極貧村の少女
結局お茶しか飲まなかった彼は、財布らしきものをふところから取り出すと、
チャリチャリっと2、3枚小銭を手の平の上に落とした。
その小銭を見た瞬間、
彼は険しい表情を見せながら、あたしの方をチラッと見てくる。
「今日に限って、細かい銭がない…」
「えっ?」
そう言って、財布へ小銭を戻すと、今度は一枚の札をあたしの前に差し出した。
「まぁいい。お前のおかげで助かった。これで何か好きなものを食べていけ」
それだけ言って、一人、店を出て行く。
受け取った紙切れを手に持ったまま、スタスタと店をあとにする彼の後ろ姿をじっと見送っていた。
あの人は…。
一体…なんだったんだ?
好きなものを食べていけって…
じゃぁ、この紙は、お金なのかな?
確かに世話をした気もする。
…?したかな?
お団子おごってもらっただけの気もしないではないけど。
まぁいいっか。
おなかも空いたし、ここは遠慮なくご馳走になってしまおう!!
でも、これいくらあるんだろう…。
「すみません…」
「はぁ~い。ご注文ですか?」
横を通り過ぎていった店員さんを呼び止めて、
「あの…これで、何が食べれますか?」
彼が置いて行った紙を見せると、
彼女は無言のまま、ただその紙を凝視しながら口をポカーンと開けて、目を真ん丸くさせてる。
「こ、これ全部を…お使いに?」
「えっ?いえ…これでどの料理が食べれるかが知りたいんです」
「さ、さようでございますか…あの…うちの店のものは、すべてお召し上がっていただけると思いますが」
「本当?じゃぁどれにしようかな…」
メニュー表を見ながら、
胸を弾ませているあたしの横で、
店員さんは、そわそわしたり、あたふたしたりで落ち着きがない。
ん?なに?
どうしたの?
「お嬢様…少々お待ちください…おつりがお出しできるか…ちょっと確認してまいりますので」
「……?」
おつりが出せない?
それって…どういうこと?
早足で厨房に戻っていった店員さんは、店長だろうか…中年のおじさんに、こそこそと何か話しをしながらあたしの方をチラチラ見てくる。
…なんか感じ悪いな。
改めてメニューに目を通すと、
おぉ~やっぱり、字だけは元の世界と変わらないのね。
スラスラ読める♪
…でもカタカナはないのかな。
ん?
“甘・味噌煮込みうどん”ってどんなのだろう。
甘いの?
味噌が?うどんが?
ちょっと食べてみたい!!
戻ってきた店員さんに微笑みながら
「決まりました♪」
そう言うと、あたしと少し距離を取りながら
「お嬢様…申し訳ございません。今、店にあるお金をすべて支払ってもおつりがお出しできない状態でして…」
困った顔してそう言ってくる。
おつりが、出せない?
細かい銭がないとか?
よくわからないけど困ったなぁ。
それにしても、さっきからどうしてそんなに敬語なんだろう。
この国の人は、お客さんに対して
とても低姿勢だ。
ん~。おつりどうしようかなぁ。
でも、実際これは、もらったお金なわけだし、あたしがおつりをせばむのもおかしな話。
「あの…この、甘・味噌煮込みうどんっていうのが…食べてみたいんです」
「は、はい…かしこまりました」
「で、おつりはいりませんから…」
「えっ、えぇぇぇぇぇ!!!!」
お金を差し出すと、あたしの方がそのリアクションにびっくりするほど、
腰を抜かしたようにドスンと床に尻もちをついた店員さん。
「どーしても、このうどんが食べてみたいんです」
「さようでございますか…きっと初めてお召し上がられるのですね…誠意をこめて作らさせていただきます」
「お、お願いします」
それから待つこと10分くらい。
あたしの前に運ばれてきた甘・味噌煮込みうどん。
それは名前の通り甘くて、元の世界の料理に例えると田楽につける味噌の味にとてもよく似ていた。
うどんという名前のわりには長細いものじゃなくて、すいとんみたいにボテッと丸くて、そこに絡みついた味噌が絶妙の味だった。
初めて食べるそのうどんを味わいながらも、厨房からは、代わるがわるあたしの方をチラチラとのぞいてくる店員。
食べずらいな…。
でも、このうどん本当に美味しい。
こんなに繁盛してるし、
この店の味は抜群なのかも。
未だ満席の店内をぐるっと見渡して、チラッと出口へ視線を移すと、
ん?
