雲隠れ
「若様!!若様~!!」
廊下を響き渡る大声。
そろそろ就寝だというのに、外が騒がしい。
何ごと?と思い、
パジャマのまま部屋から顔をのぞかせた。
しばらくすると、東の館から若様がこちらに向かって飛んでくる。
ふいに目が合ってしまい、
今更部屋に戻ることもできず固まってその場に立ち尽くしていると、
あたしの横を通り過ぎる際、
「3人とも大広間に来い!!」
「えっ?あっ…はい…」
それだけ言って大広間に向かっていく。
どうしたんだろう…あんな血相かえて。
「ヒナタ…大広間に行こう」
「何かあったの?」
「わかんない」
大広間に行くと、何百人という人が集まってる。
こんな集まりあたしたちが来てからは一度もなかったのに。
食堂でさえ、一度にこんな人数が顔を合わすのはめずらしい。
「単刀直入に言う」
若様がそう口を開くと、
シーンと静まり返った大広間。
あたしも思わずゴクリと唾を飲みこんだ。
そして皆の注目を集めている中、
若様はゆっくりと口を開いた。
「夕刻…鳳凰の鏡が盗まれた」
えっ?
…今、なんて?
鏡が…盗まれた?
「言い訳は十分に聞いてやる。または何か心当たりがある者は名乗りでろ」
若様の言葉を聞いて、ざわつきだした広場。
そんな…うそでしょ?
鳳凰の鏡がなくなったなんて…。
元の世界に帰れなくなる。
「そりゃ犯人は、一番鏡をほしがっているやつでしょう。犯人の心境を考えればすぐに見つかります」
なにそれ。
ちょっと待ってよキト…。
どうしてあたしを見ながら、
そんなこと言うの?
まさか、またあたしを疑ってるわけ?
ったく、いい加減なことばっか言わないでよ。
鏡がなくなって、一番迷惑するのがあたしだよ。
だけど、なぜかキトの言葉のあとすぐ、
あたしの周りには3人の兵士が逃げ場をなくすように囲んでくる。
なにこれ。
どういうつもり?
あたし…盗んでない。
この屋敷にいるのに盗むわけないじゃない!!
周りを見ると、社員たちもみなあたしを見ていて、もうすでに犯人扱い。
冗談じゃないわ。
「キト!!あ、あたしじゃないからね!!」
「ふんっ!!お前以外に誰がいる。この状況で言い逃れができると思うなよ?さっさとこいつを捕らえろ!!」
「はっ!!」
ちょっと待って!!
ふざけないでよ。
“次に若様と2人でいるところをみかけたら、お前を殺す”
まさか…。
ここであたしを犯人にしたてあげれば、
堂々とあたしを処分することができる。
そう考えてるの?
キトの声をきっかけに、いきなりあたしは1人の兵士に、ギュッと腕を掴まれた。
痛い!!
物凄い力で、振り払うこともできない。
「あたしじゃない!!お願い!!話しを聞いて」
これって…。
“お願いだからあたしの話しを聞いて!!”
一瞬デジャブったような感覚になった。
こんな状況になると、あのときのことを思い出す。
この館に来たばかりの時、
鳳凰の鏡を探していたあたしは、
若様の罠にひっかかって、こんな風に捕えられた。
池に落とされて…
水をためられて…。
あの悪夢が頭の中を蘇える。
怖い…。
怖いよ…。
あたし…本当に盗んでないのに。
グイッと体を引っ張られて、
前のめりになったあたしの体。
「痛っ!!やめてっ!!」
「おとなしくしろ!!」
今度は殴られるのかと思い、
ギュッと目をつぶった
――そのとき…
「勝手に触るなっ!!」
大広間中に響き渡った大声。
パッと顔をあげると、
あたしの横に立っていた若様は兵士を見降ろしている。
「その手を離せ」
その声に、兵士はサッと慌ててあたしの腕を離した。
解放されたと同時に、あっという間に大きな胸の中に引き寄せられていたあたしの体。
一瞬、大広間がシーンと静まり返る。
キトは目をまん丸くして、
あたしと若様に視線を向けていた。
「キト…証拠があがるまでは適当な発言は控えろ」
「も、申し訳…ございません」
若様…。
小走りで廊下をかけてきた一人の社員。
「ただいま、目撃者が参ります」
その言葉に若様は、小さくうなずいた。
ありがとう…若様。
今回は、あたしを信じてくれて…
ありがとう。
「若様…連れて参りました」
社員に促されて連れてこられたのは、
この屋敷の警備を担当してる2人の男。
「15時頃、女が倉庫から何かを抱えて出てくるのを見ました」
なっ‼
お、女…?
