第7話:天才魔導鑑定士と、プライド高き霊の嫉妬パニック
登場人物
クロード・フォン・シルヴェスター:本作の主人公。名門伯爵家の御曹司でありながら、裏の莫大なローンと借金返済のために泥臭く冒険者稼業を営む苦労人。外面は完璧な貴族紳士だが、内面は常に金欠とツッコミに満ちている。
リリア:クロードの相棒。禁呪の失敗により猫の人形に魂が定着してしまった元・最強魔導師の美少女幽霊。クロードとは「異常なまでの生存執念」の波長が共鳴しているため、イチャつきそうになると消滅回避の生存本能で肉体を強制乗っ取りする。
シルヴィア:第7話のヒロイン。王都の裏通りにひっそりと工房を構える、若くして天才と謳われる魔導鑑定士。クールで知的な美貌を持つが、未知の術式やマニアックな魔導回路を見ると目の色が変わるマッドサイエンティスト気質を秘めている。
前書き
第6話で手に入れた「古書の破片(リリアの実家の地下祭壇の紋章)」の謎を解き明かすため、クロードは王都の裏通りにある凄腕鑑定士の元へ足を運ぶ! 新たなヒロイン・天才魔導鑑定士シルヴィアを相手に、リリアの「元・最強魔導師としてのプライドと嫉妬」が炸裂する第7幕をお楽しみください!
王都の華やかな大通りから外れ、石畳の小道を幾つも抜けた先の、さらに日当たりの悪い裏通り。
そこに、古びた看板を掲げた『シルヴィア魔導鑑定工房』はひっそりと佇んでいた。
工房の扉を開けると、鼻を突くのは古い羊皮紙と薬品、そして微かに焦げた魔導インクの匂いだ。部屋の壁一面には無数の魔導具や古い文献が積み上げられ、中央の巨大なオーク材の机の上には、幾重もの魔法陣が青白く明滅するガラス管が並べられている。
一人の男――名門伯爵家の御曹司でありながら、今月の魔導具の分割ローンと実家からのプレッシャーに胃を痛めている苦労人、クロード・フォン・シルヴェスターは、冷や汗を拭いながら重い足取りで机の前に歩み寄った。
(ふう……ここなら変な貴族の知り合いにも見つからないし、古書店でヘレナから貰ったあの羊皮紙の破片の正体を突き止め得るには打ってつけの場所だ。だが、鑑定料がいくら請求されるか不安で仕方がない……俺の懐事情はいつだって風邪気味なんだぞ……!)
心の中で激しく懐事情を嘆きながら、クロードは顔の筋肉を総動員して「余裕のある高貴な貴族紳士の微笑み」を作り上げた。
そして、彼が肌身離さず持ち歩く革製の鞄の中では、猫の人形に魂が定着している相棒――リリアが、不機嫌そうに小さな体をピクピクと動かしていた。
リリア(鞄の隙間から、ひそひそ声で不満を漏らす):
「ちょっとクロード、何よこの埃っぽい怪しげな店は。私をこんなところに連れてきて……。第一、我が実家の地下祭壇の紋章なんて、この王都の三流鑑定士に分かるわけないじゃない。さっさと帰って、もっとちゃんとした魔導遺跡でも探しなさいよ」
クロード(心の中で冷や汗を流しながらツッコミを入れる):
「(言うなリリア! お前が『この紋章は私の実家のものだ、手がかりを探せ』って言い出したんだろうが! 少しは謙虚に結果を待てってんだ……)」
二人がそんなやり取りをしていたまさにその時、工房の奥に繋がるカーテンがスッと開き、一人の女性が姿を現した。
そこに立っていたのは、白衣を纏い、銀縁の眼鏡の奥から鋭くも知的な琥珀色の瞳を光らせる美女、シルヴィアだった。彼女は冷ややかな美貌を崩さぬまま、スルスルとクロードへと歩み寄ってきた。
「いらっしゃい。……ふん、外見は取り繕っているけれど、魔導衣の擦り切れ具合といい、懐の寒そうな気配といい、そこらの貧乏冒険者とは違う……貴族の次男か三男、あるいは零落したお家柄といったところね。で、私に何の用かしら」
開口一番、鋭すぎる洞察力で身も蓋もない真実を突かれ、クロードは内心で冷え切った汗を滝のように流した。
(うっ……! なんて鋭い観察眼だ! 一目で俺の経済状況のヤバさを見抜くとは、タダ者じゃないぞ……!)
