灯台下暗し
うそでしょ?
よりによってこんなところで出食わすなんて。
っていうか、もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに。
これ以上ないくらいに、思いっきり奴の面を睨みつけてやった。
あの日のことを思い出したら、もう一発食らわしてもいいくらいだ。
「一緒に来い!!」
「はい?」
そう言って、なんの前触れもなく突然パッとつかまれたあたしの手首。
意味わかんない。
「ふざけないでよ!!」
馴れ馴れしく触られたことが不愉快すぎて、大袈裟にその手を振りほどいてやった。
一体この人は、どんだけおバカさんなんだろうか。
こないだは、“死にたくなければ一緒に来い”と言われて、おいおいついて行ったらキスされた。
いくらあたしでも、
同じ手には二度とひっかからない。
彼はチラッと柱の影からどこか遠くを見たあと、パッとまた身を引いて体を隠した。
何してんの?
この人…。
あっ…!!やばい。
そういえばユリ。
ユリたちのことを思い出して、立ち去ろうとしたあたしを
「待て…」
もう一度今度は肩を掴んで引き止めてくる。
「もうなんなのよ!!いい加減にしてよね!!大声だすよ?」
その言葉がいい終わらないうちに、大きな手が勢いよくあたしの口元を覆ってふさいでくる。
「頼む…しばらく一緒にいてくれ…」
「ぇっ…?」
目元だけしか見えないほどの至近距離で、それはまるで捨て猫のように悲しげな瞳でそう訴えられて、
「す、少しなら…いいけど」
誘惑するような甘い瞳に負けてしまったのか、あっさり了解してしまった自分が情けない。
でも、一緒にいてどうするんだろう…。
彼はもう一度、柱の影からのぞき見ると
「くそっ!!兵が増えてる…これじゃ町からも出られない」
独り事なのか、それともあたしに言ってるのか、ぶつぶつ呟いてる彼の顔をチラッと見上げたら、
いきなりスーッとあたしを見下ろしたあと、ギッて鋭い視線で睨らみつけてくる。
なによ…その目は。
「だいたいこんなことになったのもお前の所為だ!!」
「えぇ?」
意味のわからない言いがかりに思わず口がポカーンと開いてしまった。
一体なんなの?
さっきは甘いとも思える眼差しであたしを見てきたと思ったら、今度はいきなり怒りだしたり、本当、喜怒哀楽が激しすぎ。
「お前が女を逃がしたりするから」
女…って、
も、もしかしてユリのこと!?
「なにそれ…あたし…そんなことしてないよ」
「全部見てたぞ?」
「えっ?」
「妙なものをふところから取り出したお前と、女を連れ出して逃げて行った仲間をな…」
「……」
「ほらっ!!よく見てみろ。兵がどんどん増えてる。少数ならなんとかのがれられたものを…くそっ」
っていうか、
「ねぇ…さっきから、兵が…兵が…ってどうして兵が増えたらいけないの?
別に何も悪いことしてなければ、どんなに増えたって関係ないじゃない。
それとも増えてまずい理由でもあるわけ?」
「……」
ついさっきまで、たらたら嫌味言って、あんなに騒がしかった彼なのに、
あたしが言ったことに何か都合の悪いことでもあったんだろうか。
急に口を閉ざした。
なんかこいつ…怪しい。
あたしも気になって、柱の影からそっとのぞいてみたら、確かに、
一人の兵士が、4,5人の兵士にあちこち指をさしながら何かを指図してる。
あの人たちはユリを探しているんじゃないの?
それとも…まさかこいつを探してるとか?
じっとその光景を見ていたら、ふいに一人の兵士と視線が絡みあってしまった。
げっ…やばい…。
その瞬間パッと体を隠した。
「目が…合っちゃったんだけど…」
「はぁ?ふざけるな!!」
もう一度チラッとのぞいたら早足であたしたちの方に近づいてくる男。
「こっちにくるよ!?どうしよう」
彼は眉間にシワを寄せるとバッとあたしの手をひいて隣のある屋台の前に立った。
「女…」
「…なに?」
「しょう油とあんこ、どちらが好きだ」
「えっ?」
しょう油!?
あんこ!?…!?
彼の視線を追うと、屋台に並んでいたのは、たくさんの団子。
わぁ~美味しそう!!
「ん~。しょう油…かな…」
「じゃぁ…しょう油を二つ」
「はいよ~」
屋台で団子を買った彼は、無造作に一本をあたしの目の前へ近づけてくる。
「…ありがと」
「礼はいいから早く食え!!」
「えっ?」
そう言われて団子を口に頬張ると、ジワッと甘酸っぱいしょう油のタレが口の中に充満してくる。
「うわぁ~マジ美味しい~これ♪」
「よかったな」
「こんなの初めて食べたかも!!」
「そうか…」
あまりの美味しさに感動して、ベラベラしゃべっていたら、
いつの間にかあたしたちの横を、さっき目が合った兵は素通りして先を歩いて行った。
その姿を見て、彼は、ハァ~って気の抜けたようなため息をつくと
「ほらっ…これもやる」
スーッと無表情に戻って、あたしに、自分の持っていた団子を無理やり渡すとスタスタと歩き出した。
なによ。あの態度。
なんかいちいち勘に触るんだよね。
まぁ…。
美味しいから遠慮なくいただくけどさ。
「のどが渇かないか?」
チラッと後ろを歩くあたしの方に振り返った彼は、和食屋っぽいところで足を止めるとそう聞いてくる。
「別に、乾いてないけど…」
「私は乾いている。入るぞ」
ちょっと、なにそれ。
彼は無理やりあたしの手を掴むとノレンをくぐって店の中へ入って行った。
ったく、選択権がないならいちいち聞かないでよ。
店に入ると、真ん中にある通路を挟んで右側には、4人掛けのテーブルが5つほどあって、
左側には、一段高くなってるたたみの上にいくつかのテーブルが置いてある。
昼時だからか、店はほぼ満席で、運よく一つ空いていたテーブル席に、腰を下ろしたあたしたち。
席につくなり、重たい大きなため息をついた彼は、
上着に包まれた四角いものをテーブルの上にゴトっと置いた。
何気なくその光景を見ていたあたしと視線が絡み合うと、
彼は顔をしかめて、四角い何かをテーブルから椅子の上へ滑り下ろした。
運ばれてきたお茶をすすりながら、何度かその物体をチラチラ気にしていた彼に
「それなに?」
そう尋ねたら、彼は、
相変わらず無愛想な表情で眉間にシワを寄せている。
「どれだ…」
「その上着に包んでるもの」
あたしが指をさすと、
その物体に視線を移すこともなく、
ただあたしをじっと見ながら彼は口を開いた。
「…なぜ中身を聞く」
「別に。…ただ、ずいぶん大事そうに見えたから」
「まぁ…土産みたいなものだな…」
「お土産?…ふーん…」
この時のあたしは、あえてこれ以上追求する気もなかった。
“まさか”…と疑うことすら 、
思いもつかなかったんだ。




