「かしこまりました」
そう一言、告げて去って行った。
その夜…あたしは
いつ…眠りについたのだろうか。
“カンナ…カンナ…”
遠くであたしを呼ぶ声。
その声は…
“…モア?”
“カンナ…もう泣かないで。あたいはさ、食べ物を盗んだあの日、処刑されて死ぬ運命だったんだ…でも、カンナが助けてくれた”
“モア…”
“あたいを助けてくれてありがとう。村を救ってくれてありがと。
ずっと一緒にいたかった。
でも、短い間だったけど、カンナとヒナタと、姉妹になれた気がして嬉しかったんだ。
だから…もう泣かないで?泣いちゃだめだよ?”
“いやだ…モア…戻ってきて”
“さよなら…カンナ…さよなら…”
またモアの夢を見た。
朝起きたら枕が濡れている。
そんな日が続いた。
「もう…早く帰りたい…」
モアが死んでから数日。
あたしとヒナタは何もやる気が起きなくて、部屋でぼーっとする日々を過ごしていた。
「モアもいなくなって、3日後にはカンナも消えるなんて…あたい、どうしよう」
ベッドの上で呟いてるヒナタ。
そんな中、コンコンとドアをノックする音と共に、扉が開く。
「若様がお呼びだ。大広間に」
シュンの言葉にあたしたちは、ベッドから起き上がると大広間に向かった。
数日ぶりに会ったモアのお父さんとキトは、げっそり痩せたようにも見える。
「今は、悲しんでいる場合じゃない」
そう呟いて、前に立つ若様に視線を向けたお父さん。
そうだ…。
この屋敷にいる人全員、やりとげなきゃいけないことがある。
あたしとヒナタは、コクリと小さく頷いた。
大広間に集められた全社員たち。
ぐるっとみんなを見回した若様は、ゆっくりと口を開く。
「決行は明後日だ」
その言葉を聞いても、驚いたり、動揺したりする人は誰一人としていない。
全員がまっすぐ若様を見つめる。
「我々の数はざっと五百。まともに向かって勝てる相手ではない」
はっきりそう言いきった若様の言葉に、社員たちは少しうつむいた。
たったの5百人…。
やっぱり、厳しい戦いなんだ。
「だが当然、戦略はある。シュン説明を…」
「はい…」
みんなの前に出たシュンは作戦を話し始めた。
「俺たちが勝てる可能性のある日は、あさってしかない。
あさっては、白虎で魔力大会が開かれる。
皆も知ってると思うが、4年に1度の大きな大会だ。
大会に備え、宮殿の警備も手薄になり、何よりリシル陛下も白虎の地へと移動する。
そこを狙うんだ。
陛下のいない宮殿を内側から攻め落とす」
シュンの話しにみんなコクコクと頷いていた。
「我々の目的はただ一つ。若様を皇帝にすることだ」
シュンのその言葉を最後に、組織の社員は全員、若様の前にひざまづいた。
いよいよ、戦いが始まる。
モア、一緒に戦おう。
あたしには、何ができるかな。
なんでもいいから、役に立ちたい。
話し合いが終わると、若様とキト、それにシュンとあたしたちは応接間に向かった。
テーブルの上に大きく広げられた紙。
そこに宮殿の配置を書くと若様たちに説明をした。
「結局、抜け道とかは調べられなかった」
そう言ったあたしに、
「いや、これだけわかれば十分だ」
久々に優しい笑顔をあたしに見せてくれた若様。
モアのことがあったせいか、
若様の笑顔には、だいぶ心が救われる。
「だが問題が一つある。大会が終わるのが14時…。宮殿を落とすには時間が無さ過ぎる」
そう呟いて、険しい表情を見せる若様。
「確かに…。陛下が宮殿に戻らぬよう、誰かが足止めをしなくては…」
キトもシュンも腕を組み眉間にシワを寄せていた。
陛下を足止め…?
宮殿に戻らないように…。
なら…。
「それ、あたしが…やるよ」
ボソッと答えると、何を言ってるんだ‼︎とでもいう表情であたしを見てくるみんな。
「宮殿に陛下が帰らなければいいんでしょ?なら、あたしが足止めしておく。あたしは、陛下と何度か話しをしたこともあるし、うまくやれると思う」
あたしは魔力が使えないし、だから、一緒に戦うことはできない。
でも、陛下を足止めすることなら、できる気がする。
あたしに、やらせてほしい。
「できるとは思えない」
「えっ…?ど…して?」
「お前が引き留め、その後宮殿に戻ったリシルは、捕われるのだぞ?」
好きだった蓮と顔が同じって話したから…。
だから若様は、あたしが陛下にためらってしまうと思っているの?