しかし、ここで臆しては貴族のプライド(と借金取りから逃れるための見栄)が許さない。クロードはゴホンと軽く咳払いをして、低音の紳士ボイスを取り繕った。
「失礼だな、シルヴィア氏。私はただ、君の卓越した鑑定眼にどうしても見てほしい品があってね。……これを頼む」
クロードは懐から、あの古書の破片――古びた羊皮紙の切れ端を取り出し、丁寧に机の上に広げた。
その瞬間、シルヴィアの表情がガラリと変わった。
彼女の冷ややかな瞳からスッと余裕が消え去り、代わりに狂おしいほどの知的好奇心と熱い光が宿る。シルヴィアは息を呑み、机の上に身を乗り出した。
「――っ! これは……!」
羊皮紙に描かれた微細な幾何学模様と、特殊な魔導インクのシミを一目見るなり、シルヴィアは興奮に頬を紅潮させた。彼女は眼鏡の位置をクイッと直し、クロードの顔へと猛烈な勢いで顔を近づける。
「ねえ、あなた……! この魔導回路の組み込み方、そして微かに残るエーテルの残留波長……。ただの古い模写じゃないわね? 少なくとも数百年前の、しかも王族クラスの秘匿術式に匹敵する高度な機構よ! どこでこれを手に入れたの!?」
近すぎる。
シルヴィアの顔が、クロードの鼻先からわずか数センチの距離にまで迫っていた。彼女の髪から漂う微かな薬品と甘い香水の匂いが、クロードの嗅覚を直接刺激する。さらに、シルヴィアは興奮のあまり、自分の右手をクロードの手にそっと重ね合わせてきた。
(なっ……!? なんて至近距離だ! しかも、この熱心に上目遣いで見つめてくる感じ……! 知的でクールなお姉さん系美人にこんな風に迫られたら、どんな男だってドキッとするだろ……!)
クロードの脳内で危機管理アラートがけたたましく鳴り響く。しかし同時に、日々の借金地獄と疲労困憊の精神に、この知的で甘いスキンシップが心地よく染み入ってくるのを感じてしまった。
(いかんいかん、ここで雰囲気に流されたら、あの『最悪の生存執念の共鳴』が――!)
だが、時すでに遅し。
クロードが少しだけ頬を赤らめ、シルヴィアの熱っぽい視線を受け止めたその瞬間、足元の鞄の中で激しい魔導の光が爆発的に明滅し始めた。
(――っ!? 来たっ……!!)
血の気が一気に引くのを感じる間もなく、カチャリと鞄のチャックが勢いよく開き、中から「可愛い猫の人形」が飛び出した。そしてその傍らから、かつて大陸最強と謳われた天才魔導師・リリアの霊体が、鬼気迫る形相で宙に現れた。
リリア(宙にふわりと浮かび上がり、嫉妬と恐怖が入り混じった絶叫をあげる):
「ちょっと待ったぁぁぁーーっ!! なによその良い雰囲気は! そこでその生意気な眼鏡っ娘の鑑定士といい感じになったら、私の魂の波長が完全にオーバーヒートして消滅しちゃうでしょ……!! それに、何よあの女! 私の家の秘匿術式を勝手に解読しようと目を輝かせて……私のプライドが許さないわよ、絶対に許さないんだからね!」
クロード(心の中で阿鼻叫喚の絶叫):
「(やめろリリア! 消滅の恐怖だけじゃなくて、今回は純粋な『私の家系を勝手に解析されるな』っていう個人的なプライドと嫉妬が混じってるだろ! 来るな、俺の肉体を自由にするんだ――っ!)」
しかし、リリアの耳にクロードの悲痛な叫びが届くわけがない。
クロードとリリアの間にある「異常なまでの生存執念」の波長が激しく共鳴し、リリアの霊体は工房の空気を切り裂いてクロードの肉体へと猛烈な勢いでダイブした!
ビリビリビリッ! と脳髄を直接電撃で焼き焦がすような衝撃。
次の瞬間、クロードの視界が強制的にひっくり返り、身体の主導権が完全に奪い去られる。
「ぐはっ……! ま、また勝手に身体が――っ!?」
クロードの意識が内側から絶叫する中、乗っ取りを完了したリリアは、クロードの肉体を使って不敵かつ傲慢な笑みを浮かべた。そして、立ち上がった次の瞬間、自分の右手で机の上に置かれていた『鑑定用特殊魔導インク(真っ黒な液体)』の瓶をひっつかみ、なんと自分の頭からドボドボと容赦なくぶっかけたのである。
「なっ――!? なんだその真っ黒な特製インクのシャンプーはァっ!」
心の中でクロードが絶叫するが、リリアに操られたクロードの身体は止まらない。彼は頭から黒いインクを滴らせた泥人形のような姿のまま、目の前に座るシルヴィアをギロッと睨みつけ、ありったけの高圧的なトーンで叫んだ。
リリア(クロードの肉体と声を借りて、超絶怒涛のドヤ顔毒舌を叩きつける):
「ふん、愚か者めが! その程度の浅はかな魔導知識と眼鏡のハッタリで、我が輩――もといこの男の前に立つなど一千年早いわ! この古書の破片に描かれた術式の真の意味すら読み解けない三流鑑定士風情が、二度とその不遜な目をこの紋章に向けるな、今すぐここから立ち去れぇい!」
「ち、違うんだシルヴィア! これは私の肉体を乗っ取った前時代の最強魔導師の霊が勝手に――っ! うわっ、勝手にその辺の怪しげな水晶玉を両手に持ってジャグリングの構えに入ったぞ、やめろ、変な大道芸のポーズをとるな俺の肉体ッ!」
クロードの心からの必死の弁解もむなしく、リリアはクロードの身体を使ってその場で奇妙な「インクまみれの高速ステップダンス」を踊り始め、さらには「我が輩の知性にひれ伏せ!」と絶叫しながら工房の窓から外に向かって謎のポーズを決め続けるという、完全なる精神崩壊コンボの奇行を次々と炸裂させた。
王都の裏通りの魔導鑑定工房に、完全に凍りついた静寂が訪れた。
あまりの斜め上の暴言と、インクを頭から被っての奇抜な大道芸ダンスの連続に、シルヴィアはピタリと動きを止め、眼鏡の奥の瞳を点のように小さくして完全にフリーズしていた。
(やばい……流石の天才鑑定士も、これには激怒して衛兵に通報するか、あるいは「危険人物」として二度と近づかせてくれないはずだ……!)
