かこち種
あの悪夢からどれくらいの時間が経ったのか、わからない。
目の前は、
右を見ても左を見ても、
はてしなく続く真っ白な霧。
曖昧じゃない。
あたしは、
――…死んだ。
そう自分に確信させたのは、あたしの前にいる二人の人物。
見覚えのない、
知らない男の人と女の人。
だけど、わかる。
この人たちが誰かってこと。
“お母さん…でしょ?”
女の人に向かって、そう問いかけると、彼女は穏やかに微笑みながらコクリと一度うなずいた。
会いたかった。
ずっと会いたかった両親。
ずっと知りたかったその顔。
17年が経って、やっとその願いが叶った。
両親に会えたことがうれしいのか、
それとも死んだことが悲しいのかわからない。
だけどなぜか、涙がとめどなく次から次に流れ落ちてくる。
今はただ…
願いが叶って…本当に嬉しい。
ねぇ~お母さん
…お父さん。
これからは、三人で仲良く暮らそうね。
もう、寂しい思いなんてしなくていいんだ。
ずっと…
ずっと一緒にいられるんだから。
抱きしめてほしくて、ゆっくりと両手を差し出すと
二人はその場で、ただ微笑んでる。
“お母さん…”
あたしの方からゆっくりと近づいて、その姿に触れようとしたそのとき、
「カンナ様…カンナ様…」
突然、そう呼ばれたきがして、
思わずキョロキョロ辺りを見回した。
誰か今、
あたしの名前を呼んだ?
いや…気のせい。
そんなはずない。
だってあたしは、
“カンナ様”なんて呼ばれるような人間じゃないもの。
「カンナ様!!」
えっ?
なぜかもう一度名前を呼ばれたと思ったら、
今度はゴォォーっと鳴る地響き。
…な、なに?
なんなの?
ドン!! ドン!!と強く地面がうめいて、
背中がえぐられるかのように、下から突き上げられる。
さっきまでいた真っ白な霧の中から、
突然、意識が水の中へと移動して、
それと同時に手足がふわっと自由になったのを感じた。
反射的に、ただひたすら水を両手でかきわける。
…苦しい。
無我夢中になって水の中をもがいていたら、誰かにぐいっと腕を掴まれた。
その瞬間、体に重力を感じて、酸素が喉を通過する。
「カンナ様…しっかりしてください!!カンナ様!!」
冷たい風を体中に受けながら、もうろうとした意識の中、
もうあたしには手足を動かす力も残っていない。
「お前たち…一体どういうつもりだ」
「このお方は、我々流白村を救ってくださったお方です」
頭上で誰かがしゃべってる。
誰…?
「このような扱い、見てみぬふりはできません」
「お父さん!!カンナが死んじゃう。早く屋敷の中に!!」
その声は…モア?
「勝手な真似をするな!!」
「若様は白虎の魔力をご覧になりたいとのこと。その力をカンナ様の代わりに我々がお見せしたまでのことです」
―――
――
―
体が痛い…それもと冷たいのかな…。
麻痺して、もうよくわかんないや。
真っ白な霧の中に戻れたあたしは、
またお母さんに会えることに幸せを感じていた。
お母…さん…。
えっ?
あれ?
いない!!
“お母さん?お父さん?どこなの?お母さん?”
絶対に見失いたくないと思って、霧の中、必死で二人の姿を探した。
どこに行っちゃったの?
“いやぁぁ!!お母さーん!!”
思わずでた奇声に近い叫び声。
その叫び声のあいまに、なぜか、ぐらんぐらんと揺れるあたしの体。
「カンナ…カンナ…お願い、目を開けてよ…カンナ!!」
やめて!!
お母さんを見失ってしまうじゃない。
「カンナ!!」
あたしを呼ぶ声と共に、
バシっバシっと頬に刺激を感じて、お母さんを探すことに未練を感じながらも、あたしはゆっくりと瞳を開いた。
「カンナ…」
「ヒナ…タ…?」
「あぁぁ…意識が戻ったのね!!」
あたしの体をぎゅっと包みこんだヒナタの温かい体。
あれ?…あたし。
生きてる?
ここは…屋敷の部屋?
この世界に来て、今、自分が生きているのか、それとも死んだのかを確認するのにも慣れてきた。
そして、ここまで生き延びてる自分はなんて幸運なんだと思う。
「どうして…あたし…」
「流白村の人たちが助けてくれたのよ?」
「えっ?」
「村のみんなが…池に飛び込んで助けてくれたの」
流白村の…人たちが?
そう…だったんだ。
でも、曖昧な意識の中、
モアのお父さんの声が聞こえたような、そんな記憶がある。
「意識が戻ってよかったわ。6時間以上もずっと眠り続けているんだもの」
モア…。
モアはあたしの枕元にしゃがみこむと優しく頭をなでながらそう呟いた。
もしかして二人とも、さっきのように、ずっとあたしの名前を呼び続けてくれてたの?
あたしが、お母さんのところへ行かないように。
ずっと付き添ってくれてたのかな。
「二人とも…ありがと。あとで村の人たちにもお礼を言いにいかなくちゃ…」
「カンナの意識が戻ったってわかったら、みんな喜ぶわ」
あんな目にあって生きていることが夢のようで、
半日ぶりに笑顔が戻った三人。
だけど、
そんなあたしたちの前に、
「目が覚めたのか…」
再び舞い戻った悪夢。




