表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/82

秘められたその名は

今日の夕食は、ヒナタの宣言通り、

豪華な食事が食卓に並べられていて、


組織の社員たちは、みな大喜び。



同じ煮物でもあたしの国とは味付けが違う。


不思議だ。


食材は一緒のはずなのにどうしてこんなにも違うんだろう。




あたしが座るテーブルには綺麗な花が飾られていて、


ヒナタとモアがしてくれた心遣いが嬉しかった。




同じテーブルを囲むシュンは、


“なんか知らないけどお祝いだ~”ってはしゃいでて、


キトは安の定、“こんなムダ使いしやがって”ってブツブツぼやいてる。



若様は、ただ静かに目の前にある食事を口へ運ぶ…。



っていうか、夕食が始まって以来、


あたしとは目すら合わせてくれない!!




はぁ…。


さっきのこと、


まだ怒ってるのかな。



やっぱり、帰れる日がくるまでここにいさせてほしいと、


ちゃんとお願いしに行かなきゃ。



「ヒナタ!!モア!!今日はありがと!!」



「どぉ?あたいの料理の腕。少しは見直した?」



「凄い美味しかったよ!!今度作り方教えて?」



「じゃぁドリアと交換ね!!」



「OK!!」




夕食が終って、みんなが解散していく中、


あたしは、独り東の館へと歩いて行くその背中を追った。




長い廊下の真ん中に、凛とたたずむ姿。




少しためらいながら、



「若様…」



その後ろ姿に呼び掛けると、


止まることなく先へ進んで行く足。



ちょっと…。




「わ、若様ってば…!!」



……。



立ち止まってくれる気配すらない。



くそぉ!!


聞こえてるくせに。



どんどん遠ざかって行く若様を全速力で追いかけて、


なびいている袖を掴むと、


彼の体をグィっと振り向かせた。


仕方なしにと言うかのように振り返って、あたしと視線が絡みあうと、鼻でつかれたため息。




「あの…ご、ごめんね?」



「……?」



何も反応してくれない彼をチラッと見上げたら、


無表情のままあたしを見降ろす冷たい瞳に、一瞬怯みそうになる。




「…あたし。やっと帰る方法が見つかって…」



「だからなんだ」



「えっ? だから…その…。さっき言った、8ヶ月もここにいなきゃいけないっていうのは、ここにいたくないって意味じゃなくて…元の世界に帰るまで長いなぁっていうか、その…」



まとまりもなく、ダラダラ話すあたしに、



また、はぁっ…て、ため息をもらした若様は



「だから、鏡の近くにいたいんだろ?」



そう言って、射るような眼差しを向けてくる。



おっしゃるとおりで…。




コクコク小さく首を縦に振ると、あたしの頭に、ポンっと大きな手が乗っかってきた。




「ならばここにいろ」



「えっ?」



意外にも優しく見えた表情。



「あ、ありがと…」



はにかみながら、お礼を言うと、


穏やかな表情のまま、一歩近づいてきた若様は、


スーッと両手であたしの顔を包み込む。




何…?


って思って、反射的によけようとした瞬間、


いきなり重なってきた彼の唇。




ちょっと…。



な、なんで?



どうして、この状況でキスされたのかわからず、


キスされたまま思わず眉間にしわがよった。



硬直してる体とは逆に、


瞳だけが、ゆっくりと離れていく若様を追う。




「夜風でも当たりに行くか?」



「えっ?今から?あたしも?一緒に?」




なぜかキスされた挙句、


全部疑問形でたずねてるっていうのに、


終始無視して中庭の方へスタスタ歩きだした若様。




茫然と立ち尽くしていると、


チラッと振り返えって、




「おいで」



そう呼ぶ声に、


“あたし…犬じゃないんだけど…”って

思いながらも、



足は彼の後を追っていた。


「うっわぁっ!!なにこれ!!こんな星みたことないよ」



小さい頃、プラネタリウムに行って思った。


実際に見えてないだけで、


夜の空には本当はこんなにもたくさんの星があるんだって。


今あたしが見てる空は、


あの時みたプラネタリウムそのもので。




「お前の国に星はないのか?」



「あるけど…こんなたくさんは見えない」



「カンナの生きてきた日本は…どのような国だ」



あたしが、魔力やこの国の暮らしに興味があったように、


当然若様も、もう一つの日本がどんな国なのか気になるに違いない。




「あたしの国は…そうだな。ここにないものを言えば…乗り物があるかな?」



「乗り物?」



「うん…。自動車とか飛行機って言って、魔力の使えないあたしたちは、物の力を借りて、飛んだり走ったりするのよ?」



あたしの国に星が見えないのは、きっとそれも原因の一つ。



若様は、“魔力以外の力で飛べるなんて信じられない”とブツブツ呟きながら、

あたしの話しを聞き入っていた。




「民の暮らしはどうだ」



「暮らし?」



「国家財政は?財務制度は管理されているのか?」



へ? 国家財政?


財務制度?



なになに?



いきなり難しい単語並べちゃってどうしたんだろう。



「ちょっと待って!!その辺は専門外!!聞かれてる意味もわからない」



今までになく真剣な顔で聞いてくるもんだから、


何がなんだかわからなくて、あっけにとられたあたし。



「民は…金を持っているのか?」



「……」



「この国の現状を知っているだろう?ここよりも貧国な国か、それとも裕福か…」




若様自体、お金には困っていなそうな生活をしてるくせに、


そんな庶民のことを気にするなんて。



この人は、貧困なこの国のことを考えているのかな?



