流白村の悲劇
“流白村”は、ヒナタの住む白森村から見て対角線上に位置するらしい。
さっきまでいた白楽の城下町を通り抜けて反対側に出ると、しばらく西へ向かって歩いていく。
ヒナタ自身も、話しには聞いたことがあるだけで、実際に流白村を訪れるのは初めてらしい。
「活気があって素敵な村だったのよ。15年前まではね。でもあの戦争に負けてから、村は天国から地獄へ変わったわ…」
15年前・・・?
それってもしかして…
こないだヒナタが話してた王権をめぐって争った戦争のこと!?
「負けた兄の見方をした村は酷い目にあったって聞いたことがあるけど…もしかして流白村は、兄側だったの?」
「そうよ…。村は兄の皇太子側に付いていたから戦争に負けて、たくさんの村の人が弟に殺されたわ。弟は、なにくわぬ顔で今現在も、皇帝の座に治まっているけど、あたいたちにしてみれば、あの一族は悪魔そのものよ」
モアは、憎しみのこもった瞳でそう呟く。
そうか。
今の日本の皇帝っていうのは弟の方。
なら、兄はどうしたんだろう。
負けたってことは殺されてしまったのかな。
何にしても、兄弟で争わなきゃいけないなんて・・・。
残酷すぎる話。
「見えてきた。あれが流白村よ」
歩くこと40分くらい。
そう言って力無くふわっと上がっていったモアの指先を追ったあたしとヒナタは、
思わずズズッと足を止めた。
あ、あれは…いったい…何?
だんだん近づいて見えてきた風景は、どう表すのが適切だろうか。
村全体は“茶色”のイメージで、人々はおそらく“セピア”というカラーが適切だろう。
村が生きている…
そんな気配が全くしない。
まるで廃虚になった世界のよう。
どう見ても、人が住んでいる集落とは思えない。
それに、
うぅっ・・・なにこの臭い…凄い臭い…。
鼻がもげそうだ。
何の臭いかと辺りを見回すと、トボトボと音を発しながら聞こえてくる水の音。
あぁ…そうか…。
たぶん、あの下水が臭いんだ。
モアは、村に入ると、ためらうことなくスタスタと奥へ進んでいく。
一度ヒナタと顔を見合わせて同時に軽い深呼吸をしたあと、あたしたちも村の中に足を踏み入れた。
ドアが半壊している家。
窓ガラスが無くなっている家。
壊れかけた窓枠には、
テープか何かで補修が施してある。
ピューと吹いた冷たい風が大袈裟に砂ぼこりを舞いあげて、ヒナタと二人で身を縮めた。
そんな村をおぼつかない足取りで歩いていると、
小さな小屋のような家の
玄関先に、二人の少年が座り込んでいるのに気がついて、思わずビクっと肩が震えた。
兄弟…かな…。
見た感じはたぶん
5歳、6歳くらいだと思う。
力ない瞳でじっとあたしを見上げてくる子供たち。
真横を通る際、改めてその子たちの方へ視線を向けると、
一人の男の子の膝の上に、頭がやけに大きくて、体は骨に皮がついただけのような小さな赤ちゃんが寝ているのに気がついた。
赤ちゃんと言えば、ぷっくりとしてまん丸に太ったイメージを持っていたのに。
あたしは、その子を凝視することができなくて思わずぎゅっと強く目を閉じた。
あぁ…。 そうだ。
ここは、日本であって、日本ではないんだ。
現実だけど、現実ではない。
あたしにとっては、異世界の光景。
そうだ…。
そう思うことにしよう。
そう自分に何度も何度も言い聞かせた。
けれども、いくらここが、あたしにとっては異世界でなんの関係もない世界だと言い聞かせてたとしても、
今、目の前にガリガリに痩せた子供たちがいることは、幻覚でもなければ空想でもない…現実。
あたしはゆっくり、その3人の元に近づくと、その場に腰を下ろして目線を合わせた。
「こんにちは…」
子供たちは顔を見合わせながらあたしを警戒してる。
手提げの袋の中から数本の肉団子を取り出すとぷーんっと辺りに漂った醤油ダレの香り。
子供たちは、その肉団子を見ても、がっつくことも奪ったりすることもなく、
弱々しい眼差しであたしの手元を見ている。
「どうぞ?」
そう促して更に近づけた肉団子。
「いいの?」
コクリと頷いたあたしを見て遠慮気味にそれを受け取った大きいお兄ちゃんは
「あ、ありがと…」
