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惻隠の情

カンナSide


3ヵ月振りに屋敷の外に出た。


この3ヵ月の間、


あたしは、帰る方法を見つけることが必死で、


それを考えない日はなかった。


毎日、本とにらめっこして、


それでも、帰る方法がみつからなくて、


投げ出したいって思ったことは何度もあったし、


この現実から逃れたいって思ったことだってある。



でも今日は、


なんだか心が穏やかになれた。



何かに追い詰められることもなく、



今、立たされてる現実から、ほんのちょっとだけ離れることができた。



目の前に広がる壮大な景色。


自然の力は偉大だ。


こんな景色を眺めていると、


あたしの悩みなんかちっぽけで、そんなに大したことではないような気がして、気持ちが楽になる。



それと、


「ありがと…」



「え?」



「今日…ここに連れてきてくれて…」



若様の優しさに、なんだか嬉しくなった。


若様は、ふんって鼻にかけた笑みをこぼして、


緑の上へ寝ころんだ。



高い空を見上げる、その瞳。



冷たく。



無機的で。



そして、鋭く…厳しい。



「ねぇ? 若様はどうして、いつもそんな険しい顔をしてるの?」



「どんな顔だ」



「ん~。こんな顔かな?」



目をまっすぐに引き伸ばし、


口をへの字にしてマネして見せた。



「はっ!! 私はそんな不細工な面ではないぞ」



そう言って、あたしのおでこにデコピンを食らわしてくる。




「笑ってた方が…幸せなんだよ?」



「……?」



「あたしはね。どんなときも、できるだけ笑顔でいたいなって思ってるの。


そりゃ辛いことや悲しいことだってあるけど…でもそれを顔に出してしまったら、ますます気持ちが落ち込んでしまいそうで…」



「私には、笑える時間などない」



そう言って苦笑した若様。



笑える時間がない…なんて、



そんな悲しいこと


言わないでよ。



「ねぇ?知ってる?泣いて暮らすも一生。笑って暮らすも一生…って」



「それはなんだ」



「あたしの世界で言われてる、ことわざよ。

悲しいときに泣いて、楽しい時に笑って…それは当り前のことでしょ?

でも、一度しかない人生だもん。たとえ辛いことがあっても、笑って暮らせるのなら、泣いて暮らすよりも笑ってた方がいいじゃない?って意味よ」



「なるほど…」




あたしがそう決めたのは、


もう今では記憶も薄れている小学生の頃。



授業参観に来てくれたおばあちゃんを見て、


クラスの男子から冷やかされたことがあった。


“カンナってパパとママに捨てられたらしいぜ”



悔しくて、悲しくて、



その言葉に、


ただただ泣いていた。



そんなとき、国語で習ったこのことわざ。



なんだか心が救われた気がした。



そうだよ。


いくら強く願ったところで、


あたしに両親ができるわけじゃないもの。



だったら、この先も一生、寂しいと思いながら暮らすよりも、笑って生きよう…。


そう思った。



お父さんに会いたいときも、


お母さんが恋しいときも、



ずっと心の奥にその感情をしまって耐えてきた。



もう、友達や周りの人から、


かわいそうな子と同情されたくなかったから。



どんなに寂しくても、


顔だけは笑ってた方がいい…


それが正しいんだよ。


また辛くなったら、


あのことわざを思い出して…って



そう自分に言い聞かしながら生きてきた。



頭に腕を組みながら寝ころんでる若様を見ると、


そんなことわざを教えてあげたというのに、


彼の目はいつものように冷淡なままで。




「カンナ?」



「ん?」



ゆっくりと体を起き上がらせた若様は、


ふいに、隣にあったあたしの手を握りしめた。



わ、若様?



