忍びこんだ遊郭
カンナside
「いらっしゃいませ~!!」
「そこのお嬢さん!!うちで遊んで行かない?」
夜空に何色ものネオンが輝く繁華街。
白楽の城下町とは少し違う、居酒屋や風俗店が並ぶ街並み。
こんな世界を初めて見るであろうモアは、あたしの腕に力いっぱいしがみつきながら、キョロキョロと当たりを見渡していた。
「この街に唯一あるのが男遊郭、“蛍”っていう店よ」
ヒナタを先頭に、その“蛍”までたどり着くと、店の前には、イケメンのお兄さん2人がこちらを見てニコッと会釈した。
うわっ…めっちゃかっこいい…。
思わずその美形に顔がにやける。
「あの~。あたいたち、あまり手持ちがないんだけど、遊んでいける?」
「もちろんでございます…等級が選べますのでご心配なく。どうぞどうぞ中へ」
2人のイケメンにうながされ、店の中へ入ると、
「3名様でーす。いらっしゃいませ!!」
受付に出てきた店員さんは、大きな紙をパサッと目の前に広げた。
「こちらが等級表でございます」
等級表?
あたしたちの給料なんて小遣い程度にしかもらってないし、
ヒナタは、いくらくらい持ってるんだろう。
「あの…これ説明してもらえますか?」
財布の中身を心配して、恐る恐る店員さんに尋ねてみたあたし。
「はい。こちらの最低料金ですと、お酒をたしなむだけになります。そして次ですが、本番はできませんが体に触れ合うことができます」
へ?今、なんて言った?
体に…触れあう?
それを聞いてゲホゲホッと思わずむせた。
「3番目の級では陰間と一夜を共にできます。そして最後の級になりますと20倍の金銭で関係を持っていただくことができます」
なんなの?
ここって…一体、何のお店?
それに、20倍の料金って…。
もしかして、もの凄いイケメンがでてきたりするわけ?
「なんでそんなに…高いんですか?」
興味本位で尋ねると、ヒナタは横目で“知らないの?”って顔してあたしを見てくる。
きっとその理由を知らなかったであろうモアと、二人で顔を見合わせた。
「筆おろしよ」
そっと耳元でそう呟くヒナタ。
「えっ?なんだって?」
筆…おろし?
「その陰間は初体験なんだってば!!」
なっ…!!
も、もしかして童貞…ってこと?
だから20倍…。
じゃぁこのお店は…ホスト?
いや…それよりも…もっと…。
っていうか、そんなシステムを聞いたところで意味ないじゃない!!
うちらお金ないんだし、
そもそもヤラないんだから!!
「あの!!一番上のコースでいいです」
“コース” って言葉が伝わらなかったのか、首をかしげながら“こちらですか?”ってお酒のコースを指さした店員さん。
「そう!!それにあたしたち3人一緒でいいので、少しまけてもらえますか?」
「あぁ~。はい…かしこまりました」
あたしたちじゃ儲けにならないなと悟ったのか、店員さんはふてぶてしく苦笑した。
「あっ!!お兄さん!!それと、結構ここで長く働いてる陰間くんにしてくれる?」
そう言ったヒナタに、“はいはい”ってあしらう様にうなずく。
そして、時間が書かれた伝票を渡され、部屋に通されたあたしたち。
「シムズといいます。よろしくね」
部屋に入ると、自己紹介してきたのは、30歳前後と思われる陰間。
確かに、こういう店にしては歳もいってるし、ベテランの様なオーラが、もしかしたら何か情報がつかめるかもしれないと期待してしまう。
お互いの自己紹介も終わって、早く本題に入りたいところを、結局30分くらい、くだらない会話で過ごしてしまった。
でもこのままじゃ、
料金だけが加算されていく一方で、
あたしたち3人の5ヶ月分の給料に底がつきそうだ。
「あの~。ちょっと聞きたいんですけど、ここに通ってる女で、黒い髪の腰くらいまである女を見たことありませんか?」
そう尋ねたあたしをじっと直視していたシムズさんは、ふいに、スーッとグラスへ視線を移した。
「ここに女はたくさん通ってくるからね…一人ひとり覚えてないよ」
グラスに氷を入れながら、そっけなく呟く。
「ん~じゃぁ。何かを持ってきたとか…何かを盗んだ…とか言ってる女を知りません?」
「……」
本当に知らないのか、それともあたしたちを警戒して言わないだけか、
なかなか口を割ろうとしない。
でも、この街に男遊郭は一つだけ。
例の女がここに通っていることは間違いないと思うんだけど…。
「何が目的だい?」
「えっ?」
「金もないのに、こんなところにくるなんて。それに酒だってこの子しか飲んでないよ」
そう言って指差したほうを見ると、
いい感じに酔っ払ってるヒナタ。
ちょっ…!!
