愛しく想う
若様…。
若様なら、きっといい皇帝になれるね。
宮殿にとどまっている王じゃない。
ずっと、自分の目で、自分の足で、この国を見てきた人だから。
こないだは、かたきのついでに王になるなんて言ってごめんなさい。
あたしが暮らしてきた国のように、内戦もない、
餓死する子供もいない…そんな日本を…創ってくれるはず。
モアも無事に帰ってきて、
結局、鏡の行方は振り出しに戻ってしまった。
みんながそれぞれに解散していき、
あたしも部屋に戻ろうと、
長い廊下を歩いていたら、
前に見つけた後ろ姿。
その後ろ姿は、なんだかとても寂しそうに見えて…。
遠ざかっていくその姿を、
じっと見つめていた。
元の世界に帰るには、
あたしも鏡が必要。
だけど、あの鏡は、
あの人にとっても大事なもの。
お母様の唯一の形見。
たぶんこの世界に鏡を持ってきたのは、あたしだろうけど、
だけど、何十年も探していた鏡が見つかって、
やっとお母様との繋がりが、できたところだったのに。
その心は顔には出さなくとも、
病んでいるはず…。
ボーっと立ち止まって、
その後ろ姿を見つめていたあたしは、
思わず彼の元へ駆け寄り、
追いついた大きな背中を、
迷うことなくぎゅっと抱きしめた。
歩くその足を止めて、ゆっくりと顔だけ後ろへ振り返った若様。
「カンナか…?」
コクリと、背中に当てた顔を動かすと、
両腕にぎゅっと力を込めた。
「若様…大丈夫だよ…。鏡…必ず見つかるから…」
若様は、胸に絡めていたあたしの手をほどくと、改めてこちらへ体を向けた。
そして、ポンっと優しくあたしの頭に乗ってきた大きな手。
「お前に心配されるとは。私はそんなに哀れな姿なのか?」
若様は静かにあたしの額に唇を当てると、
穏やかに微笑んで部屋へと戻っていく。
鏡…絶対、見つかるから…。
絶対に見つけてみせるから。
そんな悲しい顔しないでほしい。
そんな寂しそうな瞳をしないで。
若様のたまに見せる小さな笑顔が好きなの。
胸がドキドキして、目が離せなくなるほど惹かれてしまう。
だから、
いつも笑っていてほしい。
「それにしても、一体誰が鏡を…」
「そうね。この屋敷に女はあたいたちしかいないのに」
「長い黒髪の女…か」
次の日、廊下の床掃除をしながら雑談していたあたしたち。
鏡が盗まれたことも重要だけど、
盗んだやつの方が気になる。
この屋敷に忍び込むってことは、ここに鏡があることも、
もしかしたら鏡の秘密も知っているのかもしれない。
一体誰が、何の目的で…。
そんなことを考えていたら、
少し遠くの方で、何やらボソボソと話し声が聞こえる。
その声に耳を澄ますと、
「キトと…シュン?」
ヒナタの言葉にあたしたちは、
ゆっくりと彼らに近づいた。
「もし鏡が…あぁ~…そうだな…」
少し開いていた部屋の扉から聞こえてくる話し声。
「ん?鏡?よく聞こえない。なんの話しをしてるんだろう」
3人で、もっと扉に近づくと耳を傾けた。
「男遊郭に通っている女か…十分怪しいな」
「あぁ。それに最近うちの組織で借り入れもしてる。しかも長い黒髪の女だ。それにその女は盗賊とも繋がってるらしい」
「どちらにしろ遊郭で鏡の話しをしていたということは、たぶんそいつがクロだ」
「もう少し情報を集め、若様にお伝えしよう」
キトとシュンの会話を聞いて、
あたしたちは思わず顔を見合わせた。
そして、足音を殺しながらゆっくりとその場から後ずさりする。
速足でその場を離れ、あたしたちは一目散に自分の部屋へ帰った。
「ちょっと今の話し…何?…男遊郭だって?」
男…遊郭?
