第6話 俺たちの夢を乗せて駆けるのは2
――「はっ」
どうやら夢を見ていたらしい。
十万円を失うとはなかなか趣味の悪い夢である。
にしても、なんで床で寝ていたのだろうか。痛む体の節々を疑問に思いながら、体を伸ばす。コリコリと首を回しながら、朝日に目を細める。
ふとちゃぶ台に目をやると、こんがりと焼かれたパンがあって、その前にはユリカが座っている。
ひどく既視感のある光景だった。
「いやぁ悪い夢を見た。なんせユリカが十万円分もガチャを引く夢だったんだ」
と言い言いパンの前に座る。
「・・・ナオトくん?」
「ん? どうした」
「夢じゃないよ?」
「・・・は?」
言った瞬間ユリカが文字通り飛び上がった。
金髪のツインテールがふわっとはためいたかと思うと、刹那の滞空時間で華麗に身体を折りたたみ、着地と同時に額、手のひら、両膝を地面に叩きつける。
――伝統的ガチ謝罪スタイル。
それはそれは見事なジャンピング土下座だった。
「ごめんなさいナオトくん! きっと何か悪いことしちゃったのよね! ショックで気絶しちゃうんだもん」
うるうるとこちらを向く視線を見ると、なぜかこっちが悪いことしたみたいな気分になる。何かやらかしたらしいことは理解しているようだ。
「十万円だ。おまえが使った」
「じゅ・・・十万・・・」
「・・・ただ、俺も課金のことを言わなかったのは悪い・・・つか課金ってパスワード要るよな?」
「ナオトくんいつもあの画面になったとき、9を四回押すから真似したらできた・・・」
――9999。安易なパスワードはやめましょう。
「そうか・・・やっぱり俺にも責任がある。ユリカ、金、取返しに行くぞ」
「取り返すってどうやって? ゲームの会社にでも行くの?」
「んなの冷笑と門前払いされるに決まってる。警備員さんにつまみ出されるのが関の山だ」
「じゃ・・・どこに?」
「二万円・・・持ってこい。昨日あげたの」
「これで許してくれるの?」
「いや、それはユリカが持っててくれ。・・・増やしに行くぞ」
「増やすですって!? またパチンコ?」
「いいや、パチンコの軍資金として二万は心もとない。今のユリカに必要なのは“一撃”だ」
「なんだかダメなにおいがプンプンするわね・・・」
†
今日は日曜日。府中は東京競馬場。感動と熱狂と欲望渦巻く舞台に俺たちは立っていた。
言うまでもない、ほとんど事故的に失った十万円を今の俺たちが取り返せる極めて現実的な手段として、競馬をしに来たのだ。
「すごい! お馬さんが走ってる!」
地面ごと揺らすような蹄鉄の音とともに、ダートの土煙あげる馬たち。その姿に圧倒される。
肌を刺すような日差しの下で、馬たちの毛並みがまぶしく輝いていた。
実のところ、ネット競馬をたまにする程度の俺もまた競馬場に来るのは初めてだ。
ユリカの存在がなにやら科学的な作用で俺を競馬場まで連れ出したのかもしれない。
「ユリカ、おまえには十万を手に入れる義務がある。ミッションだ。その二万円を、今日最低十万に増やすぞ」
「ここで増やせるの?」
「競馬ってやつだ。簡単に言うと一着か、三着までに入る馬を当てると賭けた金が増える。シンプルだろ?」
「なるほど?」
「まぁ馬券は俺が買うから。ユリカは賭ける金額と馬を教えてくれ。もちろん使うのはユリカの金だぞ」
「ぐぬぬ・・・しょうがないわね。やってやるわ!」
「その意気だ。早速行くぞ。」
「行きましょう!」
パドックに向かうと次の第五レースを走る馬たちが周回していた。
四歳以上一勝クラス。
仕事で走らされていることを理解しているかのように、うつむき加減の馬が多いようだった。
覇気がないとはいえ仕事してる分俺より偉いのだからもっと自信を持ってほしい。
「よしユリカ、どの馬が一着になると思う」
「うーん、ぜんっぜん分かんないけどあの子良さそうかも」
ユリカが指さす馬は、確かに毛並みが良くて足取りも軽い。なにより尻の大きさが抜きん出ている。
5番 イイワ・カカリーユ
なるほどいいセンスだ。電光掲示板を見るとイイワ・カカリーユは一番人気。
単勝2.7倍。オッズも悪くない。
「よし、あの馬にしよう。いくらかける? 単勝が2.7倍だから百円かけると二百七十円になる」
「よくわかんないから五千円賭けるわ!」
!? いきなりただの平場に五千円賭ける胆力・・・あるぞ、こいつには・・・ギャンブラーの才能が。
「・・・一応言っとくけどおまえの金だし、外したら無くなるんだからな・・・?」
「何とかなるわよ! 今日十万円稼ぐんだから怖気は不要よ!」
「お・・・おぅ」
――もしかしたら、ユリカは少しアホなのかもしれない。
マークシートの5番を塗って馬券を購入する。俺の金じゃないのに少しだけ手が震える。
「買ってきた。レース観に行こう」
「えぇ行きましょう! 楽しみぃ!」
まだ人が少ないスタンドに向かう。
第五レース、四歳以上一勝クラス。
枠入り順調。勝手に緊張する俺をよそに淡々とレースは始まった。
「お、逃げるのか」
好ダッシュを決めた5番 イイワ・カカリーユは、その距離を保ったまま一人旅をしている。
もったまんまで最終直線へ。
「おぉ!?」
そのまま他馬を寄せ付けずゴール。あまりにあっけない勝利だった。
「勝った! 勝ったのね!」
「おぉ勝ったぞ・・・一万三千五百円だ」
「やった! とりあえず八千五百円ね! なーんだ競馬って簡単じゃない」
「分かりやすいフラグを言うんじゃない」
「フラグ・・・? なんのこと?」
「こっちの話だ」




