記憶喪失
それからどれくらい歩いただろうか…。
聞こえてくるのは、
獣か、虫か、それとも鳥か…。
奇妙な鳴き声。
見えるのは、10メートルはあるのではないかと思うほどの、細高い木々ばかり。
だけど、急だった斜面も、だんだんとその道は緩やかになってきて、
この森からもようやく出られそうな雰囲気を感じる。
「寒っ…」
身を縮めながら、口元に当てた両手へ、
ふーっと息をふきかけた。
そろそろ寒さの限界を感じて、早歩きが小走りに変わったとき、
ん?
あれは…もしかして。
明かり?
まだまだ遠いいけど、
一つ二つの明かりが見える。
やった…。
もしかして…助かった!?
家の明かりかな?
あたしは、その光ただ一点を目指して
ひたすら走り続けた。
「ハァ…ハァ…」
冷たい空気に喉が痛い。
一度ゴクリとツバを飲みこんで、その喉を潤すと、また希望の光を目指して、ただただ走り続けた。
だんだんとはっきりしてくる光は、
所々にその数を増やしていって、いつの間にかたどり着いたそこは、
住宅街とは言いがたいが、数軒の家がポツポツと立ち並んでいる。
だけど、そこは何かがおかしい。
こんな家の造りは見たことがない。
まるで、時代劇の撮影セットの中へ入りこんだかのような。
辺りを見回しながら、ゆっくりと足を進める。
平屋で、かわら式の屋根。
明かりが漏れてる家は、
まだ住人が起きているのだろうか。
助けを求めようと、
明かりが灯っている家に近づいて、門がどこにあるのかキョロキョロしていると
「誰?」
「えっ?」
ガラガラっと窓ガラスが開いて中から顔を出した少女。
窓ガラス?
出てきた彼女より、時代劇風な家なのに、窓ガラスがついていたことの方が驚いた。
よく見れば確かに他の家にも付いてる。
「こんな時間にどうしたの?」
「あの…あたしは……家を探してて…」
「えっ!?」
「道に迷ってしまったみたいなんです」
「本当に!?それは大変。ちょっと待っててね!!おじーちゃーん!!」
“ちょっと待って”と言ってくれた彼女に感謝して遠慮なく待たせてもらっていると、
ガチャっと開いたドアからおじいさんと、さっきの少女が出てきた。
「夜中にすみません…」
「いいんじゃよ。道に迷ったとか…」
「…はい」
「とりあえず寒いでしょ?入って!!」
「あ、ありがとう…ございます」
とても親切な人たちだ。
少女の歳はあたしと同じくらいだろう。
靴のままスタスタ部屋の中に入っていった彼女に、海外式か?と思い、
とりあえずあたしも、靴を脱がずに彼女について行った。
部屋を見渡すと、近代らしきものが何もない。
だけど上に視線を移したら、
あれ?
電気がついてる…。
あべこべな風景に困惑していると “座って”と促されて椅子に腰掛けたあたし。
「で?家はどこなの?」
「神奈川県…です」
「…?…かにゃがわ?…
それってどこ?…聞いた事ないわね…」
えっ?
聞いたことがない?
どうして?
神奈川県を知らないの?
「あの…ここはどこ?」
「ここは白森だけど?」
「……?」
白森…
どこかの県の地名だろうか
「…おさめている四神は白虎よ…」
えっ?
今、なんて言った?
思わず息の吸い方もわからなくなるほど、頭が混乱してくる。
四神?白虎?
なにそれ…。
「ねぇ!!おじいちゃん?その地名聞いたことある?」
「ん~。そうじゃのぉ…。大昔は、ここ白森を上無川と呼んでいたそうじゃが。
そんで、上無川におった日本武尊という男が持っていた草薙剣が金色に光ったことから、ここを“金川”と呼んだときもあったそうじゃ。
そなたが言ってるのはその金川かね?」
「……わ、わかりません」
正直、おじいさんが何の話をしているのかすらわかりません。
でもわかる言葉もあった…
やまとたけるのみこと…って聞いたことがある気がする。
それに草薙剣も…
小さいころ読んだ
“やまたのおろち”の本に出てきた。
やまたのおろちを退治したとき、尾の中から出てきた剣が確か“くさなぎのつるぎ”だったはず。
でも、それもどれも全部、古代の話。
一体ここは、どこなの?