いつのまに!!
ってか、何飲みあびてんのよ!!
あんた未成年でしょーが。
それに飲みに来たんじゃないんだから!!
「シムズさ~ん!!そこまで感ずいてるなら、あたいたちにちょっとくらい情報流してよ~」
完全に出来上がってきてるヒナタは、
ピタッとシムズさんによりそった。
正直ヒナタは美人だ。
シムズさんだって、仕事とは言え、そんなヒナタによりそられたら悪い気はしないだろう。
「まぁ~あんたたち…悪い奴には見えないしね~」
「そうでしょぉ~?」
「知りたがってる情報になるかはわからないけど、ひと月前ほど、新しい陰間が入ってきてね。愛想も全くない奴なんだけど、なぜだか、同じ女がよく通ってきてるよ」
「その女、もしかして髪の毛が長い?」
「いや、その子は肩くらいまでの黒髪だよ」
肩くらいの黒髪?
「シムズさん!!貴重な情報ありがとうございます!!ヒナタ!!とりあえず今日のところは帰ろう」
「えぇえ~もう帰るの?」
…ヒナタ?
まだ飲みたい~!!ってだたをこねてる彼女。
ったく、こいつは!!
モアはあきれ顔でヒナタの手を引っ張ると立ち上がらせた。
「シムズさん!!またお邪魔するかもしれないけど、その時はよろしくお願いします」
「あぁ~いつでもおいで、あんたたちと飲めて楽しかったよ」
あたしたちはそのまま、
久しぶりにヒナタの実家に帰った。
おじいさんは、ヒナタを見てただ泣いてた。
無事でよかった…って言って。
そんなおじいさんを見て、
とてつもなく胸が痛い。
ヒナタには感謝しても足りない。
「ねぇ?どう思う?」
「新人の陰間くんと、黒髪の女?」
「新人で無愛想なのに固定客…か…。まぁ…怪しいっちゃ怪しいし、怪しくないって言ったら怪しくないね」
普通に誰でも答えれるような返答をしたヒナタは、家に帰ってもまだ飲んでる。
…この酔っ払い…。
「…たぶんだけど、その女、盗みに入った日以降に髪の毛…切ったんじゃないかな?」
「ありえるね…」
「でも、その短髪の女は1ヶ月も前から店に通ってるんでしょ?鏡が盗まれたのは2日前よ?」
じゃぁ…長い髪のカツラ?
3人のいろんな意見が飛び交う中、結局何もひらめかない。
これだけじゃ情報が少なすぎる。
鏡を盗んだのは、長い黒髪の女…。
遊郭に通っているのは、短髪の女…か。
ん~本当にその女が同一人物なのかなぁ。
短髪の女が、
鏡と関係あるとはまだ断言できないし。
ほんとに、
“ただの客”ってこともあり得る。
やっぱ、だめだ…。
もう少し調べてみないと。
それから3日後、あたしたちは、なけなしのお金を持って再び男遊郭に足を運んだ。
「あぁ!!カンナさん!!いらっしゃい!!