「それが、お前にできるか?」
蓮と顔が同じだからとか、そんな同情はもうしない。
あの人たちは、若様の人生をぐちゃぐちゃにした人。
若様のお母さんまで殺して皇帝になった。
その座を引きずり降ろしてやりたい。
「できるよ…。あたしもここにいるみんなと同じ。若様には絶対皇帝になってほしいから…大丈夫…組織の最後の仕事…ちゃんとやる」
鋭い眼差しであたしを見据えていた若様は、真剣な表情で、ゆっくりと首を縦に振った。
「わかった…なら頼んだぞ」
「うん…」
「ヒナタは白虎に残り、魔力大会に出場しろ」
「はい」
「そのあとは…カンナの見送りをしてやれ…」
「えっ?あっ…はい」
見送り…。
あっ…そうか…。
今月の13日はいざよい…。
あさっては、いざよいなんだ。
3日間、よく眠れなかった。
ついに、決戦の日。
そして、いざよいの日。
早朝、あたしが若様の部屋を訪ねたら、
「待っていたぞ」
あたしが来ることを悟っていたかのように、若様はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「若様…元気でね…」
あたしがそう言うと、ただコクリと頷く。
「それに鏡も一緒に消えてしまうと思う。…お母様の形見なのに…ごめんなさい」
「今まで、ただ鏡にすがりついていただけだ。その鏡があれば皇帝になれると信じていた。だが、もう私に鏡は必要ない。自らの力で王位を奪う」
一つ未練なのは、若様が皇帝になった姿が見れないことかな…
どうしてよりによって、
今日がいざよいなんだろう…。
「今まで、ありがと…」
「礼はいらない」
「それにあたしね…すごく…幸せだったよ」
目を閉じると、1年の前のことが鮮明に浮かんでくる。
初めて若様に会ったときは、
殺されるかと思った。
なのにいきなりキスされて、
最低な男だって思った。
この組織に関わって、
一緒にいることが居心地いいと思えてきて、
そばにいることが当たり前のように感じていた。
若様の悲しい瞳に、
寂しそうな眼差しに、
どうしたらいいのかわからなかった。
笑顔を引き出したいって思ってた。
そして、その笑顔が見れたとき、
胸がドキドキ高鳴って、
いつの間にか、優しいその心に、
惹かれていた。
「この世界に来て、若様に出会えたこと…本当によかった」
最後ぐらい笑顔でいたいと微笑んだあたしに、
返してくれるかのように、若様も笑顔を返してくれた。
これで最後。
この人の顔を見るのも、
言葉を交わすのも…
これが最後。
「カンナ…」
「ん?」
頭上から呼ばれて若様を見上げると、ふいに重なってきた唇。
若様は、ぎゅっと力強くあたしの体を抱きしめた。
このキスがどういうキスなのかわからない。
若様が好きで仕方ないあたしに同情して、
最後の餞別をくれたのだろうか。
あたしがもう一度若様の唇に近づくと、何度も答えてくれたキス。
そして、すーっと離れていった体温に、ポタポタと涙がこぼれ落ちていく。
ありがと…若様。
「今日、リシルを引きとめる役目…頼んだぞ…」
「うん…」
「あっちへ戻っても元気で暮らせ」
「うん」
あたしは、部屋を出ると廊下を全力で走った。
もう何も考えたくないから。
ただひたすら走った。
自分の部屋までたどり着いて、
走る足を止めると、その場に崩れ落ちていく体。
「…うぅっ…」
片手で口元を強く押さえながら、
声を殺して思いっきり泣いた。
カイリside
平常心を装い、カンナを見送った。
なのに、心外にも溢れてくる涙。
もし、私が皇太子でなければ、
もし、お前が白虎の皇女でなければ、
私たちは、ずっと寄り添うことができたであろうか。
お前を手放すこと、私が喜んでしたと思わないでくれ。
簡単に決めたと思うな。
明日から、もうお前に会うことができないと思うと、胸が苦しくて辛い。
カンナ…
私は、お前を生涯愛し続ける。