ものすごく、嫌な予感がする。
…めちゃくちゃ怖くて、
本当は聞きたくないけど、
ゴクリとツバをおおげさに飲み込むと
「あの…ここは…なんという国ですか?」
そう聞いたあたしを見て、彼女とおじいさんは首をかしげながら顔を見合わせている。
「…日本に…決まってるじゃない」
“頭、大丈夫?”と言うかのように、眉間にシワを寄せて心配そうな表情を見せた彼女。
そ、そっか…よかった。
とりあえず日本で…よかった。
でも、問題はそこじゃないのよ。
この人たちの服装…。
着物でもない…
だけど、洋装ってわけでもない…。
チャイナ服でもないし…。
上半身はワイン色の着物のような襟に、
腰よりもずっと上、
胸の下あたりで結ばれてる太い帯。
そこから下は広がりすぎず細すぎずの…黒の…ロングスカート。
あきらかに、現代の人じゃないのは、
あたしにもわかる。
まさか、過去にタイムスリップ…
したとか?
あははっ…思わず笑いすらこみ上げてくる。
とにかく冷静さを見失わないようにしなくちゃ、
こんなのちょっと気をゆるめたら、びっくりしすぎていつ気絶してもおかしくない状況。
よし!!
…聞くぞ!!聞いてやる!!
「あの…今年は、何年…?」
「あなた…そうとう頭でも打ったらしいわね。今年は20XX年に決まってるでしょ?」
ぎゅっと目をつぶって答えを待っていた私の耳に届いたのは、想像よりはるかに驚かされたその言葉。
ちょっと待って…。
そんなバカな。
逆にタイムスリップの方がまだ正気でいられたかもしれない。
だって、20XX年って今年。
なんの…冗談?
「えっと今日は、9月16日…今、0時55分よ?」
9月16日…?って
確かにあたしの誕生日。
誕生日おめでとうって鏡につぶやいてたら、急に強い光に包まれてて、
森をさまよっていたけど、たぶん1時間くらいだった気がする。
だとしたら時間も同じ?
何がなんなの?
えっ?
もしかして、
あたしがおかしいの?
ここは日本で、
日付けも時間も同じで、
なのに、白森だとか、白虎だとか
聞いたこともないし、
それに建物だって、服装だって、
全然見たことないのに。
「あなたの名前は?」
「カンナ…」
「カンナね。あたいはヒナタよ。だけどカンナはちゃんと名前だけは覚えてるみたいね?」
えっ?
あぁ…そうか…
そういうことだったんだ。
やっとわかった。
もしかしてあたしは、さっきのあの強い光に脳がやられて、おまけに地面へ体を叩きつけられたせいで
記憶喪失になってしまったのかもしれない。
蓮やユリや
おばあちゃんの記憶、
それに毎日生活していた記憶はあるのに、ここがどこかすら思い出せない。
そうだ‼︎きっと記憶喪失だ。
そう思う他考えられない。
「実はあまり記憶がなくて…いろいろ教えてもらえる?」
「うん!!あたいでよければ力になるわ」
「あ、ありがと…」
「とりあえず今日は休んだら?」
「あの…ここに泊まらせてもらってもいいの?」
「もちろん!!ゆっくり休んで」
ヒナタと名乗ったその彼女は、とても親切で、あたしの寝床を用意してくれると
“自分は隣の部屋で寝てるからいつでも声をかけて”そう言って部屋へ戻っていった。
あたしは、
本当に記憶喪失になってしまったんだろうか。
それとも悪い夢でも見ているのだろうか。
もし夢ならば、
目が覚めたら元の生活に戻っていますように…
そんな思いで、瞳を閉じた。




