第7話 俺たちの夢を乗せて駆けるのは3
「焼きそば、焼きそばっと」
初勝利に調子に乗ったユリカは昨日ゲームで知ったらしい競馬場名物の焼きそばを食べながら、どこからか拾ってきたらしい競馬新聞を読んでいる。やってることがおっさん過ぎる。
「なるほど、さっきのが単勝ってやつで、他にもいろんな賭け方があるのね」
「そうだな、俺は三連単ってので賭けることが多い」
「三連単?」
「一,二,三着になる馬を順番まで含めて当てる賭け方だな」
「それって、すごく難しくない?」
「まぁ難しいけど、その分当たった時のリターンは大きいな。実際賭けるときは単勝の応用だ。まず一着になりそうなのを固定して、二,三着になりそうなのを何頭か選んで賭けると買い目・・・賭け金も少なくて済む」
「うーん。難しくてよくわかんない」
「ほら、そこ新聞の初心者講座のところ見てみ」
と、おあつらえ向きの部分を指さす。
「これ? 三連単1頭ながし・・・」
「そうそれ、一着の馬が“軸”で一頭。二,三着になりそうな馬が“相手“。相手に7頭選んだら7×6で42通りの買い目になる。1通りあたり100円なら4,200円の馬券って寸法よ」
「ちょっと分かった気がする・・・?」
「まぁ馬券買う時はサポートして進ぜよう。過去の配当見てみな」
続けて、先週のレース結果の欄を開かせる。
「このレースだと三連単の結果は・・・1,250倍!? えーと・・・もし100円賭けてたら・・・12,5000円!? すごい! さっきの2.7倍とは比にならないわ・・・」
「それはちょっと珍しい結果だけど、そんなことも現実的に狙える。当てるのは難しいけど夢のある賭け方だ」
「やるわ! 今日の残り・・・第六レースはもう終わっちゃったから、残りの6レース・・・これで当ててすぐに十万円取り戻すんだから!」
「その意気だ」
「にしてもナオトくん、今日はちょっと饒舌?」
「ん? あぁちょっと酔ってるかも」
二本目のワンカップを掲げてみる。
「あ! いつの間にかお酒飲んでる」
「いやだって・・・周りに人多くて怖いし・・・」
「お酒で色々ごまかしてたらアル中になっちゃうわよ・・・」
そんなわけで第七レース。ユリカが選んだのは一番人気を軸にした5頭流し。早速の三連単だけど、まずは練習と言うことで買い目を絞ったらしい。2,000円の馬券を手にスタンドのユリカのもとへ向かう。(マークシートが良く分からないらしいので俺が買った)
「あ! ナオトくん戻ってきた! もう始まるわよ、早く早く!」
レーススタート。軸の一番人気は前目に付ける先行策。
人気に応えるかのようにじわじわと逃げ馬に迫っていく。賭けている人が多いのだろう。一歩迫るごとにスタンドの歓声が大きくなっていく。
――行け!
――差せ!
――残せ!
野次が交じり合って一つの轟音に変わっていく。スタンドのボルテージが最高潮になった時、一番人気の馬が一気に先頭に躍り出た。
「行けイケー! そのままよ!」
いつの間にかユリカも叫んでいる。
人気に応えて、そのまま一番人気が一着。すべての馬がゴールしても、スタンドには興奮の余韻が残っていた。二着は八番人気の逃げ馬が残って、一、八、二番人気の順で決着。
相手に5頭しか選んでいなかったユリカの馬券はもちろん外れ。
「惜しいわ! 一番人気と二番人気の馬は買ってたのに!」
「まぁ三連単ってこんなもんだ」
「こんなもんで終わらせないわ! 次のレースも三連単よ!」
そして、第八レースへ。さっきの反省を活かしたらしいユリカは相手の買い目を増やして42通り、四千二百円也。
――『ブランデー! ブランデー! ブランデー! ディープグラウンド! ディープグラウンド! ブランデー! 内からもう一度ヤマトシアンも差し返す! ヤマトシアンも差し返す! これは大接戦! 大接戦でゴール!』
やたら熱い実況が終わると、スタンドには困惑と熱狂の声が広がった。
レースは写真判定へ。
接戦を繰り広げた三頭はユリカの馬券に入っている。ユリカの軸馬はヤマトシアン。並んでゴールしたのはブランデー。どちらが一着になるかでユリカの勝敗が決する。
長い判定を経て、掲示板が点灯する。
「うあああぁぁ・・・」
崩れ落ちるユリカ。一着はブランデー。惜しくもユリカは馬券を外した。
「ま、まだよ! 惜しかったし次は勝てる!」
俺の背後にある太陽を睨みつけるかのようにしながらユリカは叫んだ。
第九レースは特に語ること無し。
十一番人気と十二番人気の逃げ馬がたたき合う展開となり、まさかのそのままゴール。三連単はまさかの配当百万超えの大波乱。
当然馬券買ってない俺たちはただ呆然とレースを見つめることしかできなかった。
「競馬って恐ろしいわね・・・」
「これは、まぁ・・・しょうがない」
「次こそ当てるんだから」と意気込んだ買い目は110通り。
ユリカの軍資金はいよいよ尽きようとしている。
「あんまり熱くなるなよ。俺みたいになるぞ」
「ナオトくんみたいになるもんですか! さすがにこれだけ買えば当たるでしょ」
「それフラグじゃねぇーか」
そして始まった第十レース。フラグの神様がしっかり見ていたようにきっちり外れ。
「・・・っち」
あーあ舌打ちしちゃってるよ。