思わず、キトへ視線を移すと、
奴は勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべて
“よしっ‼”と言わんばかりに拳を握ってる。
チラッと若様を見上げたら、
ゆっくりと瞳を閉じた若様は、
「どのような女だ」
そう警備の人に訪ねた。
「どのような…と言われましても…もしかすると、その女を見れば、わかるかも知れません」
警備の人のその言葉を聞いて、
若様は無言のまま隣にいるあたしに視線を落とした。
それを彼らは察したのか、
「あっ…この方たちではありません。どこか雰囲気が違います」
そう口にした社員に、
ふーっと浅く長い安堵にも聞こえる、ため息をもらした若様。
でも、この屋敷には、
あたしたちしか女はいないのに。
「あれ?何かあったのですか?」
そんな中、集まりを知らなかったのだろうか、
今更ノコノコと広場にやってきたシュン。
「シュン!!遅いぞ!!大変なことになった。鏡が…盗まれたんだ‼」
そう説明したキトを見て、
一瞬で顔を険しくしたシュンは、
ハッとした表情で口を開いた。
「そ、そういえば…」
「どした…」
「昼過ぎに…倉庫の鍵を貸した…」
「な、なんだと!?誰に…貸したんだよ!!」
キトとシュンの会話に、
広場にいるみんなの注目が集まる。
だけど、それっきり全く口を開かなくなったシュン。
眉間にしわを寄せ、
何かを考えながら、首をかしげている。
「なんだよ‼どうしたシュン‼言えよ‼誰に貸したんだよ‼」
「そ、それは…」
まるでその先は言いたくない…
ともとれる彼の表情。
「シュン…誰に貸した」
でも、さすがに若様の言葉には
「は、はい…」
仕方ないと言うかのように、
一度、深く重たい瞬きをしたシュンは、ゆっくりと口を開いた。
「モアに…貸しました」
えっ?
モ、モア?
モアにカギを貸したの?
「それは本当か…?」
若様の問に、シュンはコクリと一度だけうなずいた。
「…倉庫の掃除をするから開けてほしいと…。終わったらカギを戻すようにと言って、預けてしまいました…申し訳ございません」
ちょっと待ってよ。
申し訳ございませんって…。
それ、どういう意味?
モアが、鏡を盗んだとでもいうの?
んなわけないじゃない。
大体モアが鏡を盗んでどうするわけ?
なんのために?
ちらっと視線を移すと、
ふいにモアのお父さんと目があった。
心配そうに、今にも泣きだしそうな顔をしてる。
「モアはどこに行った…」
若様がヒナタに訪ねると、
ヒナタは一度あたしの方を見て、
“どうしたらいいの?”というような瞳をしながら、若様を見上げた。
「あの…実は…夕方でかけてくるといって、まだ…戻ってこないんです」
「誰が、いつ、外出を許可した‼」
「は、はい…」
ヒナタは慌てて床に手をつき、
膝まづいた。
「今すぐモアを探し、この場に連れて来い‼」
「はっ‼」
若様がそう命令すると、
バタバタとその場を離れていくキトたち。
「ちょ、ちょっと待ってよ若様!! モアが鏡を盗むわけないじゃない‼」
「……」
どうして…
何も言ってくれないの?