かすれた小さな声で呟いて赤ちゃんを抱えたまますぐさま家の中へ入って行った。
「モア!!心配したんだぞ!!村長がお呼びだ!!」
「わかってる。今、行く。」
正面から足早にあたしたちの元に近づいてきた中年の男性がモアにそう声をかけると、
彼女は振り返り際に
“ちょっと待ってて”と呟いて、村の奥へと消えていった。
「噂には聞いていたけど、ここまでだなんて…あたいたちの白森村は良い方ね。
ここに生まれた子供は地獄だわ。
貴族に生まれたもの。
貧民に生まれたもの。
世の中がすべて、その人の人生を決めてしまう。今の日本はそういう国よ」
産まれたときから人生が決まる。
この村に産まれたら、一生ここで貧困な暮らしをしなければならない。
ここは、そういう世界だとヒナタは言う。
流白村を救うすべはないのだろうか。
もし、これから先、何年も経って、この村の貧困な生活を“時間”が解決してくれるのならば、
“15年前のように、またいつか活気を取り戻すことができる”
ただ、そう希望を持って祈ることしか、今はできることがないのだろうか。
それは、あまりにも、
曖昧すぎて、先の見えない悲しい未来。
「東の町にね…金融の組織があるの」
なんの前触れもなく、ただ遠くを見つめながら唐突に口を開いたヒナタは
改めてあたしの方へ視線を移した。
「金融の…組織?」
何の話?と首をかしげたあたしを見てヒナタは話を続ける。
「お金を預けるとね、戻すとき利子をつけて返してくれる組織よ」
それって…。
もしかして、元の世界で言う…銀行?
「そこなら、お金を融資してもらえるかもしれない」
「えっ!?」
「ただ信用があればだけどね。この村の人たちは、“流白村”って名前を出すだけで金融系はすべて無理だから。でもあたいたちだったらきっと大丈夫よ」
「あたしたちなら…大丈夫!?」
「うん。あたいたちは働いて返せばいいんだもん。せめて子供たちに少しでも食べるものを買ってあげたいの。 ねぇ、カンナ?…組織に行ってみない?」
それってつまり…。
村の人たちが融資を受けられないから、あたしたちがお金を集めて、
食料を買ってあげる…そういうこと?
……。
…。
あたしは、ヒナタの提案に思わず口を閉ざしてしまった。
即答なんて、とてもじゃないけど…できなかった。
確かに。
急な思いつきとはいえ、
いいアイディアだと思う。
だけど…。
あたしは借りられるかな。
身分証もなければ住所すらない。
しかも、記憶喪失ときた。
ううん…そんなことよりもあたしにはこの異世界で、借りたお金を返す当てなんてない。
例え、運よく借りられたとしても、一生村のために借り続けることもできなければ、
ただ、その場しのぎにしかすぎない結果になることが目に見えている。
それに、早くこの世界から去りたいと願っているあたしにとって、それは、あまりにも無責任すぎる行為。
やるせない気持ちで俯きながら瞳を閉じたら、ふいに、さっき家の前で座り込んでいた、3人の男の子がまぶたに浮かんだ。
あぁぁ…。
言葉にはならない、深い
ため息だけがただただ漏れる。
「そうだねヒナタ…組織に…行ってみようか」
「うん!!行こうよ」
実際、元の世界に帰る方法は、まだ何一つわかってない。
帰る手がかりになりそうな鏡すら、見つかってない。
それに、ユリに瓜二つのモア。
向こうの世界で、唯一心を交わしていた親友のユリ。
蓮と出会うまでは、彼女以外に信用できる人間なんて誰一人いなかった。
両親がいなくて寂しい思いをしていたあたし。
ユリは、いつも、あたしの側にいてくれた。
いつも、あたしの見方だった。
辛いときも、楽しいときも
ずっと一緒だった。
だから…どうしても同じ顔をしたモアが、赤の他人だと割りきることができなくて…。
「よし!!行ってみようか!!」
改めて決心が着いたあたしを見てヒナタは、穏やかに微笑んで深く一度相づちを打った。
元の世界のことは、きっと何とかなる。
でも、村の人が毎日亡くなっているこの村の現状をもし阻止できるとしたら、それは今しかない。
モアのためにも、あたしにできることが少しでもあるなら、今は帰るよりも、村を優先したい。
そう、心から思えたんだ。