えっ…?
あれって…
…!!もしかしてヒナタ?
もう一人の連れは、頭から服を被っていて顔は見えないけど、体格からしてきっとユリに違いない。
あたしは、お盆の上へ箸を投げ捨てるようにして出口まで走ると、勢いよく店の扉を開けた。
「ヒナタ!!」
声をかけたあたしに気がつかなかったのか、ヒナタはビクッと肩を動かして、
しばらくキョロキョロ辺りを見回したあと
あたしと視線が絡み合うと、はぁ~って安堵のため息をついた。
「もう!!探したんだよぉ!!」
「ごめーん」
ダンダンって大股で近づいてきたヒナタは、あたしのおでこにデコピンをくらわしてくる。
「兵に捕まったのかと思って心配したんだから!!」
「本っ当ごめんね」
「無事だったならそれでいいけどさ!!」
再会を喜んでいたあたし達の横で、静かに立ち尽くしていた人物。
あっ…。
その人の傍にかけよって、頭からかぶってる服の間をそっと覗いてみたら、
チラッと見えたその顔に、思わずジワッと涙が込み上げてくる。
「あぁぁぁユリ!!よかった!!無事だったのね!!」
ユリの体をギュって強く抱きしめたあたしに、
「カンナ…この子はユリって子じゃないらしいわよ?」
ヒナタは、あたしとユリを交互に見ながらそう言ってくる。
え…?
ユリじゃないって…
な、なにが? どういう意味?
「あなたが助けてくれたのね。どうもありがと…」
……?
ちょっと待ってよ。
まるで初めて会ったかのように、よそよそしい挨拶をしてくる彼女の顔を、まじまじと見つめてしまった。
ユリじゃないなら一体誰?
「ユリ…だよね?」
「えっ?ユリ?」
彼女は、顔に“?マーク”を浮かべながら、違うと言うかのように首を横に振った。
ははっ…まさか、冗談でしょ?
それともこんなにもそっくりな人間が存在するとでも言うの?
目、鼻、口、それに声、
何もかもが全く同じ人間じゃない。
いつまでも凝視していたあたしと視線が絡み合うと、彼女は気まずそうに微笑みながら改めて軽い会釈をしてくる。
そんなぁ…。
ほんとにユリじゃないの?
当の本人が違うって言ってるにも関わらず、まだどこか信じられない気持ちがあって、
「ユリ…」
思わず彼女の名前が自然と口からこぼれてくる。
はぁ~って肩を落としたあたしを見たからなのか、ヒナタはポンポンってあたしの背中を叩いた。
「そうだ!!ご飯でも食べよっか!!」
あぁ…そういえば、ヒナタとお昼を食べようとしてたら、ユリを見つけたんだっけ。
なのに、あたしったら…
一人で先にうどんを食べてしまうなんて…。
ヒナタは、何がいいかなぁってお店を見回しながら吟味してる。
「ねぇヒナタ。実はね…あたし、先に食べちゃったの」
「えぇ~~!!」
「ごめーんヒナタ」
両手を目の前で合わせて謝ってるあたしに、ヒナタは呆れたようにポカーンと口を開けて見下ろしてくる。
「…信じらんない」
「本当にごめん!!あっ!!じゃぁさ~あたしがみんなの分も全~部おごってあげるから!!ね?それで許してよ!!もうなんでも食べていいよ!!」
「本当?全部おごり?ん~なら許してあげる。って…そんなのだまされないからね!!カンナお金持ってないでしょ!?」
「それがさ~…天から降ってきたの~♪」
「んっ?」
あたしの案内でさっきいた店に戻ると、
なぜだか店員さんが、総出であたしたちを出迎えてくれる。
「ちょっとカンナ…なんなのよ、この扱いは…」
「あたしも何がなんだか。すみません…この二人もあのお金で食べれますか?」
「もちろんでございます。なんでも好きなものをおっしゃってください」
「ほらねっ!!なんでも食べていいって!!」
半信半疑だったヒナタも、店員さんのその言葉を聞いて納得したのか、首をかしげながらもメニューを広げた。
「なら、遠慮なく頼んじゃうからね!!」
「いいよ~」
結局ヒナタはお刺身定食を、ユリ似の彼女はおかゆを注文。
「わぁ~おいしそう!!
