第58話 割烹
翌日、僕と花奈は緊張をしていた。
ここは銀座。
16時とはいえ、高校生2人が歩くには少し場違いな気がする。
そして店の前に来ると襟元をただした。
「花奈、準備はいいか?」
「久こそ、大丈夫?」
2人で、まだ準備中の店の扉を開けた。
「やあよく来たね」とこの前のお弁当コンクールの審査員をしていた料理長が言う。
「この度はご招待ありがとうございます」と僕が言う。
「そう固い話は抜きだ。そこに座って」と料理長がカウンターに案内してくれた。
花奈が珍しく緊張している。
「この前は君たちの料理を食べさせてもらったんだ。今度はこちらの番だ」料理長がそういうと水を僕たちに提供してくれる。
「料理人は最初に口にする水を軽く見ない。口の中を整えるのも料理の一部」と料理長が言う。
まだ開店前でいわば僕たちの貸し切り状態だ。
お弟子さんたちも料理長と僕たちに注目している。
お弟子さんたちに「この前話したコンクールで事態を収めた人たちだ。特にこの女生徒は立派だった。アクシデントに迷わず立ち向かい、場を収めたんだ。料理にどれだけ気を付けていても、なにかしらアクシデントがあるかもしれない。そこでいかに冷静に対処できるかだ」
お弟子さんたちが「はい」と言う。
花奈の耳が赤くなってきた。
それから料理が運ばれる。
まずは先付で胡麻豆腐。
そして椀物として、はまぐりのすまし汁が出る。
すまし汁を2人で飲み終えると「和食は引き算だ。何でも足せば旨くなるわけじゃない。何を入れないかで味が決まるものだ」
僕は思わず頷いた。
次はお造り。
真鯛にヒラメ、ヒラマサのお刺身だ。
「魚は新しければいいわけじゃない。種類によっては少し寝かせたほうが旨味が増す」と料理長。
「お刺身は鮮度が命ではないのですか?」と僕が聞く。
「青魚や血合いの多い魚はそうだ。だが白身魚は、さばきたては非常に淡白。しかし、熟成させることでより旨味を感じやすくすることができる」
僕は自分の勉強不足を痛感した。
次に出されたのは、和食でいう強肴と呼ばれる一品だった。
和牛の炭火焼きが提供された。
花奈が思わず「美味しい」と言う。
料理長が笑顔になる。
次は食事。
土鍋で炊いたご飯に赤だしに香の物。
「いい料理人ほど、ご飯を軽く扱わない」と料理長。
最後は甘味。
手作りのわらび餅が出された。
その美味しさに僕と花奈が笑顔になる。
「主役は魚でも肉でもない。最後まで美味しく食べてもらうことが仕事」と料理長。
僕は今回の料理と料理長の言葉に感動をした。
花奈は「すっごくすっごく美味しかったです」と満面の笑顔を料理長に向ける。
「それはよかった。こんなに美味しそうに食べてくれてとても嬉しいよ」
そして「厨房で一番難しいのは、包丁でも火加減でもない。人を思いやることだ。あれができる料理人は、案外少ない。」と料理長が言う。
僕たちがお礼を言う。
「もしよかったらいつでも来てくれ。今日はとても楽しかった」と料理長が言う。
店を出ると先ほどより暗くなってきた。
僕らは感想を言いながら帰って行く。
技術だけではない。
食べる人を思う気持ち。
それが料理人に必要なのだと、僕は感じた。
花奈を見ると「あのお肉、めっちゃ美味しいけどどこのお肉かな。聞いとけばよかった」と言う。
「そうだね。今度行ったら聞いてみよう」と僕が花奈に言った。




