お互いの言い分
薄暗い部屋の中へ、
パッと眩しいほどの日の光りが入りこんできて、
扉の前に現れたのは大きくて真っ黒なシルエット。
逆行で、そこに立っている人物の顔はよく見えない。
だけど、何度も耳にしたことのある恐怖を思い出させるその声にハッとして体を起き上がらせた。
ゆっくりと一歩ずつあたしの布団へ近づいてくるそいつに
今さら、炎の魔力を向ける気もないだろう。
でも、ギュッと力強く握りしめられたヒナタのこぶしを見て、
あたしも改めてその男を睨みつけた。
「生憎、生き延びたみたいよ? 何? もしかして、とどめをさしにでも来たの?」
平然とあたしの前に立ってるこいつの顔を見ると、怒りは益々込み上がる一方で。
腹は立つし、悔しいし、
たとえ文句の一つを言ったとしても、反省なんかするような人間じゃないこの男にむしゃくしゃして、
ただただやるせなくて、瞳にはじわじわと涙が溜まっていく。
何も答えることなく、その場で立ち尽くしてる男。
その態度にあたしの苛立ちは限界を通り越したのか、
思わず手元にあった大きな枕を男めがけて思いっきり投げつけてやったら、
よけることもなく、ただ体で受け止められた枕は、ボスっと音を出して床へと落ちた。
小さな4畳半の部屋にしばらく続く沈黙。
だけど、その沈黙を破ったのは
「すまなかった…」
かすかに聞こえた低い声。
少し予想外の言葉だった。
蚊の泣くような声に、
どんな顔でその言葉を言ったのか、それを見てやろうと瞳だけで男を見上げた。
「ねぇ?さっきは本当にあたしを殺そうとしたの?本気で?…信じらんないんだけど…」
ただ口を閉ざしたまま
気まずそうに目線を下げたこいつを見て思う。
流白村の人たちがいなかったら、あたしマジで死んでた。
今さら恐怖を感じてドクドク高鳴る鼓動に片手を当てた。
「魔力を解放すれば済むだけのことだ。殺すのが目的だったわけではない」
はぁ?
魔力を解放?
こいつ…
まだそんなこと言ってんの?
このクズ野郎って言ってやろうと思ったら、
彼は続けて口を開いた。
「でも、なかなか魔力を解放せずに死にかけているお前を見て、もしや本当に魔力が使えないのかと…そう思った」
「何度も“そんなことできない”って言ったでしょ?」
「…鏡が欲しいがために、無力などと偽りを言ってるものかと思った」
「一方的に鏡の話を押し付けて、あたしの話なんか聞いてもくれなかったくせに」
「そうよ…カンナは本当に魔力が使えないのよ?」
「……」
三人で男の顔を見上げていたら、
口をへの字にして面白くなさそうに顔をゆがめている…と思ったら、
さっさと、もうこの話を切り替えるつもりなのだろうか、
平然としたツラで、
改めて、あたしたちの方へと視線を向けた。
「お前たちの部屋を用意してやった。荷物をまとめて移動しろ。ここより少しはマシな部屋だ」
「えぇ~?本当?やったわね!!カンナ」
「あたいはここでも十分な部屋だったのに」
男の言葉に嬉しそうに話をしていたヒナタとモア。
でもあたしは、
部屋を用意してくれるよりも、何よりも、
鏡がほしい。
鏡…
返してくれるんだよね…?
