重なる歴史
「適当に座れ」
「うん…」
背後から足早にあたしを追い抜かし、
部屋の端にあるデスクに腰をかけた若様。
その姿を目で追いながら、部屋全体をぐるりと見回した。
20畳くらいある部屋の床は、真っ白なフローリング。
真ん中に、キングサイズくらいのベッドが置いてあって、
片隅には、大きな洗面台が備え付けてある。
高い天井を見上げたら、
ジャラジャラ垂れ下がったシャンデリア風の電気と、
壁の中間にある棚には、たくさんの本が並べてあった。
あの高さは、飛べるから取れるんだ。
あたしじゃハシゴを使ったとしてもきっと届かない。
でも、この部屋で目立つ物といえばそれくらいの物しかなくて…。
別にあたしは、過去へタイムスリップしたわけじゃない。
日付も時間も、元いた日本と同じ。
だから、元の世界の暮らしと比べたら、この部屋はとても質素だ。
間違っても大手銀行のトップの部屋とは思えない。
「この国のことは何も知らないんだろ?」
キョロキョロしていたあたしに、分厚い本から視線を外した若様がそう尋ねてくる。
「“何も知らない”っていうか、言葉はわかるし、字も読めるよ」
でもさっきみたいにキトが浮いてると、やっぱりまだ慣れないというか、びっくりする。
「なら、これをお前にやる」
「なに?」
「この国のことがいろいろと書いてある」
そう言って、若様の手元からフワッと宙に浮いた本は、
あたしの方へ向って、まるで生きているかのようにユラユラと飛んでくる。
そして、あたしの目の前で動きが止まった本に、
思わず両手を添えたら、再び動きだした本は、
ゆっくりと手のひらの上に降りてきた。
「特にその顔」
「えっ?」
「魔力を使う度にそう驚かれては、こっちも疲れる」
「……」
本を受け取ったことを確認した若様があたしから視線をそらすと、
急にドスンと手に重さを感じた。
「だから魔力のこともよく読んでおけ」
「わ、わかった…」
若様は椅子をひくとポンポンとそこを叩いた。
その仕草を見て、椅子に腰を下ろしたあたし。
はぁ…分厚い本。
よく読んでおけ!って偉そうに。
「若様だってこんな本、実際は読んでもないでしょ?」
「ふんっ。私はどの章に何が書いてあるかまですべて頭に入っている」
「あっそうですか…。それは失礼しましたね」
とりあえず、軽く目を通そうと、ぺらぺらページをめくった。
あっ…歴史だ…。
「あたし学校では日本史を専攻してたんだよ?」
「……?」
うん。
きっと通じないだろうから、話すのはやめておこう。
人間と魔力…
四神の始まり…
四神玉の力…
あぁ…。
目次を見ただけで頭がおかしくなりそうだ。
もう半分なげやりな気持ちで流し読みしていたあたし。
だけど、そんな気持ちもつかの間、
思わず二度見してしまうほど、驚ろかされたその文字に体が固まった。
「こ、これって…」
なに?
どういうこと?
「あぁ…その辺りは飛鳥時代だな」
そう言った若様の言葉にびっくりして、彼をゆっくりと見上げた。
どうして…
飛鳥時代を知ってるの?
そう思って…。
あたしは改めて、もう一度本に視線を戻した。
今度は夢中になって、本を読み漁る。
信じられないことに、
そのページには、あたしの知ってる単語がずらりと並んでいて、
それはまるで、学校の教科書そのもの。
そのとき、ふと、
ヒナタのおじいちゃんが話していた、草薙の剣や日本武尊のことが頭をよぎった。
まさか…
歴史が…かぶってる?
鏡の中なのにそんなことがありえるの?
同じ日本だから…
たまたま偶然に、時代と人の名前が一緒なだけ…?
いや、そんな単純な解釈で済むわけない。
じゃぁ…一体。
心の中で自問自答を繰り返しながら、夢中になって大量の文字を追う。
「飛鳥時代の前は何?」
「その前の時代は…え~っと…あぁ…ここだな…」
若様の指先を追いながら目に入った文字は…。
ん?
…古墳時代?
そんなのあったっけかな?
って頭の中にある、お粗末で曖昧な年表を思いだしながら、先を読み進めてると
「これ…弥生時代だ」
すーっと、違和感なく入ってくる文字に少し怖くなる。
この時代は受験勉強で出てきたから間違いない。
やっぱり、同じだ。
「一体…どうなってるの?」
ここまで並びも名前も一緒だなんて。
どうして一緒なのよ。
えっと…弥生時代のその前は、
そうだ…縄文時代よ。
「この本を暗記してる若様なら、弥生時代の前は何なのか…知ってるよね?」
「当然だ。弥生の前は縄文」
「さすが…ね。…正解」
若様…。
おかしいと思わない?
私も、その時代を知ってるんだよ。
「その前の時代は…あぁ〜ここだ」
そう言って若様は、数ページ先をめくった。
「どれ?見せて!!」
早く先が読みたくて、若様から本を奪い取ったあたし。
だけど、
奪いとってしまったのは、本だけじゃなくて…。
「ゎっ…ごめんなさいっ」
若様の大きなその手までも鷲掴みにしていて、
思わず握りしめてしまった手をパッと引っ込めたら、
今度は逃げようとしたあたしの手を捕まえるかのように、つかみ返してきた若様の大きな手。
あたしはその手にすっぽりと包まれたまま、思わずフリーズ。
「少し落ちつけよ」
「…は、はい」
若様の手がゆっくりとあたしから離れていくのを確認したあと、
ぎこちなく彼を見上げたら、
相変わらずの無表情であたしを見降ろしてくる。
まるで生きていないような、
なんの感情もない、
死んだ魚のようにも見える冷淡な瞳。
だけど、なぜかその瞳から目が離せなくて、胸のずっと奥がドクドクと音を立てて苦しい。
「帰る方法がわかって、鏡を勝手に持ち出されては困る」
「…その時はちゃんと言うよ」
「それに、鏡の中の世界とやらに私も興味があるからな」
あぁ〜それは、お互い興味があるに違いない。
「わかった」
「今日は終わりにしよう。そろそろ夕食の時間だ」
「…うん」
そうだよ…今は、余計なことを考えてる暇はない。
この歴史のことだけを考えよう。
なぜ一緒なのか。
一体どこまでが同じなのか。
どうしても理由が知りたい。
それが帰るヒントになるのかはわからないけど、何かひっかかる。
本当は、もう少し調べたかったのに…そう思う気持ちの中、
とりあえず今日のところは、若様の部屋をあとにした。




