第6話:静寂の古書店と、ポンコツ幽霊の赤面ツンデレ
登場人物
ヘレナ: 第6話のヒロイン。王都の片隅にある古書店の看板娘。おっとりしていて静かな性格で、クロードの地道な努力をひそかに見守っている。
前書き
第1話から第5話までのドタバタを経て、今回は少し落ち着いた古書店を舞台にお届けします! 毎回おなじみの理不尽な奇行ではなく、リリアの「可愛らしいパニックと赤面ツンデレ」を中心に据えつつ、物語の核心に迫る「大きな謎(縦軸)」が動き出す記念すべきエピソードです。いつもとは一味違う、キュンと笑えるドタバタ劇をぜひお楽しみください!
王都の喧騒から少し離れた、石畳の路地の裏。
そこに、看板の文字さえすり切れた、ひっそりと佇む古い古書店『黄昏堂』があった。
店内に一歩足を踏み入れると、何十年、あるいは何百年もの間蓄積されてきた古紙とインクの、独特でどこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
クロード・フォン・シルヴェスターは、山積みの古書の隙間を縫うように歩きながら、深くため息をついた。
(ふう……今月も魔導具の分割払いと、実家の父親からのプレッシャーで胃に穴が開きそうだ。何か、効率よく借金を返済するための古の魔導知識や、高値で売れる錬金術のレシピでも落ちていればいいんだが……)
名門高位貴族の御曹司でありながら、裏の莫大なローンと日々の生活費を稼ぐために冒険者ギルドと古書店を駆けずり回る苦労人。それが現在のクロードのリアルな姿だった。
しかし、そんな彼の革製の鞄の中では、相変わらず「猫の人形」に姿を変えた元・最強魔導師リリアの魂が潜んでいる。
リリア(鞄の隙間から、ひそひそ声で不満そうにつぶやく):
「ちょっとクロード、こんなカビ臭い古本屋に何の用よ。私の肉体の手がかりなんて、こんな埃まみれの棚にあるわけないでしょうに。もっと華やかな貴族の社交場とか、魔導遺跡を探しなさいよ」
クロード(心の中で冷や汗を流しながら返しつつ、本棚を漁る):
「(言うなリリア。お前が消滅しないように安全で静かな場所を選んでるんだよ。第一、俺は純粋に商売のネタを探して――)」
その時だった。
クロードが一番奥の暗がりにある、特に古びた魔導書の棚に手を伸ばした瞬間。
反対側の通路からも、同じ本を取ろうとした白い手が伸びてきた。
ガシッ、と。クロードの手と、その主の手が棚の隙間で完全に重なり合った。
「あ――」
小さな、鈴を転がすような声が漏れる。
顔を上げると、そこに立っていたのは古書店の看板娘であるヘレナだった。
彼女は淡い緑色のワンピースを着ており、静かで知的な雰囲気を纏った読書好きの少女だ。いつもクロードが真面目に本を探しに来る姿を、温かい眼差しで見守ってくれていた。
狭い通路の隙間。互いの手が触れ合い、顔の距離がわずか数十センチという至近距離。
外の夕日が古書店のガラス窓を通り抜け、黄金色の光となって二人を柔らかく包み込む。まるで物語のワンシーンのような、息をのむほど甘く静かな空気が、その場にふわりと満ちていった。
(おっ……!? こ、これは……! 古書店の片隅、夕日、そしてヒロインとの偶然のボディタッチ……! 完璧すぎて、思わず心臓が跳ね上がりそうになるぞ……!)
クロードが思わず胸をときめかせ、何か紳士的なセリフを紡ごうと口を開きかけた――まさにそのコンマ数秒後。
革鞄の猫人形から、強烈な魔導の光が激しく明滅した。
(――っ!? 来たっ……!)
血の気が一気に引くのを感じる間もなく、カチャリと鞄のチャックが開き、中から「可愛い猫の人形」が飛び出した。そしてその傍らから、リリアの霊体が慌てふためいた様子で宙に現れる。
リリア(顔を真っ青にして、半泣き状態で絶叫する):
「やばい、やばい、やばいーーっ!! このままだと私の魂の波長が完全にオーバーヒートして消滅しちゃう! どうしよう、どうやってこの雰囲気をブチ壊せばいいのよ……!」
クロード(心の中で魂の絶叫):
「(おいリリア、いつもの謎のダンスやスープぶっかけはやめてくれよ! ここは静かな古書店だぞ、頼むから普通にしてくれ――っ!)」
だが、パニックに陥った元・最強魔導師の理性に、クロードの願いが届くはずもない。
リリアの霊体は猛烈な勢いでクロードの肉体にダイブした!