いただきまーす」
パクパクどんどん口の中へ頬張るヒナタを横目に
「ねぇ…食べないの?」
おかゆを目の前にして、
なかなか食べ始めようとしない彼女。
彼女はお盆の上にゆっくりと箸を置くと小さくため息を吐いた。
「村のみんなが飢え苦しんでるときに…あたいだけこんなものを食べたら、バチが当たるよ」
「えっ?」
「モアはね~。食料を盗んで捕まったらしいの…」
ヒナタは、彼女に変わってそう代弁してくる。
っていうか名前、モアって言うんだ…。
それに食料を盗んだって…どういうこと?
「モアは流白村に住んでるんだって」
「流白…村?」
オウム返しのように訪ねたあたしに
「…通称…極貧村よ」
こう言えばわかるでしょ!?
とでも言うかのように、
微笑しながらモアが付け足してくる。
極貧村って…。酷な名前の村。
それに罪を犯さなければいけないほど、その村には食料がないのだろうか。
「先週ね…隣に住んでるおばあちゃんが、死にそうになってる孫の姿を見て自ら先に命を経ったの」
ボソボソと話出したモアの声にあたしとヒナタは耳を傾けた。
おばあちゃんが自殺?
どうして、そんなこと…。
でも、もしかしたら、そのおばあちゃん、死にそうになってる孫を見るのが耐えきれなかったのかな。
だから先に死ぬことに。
「自分も孫も、いずれ死ぬって悟ったんだろうね」
ヒナタがそう言うと、モアは、コクコク小さな相づちを打った。
「うん。そう…。だから自分の肉を食べるようにって言い残して…」
「えぇっ!?」
淡々と蚊の泣くような声でしゃべるモアの言葉を聞いて、思わず口元を両手で覆った。
耳を疑うかのような発言にあたしもヒナタも何も言葉が出てこない。
人間を…食べる!?
そ、そんなことが現実にありえるの?
「あたいの村の人間はみんな今日生きるか、それとも明日まで生き延びられるか…そんな人生だもん。食べ物盗んで捕まって、たとえ処刑されたとしても悔いはないよ」
“極貧村”と呼ばれる村。
モアの話を聞いてわかった気がする。
その実態は、あたしなんかが想像している貧しさのレベルとはきっと全然違う。
それに、死んだあとの自分を食べろと言って自ら命を経ったおばあちゃんの話を聞くと、
窃盗を働いたモアの方がまだ正しいことをしているようにも思えてきて。
隣にいるヒナタはうなだれるように頭を抱えている。
だけど、あたしたちの前で話をしながら、平然と涙もなにも見せないモア。
生きるためには仕方ないと言うように。
これが現実なんだよ…というかのように。
なんて悲痛な村なんだろう。
なんて残酷な国。
日付けも時間も、
国の名前さえも一緒なのに
これが日本で、この世界の現実。
長い間、あたしたちの席には沈黙が続いた。
あんなに空いていたお腹も満たされたのか、それとも食欲を失ったのか、3人ともうつむいたまま。
「とりあえず食べよっか。ほらっ!!モアも今は食べなさいよ」
ヒナタは、おかゆのどんぶりをモアの手元に近づけた。
確かに、モアの体をよく見れば、あんな話を聞かなくてもわかる気がする。
細長い首筋。
折れてしまいそうなほど、皮と骨になっている手首。
衣類の中の体はきっとガリガリに痩せているに違いない。
どうすることもできないのだろうか。
村を救う方法はないのかな。
きっと…ないんだろう。
方法があるなら、酷い状態になる前になんとかしているはず。
だから村を助ける方法は、思い付かないけど、でもあたしたちがモアと出会ったのも運命。
こんなモアを一人にして、“じゃぁまたね~”なんて帰ることなんてできない。
今、あたしたちにできること…何かないかな…。
なんでもいい。
小さなことでもモアの助けになれることは…ないだろうか。
しばらく考えていると、
「ありがとうございましたー。またお越しくださーい!!」
ふとレジでお会計をしていたお客さんが目に留まった。
あぁ…そう言えば!! うどんのおつり!!