あたしはその答えがほしくて、
鞄に荷物を詰め込んでいるヒナタとモアの間からじっと男を見上げていた。
その視線に気がついたのか、
彼も床に落としていた視線をゆっくりとあたしの方へ向ける。
二人の隙間から睨み合うこと数秒。
お互い考えていることは…
きっと同じ。
「…聞きたいことがある」
「なに?」
「鳳凰の鏡のことだ」
あたしも…聞きたい。
そう思って、無言のまま、コクコクとうなずくと、
そんなあたしたちを察したのか、
ヒナタとモアは、荷物を持ってこの牢獄部屋を出て行った。
再びシーンと静まり返った空気。
あたしは、掛布団をぎゅーっと引っ張って膝に抱え込みながら小さく丸まった。
改めて二人になると、
なぜかとてつもなく気まずい。
この屋敷にくる前は、
何度か出会う度、普通に会話ができていたのに、
今はとても深い溝を感じる。
そう言えば、この男と二人っきりになったのは
あの和食屋以来だ。
あの日は、お団子やうどんをごちそうになったのに、
“あのときはありがとう…”
そんなお礼を言うことも忘れてしまうほど慌ただしい日々だった。
でも、あたしにとっては、この人との関わりが、この異世界で起きた数少ない出来事の一つだから鮮明に覚えているけど、
彼にとっては、ただ普通の日常の些細な出来事で、
ひょっとすると、おごったことすら覚えてないかもしれない。
ヒナタとモアの足音が遠ざかって行くと、
男は小さなため息と共に床へと腰を下ろした。
そして、紺色の瞳がまっすぐあたしの方へと向けられる。
「なぜだ…。なぜ魔力が使えなくなった」
さっきあたしを殺そうとしていた人間とは別人かと思うほど、
穏やかに流れてくる声。
あたしは思わず手元に視線を落とした。
「だから…。使えなくなったんじゃなくて、生まれつき使えない。だってあたしはこの世界の人間じゃないんだもん」
「本当に鏡の中から来たのか?」
「確信はないけど。でも、手首まで鏡の中に入ったのはこの目ではっきり見た。…そしたら急に光に包みこまれて、気づいたらこの世界にいたの」
「信じ固い話だが…」
「別に信じてもらおうなんて思ってないよ」
こんな話だけで信じてくれって方が無理だし。
あたしは、ただ鏡を返してほしいだけ。
「それと、もう一つ。なぜ白森の森をうろついていた」
「それは…あたしがこの世界に来たのがあの森の…洞窟だったから…」
「……」
あたしがそう答えると、
彼は大きく目を見開いた。
「だから、あの洞窟に行けば、もしかしたら鏡があるかも知れない…そう思ったの」
細かい瞬きを繰り返したあと、
彼は、なぜか気まずそうに、あたしから視線をそらす。
「まさか本当にお前が鏡を…」
「えっ?なに?」
「いや…なんでもない」
「とにかく…あたしは鏡を返してほしいの。元の世界に帰るためにはきっと鏡がないと帰れない」
眉間にしわを寄せ難しい表情でしばらく考えこんでいた彼は、
床へ視線を落としたまま、無言でコクコクとうなずいた。
「わかった。だが、あれは我々も何十年と探していたものだ。今すぐ、お前に渡すことはできない。でももし帰る方法がわかったときには考えてやる」
“我々も何十年と探していたもの”
やっぱり…そうだったんだ…。
ならこの先も、お互い返してばかりじゃ話は進まない。
でも、帰る方法がわかれば考えてくれるのね。
なら早くその方法を見つけないと。
「一日でも早く元の世界に帰りたいの…。だからお願い。助けて…」
わかってる。
こいつはあたしを殺そうとするような酷い奴。
でも、もうあたしの力では帰る方法を見つけられる気がしなくて、
だけど、この人なら些細なことでも何か情報を持っている気がして…。
だから、すがるような瞳で見てしまったのかもしれない。
男は少しびっくりした様な表情で、まじまじとあたしを見てくる。
「わ、わかった。私にできることがあれば力を貸そう。これからはなんでも話すがいい」
「…ありがと」
やっとの思いで鏡を見つけることができたのに、
その中に入ることができなかった。
どうすれば元の世界に帰れるのだろう。
早くその方法を見つけなきゃ。
カイリSide
部屋に戻ると、
改めて鏡を手にとり、
それと向き合った。
――コンコン…
無意識に鏡面に映っている自分を弾いてしまった指先。
鏡の中から…来た。
それもこの鳳凰の鏡からだと?
信じがたいが、どうしても作り話をしているようには思えない。
それに、今まで散々探していたのに見つからなかった鏡が、突然、組織の倉庫から見つかったことも気になる。
“あたしがこの世界に来たのがあの森の洞窟だから”
“あの洞窟に行けば、鏡があるかも知れないと思ったの”
あいつの言う洞窟とは、
間違いなく我々の倉庫のことだろう。
まさかそんなことがあるのか…。
だがもし、
鏡の中から来たという話が本当なら、
あいつが鏡を持ってきたということも考えられる。
でも、これは母上の鏡。
なぜ母上の鏡をあいつが持っていたのだろう。
まさか、母上のことを知っているのか。
いや、もし知っていたとしても、王妃のことはそう簡単には口にしないはず。
だからまだ何か隠していることがきっとある。
あぁ…わからない。
今はまだ何が真で何が偽りか、わからない。
“お願い…助けて…”
カンナ…か…。
ほんとに謎だらけの女だ。
だが、しばらくそばに置いておくのも、悪くはないかもしれないな。




