甘い誘惑
屋敷に帰ってきてからというものの。
…何日も…何日も…
あたしが、部屋で1人になるたびに、
それを見計らったように訪ねてくる若様。
「ねぇ?なんか用?なんで最近あたしの周りをうろうろするの?」
「来月には元の世界に帰るのだろ?だから、それまでの時間を惜しんでるだけだ」
「なにそれ…」
「少しでもお前のそばにいたい」
若様…やめてよ。
もう、これ以上あたしを惑わさないで。
1ヶ月の間に、気分を帰る方向へと持ってってるんだから。
そんなこと言われたら、ほんとに帰りたくなくなるじゃない。
「若様だって暇じゃないでしょ?あたし、疲れたからもう寝たいよ…ヒナタたちもそろそろ帰ってくるし」
若様は、小さくため息をつくと、
背中を丸めて立ち上がり、俯きながらドアに向かって行く…
と思ったら、突然、パッと振り返って、あたしを睨みつけてきた。
「なぜだ‼︎」
その大声に、ビクっと肩が震えたあたし。
「もう‼︎今度は何?」
「なぜお前は、平気な顔で、元の世界に好きな男がいると言い、弟には心奪われそうだったといい、私には一度もなびかない‼︎」
「えっ?」
「私のこの胸のモヤモヤとする気持ちが…お前にわかるか‼︎」
そんなこと言われても。
それに、蓮と陛下は…。
「若様に言おうと思ってたんだけどね、陛下と向こうの世界で好きだった人が…同じ顔だったの…」
「……同じ顔?」
「そう。だから、びっくりして困惑しちゃっただけ。別に陛下を好きになったわけじゃないよ」
そう言ったあたしを、若様は真剣な表情でじっと見つめてくる。
「なら、今お前の心にいるのは、誰だ?」
「えっ?」
あたしの…心にいる人?
それは…。
何も言えなくて、あたしは俯くことしかできない。
「カンナ…お前が好きだ」
若様…。
若様から初めて言われた“好き”って言葉。
素直に嬉しかった。
嬉しくて涙が溢れてきそうだった。
帰りたくない。
一生、この世界で暮らしてもいい?
そう口にしてしまいそうだった。
だけど、言えない。
若様が皇帝になるには、あたしの存在は邪魔でしかないのはわかってるから。
15年前の戦争で、辛い想いをしてる人たちのためにも、
この人は、絶対に皇帝にならなきゃいけない。
「若様…。あたしも…若様が好きだよ」
「そうか…よかった。カンナ…おいで」
若様は、笑顔であたしの前に手を差し出す。
「でも…ごめんなさい」
「……?」
「この間も言ったけど、あたしは早くおばあちゃんやユリに会いたいし、元の世界を捨てて、一生この世界で生きる覚悟なんて…とてもじゃないけどできない。
それに、そこまでするほど、若様を好きじゃない」
「素直じゃないな。それとも、また朱雀の皇女に嫉妬でもしているのか?」
「そんなんじゃないよ!」
若様の言葉を被せるように、怒鳴ってしまったあたしに、
若様の表情はすーっと暗くなった。
そして、厳しい顔に変わる。
「そうか…わかった。カンナの言いたいことは理解した」
聞き分けのいい若様に
“わかってくれて…ありがとう”と心の中でつぶやいてみる。
「だが、私は…お前を手離すつもりはない」
「えっ?」
「“そこまで好きじゃない”だと?
はっきり言ってくれたものだ。
いいだろう。お前が“好きじゃない。帰る”といい張るのなら、ずっとその気持ちを貫け。私から何を言われようとも、なびかずに貫け」
な、なによそれ…。
「もちろん貫くよ。あたしはこれ以上若様になびいたりしないし、本気になったりもしない」
目を見て、はっきり言葉にしたあたしに、くくっとバカにしたように苦笑してる若様。
「どこまで耐えられるか楽しみだな。私は、これからも遠慮なくお前を口説く。そして、帰りたくなくなるほど、私に夢中にさせてみせる」
「なんて言われようとあたしの気持ちは変わらない。若様からの誘惑にも耐えられる」
“耐えられる…なるほど…”
そう呟いて、あたしに鋭い眼差しを向けてくる若様。
「なら、さっそく耐えろ」
「えっ?」
どういう…意味?
若様が、すーっと手で空中を仰ぐ仕草をすると、突然、風があたしを包みこむ。
その瞬間、なぜか勝手に動き出したあたしの体は、若様の胸へと吸い寄せられていた。
なんの抵抗もできずに、若様の胸の中で収まってるあたしの体。
なんで?
体が…動かない。
「カンナ…好きだよ。…お前は?」
「……」
……っ‼︎
ドクドクなる胸の音が聞こえてしまいそうだった。
思わず目を泳がせてしまったあたしを見てか、若様はゆっくりと唇を重ねてくる。
無理やりされてるキスに、やめて!と思いながらも、
優しいそのキスには、愛がいっぱい込められてる気がして、
ずっといつまでもしていたい…そう思えるほど気持ちいいキスだった。
魔力が消えて、やっと自由になったあたしの体。
だけど、唇を離すと、なぜか目を細めながら、意地悪く苦笑している若様。
「とっくに魔力は解消しているはずだが…」
えっ?
その言葉を聞いて、思わず赤面してしまったあたし。
「若様!な、なんでこんなことするのよ」
「その答えは簡単だ。お前が好きだからだ。口説かれても耐えてみせるんだろ?これからもその調子でがんばれ」
若様は、あたしの頭をよしよし!って撫でると、部屋を出て行く。
な、な、なんなのよ…。
必死で元の世界に帰らなきゃって言い聞かせてるのに。
お願いだからやめてよ。
本気になったら、お互い帰る日が辛いだけだもん。
一生会えなくなるなんて、そっちの方が耐えられない。
“この空間に生きること自体、間違いなんじゃないの?”
そうよ‼︎
ルリの言ってることは正しいから。
だから、本気になったりなんかしたら、ダメなんだ。




