継承者の胸の内
カンナside
「母上は、私の目の前で逝ってしまわれた」
「えっ?」
若様は、中庭で空を見上げながら呟いた。
「母上はずっと心を痛めておられた。国王の側室になったこと。そして…私を身ごもったことさえも…」
そう言葉にし、ゆっくりと力ない瞳を地面に移す。
自分を身ごもったことを悩む母親。
そんなお母さんの心境を知っていた若様は、
どんな気持ちでお母さんの傍にいたんだろう。
そう思うとなんだか、もの凄く胸が痛い。
でもきっとそれくらい、
若様のお母さんは何かに追い詰められていたんだ。
「母上は白虎出身で身分も低く、玄武で貴族の出身であるマリ王妃に子供のころから使えていた。そして皇室へマリが嫁ぐとき、王妃つきの女官になったそうだ。
だが母上は…父上の…国王の目に留まった。
子ができなかったマリは、ずっと母上と私を憎んでいた。
母上に対する嫌がらせも、宮殿での居心地の悪い生活も
私は子供ながらに感じていた。
でも母上は、私の前ではいつも、笑顔を絶やすことはなかった」
それで、ついにマリ王妃は、
若様とお母様を…。
権力争いで人を殺そうと思うなんて。
マリ王妃はそれほど、自分の子を皇帝にしたかったのかな。
この国はなんて恐いんだろう。
まるで時代劇を見ているみたい。
「マリ王妃は、若様が死んだと思ってるの?」
「わからないが、もし生きていたとしても謀反などを起こす力はないと思っているはず。
だが私は、母上の出身でもある白虎族に助けられた。
それが今のこの組織だ」
“あの森には白虎の御霊が彷徨っているのよ。15年前…皇太子殿下の見方をした白虎族は、白虎皇帝も兵士もすべて今のリシル皇帝に滅ぼされたらしいわ”
前にそう言ってたヒナタ。
じゃぁ、あのとき滅びた白虎王や白虎族は、
みんな若様の見方をして、
この人のためだけに、
自分の命までかけて戦ったんだ。
そう思うと、今あたしの隣に立っている人が、
とてつもなく偉い人のような気がしてきて…。
本当に、今さらながら、
向こうの世界で、ただの一般庶民だったあたしからしたら、若様との距離を感じてしまう。
「だから、白虎皇帝や、流白村、それに茶色の瞳を見ると、とてつもなく心が痛む」
そう言って若様はあたしを見降ろした。
「ん…?そういえば、カンナも茶色の瞳だったな。この世界の人間なら白虎族か…」
「何よ今さら!!だから池に突き落としたんでしょ?」
「…なっ!!も、もうよい。その話しはしないでくれ」
「自分から振ったくせに…」
「とにかく、私は母上のカタキを打ち、ここまで力をかしてくれた白虎のためにも、なんとしてでも皇帝になる。
ならなければいけない。
そういう宿命なんだ。
それしか私の生きる道は…ない」
そう強い眼差しで言いきった若様。
そんな若様を見て思う。
一生懸命、自分に言い聞かせてるようにも聞こえる言葉。
なんとなくだけど、わかった気がする。
若様の寂しそうな瞳のわけ…
わかった気がするよ。
この人はずっとこんな風に、
自分を追い込めながら生きてきたんだ。
自分を助けてくれた人のために…
白虎のために…
お母さんのために…
皇帝になるしか道はないって。
そんな若様の人生に、
余計なおせっかいかもしれないけど、
可哀想だと同情してしまう。
「あたしには…よくわからないな…」
「……?」
「若様の本心は、どこにあるの?」
「本心とは…どういう意味だ…」
「本当に、皇帝になりたいの?」
あたしの問いに、若様は、
少し呆れた表情で首を横に振る。
「なりたい。なりたくないではない。
それが私の宿命であり、
幼き頃から進むべき道は決められている」
若様は、あたしを見降ろしながら、何も知らないくせに口を出すなというかのように、強くそう主張する。
「だってさっきから、“白虎のために”とか“母上様のカタキを打ち…”って言うから。
でも、それが一番の目的でしょ?
それでカタキを討ったあと皇帝になるの?」
「そうだ…」
「そんな王を、民はどう思うかな…」
「カンナの言いたいことがわからない。…お前は…そんな皇帝をどう思う」
そうね…。
あたしがこの国の人なら。
「カタキを打って、それでついでに皇帝になりました~♪みたいな…」
皇帝になる一番の目的が、お母さんのカタキだなんて。
それじゃ、ただの個人的なうらみじゃない。
少し何かを考えているように、
ボーっと空を見上げていた若様は、
改めてあたしに視線を向けた。
「そうではない。それに目的は一つではない。
母上のカタキを打つことももちろん大事だが、
貧富の差が激しいこの国を立て直したいのだ。
流白村のような部落があってはならない。
そういう国を私がつくる。
だがそれは、今のリシル皇帝では無理だ」
「そっか…なんとなくだけど…わかった気がするよ」
こんな小娘の質問に、淡々とまじめに答えてくれた次期皇帝に感謝して、あたしはコクコクと深くうなずいた。
お母さんのカタキのためだけ?
って感じてたけど、そうじゃなかったんだね。
そりゃ若様だって、あたし以上にいろんなことを考えてるに決まってる。
これからは、余計な口出しはしないようにしないと。
「カンナ…」
「ん?」
若様はあたしの腕を掴むと、
グッと胸に引き寄せ抱きしめた。
「知ったような口をきいて、男の祭り事に口を出してくるとは…生意気な女だな」
「ご、ごめん…なさい…」
「お前にあれこれ問われ、変な汗がでたぞ」
そう言って、さらに強く包み込んでくる大きな体。
「私のそばにいろ」
「えっ?」
「この世界にいる間だけでいい。ずっと私のそばにいてくれ」
耳元で呟かれた若様の言葉に、
またいつものように胸がドキドキ高鳴る。
「お前がそばにいれば、カタキだけの野心に食い潰されないですみそうだ」
若様…。
わかるよ。
若様の気持ち。
よくわかる。
あたしも、お父さんとお母さんを知らないで生きてきた。
お母さんを大切に思う気持ち、
カタキを討ちたいその心はよくわかる。
だからなのかな…出会って間もないとき
あたしと若様が似ていると感じたのは。
まして、事故で死んだあたしの両親とは違って、
若様のお母さんは殺された。
マリ王妃が憎くて憎くて、しかたないだろう。
お母さんのカタキを打って、
そして王位継承者を受け継ぐために、
気を張り詰めて生きてきた人。
気を張ってなければならない立場で、
だけど本当は、
心の奥深くはとてつもなく弱い。
あたしはあと半年で元の世界に帰る。
だから、“ずっとそばにいる”なんて言えないけど、
この世界にいる間だけ、
あたしも若様と一緒にいたい。
あたしにできることがあるなら、なんでもするよ。
この人を
なぐさめてあげたいから。
この人を
癒せる力が…もっとほしい…。