「ねぇ?何それ」
ヒナタにあたしが尋ねると、
モアも知らないのか、同じ様に首をかしげた。
「ん~。なんて説明すればいいか。とにかく女が遊びにいくところよ。行けばわかるわ」
「えっ?行く?今?」
相変わらず行動の早いヒナタに挙動しながらも、さっきのキトたちの会話を思い出した。
“遊郭で鏡の話しをしていたなら…”
鏡の話し…か。
確かに怪しい。
「ごめんね…鏡のためにいつも2人を巻き込んで…」
「今さら何言ってんのよ。これからは“ごめん”は無しよ。それに、キトたちじゃ調べるのは困難だしね」
「どうして?」
「だって客は女しかいないんだもの。それか、あいつら自身が、遊郭で陰間にでもなると思う?」
“無理ね”って鼻で笑ったヒナタは、鞄に荷物を詰め込んでる。
「昨日あんだけ言われたのに、勝手に屋敷を出たら、若様きっとブチ切れるだろうなぁ…」
ボソッと呟いたあたしに、モアは一枚の紙をあたしに手渡した。
「文でも残して差し上げたら?」
そうだね。
この世界も文字が一緒なのが救いだわ。
若様…絶対、鏡取り返してくるからね。
カイリSide
そろそろ昼食の時間か。
椅子によりかかり、
一度大きく伸びをして立ち上がると、食堂へと向かった。
「どういうことだ…」
「いや、まだわからない」
食堂の前までくると、何やらざわざわ騒いでいる社員たち。
「どうかしたのか?」
「あっ!! 若様…。実はまだ昼食の準備が…」
「そうか。構わない。急がなくてよいと伝えてくれ」
「そ、それが…」
1人の社員は、言葉を濁し眉間にシワを寄せている。
ん?何かあったのか?
「若様…!!」
ハァハァ息を切らしなが駆けつけてきたシュン。
「どうした」
「女3人が…姿をくらましました」
「なんだと?」
「若様へ、カンナから置き手紙が…」
シュンから紙を受け取り、中を開くと、お世辞でも上手とは言えない丸々とした文字がそこに並んでいた。
若様へ。
勝手に外へ出てごめんなさい。
でも必ず鏡を見つけて帰ってくるから。
だから許してね。
――かんな
「まさか…。今朝の話を聞かれてしまったのか…」
独り事のように呟いて、しまったというような顔をしているシュン。
「なんの話だ…」
「はい…まだ確かな話ではないのですが、男遊郭に鏡のことを聞きまわっていた怪しい女がいるとの情報が…。
その話を今朝、キトとしていたのです…。この手紙に“鏡を見つけ出す”と書いてあるということは、おそらくそこへ乗り込んだものと思われます」
「カンナが遊郭に乗り込んだと言うのか!!」
「お、憶測にすぎませんが、おそらく…」
「バカなっ…!!」
「若様?どちらへ!!」
「カンナを連れ戻しに行く」
「それはなりません!!」
突然私の目の前に現れ、
両手を広げて立ちふさがってくるキト。
「どけ!!キト!!」
「いえ、どきません」
「カンナたちは男遊郭がどのようなところか知らないのであろう」
「いいえ…それは当然知ってのこと。
その覚悟で行ってるものと思われます。
第一、遊郭に乗り込んだのは、カンナ自身が鏡を必要としているため。
あなた様のためではございません」
「そんなことは…わかっている」
“若様…大丈夫だよ…鏡、必ず見つかるから…”
昨夜…背中から伝わってきた柔らかな声。
言えばよかった。
私が…鏡を探し出してやると…。
そう伝えていればこんなことには…。
――カンナ
この気持ちはなんであろう。
こんなにも、あいつを愛しく思うとは。
「駄目だ!!このままにしておくわけにはいかない!!」
「絶対になりません。元々わたくしはカンナたちがこの屋敷にいることにも賛成できませんでした。
もう、あの者たちのことはほおっておくべきです」
「うるさい!!私は連れ戻しに行く!!」
「若様!!」
キトをどかして出口へ向おうとしたら、
グィっと腕を掴んで振り向かせられると…
バキっ…。
一瞬、目の前が真っ白になった。
「キト…!! 貴様!!」
「私は、若様をお守りするのが宿命でございます。私にもそれなりの覚悟と言うものがございます。
どうしてもここを通るとおっしゃるのならば、私を殺してから行ってください」
「わかった。いい覚悟だ。私はお前をやってでも、あいつを連れ戻しに行く」
互いに睨み合うこと数秒、
体中に魔力を集め、気を解放しようとしたそのとき、
「ちょっ!!お二方ともおやめください」
私たちの間に入ってきたシュン。
「シュンは黙っていろ」
「若様!! わたくしの話しをお聞きください!!…遊郭に通うほどカンナたちが金を持っているとは思えません。ここはひとまず、黒髪の女を探すよりも、陰間と手を組んでる盗賊を見つけ出し、そちらへ先に手を回すほうが懸命かと思われます」
「……」
シュンのその言葉を聞き、つい苛立っていた私もキトも、少しだけ冷静さを取り戻した。
こういうときは、キトよりもシュンの方が平静だ。
そして、つい感情的になってしまう私よりも頭が回る。
「っ…!!」
カンナ…どうか無事でいてくれ。
そう願い瞳を閉じた。
「わかった…そうしよう。だが時間をかけたくない。まずは3日以内にその盗賊を見つけ出すんだ」
「承知いたしました」