今あたしたちに出来ること。うん、きっとこれしかない。
「すみません…」
小さく手を上げて店員さんを呼んだら、おそらく店長だと思われる中年のおじさんが、小走りであたしたちの元へ駆け寄ってきた。
「お待たせ致しました」
「あの…あと、いくらくらい残ってますか?」
「えっ?ま、まさか、おつりを出せというのでは…」
「いえ、何かお土産を買って帰りたいんです。 ねぇ!!ヒナタ…。残りのお金で村の人たちに何か買って帰ろうよ!!」
「うん。そうだね。おじさん。あといくら残ってるの?」
「えっとですね…あと…960ウェンです」
「はぁぁぁぁ!?」
店長さんの返答を聞いてか、ヒナタは、口をあんぐり開けたまま、持っていた湯のみをガタンとテーブルの上に落とした。
「またまた冗談ばっかり」
「いえ…本当でございます」
真剣にそういう店員さんを見て、ヒナタはゆっくりと睨むようにあたしの方を見てくる。
「カンナ…あんたこんな大金、本当にどうしたの?」
960ウェンってそんなに大金なの?
元の世界だといくらくらいなんだろう…。
感覚がわからないけど、
ヒナタの反応からして結構な金額には間違いないだろうなぁ。
そんなお金を持ってるなんて、
あいつは一体…何者なんだろうか。
いや今はあの男のことはどうでもいい。
「じゃぁそれで買えるだけ買いたいんですけど、何か持ち帰られるものありますか?」
「そうですね。肉団子とかはいかがでしょうか…」
「じゃぁそれをお願いします」
「かしこまりました。できる限りの数をご用意いたしますので少々お待ちください。…おーぃ!!今日はもう店仕舞いだ」
のれんの外にかけてある札を“準備中”に変えた店長さんは慌しく厨房に戻っていく。
厨房からこっちをのぞいていた店員さんたちもバタバタと動き出した。
待ってる間、店員さんは、私たちにお菓子やお茶を用意してくれたり、最高の待遇でもてなしてくれて、ヒナタは超ご機嫌。
そんな中、やっぱりモアの表情は相変わらず浮かない。
「今日会ったばかりのあんた達にこんなに親切にしてもらうなんて…。
ありがたいけど、あたいはあんた達に、なんのお礼をすることもできないよ」
うつ向きながら、力の無い瞳でそう言うモアを見て、あたしとヒナタは顔を見合わせた。
「もう!!なに余計なこと考えてるのよ。こっちだって、モアに恩を売ろうなんて初めっから思っちゃいないよ」
本当にそう。
ヒナタの言うとおり。
それにモアがユリに似ていたのも、きっと何かの縁に違いない。
ヒナタの言葉に共感して深く相づちを打ったあたしと視線が絡み合ったモアは
ダラダラと、頬を流れ落ちていく涙を手のひらで拭っていた。
「じゃぁ行こうか!!」
お店にある可能な限りの肉団子を用意してもらうと、
あたしたちは、抱えるような大量の袋を3人で分け持ちながら、流白村へと向かった。