「おいおい大丈夫か、十万円取り返してくれるんだよな」
「大丈夫。メインレースには自信があるの。ナオトくんもわたしの買い目を参考にするといいわ」
いつの間にか新聞を片手に耳の上に鉛筆を乗せているユリカ。その辺に居るおっさんの姿と大して変わらない。
「買い目は七番軸の三連単。七番の馬が来るのは、わたしのデータ的に必然よ」
「七番・・・イクイインパクトアイ? 確かに頭一つ抜けた実績を持っているし、当たりはするだろうけど」
「甘いわね。注目すべきは相手よ」
ユリカの目が輝く。
「このレース、二着以降が荒れるわ! 相手で勝ちに行くのよ!」
ユリカが丸を付けているのはやたら人気薄の七頭。しかし、東京競馬場の実績はそこそこ良い。もしかしたら本当に一撃あるかもしれない。
わずかな期待と高揚を胸にユリカに指示された馬券を買いに行く。ついでに俺もユリカにあやかって同じ馬券を買ってみる。
「ほいよ」
「ありがとうナオトくん。これが外れたらわたしのお金はゼロ・・・熱いわ」
ここで熱くなれる胆力が羨ましい。しかしそれでいいのかユリカよ。
「・・・あれ?」
「なによ」
「やべぇかも・・・」
ユリカから新聞をひったくる。あぁ・・・やっぱりだ。
「ヤバい?」
「落ち着いて聞いてくれ。今日のメインは十一レースじゃない」
「・・・なんですって!?」
いつも通りなら、メインレースは第十一レースと相場が決まっている。しかし今日は変則編成で第十二レースがメインだった。
迂闊。酒を飲んでいたのが良くなかった。
新聞にはご丁寧に『今日のメインは第十二レースです。ご注意ください』と書かれている。
顔面蒼白。ユリカの顔からは血の気と希望がまとめて消えていた。
「あ、諦めるのはまだ早い・・・だろ? とりあえず、パドック行こうぜ・・・」
十一レースはただの3歳未勝利戦。今日勝てなければ、競走馬としての生涯を終えるかもしれない。最後のチャンスに賭ける馬たち。
俺たちは、僅かな希望を胸にパドックへ向かった。
―― 一頭だけ、明らかに異質な馬がいる。
毛並みは荒れ、体つきは貧相。
それなのに気性だけは無駄に荒く、騎手を振り落としそうになっている。
必死さだけが浮いていた。
見ちゃいけないものを見ている気がした。まるでニートの俺みたいだ。
そして神様の悪ふざけみたいに、その馬のゼッケン番号は「7」。
「ダメだこりゃ」
「終わったわ・・・」
ユリカが意図せず選んだ軸馬。名前は――オレヘボーイ。
「・・・名前にまで幸がねぇな」
「バイバイ、わたしのラスト四千二百円・・・よんせん・・・」
オレヘボーイのことを見ないようにしながら、とぼとぼとスタンドに向かった。
レースが始まる。
オレヘボーイは案の定出遅れ、後方待機へ。
頑張って前に出ようとするが中団で揉まれている。なんならほかの馬とぶつかりそうになって、その貧相な身体が横にそれたりしている。
しかしその意図しない進路変更が、オレヘボーイの前に活路を作った。
開けた視界に何かを見たようにムチに応えるオレヘボーイ。その身体は残りの距離を呑み込もうとするように前へにじり寄る。
「おい、行けるかもしれんぞユリカ! いけぇ!」
自然と大きな声が出た。こんなに声を出したのはいつぶりか分からない。
「がんばれぇーーー!」
「差せぇぇえええ!」
――『残り二百を切った! 大外を回っては一番人気オレツヨーイ! ここで先頭躍り出たオレヘボーイ! オレヘボーイ先頭に立った! このまま行けば悲願の初勝利だァァ!! しかしオレツヨーイもハナ差で迫る! しかし! なんとなんとオレヘボーイだーー!!』
歓声。
悲鳴。
怒号。
結果――三連単、八万飛んで二百十円。そして、神様が微笑んだみたいに、相手に選んだ馬もきっちり馬券に入っている!
オレヘボーイと騎手、共に悲願の初勝利。誰も予想しなかった波乱だった。
――フロックだと思われたその勝利が、フロックでもなんでもなくて、この勝利がオレヘボーイ快進撃の幕開けだったと知るのは、また先のお話。
「おい・・・ユリカ・・・とんでもねぇことになったぞ」
隣を見ると、ユリカが白目を剥いている。この喜びを実感するのは、もう少し後になりそうだった。
――「はっ」
「お、気を取り戻したか」
噴水の前の階段で夕陽が俺たちを照らしていた。
「勝った・・の?」
「あぁ大勝利だ」
「やったぁ! やっと勝てた! 嬉しいわ! いくらになった!?」
「聞いて驚け。八万だ」
「八万! かぁ・・・ごめんね、ナオトくん。少し足りない」
「いいや、大丈夫だ」
ニヤリとしながら、重ねていた馬券をずらし、二枚あることが分かるように見せる。
「おまえの予想と同じ馬券を俺も買っといた」
「!! と言うことは!?」
「俺たち二人で大体十五万勝ちだ!」
「ふおおおおぉぉぉぉおお!」
夕陽が俺たちを照らしている。噴水がその光を吸い込みながらしぶきを放散させる。
遠くのゴール板を見ながらふと思う。
勝ったからすべて肯定された。馬も金も俺たちも。――なんとかなった。オレヘボーイはこれからも走り続けるだろう。
果たしてこれで良いのか?
わずかな疑問を胸にしまってユリカに声をかける。
「行こう。今夜は焼肉だ!」
「お肉! お腹すいちゃった!」