まさか…。
「モアを…疑ってるの?」
「本人から話が聞きたい」
“あたいが命をかけてカンナを守るよ”
違う…絶対にありえない。
それに、もしモアが鏡を盗んだとしても、彼女には何のメリットもない。
モア…
早く戻ってきて無実を証明して。
でも、時間だけが過ぎていくばかりで、
夜になっても、モアが戻ってくる気配はなかった。
「本当にモアが鏡を…」
「えっ…?ヒナタ。そんなこと…言わないでよ…」
「そう…だよね…」
みんながモアを疑ってる。
そうだよ。
あたしとヒナタだけでも、
モアを信じてあげなきゃ。
結局、モアを探しに言ったキトもシュンも彼女を見つけられないまま戻ってきた。
――と、その時…
「あれ?こんな時間に、みんなで集まってどうしたの?」
聞き覚えのあるその声に、勢いよく振り返ると、
ポカーンと口を開けてあたしたちの周りに普通に入ってきたモア。
「モア!!どこに行ってたのよ!!」
「その女を捕らえろ!!」
「はっ」
シュンの声で、4、5人の男がモアを取り押さえた。
「ちょっとやめて!!モアを放してよ!! 若様? モアなわけないでしょ?もしモアが犯人なら、ここには戻ってこないわ!!」
若様は、地面に体を押さえつけられているモアをじっと見降ろしている。
「今までどこへ…」
「あっ…は、はい。ちょっと出かけてました」
「どこへ行っていたのだ」
「そ、それは…」
若様の問に、モアは言葉を濁しうつむいたまま。
「何かを持って倉庫を出て行く女を見たものがいる」
その言葉に床へ体を伏せたまま、グッと唇をかみしめて、何も言わないモア。
ねぇモア…何か言って?
じゃないと疑われるじゃない。
「その後、倉庫から鏡が消えた」
俯いていたモアは突然、勢いよく顔を上げた。
「鏡?鏡がなくなったのですか?…って、もしかして…えっ?あたいが鏡を盗んだと…。ち、違う!!あたいじゃない。あたいじゃありません!!」
「ならば、倉庫で何をしていた」
「それは…」
「なんだ」
「あたいは…」
モアは、突然ボロボロと涙を流し出した。
「今日は、母さんの誕生日で…何か美味しいものを食べさせてやりたいと思って、倉庫から食料を盗んだんだ…それを村に持って行った…」
泣きながらそう訴えるモアの言葉に、
初めて行ったときの流白村を思い出して、あたしは何も言葉がでなかった。
ヒクヒク息を切らしながら泣きじゃくるモアを見て、みんな黙ったまま俯いてる。
思わず…というかのように、モアを抑えつけていた兵士たちも
彼女の両腕を離した。
モアのところへ駆け寄ってきて、体を包み込むようにして強く抱きしめたモアのお父さん。
「連れて参りました」
「あぁ…そなたたちが倉庫で見かけたのはこの女か?」
2人の男はモアの顔をじろじろと覗き込んで確認している。
「いや…違う…この女ではありません」
「あぁ~確かに髪型が違う…。もっと髪の長い…そう、腰あたりまでの黒髪の女だ」
「そうか…戻っていいぞ」
「失礼いたします」
あぁぁ。
よ、よかった。
モアじゃなくて…
モアを…
信じてよかった。
「モア…疑いをかけてすまなかった。だが外出は禁止してあるはず」
「…は、はい」
「組織に入ると決めた覚悟なら今後一歩もでることは許さない」
「はい。申し訳ございませんでした…。ですが、若様のことは誰にも話していません…」
この組織に入るとき、
なぜこの中で暮らさなければいけないのか疑問だった。
この屋敷から外に出れる人間は、格の付いた役職の人たちだけで、
ここで働く何百人のうち、
若様の側近をふくめ10人前後の人間しか外へ出ることはない。
でも今ならその理由がわかる。
外出を許可していれば、
いずれ若様が青龍の皇太子で、
生きていたという噂が広まってしまう。
だから秘密を知った以上、
ここからでられない。
だけど逆に、ここにいる人たちは皆、この人に忠誠を誓った人たちなんだ。
「今回は見逃してやろう…それにモア。村のことを案ずることはない。毎日食料や水の配給をしてある。だから心配するな…約束は必ず守る」
そう言った若様に、モアは大粒の涙を流して床に伏せ落ちた。
そして、
“ありがとうございます” そう小さく呟きながら、いつまでも泣いていた。