クロードが心の中で絶望のどん底に突き落とされていると、シルヴィアの様子に信じられない変化が起きた。
彼女の冷ややかな美貌に、ぞっとするほど深い探求心の光が宿ったのだ。シルヴィアは両手を組み、インクまみれで荒い息をつくクロードをじっと見つめながら、ゾクゾクとするような低い声を漏らした。
呪いの発作が収まり、数秒後にクロードの身体の自由がパッと戻る。彼はインクまみれの姿のまま、床に力なく崩れ落ちた。
「……なるほどね」
「ち、違うんだシルヴィア、これは不可抗力で――」
「ふふっ……素晴らしいわ。この破片を見た瞬間に脳内へ直接流れ込んできた強烈な魔導の共鳴波、そして精神が耐えきれずに引き起こした防衛本能としてのトランス状態の奇行……! ただの狂気ではないわ、この術式が持つあまりの強大な波動に、人間の脳髄が一時的に屈服させられた証拠よ……!」
(は……? なにを言っているんだこの天才鑑定士は……?)
シルヴィアはしゃがみ込み、インクを垂らすクロードの頬にそっと指を伸ばした。その瞳には、恐怖や怒りではなく、完全に「未知の珍しい生物や最高級の被検体を発見したマッドサイエンティスト」の狂気的な光がギラギラと輝いていた。
「面白いわ、クロード君。あなた、ただの貧乏貴族じゃなかったのね。その肉体には、私の想像を絶する秘密が隠されている……! 鑑定料はいらないわ。代わりに、この術式の秘密と、あなたのその奇行のメカニズムを、これから私の工房で徹底的に解剖……じゃなくて、共同研究させてもらうわよ……ふふふ」
((……やばい、また一人、俺の想像を絶する方向でヤバい扉を開かせてしまった……!!))
クロードの魂の絶叫が、工房の天井裏まで盛大に響き渡るのだった。
その後、頭からインクを滴らせ、泥まみれの床の上で力なく這いつくばるクロードの足元に、先ほどまで鞄に入っていた「猫の人形」がポトリと転がり落ちる。その人形の傍らで、リリアの霊体がふわりとあぐらをかき、冷や汗を流しながらも負け惜しみに鼻を鳴らした。
リリア(若干引きつった笑みを浮かべながら):
「な、なんなのあの眼鏡の女……! 私の完璧な毒舌論破とインクシャンプー作戦は、相手をドン引きさせて二度とこの紋章に近づかせないための完璧な防衛策だったはずでしょ!? なんであんなに目を輝かせて『最高級の被検体』とか言って迫ってくるわけよ……!」
クロード(床を叩きながら血の涙を流して絶叫):
「こっちのセリフだぁぁぁッ!! お前のその余計な嫉妬とプライドのせいで、俺は変なマッドサイエンティスト系鑑定士の実験動物としてマークされたぞ!! 返せ、俺の平穏な日常を返せぇぇぇぇぇ――っ!!」
こうして、名門貴族の苦労人・クロードのささやかな謎解きは、相棒である美少女幽霊の「圧倒的な生存執念によるプライド乗っ取り」によって、盛大に粉砕された。
しかも肝心の鑑定結果は、「破片の紋章が古すぎて、これ単体では『王都東方の広大な廃墟群のどこか』という大まかなエリアしか分からない。正確な場所を特定するには、さらに別の古い資料や追加の調査が必要」とのこと。
すぐに目的地には辿り着けず、結局は借金生活と不憫な日常に逆戻りするのだった。
果たしてクロードの借金返済と平穏な恋の日は来るのか、そしてリリアの肉体探しの行方は――? クロードの戦いは、まだまだ終わらない!
第7話をお読みいただきありがとうございます! 新ヒロイン・天才魔導鑑定士シルヴィアの登場により、リリアの嫉妬とプライドが巻き起こす大パニックをお届けしました。すぐに目的地が判明せず、相変わらず泥臭い日常と新たな変態(?)ヒロインのマークに苦しむクロードですが、物語は少しずつ縦軸へと動き出しています。次回はどんな波乱が待ち受けるのか……? 次回の第8話もどうぞお楽しみに!