まぁ…流白村を救ってくれたくらいだし、


銀行を経営している以上、少しは経済に興味があるのかもしれない。




「あたしの暮らしてきた日本は内戦もないし、道端で子供が骨と皮になって死んでいるのを…見たことがないよ」



「羨ましいほど平和な国だな…」



「そう…だね…」



でも平和ってなんだろう。



幸せってなに?



ユリと美味しいランチ食べに行ったり、


ショッピングしたり、


雑誌読んで流行りのファッションをチェックしたり、



そんな風に普通の女子高生してて、


あっちで暮らしてるときは、


“平和とはなんだ”…なんてそんなことすら考えたことなかった。



でもこの国にきて思う。


星すら見えないほど空気が汚れてしまって、


植物もなくなって、


川や海も汚染されて…


そんな国でも、“人間”が幸せと思うなら、


それを平和な国というのだろうか。



こんなにもいくつもの流れ星を見ると


そう感じてしわまずにはいられないんだ。



「私も母上の顔はよく覚えていない」



「えっ?」



「父上も数年前亡くなられた」



芝生の上にゴロンと寝ころんで、夜空を見上げながらそう呟いた若様。



あたしと同じ…。



若様も、両親がいない?




「お母さんもお父さんも、どうして亡くなったの?病気?それとも事故?」



そう尋ねたあたしに、彼は何も答えることなく、ただ穏やかに微笑んでいるだけだった。



だけどやっぱり、


その横顔はどこか寂し気で。



「幼き頃から、喪失感とか孤独とか、そんなものには慣れていた。人のぬくもりだとか、そういうものにも興味がなかった」



「……」



組織の人たちには敬われ、尊敬され、


身の回りの世話もしてくれて、


金銭面だって何不自由のない暮らし。


うらやましがられるほどの生活の中でも、心は冷たく凍り闇を抱えていた…なんて。


若様の冷めた感情に少し同情してしまう。




「だけど、最近気づいたことが一つある」



「なに?」



寝ころんだまま、


若様はチラッと隣に座るあたしを見上げてくる。



「なぜか不思議なくらい、お前といると、ありのままの自分でいられる」



「えっ?」



「一緒にいると心が安らぐんだ」



不意にそんなことを言われ、


吸い込まれそうな大きな瞳に見つめられて視線がそらせない。




や、やばい…。



なにこれ。



急に、胸が凄いドキドキしてきた。




やだ…。


なんだろう。


このドキドキ。



珍しく男の人から“一緒にいると心が安らぐ”なんて言われたからかな。



それにドキドキするとか思うから、余計に鼓動を感じてしまうわけであって、


こんなの、真に受けたら絶対ダメ。



あたしには、待ってる人がいるんだから。


蓮が…いるんだから…。



そう言い聞かせながら、


紺色に輝く、彼の瞳に映っている自分を見つめた。



ダメだと頭ではわかってるのに、


その瞳を見つめてしまう。



「私の名は…カイリだ…」



「えっ? カ…イリ?」



「そうだ」



「どうしてみんな“若様”って呼ぶの?」



「ずっとそう呼ばれている。私の名は、幼き頃から無いようなものだからな」




そんな…。



名前が、ないなんて。



「組織の中でどう呼ぼうと構わない。だが外に出たとき、私の名は出すな」



「う、うん…わかった。でも、せっかく名前があるんだから、じゃぁ今度からは、カイリ様って呼ぼうかな~」



「好きにしろ。そろそろ私は部屋に戻る」



「あっ…うん」



体を起こした若様は、穏やかな表情で、


改めてあたしを見つめてくる。




「おやすみ」



「お、おやすみなさい」



スーッと立ち上がると、服をなびかせて、屋敷の中へ飛んで行った。



そんな後ろ姿を追いながら、


思わずボーっとしてしまう。



ゆっくり瞳を閉じると、


まだ耳に残ってる低い声。



“一緒にいると心が安らぐんだ”




はぁ…。



あたしは安らぐどころか、


心がざわつく。




「カイリ様…か…」



でもやっぱり、カイリ様とは呼びにくいな。



あたしは、若様でいいや。







「カンナ!!」



「きゃっぁぁぁ!!」



突然背後に悪寒が走って、


ドスの効いた声に背中がぞわっとした。



「キト…びっくりしたぁ~。もうやめてよ」



「何をしていた」



「えっ? あぁ~。若様と話しをしてたんだよ?」



「なぜ名を」



「……?」



「今、カイリ様…と…」



「うん、若様に聞いたんだけど…」



「貴様っ!!」



あたしの話しが終わらないうちに、


グイッと胸倉を掴んで威圧してくるキト。




「ちょっと、離して!!」



負けるもんかと睨み上げると、


数秒間、睨み合ったあと

キトは、掴んでいた胸元をグッと押して、


あたしの体を地面へ突き飛ばした。



「忠告したはずだ」



「……」



「次に2人でいるところを見かけたら…」



地べたに尻もちをついて座り込んでるあたしの前までくると、


鋭い目をさらに細めて威かくしてくる。




「見かけたら…なによ!!」



「お前を殺す」



「はぁ?」



「よーく、頭に叩き込んでおけ!!」



去り際に捨てセリフを吐いて、屋敷に戻って行くキト。




な、なによ!!


なんなのよ!!



腹立つ腹立つ腹立つ!!



あたしが何したっていうの!?




でも、あいつ、


本当に若様が好きなんだなぁ。



話し方とか男っぽいのに、

やっぱ、おねぇ系なのかなぁ~。



っていうか、そんなの知ったこっちゃない。


キトの奴、あたしにいちいちヤキモチ焼かないでよ!!



キトの度重なる発言にいつもイライラさせられるあたしは、


若様を追って東の館へ飛んで行った後ろ姿に、


思いっきり、べーって舌を出してやった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