第5話 俺たちの夢を乗せて駆けるのは1
「肉だー!」
「お肉!」
血湧き肉躍る晩餐。
焼肉なんて、もう記憶の遥か彼方に追いやられていた。それも、舞台は高級焼肉店。俺たちのボルテージは最高潮に達していた。
網の上で脂が爆ぜた瞬間、今日起きた奇跡が現実なのだという実感が、一気に押し寄せてきた。
――時は昨日の朝に遡る。
「おはようナオトくん!」
――朝だ。朝が来てしまった。
当然のように居座ったユリカを追い出すことは、ひとまず諦めることにした。
そんな居候の声に、しぶしぶ応じてやる。
「眠い。あと6時間寝る」
「眠くなーい! さぁ起きて!」
意気揚々と布団を引っぺがされる。いや眠いよ。狂った生活リズムのせいで昨日寝たの朝の5時くらいだし・・・。
「うぅ・・・」
「さ、良い一日は朝ご飯から!」
気付けばちゃぶ台の上にはこんがりと焼かれたパンが鎮座している。どうやらまだ冷凍庫に入っていたらしい。
「・・・冷凍されてたなら大丈夫か」
眠気で頭が回らないので、用意された流れに素直に従うことにする。しぶしぶパンの前に座ると、ユリカは満足そうに手を合わせた。
「良し! いいわね! ナオトくん。それじゃあ」
「「いただきます」」
サクッとな。うん。とりあえず問題なさそうだ。しかし味気ない。
「なんかかけるか」
なんとなくそう宣言してから冷蔵庫に向かってみるが、いつ買ったのかも分からない、しなびたチューブのマヨネーズが転がっているだけだった。
・・・これでいいか。
マヨネーズの油っけで無理やり喉を滑らせて一分で食事終了。沈黙。
「・・・」
「・・・」
無の時間だ。眠気で靄がかかる頭の中に時計の秒針がやけに響く。
何かを話したほうがいいような気はする。けれど、気がするだけで、肝心の言葉は口をついて出てこない。
窓から差し込む光を受け、ユリカの金髪のツインテールが淡く輝いている。透き通るような、淡い金色。アニメや漫画ではよく見る色も、いざ目の前にすると、ひどく浮世離れして見えた。
単刀直入に言えばユリカは美形だ。
ますます、ニートの部屋にいていい存在ではない。ほっぺには何もしていないのに薄いピンクが差していて、二重まぶたは生まれ持った勝者の証に見える。相変わらず長いまつげは、嫌味のない存在感を放っている。
うん。美形だ。
年はいくつくらいだろうか。同い年と言われても納得できるし、五つ下の十六歳と言われても同様に納得できる気がした。
「・・・」
「・・・」
「・・・社会復帰しましょ?」
「・・・何すりゃいいか分からん」
会話終了。
なんだか居た堪れなくなってきたので、スマホで某競走馬育成ゲームをすることにする。
「前から気になってたんだけど何それ?」
「あぁ歴代の競走馬をモチーフにした女の子を育てるゲーム・・・みたいな」
「いや、そうじゃなくて、それ、その黒いの」
ユリカの視線が、スマホの画面ではなく、スマホそのものに向けられていることに気づいた。
・・・こいつ、スマホを知らない・・・?
頭の中の疑問符を消して、質問に答える。口を開くその一瞬に、ユリカが突如として“現れた”ときの光景が脳裏に蘇った。
「まぁ携帯電話だよ。ゲームとかもできる。携帯は知ってるか?」
「ああ! それは知ってるわ! いろんな形があるのね。見せて見せて!」
立ち上がり俺の隣に座るユリカ。
距離感には無頓着なのか、肩が触れそうなほど近い。その距離に、鼓動が早くなる。遺憾なく発揮される我が“うぶ”っぷりに情けなくなる。
――とりあえず画面を触ると反応して・・・
――こうすれば育成完了って寸法よ。
「やってていいぞ」
「いいの! やってみるわ!」
さりげなく検索履歴を消してユリカにスマホを託す。
よし、惰眠の時間だ。夢中でスマホを触るユリカを横目にしれっと布団に転がった。もう誰にも、この布団は奪わせない。
†
――朝だ。俺にとって真の朝が来た。窓から差し込む光は、オレンジ色に変わっている。やはり、いつもの時間に起きると気持ちがいい。
「あっナオトくん起きた! 見て見てこれ」
「おっ強い娘に育ってるじゃねぇか・・・このキャラ持ってたっけ・・・?」
「この娘ね! このガチャっていうのやったら出てきたの! かわいいから頑張って育てたんだ!」
―― 一点の曇りない眼に言葉が出ない。
一応説明しておくと、ガチャには「石」と呼ばれるアイテム・・・すなわち課金アイテムが必要だ。そして、足りない石は現金で購入できる。
俺のアカウントに残っていた石は、現実の口座残高よろしく、ほとんど尽きかけていた。
つまり・・・導き出される結論は・・・。
「おまえ課金しただろ」
「課金・・・なにそれ?」
「返せ! このとんちき!」
「あっとんちきって言った!」
おそるおそる課金履歴を確認する・・・。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
――十万円。今の俺からすれば夢のような金が、夢のように消えていた。
ホーム画面に映る某馬娘さんの無邪気な笑顔に目がくらみ、育成で「あきらめる」ボタンを押したときのように、視界が真っ暗になった。