今ちょうど例の女が来てるよ?」
「えっ?本当?髪の短い女の人?」
「そうそう!!」
シムズさんの計らいのおかげで、あたしたちは客のフリをして店の中に入ることができた。
とりあえず今日は、どんな女なのか顔だけでも見ておきたい。
シムズさんから教えてもらった部屋の番号を探しながら、長い廊下を歩いていると、
「ねぇ…あれ見て…」
ヒナタはボソッと呟いた。
少し先の部屋から出てきた女。
彼女はうつむきながら、あたしたちの方へ向かって廊下を歩いてくる。
肩までの黒髪…。
部屋の位置からして、あの女に間違いない!!
「あの…すいません」
すれ違いざま、あたしが声をかけると、彼女はビクッと肩を動かした。
「は、はい…」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」
そう尋ねると、なぜか彼女は目をキョロキョロさせながら一歩ずつ後退していく。
そしてパッと振り返ると、突然逃げ出した。
「捕まえよう!!」
フワッと浮いたヒナタは、猛スピードで飛んで行って、彼女の腕を掴んだ。
ヒナタの武空の早さにびっくりしたのか、声もでないまま目をパチクリさせている。
そして彼女を床に押さえ込むと、
ヒナタは馬乗りになって動きを止めた。
「どうして逃げるの?」
小声で尋ねたヒナタに、彼女はじっと鋭い視線を崩さない。
何も答えようとしない彼女を、3人で見降ろした。
灰色の瞳…。
この人…朱雀だ。
「なにか言いなさいよ!!」
「そっちこそ、なんなの?」
「じゃぁ単刀直入に聞くけど、鏡を盗んだのはあんた?」
「えっ?鏡?なんのこと?」
「とぼけたって無駄よ!!情報は掴んでるんだから」
馬乗りになってるヒナタと、押さえつけられている彼女の間にバチバチと火花が飛んでいる。
しばらく睨みあいが続いた、
――そのとき…
「もうここへは来るな」
「どうしてよ!!鏡を盗み出せば、あたいをあんたの女にしてくれるって約束したじゃない」
えっ?
男と女の話し声。
どこから聞こえているの?
じっと耳を澄ますと、
聞こえてきたのは、すぐ隣の部屋。
ボソボソと廊下まで聞こえてくる小声にあたしたちは目を合わせた。
「陰間の言うことを真に受けたのか?」
「ひどい…あたいは組織に借金までしてここへ通ったというのに…」
組織に…借金?
それに鏡を盗むって…。
“その女は、うちで借り入れもしてる”
ふと思い出したシュンの言葉。
まさか…。
「結局あの鏡はなんだったの?」
「お前に答える必要はない」
「なによそれ…もういいわ勝手にして!!」
やばい…部屋から出てくる。
そう思った瞬間、フワッと浮いたあたしの体。
ヒナタはあたしを、さっきの彼女は、
モアを抱きかかえて天井近くまで飛んだ。
真下の障子がスーッと開いて、部屋から出てきた女を見降ろしていたあたしたち。
「髪が黒髪…それに腰までの長髪だわ」
モアが小声でそう呟く。
鏡を盗んだと言っていた。
間違いない。
屋敷に盗みに入ったのはあの女だ。
でも、もうあの女を追っても無駄な気がする。
きっと、今、鏡を持っているのは彼女じゃない。
今、そこの部屋にいる陰間。
あたしたちは静かに着地すると、急いで受付まで戻った。
「シムズさん!!あの部屋にいる陰間は何者?」
「何か情報を掴んだのかい?」
「ううん…詳しいことはわからないんだけど、あの男のこと、何か知らない?」
シムズさんは腕を組むと眉間にしわを寄せ険しい表情で首を横に振った。
「やめときな。あいつはやばいのに手を出してるからな…あんまり関わらないほうがいいぜ」
やばいのに手を出してるって、
一体何に?