ビリリッ、と脳髄を走る電撃。
身体の主導権を奪われたクロードの肉体は、ガバッと勢いよく身を乗り出し、ヘレナの手をパッと乱暴に振り払った。そして、顔をトマトのように真っ赤に染め上げながら、その場でじたばたと両足を地団駄を踏むように鳴らしたのだ。
「な、なんなのよ急に……っ!」
「く、クロードさん……?」
ヘレナが驚いたように目をパチクリとさせる中、リリアに操られたクロードの肉体は、恥ずかしさと焦りのあまり限界を超えたツンデレ全開のセリフを大声で叫び始めた。
リリア(クロードの身体と声を借りて、必死の赤面ツンデレを炸裂させる):
「ば、馬鹿者ーーっ!! 誰がこんな狭いところで手と手を取り合ってロマンチックな雰囲気に浸るものか! べ、別に私は君と古書を一緒に読みたいわけじゃないんだからねっ! 勝手に私のパーソナルスペースに入ってくるな、この、この、うすのろーっ!」
完璧すぎる王道のツンデレセリフと、顔を真っ赤にしてブルブルと震える不器用な身振り手振り。
あまりのパニックっぷりに、自分の発言の恥ずかしさでリリア自身がクロードの肉体の中で頭を抱えて「うわああああ、私はいったい何を言っているの――っ!」と悶絶している。
(おいおい、なんだ今のセリフは……! 恥ずかしさのあまり完全に自爆しているじゃないか! これじゃあただのツンデレをこじらせた不器用な人間にしか見えないぞ……!)
クロードが心の中で頭を抱えていると、ヘレナは驚きで固まった後、ふっと表情を和らげた。
彼女は頬に手を当て、どこか愛しそうに目を細めて微笑んだのだ。
「……ふふっ。そうだったんですね」
「へ……?」
「クロードさんって、いつもはあんなにクールで一生懸命お仕事や冒険を頑張っているのに……女の子とこんな風に近づくと、あんなに真っ赤になって、不器用なツンデレみたいな言い訳しちゃうんだ……。なんだか、すごく……可愛いところがあるんですね」
((……は……!?))
クロードの心の中で、盛大な雷鳴が轟いた。
「可愛い」だと? 名門貴族の苦労人冒険者である自分が、なぜか古書店の看板娘の前で「不器用で可愛いツンデレ男子」という新しい属性に変換されてしまったのだ。
「ち、違うんだヘレナ、これは私の意志ではなく、内側に宿るポンコツな幽霊が――」
「ふふ、もう無理して取り繕わなくても大丈夫ですよ。……あ、そうだお礼に、この探していた魔導書の破片、特別に差し上げますね」
ヘレナは微笑みながら、先ほど二人が触れ合っていた棚から、一枚の古い羊皮紙の切れ端をクロード(中身はリリアに振り回されるクロード)にそっと手渡した。
数秒後、ようやく身体の自由を取り戻したクロードは、古書店の片隅で床に崩れ落ち、頭を抱えて絶叫していた。
「はぁっ、はぁっ……くそっ……! またしても私のクールな貴族人生が、謎のツンデレ属性のせいで崩壊していく……!」
足元にポトリと落ちた猫の人形の中で、リリアの霊体が真っ赤になった顔を両手で覆い、ガタガタと震えながら引きこもっていた。
リリア(小声でぶつぶつと自己嫌悪):
「うう……あんなベタなツンデレのセリフを大声で叫ぶなんて……私の歴史的汚点だわ……もう二度と外を歩けない……」
クロード(床を叩きながら):
「こっちのセリフだぁぁぁっ!! なんだよあの『可愛いツンデレ男子』みたいな扱いは! 俺の苦労人としての威厳はどこへ行ったんだよ!」
二人して盛大にメンタルを削られながらも、クロードの手にはヘレナから貰った古い羊皮紙の破片が残されていた。
夕闇が迫る自室のベッドの上。
すっかり疲れ果てて床に寝転がるクロードの足元で、猫の人形に戻ったリリアが、ふと手渡された破片に目を留めた。彼女の表情が、これまでの茶化すような態度から、一瞬にして真剣なものへと変わる。
リリア(真剣なトーンで破片をじっと見つめる):
「……待って、クロード。その羊皮紙……ちょっとそれを見せてみなさい」
「ん? ああ、ヘレナに貰った古書の破片だが……どうしたんだよ、急に真面目な顔をして」
「……これ、間違いないわ。この端っこに描かれている複雑な幾何学模様の紋章……。数年前に私が封印された、我が実家の地下深くに眠る『禁呪の隠し祭壇』の術式と完全に一致しているわ……」
クロードはガバッと起き上がり、真剣味を帯びたリリアの顔を見つめ返した。
「なんだって……? それじゃあ――」
「ええ。偶然なんかじゃない。この王都のどこかに、私の失われた肉体、あるいはその手がかりを知る人物がいるはずよ……!」
ギャグの嵐の裏で、物語の歯車が音を立てて大きく動き出す。
借金返済の泥臭い日々と、ポンコツ可愛い相棒の暴走。その果てに待ち受ける、本当の「肉体探しの謎解き」が、いま静かに幕を開けようとしていた――!
第6話をお読みいただきありがとうございます! 今回は少し落ち着いた古書店を舞台に、リリアの「赤面ツンデレ&大パニック」という新しい可愛さを引き出してみましたがいかがでしたでしょうか? そしてラストには、ついに物語の大きな縦軸となる「リリアの肉体の手がかり」が姿を現しました。ギャグとシリアスが織りなすこの物語、次回からもさらに加速していきますので、ぜひお楽しみに!