その行動に少しびっくりして、


握られたその手を振りほどくこともできずに、彼を見上げると、




「ありのままでいい」



「えっ?」



若様は、そう言って穏やかに微笑んだ。




「私の前では、そんな風に笑わなくていい」



握られたままの、


その大きな手に…


その手の温かさに…



なぜか胸の奥がギュッと締め付けられて苦しくなる。



思わず、じわっと込み上げてきた涙が瞳にたまって、


こぼれ落ちてしまいそうだった。



まるで、あたしの気持ちに共感してくれたかのように、


“わかってる”と言ってくれたような、


そんな瞳をまじまじと見つめた。



寂しいと思いながらも、


ずっと心だけに隠してきたあたしの気持ちを、


この人は察したのだろうか…。




「泣きたいときは、泣けばいいんだ」



そう小さく呟いた若様の言葉に



「ぅっ…」



声をこらえようと口元に片手を当てたら、


瞳からは、こらえきれなくなってしまった涙がポロポロと落ちていく。



なんでだろう。


なぜ今なんだろう。




「あたしね…本当は…寂しかったんだ…みんなみたいに親がほしいってずっと思ってた。

一度でいいからお母さんと話がしたい…。手に触れてみたい。ってそう思ってたの…。

親がいなくたって寂しくなんかないって強がってる自分も正直辛くて…。本当はね…お母さんに会いたい…」



17歳の女が“お母さん”って泣くのは恥ずかしいことだと思ってた。



でも、今は、


声を出して泣いてしまいたい。



しばらく泣き続けたあたしの横で、


若様は何も言うこともなく、


ただぼーっと、どこまでも続く青い空を見つめていた。



若様の見せる、


寂しそうな瞳。


冷めた心情。



うまく言えないけど、


あたしとこの人は、


どこか似ている。



若様の表の顔と、


あたしの心の中に隠してきた顔は、


似ている気がするんだ。




若様は、握っていたあたしの手を改めて見ると、首をかしげた。



「はずしたのか?」



「えっ?何を?」



「前に、母の形見と言っていたが…」



「あぁ…真珠の指輪のこと?

そう…あれは、今年の誕生日におばあちゃんからもらったものなの。


お母さんの形見なんて初めてで嬉しかった。大切なものだから今は屋敷の部屋にしまってあるよ」



「お母様はいつ亡くなられたのだ」



「あたしがまだ赤ちゃんのころだよ」



「そうか…ならずっとお父様と二人で生きてきたのか?」



「お父さんも、お母さんと一緒に事故で死んだんだって。だから…両親のことは何も知らない」



若様は、また悲しそうな瞳でじっとあたしを見つめていた。



「辛いことを思い出させてしまって悪かったな」



あまりにも同情するような瞳で見つめてくる若様に、

あたしは首を横に振った。



「でもね、おばあちゃんがあたしをここまで育ててくれたから、辛くなんかなかったよ」



母親みたいに、優しく、


時には、父親みたいに厳しく。



「おばあちゃんには、本当に…感謝してるんだ…」



人一倍、心配症のおばあちゃん。


ちょっとあたしが風邪をひくと、すぐ学校を休ませて、


転んで怪我をした日には大騒ぎ。


そう考えれば結構、過保護に育てられた。



だから急にあたしがいなくなって

きっと心配してるに違いない。



もう80歳間近なのに、


そんな体であたしを探し回っていたらどうしよう。



「だからあたしは早く元の世界に帰りたいの。はぁ…一体どうしたら元の世界に帰れるんだろう」



「きっと帰る方法は見つかる」



「うん…そうだよね。でもやっぱり不安な気持ちはあるんだ…帰れなかったらどうしようって…」



はにかみながら若様を見上げると、


あたしをじっと見降ろしていた若様は、


突然、掴んでいたあたしの手をグィっと引っ張り、


大きな胸の中へと引き寄せた。




えっ?って思って硬直してしまったあたし。



あたしの背中に周った若様の手が、


トンっトンっとリズムを刻む。





「母上が私によくしてくれていた。不安なとき、どうしようもなく心ぼそいとき。こうしてもらうと、なぜか落ち着いたのを覚えてる」



胸に当てられた耳から、直接響いてくる若様の低い声。



大きな体に、ギュッと強く抱きしめられて、


若様の言うとおり、なんだか不思議なくらい気持ちが安心する。



温かい…。



あぁ…ほんの少しの間だけ…


この胸の中で休んでいたい。



「本当、安心するかも…」



………。



ん…?



えっ?



…や、やばい。



思わずそんなことを口走ってしまった自分にびっくりして


勢いよく若様の胸から離れた。



「で、でもあたしは不安じゃないよ!? 帰る方法ならきっと見つかるし!!大丈夫。全っ然、今は大丈夫だから!!」



若様と距離を置くと、なぜかあたしの口は勝手にぺらぺらしゃべりだす。



嘘…


大丈夫じゃない。



大丈夫なわけない。



帰る方法よりも何よりも先に



あたしには蓮がいるんだから



この行動自体が、大丈夫じゃない。



「ね、ねぇ?ド、ドリアって知ってる?」



「ドリ…?…知らない」



「じゃぁ今日はあたしがそれを作るから楽しみにしててよね。じゃぁ帰ろう!!」



今日ここに連れて来てくれた若様に感謝して、



それと、抱きしめられたとき、


思わず安らいでしまったあたしの不謹慎な心を蓮に懺悔しながら、


あたしたちは屋敷へと戻った。



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