何にしたって、きっと今は、あの陰間が鏡を所持しているに違いない。
問題は、どうやってあいつから奪い返すかだ。
あと少し…。
あと少しで鏡を取り戻せる。
だから、ここであきらめる訳にはいかない。
でもどうやって取り返せばいいのか…。
ここであいつが退店するのを待って跡をつけようか…。
それとも思い切って、今あの部屋に乗り込む…。
いや、そんな無謀なことはダメだ…。
もっと慎重に行動しないと。
結局あたしが思いついたアイディアなんてどれも成功する気がしなくて、行き詰まった思いで頭を抱え込んでいると、
カウンター越しに座っていたシムズさんは、はぁ~ってあたしの頭上でため息を漏らした。
「しょうがねーな。ここだけの話しだぜ?確かあいつ、明日は族同士の集まりがあるとか言ってたよ。なんでも鏡の祝賀会…だとか」
「えっ?鏡の…祝賀会…?」
「あぁ…だからその会に行けば、もしかすると、あんたたちの探している鏡があるかもしれないよ?」
祝賀会って、何を祝うの?
まさか、
鏡を手に入れたことを…祝う…。
もし本当にそうだとしたら、
きっとその会に鏡を持ってくるはず。
「ほらっ宴には女が必要だろ?あんたたちが本気で鏡を探してるっていうなら、俺が一肌脱いでその会に参加できるように手助けしてやろうか?」
「ほ、本当?」
「あぁ~だけど、そいつらはあんまり柄のいいやつらじゃないぜ?それでも行くか?」
鏡の手掛かりがある限り、
あたしに“行かない”なんて選択はない。
「うん!!行く。シムズさんお願い。あたしたちがその会に入れるようにしてくれる?」
「わかったよ!!じゃぁ明日の夕刻、また店に来な」
「ありがと…」
蛍を出て、あたしたちはまたヒナタの実家に帰った。
「あの…さっきは疑ったりしてごめんね。あたしはカンナ…あなたの名前は?」
「あたいはルリよ…」
肩までの黒髪をサラサラとなびかせ歩くルリ。
ヒナタも馬乗りになって襲ったことをわびて、あたしたちは和解した。
「あの店には1カ月くらい通っていたんでしょ?」
そうあたしが訪ねると驚いた表情を見せたルリ。
「そんなこと…よく知ってるわね」
「新人の陰間が気にいってたの?」
ひやかすようにおどけたヒナタとは対照的に、ルリは真剣な表情で首を横に振った。
「今、あたいの住んでる朱雀ではちょっとした問題があってね。それを追っていたらあの陰間にたどり着いたの」
「朱雀で…問題…?」
あの蛍って店は一体なんなの?
鏡を盗む男がいたり、
朱雀で問題起こす男がいたり、
変な男ばっか。
だけど、そういう人たちに出会うと、
本当にあたしは、この世界にきて出会えた人が、ヒナタやモアや若様でよかったって思う。
「そんなことより、明日は祝賀会に乗り込むんでしょ?あたいも一緒に行くわ!!」
「えっ?」
ルリのその言葉を聞いて思わず3人で顔を見合わせた。
「もしかしたら、あたいが追ってる男たちとつながりがあるかもしれないからさ」
ルリは一体何をさぐっているんだろう。
あんな遊郭にまで乗り込むなんて。
「明日…うまくいくかな…」
自信なくあたしがそう呟くと、
「大丈夫よ。宴が始まったら、飲ませて飲ませて、飲ませまくって、男たちをベロベロにしたら、隙を見て鏡を取り戻そう!!」
ヒナタはあたしの背中をポンと押す。
なんだか不思議…。
ヒナタが言うと、本当になんとでもなる気がして、心強い。
「じゃぁ今日はもう寝よう‼」
明日の戦いのために…。
無事、鏡を館に持って帰るために…。
あたしたちは、そんな思いの中、
床に入った。




